5分でわかる尖閣諸島問題!日本・中国・台湾の主張、歴史をわかりやすく解説

更新:2019.7.15 作成:2019.7.15

日本が抱える領土問題のひとつである「尖閣諸島問題」。周囲に石油や天然ガスなどの天然資源が埋蔵されている可能性もあり、領有権をめぐって台湾、中国と対立が続いています。この記事では、各国の主張や、これまでの歴史をわかりやすく解説していきます。おすすめの関連本も紹介するので、ぜひご覧ください。

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尖閣諸島とは。場所や住民など概要を解説

 

東シナ海に位置する5つの島と、3つの岩礁などで構成される尖閣諸島。1900年に沖縄師範学校に勤める黒岩恒が命名しました。行政上は、沖縄県石垣市に属しています。

もっとも大きいのは魚釣島(うおつりじま)。第二次世界大戦前には最大で250人ほどが住んでいて、アホウドリの羽毛採取などが営まれていました。しかし1940年以降はすべての島が無人島です。

尖閣諸島の周囲は良好な漁場となっているだけでなく、付近の海底には膨大な量の海底資源が埋蔵されているといわれています。そのため、1950年代からは付近の漁場をめぐって日本と台湾が対立。さらに1970年代頃からは、領有権をめぐり日本、台湾、中国が争っています。これを「尖閣諸島問題」といいます。

 

尖閣諸島問題とは。日本、中国、台湾の主張をそれぞれ解説

 

領有権をめぐり日本、台湾、中国が争っている尖閣諸島問題。

もともと「主権国家の領域として国境を画定する」という行為は、西欧社会が築いた「国際法」にもとづいて実行されています。「国際法」が定められる以前の東アジアには、そもそも「領土」という概念が存在していませんでした。そのため明治時代より前に、「尖閣諸島は誰のものか」という問題が生じることもなかったのです。

ただし、島の存在そのものは認知されています。尖閣諸島は、琉球王国と、中国の明や清が貿易をする際の目印として利用されていました。当時の魚釣島は、琉球王国では「よ(ゆ)こん」、中国では「釣魚台」や「釣魚嶼」と呼ばれていたようです。

その後明治維新が起こり、尖閣諸島は日本が領土に編入することになります。領有に先立ち、日本政府は調査を実施。国際法上では誰のものでもない「無主地」に該当することを確認していました。そのため日本政府は、尖閣諸島の領有は、国際法の手続きに沿った正当なものであると主張しています。

一方で台湾と中国も、尖閣諸島を自分たちの「固有の領土」であると主張しています。その根拠として提示されているのが、「下関条約」と「サンフランシスコ平和条約」の内容です。

「下関条約」は、1895年に結ばれた「日清戦争」の講和条約です。この条約によって清は、台湾や澎湖諸島などを譲渡することになりました。しかし台湾と中国は、この条約は不平等条約で、台湾と同時に尖閣諸島が不当に奪われたと主張しています。

また「サンフランシスコ平和条約」は、1951年に調印された「第二次世界大戦」の講和条約です。この条約で日本は、朝鮮や台湾といった植民地に対する権原(権利の発生する原因)を放棄することと、尖閣諸島を含む南西諸島が、日本が主権を持ったうえでアメリカの施政権下に置かれることを認めています。

これに対して台湾は、この時に放棄された台湾の権原に尖閣諸島も含まれているので、台湾に返還されるべきだと主張しているのです。

中国の主張はやや異なり、「サンフランシスコ平和条約」は無効な条約で、「固有の領土」である尖閣諸島の施政権をアメリカがもち、後に日本に返還したことは不当な行為であると唱えています。

なお、これ以外にも中国は明代の地図に尖閣諸島が記されていることから、明治時代以前に尖閣諸島は中国の領土として認知されていたとも主張しています。

これらに対し、日本政府は、次のような見解を示しています。

まず「下関条約」関連では、

  • 下関条約の交渉が開始されたのは1895年3月であるのに対し、尖閣諸島の領有宣言は1895年1月におこなわれており、そもそも台湾の語句に尖閣諸島は含まれていない
  • 下関条約の交渉過程で、清側はすでにおこなわれていた尖閣諸島の領有に一切抗議していない。つまり清側も、日本の尖閣諸島領有を不当な行為とは認識していなかった

次に「サンフランシスコ平和条約」関連では、

  • この条約によって尖閣諸島がアメリカの施政権下に置かれたことに、主要な連合国は一切抗議していない。これは、尖閣諸島が日本の主権下にあることが「当然の前提」であったためである

ほかにも日本政府は、中国が主張する明代の地図について、地図に記載があるだけでは、国際法の見地から領有権を裏付けしているとは言い難いと反論しています。

このように、台湾と中国の主張に対して、日本政府は根拠を挙げつつ反駁しています。しかし2019年現在も尖閣諸島問題は解消せず、対立が続いている状態です。

 

尖閣諸島の歴史。所有者がいる私有地から、国有化まで

 

では第二次世界大戦後の尖閣諸島にまつわる歴史をまとめていきます。

日本が敗戦した後、尖閣諸島はアメリカの管理下になりました。上述したとおり、1951年に調印された「サンフランシスコ平和条約」によって、尖閣諸島を含む南西諸島はアメリカの施政権下に置かれることになったのです。

その後、1972年に発効された「沖縄返還協定」によって、尖閣諸島への施政権はアメリカから日本に返還されました。ところがこの前後から、台湾と中国は先に挙げたように領有権を主張するようになってきたのです。

その要因となったのが、1968年に実施された海底調査です。尖閣諸島周辺の海底に膨大な量の石油が埋蔵されている可能性が指摘されました。

このような状況で、実は尖閣諸島のうち魚釣島・北小島・南小島の三島は、1970年代から埼玉県に在住する個人が所有する私有地となっていました。しかし2012年9月11日に、日本政府が20億5000万円で三島を購入し、尖閣諸島は国有化されます。

国有化のきっかけは、2010年の、領海侵犯した中国漁船が海上保安庁の巡視船に衝突した事件です。日本国内で尖閣諸島問題への関心が高まるなか、2012年に当時東京都知事だった石原慎太郎が島を購入する計画を発表します。

これが中国政府を刺激し、中国は外交部を通じて反発を強めました。すると中国の反発に対処するため、当時の野田佳彦内閣が尖閣諸島を国有化する方針を発表したのです。

こうして尖閣諸島は国有化されましたが、その後中国は圧力を強化。尖閣諸島周辺における領海・領空侵犯は国有化以前よりも飛躍的に増加しています。さらに、侵犯する船舶のなかには武装したものも含まれていて、尖閣諸島をめぐる対立は、緊張の度合いを高めながら継続しているのです。

 

尖閣諸島は資源の宝庫!石油が埋まってる?

 

1968年、「国連アジア極東経済委員会(ECAFE)」は、尖閣諸島周辺で海底調査を実施。その結果をまとめた「東シナ・黄海の地質構造等に関する報告書」には、この地域に石油が埋蔵されている可能性に言及して「台湾と日本との間の浅海底は、世界的な産油地域となるであろうと期待される」とまとめられています。

この調査では、尖閣諸島周辺に存在する石油の埋蔵量が約1000億バレルと試算されました。しかしその後、より詳細な調査が実施された結果、1994年の試算では埋蔵量は約33億バレルと下方修正されており、その埋蔵量は当初の予測よりも少なく見積もられています。

とはいえ、33億バレルという石油は、日本の年間消費量を上回る値です。また近年では、周辺海域でレアメタルの鉱床が発見されていて、尖閣諸島周辺にもレアメタルが埋蔵されている可能性が指摘されています。

日本、台湾、中国が対立している影響で、本格的な調査は実施されていません。そのため正確な埋蔵量は明らかになっていませんが、石油をはじめ、さまざまな海底資源が眠っているのはほぼ間違いないといえるでしょう。

 

日本の主張の正当性を立証した一冊

著者
斎藤 道彦
出版日
2014-01-15

 

書名のとおり、本作は日本の立場から、日本が尖閣諸島を領有する正当性を示した作品です。

作者は史料を通じて事実を積み重ね、主張に説得力を持たせることに成功しています。さらに、日本の正当性を主張するだけでなく、台湾や中国の主張に対しても、論拠を提示したうえで論理的に反論しています。

本作を通じて尖閣諸島問題の論点を確認し、歴史的事実を知ることで、自身の考えを深めていくことができるでしょう。

 

尖閣諸島問題に日本はどのように向き合うべきか

著者
豊下 楢彦
出版日
2012-11-17

 

本作が刊行されたのは、尖閣諸島の国有化が発表された2012年のことです。当時の状況を踏まえつつ、作者は尖閣諸島領有に対する日本の正当性を主張しています。

しかし本作は、単に日本の正当性を主張しているだけではありません。アメリカ政府のあいまいな態度や、日本政府の主張に見られる危うさなどに言及しつつ、尖閣諸島問題だけでなく竹島や北方領土問題も視野に入れた議論を展開しているのです。

このような議論を経て、作者は領土問題を解決するため日本がとるべき外交方針について、思い切った提言をしています。どのような立場をとる人でも、本作からさまざまな示唆を得ることができるでしょう。