デビュー作が「太宰治賞」と「三島由紀夫賞」を受賞した今村夏子。一時は休筆状態でしたが、執筆を再開すると怒涛の活躍をみせ、2019年には『むらさきのスカートの女』で「芥川賞」を受賞。今後の活躍がさらに期待される作家です。この記事では、彼女の作品のなかから特におすすめしたいものをご紹介します。
1980年生まれ、広島県出身の今村夏子。大阪の大学を卒業後はアルバイトをしながら生活し、29歳の時に突然「小説を書こう」と思いたったのだとか。そうして執筆した「あたらしい娘」が「太宰治賞」を受賞。同作は後に『こちらあみ子』に改題して「三島由紀夫賞」も受賞し、華々しいデビューを飾りました。
2016年に『あひる』で、2017年には『星の子』で「芥川賞」にノミネート。そしてついに2019年に『むらさきのスカートの女』で「芥川賞」を受賞しました。これからの活動に関心が寄せられている作家だといえるでしょう。
小学生のあみ子は、家族からも同級生からも「変わった子」だと思われています。常識にとらわれず、その時思ったとおりに行動をするので、みんな彼女に振り回されっぱなしです。
両親は優しく、兄も一緒に登下校をしてくれていましたが、家族は徐々に疲れていってしまいます。兄は不良になり、母親は精神を病んで流産。父親はついに、あみ子を祖母の家へ連れて行くことにしました。
- 著者
- 今村 夏子
- 出版日
- 2014-06-10
2011年に刊行され、「太宰治賞」「三島由紀夫賞」を受賞した今村夏子のデビュー作です。表題作の「こちらあみ子」のほか、「ピクニック」「チズさん」の2作も収録されています。
具体的な病名は書かれていませんが、あみ子は現代であれば「特別学級」に通うような子どもでしょう。彼女の言動は、時に周りの人を傷つけます。やっていいことといけないことの区別はつかず、悪気はありません。しかし周囲から疎んじられていることもわからないので、幸せなままです。
その一方で周りの人は、あみ子が悪いわけではないとわかってはいるものの、そのけろっとした態度にどうしようもない怒りとやるせなさを感じてしまうのです。
本作のポイントは、物語があみ子の視点で書かれているということ。あみ子の純粋さを表しているような文章の透明感が魅力です。徐々に崩壊していく家族の姿に、何が正解なのか求めてしまうと同時に、それでも生きていかなければならないある種の残酷さを感じる作品です。
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『金閣寺』や『潮騒』で知られる、日本近代文学を代表する三島由紀夫。彼の功績を記念して、「三島由紀夫賞」が創設されました。通称「三島賞」とも呼ばれ、優れた作品を数多く発掘しています。この記事では、歴代受賞作のなかから特におすすめの作品をご紹介していきます。
資格を取るために勉強をしているわたし。両親と3人で暮らしています。ある日父親が、友人からあひるを譲り受けてきました。
あひるはとてもかわいらしく、庭に放していると近所の子どもたちが遊びに来るようになります。両親は「孫のようだ」と子どもたちを歓迎。家の中にあげるまでになりました。
しかし、体調が悪くなったあひるが動物病院に入院すると、子どもたちは姿を見せません。さらに退院したあひるはまるで違う姿になって帰ってきて……。
- 著者
- 今村 夏子
- 出版日
- 2019-01-24
2016年に刊行された作品。『こちらあみ子』のおよそ5年後に発表された2作目で、「芥川賞」の候補になったほか、「河合隼雄物語賞」を受賞しました。
あひると、子どもたちと、彼らをもてなす家族の関係性を描いた物語です。あひるを目当てに子どもたちが遊びに来るようになると、両親は大喜び。庭で遊ばせるだけでなく、お菓子をあげてもてなしたり、家の中で宿題をさせたり……その過剰な様子が痛々しく映ります。
さらに動物病院から帰ってきたあひるは、以前よりも小さくなっていました。再び子どもたちに遊びに来てもらおうと、別の健康なあひるに交換されていたのです。
妙に淡泊な語り口のなかに、普通の家族の日常に潜む歪みを感じられるのが魅力的。読者の胸をざわつかせ、不安を煽り、でも決定的な事件は起きず、心のなかにいつまでも燻るような一冊だといえるでしょう。
未熟児で生まれたちひろ。病弱で、生後半年ほどになると原因不明の湿疹が体にできます。あらゆる薬や民間療法を試してみても効果がなかった頃、父親が同僚からもらった「金星のめぐみ」という水を持ち帰ってきました。
その水でちひろの体を洗うと、2ヶ月ほどで湿疹は全快。以降両親は、「金星のめぐみ」を売っている新興宗教へのめり込んでいくのです。
- 著者
- 今村夏子
- 出版日
- 2017-06-07
2017年に刊行された作品。「芥川賞」の候補になったほか、「野間文芸新人賞」を受賞しました。
物語は、小学生から中学生時代のちひろの目線で描かれます。親戚からの助言も聞き入れず、引越しをくり返し、やがて5歳年上の姉は家を出ていきました。その一方でちひろ自身は、同じ宗教の子どもたちと楽しく過ごし、両親の愛情を受けて育っているため、それほど悲惨な感覚はありません。
しかし中学3年生になると、両親の異常さに気付き始めます。社会との繋がりができ、外の目線が気になるようになるのです。
テーマとして扱いづらい宗教を中心に、家族、内と外の関係、そしてちひろの成長を描いた作品。物語は、ちひろが両親から距離を置くことを予感させて終わります。形として見えない宗教を盲目的に信じる両親と、社会を冷静に見て人生の選択をするちひろの姿に、何を感じるでしょうか。文章自体はあっさりとしていて読みやすいですが、考えさせられる一冊です。
2020年に芦田愛菜主演で映画化もされています。『星の子』についてもっと詳しく知りたい方は、こちらの記事もご覧ください。
芥川賞候補作『星の子』の不思議な世界観に引き込まれる。芦田愛菜で映画化
中学3年生の少女を主人公に、カルト宗教にのめり込む家族の崩壊と人間関係、そして少女の成長を淡々と描いていく『星の子』。2017年の芥川賞候補にもなったこの今村夏子の作品は、背景の不穏さはありながらも思春期の少女の危うさ、瑞々しさが際立ちます。主人公を等身大で演じる芦田愛菜と同年代の方にもおすすめ、2020年映画化予定の本作の見所をご紹介いたします。
桜尾通り商店街で、パン屋を営む父と娘の私。商店街の人々とすれ違い、疎外されていました。しかしある時、私がコッペパンをサンドイッチにして売り出したところ予想以上の人気が出てしまい……。
表題作のほか、5つの短編が収録されています。
- 著者
- 今村 夏子
- 出版日
- 2019-02-22
2019年に刊行された短編集です。
どの作品も平凡な日常が描かれるのですが、少しの違和感が積み重なって大きなズレとなり、ラストに向けて何かが壊れていく感覚に陥ります。その一方で結末は曖昧で、登場人物たちの行く末はわからず、読者もどこに連れていかれるのかわからないのです。
小さい針が刺さったまま揺さぶられるような、チクチクとした感覚を抱かせてくれる作品。1番重要な部分をあえて書かない今村夏子のスタイルに、いつの間にか圧倒させられているでしょう。
同じ公園の同じベンチに座り、クリームパンを食べている女。いつもむらさきのスカートを履いていて、街ではちょっとした有名人です。
どうしても彼女のことが気になって仕方ないわたし。なんと、彼女が自分の職場で働くように裏工作を仕掛けるのです。
やがて作戦どおり働くことになったむらさきのスカートの女。職場や街の人からも受け入れられるようになりました。しかし、ある事件が起こるのです。
- 著者
- 今村夏子
- 出版日
2019年に刊行され、「芥川賞」を受賞した作品です。
一見、社会から外れた人のようにも見えるむらさきのスカートの女。しかし本当に怖いのは、異常なまでに彼女を観察し続けている「わたし」でしょう。友達になりたいという感情が走って、ストーキングをし、近くに求人雑誌を置くなどの作戦を決行していきます。
正常と異常の境界はどこなのか、読者は語り手のわたしをどこまで信じていいのか……物語全体にうっすらとした靄のような不気味な空気がまとわりつき、読者の奥ほうに眠っている何かを搔き乱してくる作品です。