漫画『孤高の人』は坂本眞一の作品で、実在の登山家をモデルにした同名の小説を原案とするコミカライズ作品です。死と隣り合わせで山に挑む登山家の森文太郎を描いています。 圧倒的な画力と、独創的な心理描写が高い評価を得た本作。この記事では、そんな漫画『孤高の人』見所を一部ネタバレをまじえて紹介していきます。スマホアプリで読むこともできるので、気になる方はそちらもどうぞ。
漫画『孤高の人』は坂本眞一による山岳漫画です。2007年から2011年まで連載され、2010年には文化庁メディア芸術祭マンガ部門 優秀賞を受賞しました。新田次郎による同名小説が原案となっていますが、物語は大きく異なります。
漫画は、高校3年の森文太郎が転校してきたところから始まります。無口で自分の殻に閉じこもっていた彼ですが、クラスメイトの宮本一にそそのかされ、校舎の壁をよじ登ることに。そしてそのまま屋上までロープをつけずに登りきり、クライミングの魅力に目覚めるのでした。
- 著者
- 坂本 眞一
- 出版日
- 2008-07-18
その後、クライミング部にも入部しますが、ジャーナリストの黒沢睦美に無謀なクライミングを報道されたことがきっかけで活動停止に。傷心のまま単身八ヶ岳の登頂に挑む文太郎は遭難してしまいます。その後、文太郎は無事山岳救助隊に救出されましたが……。
その後、師と仰ぐ人物の死、仲間の裏切りや友人の旅立ちが続き、ますます孤独を深めた文太郎。そこから彼はひとりだけで山に登るソロクライマーになる決意をするのでした。
高校卒業後は世界第2位の高さで、エベレストより登頂が難しいとされる山K2に挑む、「K2東壁」遠征チームに選出されますが……。
『孤高の人』の見所はなんといっても登山の描写です。山の厳しさだけでなく、極限状態、閉鎖された人間関係でのリアリティあふれるやり取り、主人公・文太郎の精神状態などを丁寧に描いています。
チームで登山に臨む描写も描かれますが、過酷な環境では、むき出しになる本性や孤独が際立ち、人間はそれぞれ「ひとり」だということが身に沁みます。まさにタイトルの意味でもある「孤高の人」という言葉がぴったり。
最後まで読み終えた時、この言葉がずっしりとのしかかってくるように感じるかもしれません。
坂本眞一は1972年生まれ、大阪出身の漫画家です。1990年に漫画家デビュー。
代表作に『孤高の人』『イノサン』などがあり、圧倒的な画力と繊細な線描による人物描写が高い評価を得ています。
- 著者
- 坂本 眞一
- 出版日
- 2013-06-19
江川達也の元アシスタントで、感情でペンを走らせるタイプだった坂本は、迷いのない筋道のある線を描く彼から多くのことを学んだのだとか。特に当初は流行っている画風をまねていたそうで、今からは考えられない、アニメチックな画風だった時もあったようです。
2013年からは、フランス革命の処刑人を題材とした『イノサン』の連載を開始。同作は文化庁メディア芸術祭審査委員会推薦作品に選出、手塚治虫文化賞ノミネート、マンガ大賞2015第7位獲得など、高い評価を得ています。
ヴィジュアル系バンドDIR EN GREYのファンで、『イノサン』の表紙からはそのことが感じられる耽美さがあります。
『イノサン』とその続編「ルージュ」について紹介した<『イノサン』の面白さを続編「ルージュ」までネタバレ紹介!>の記事もおすすめです。気になる方はぜひご覧ください。
ここからは本作の見所を紹介していきましょう。まずご紹介したい本作の魅力は、何といっても登場人物です。
本作の主人公。小説の加藤文太郎がモデル。友人・瑞樹の自殺未遂を機に何物にも心を閉ざしていましたが、転校先の高校でクライミングに出会い、魅力にとりつかれていきます。
しかし文太郎が心を開こうとするたびに、クラブのメンバーや、クライミングチームから裏切られたり、部隊遭難でチームメンバーが雪崩事故で亡くなるなどの不運が続きます。どんどん追い詰められていく様子は、読んでいるだけで苦しくなるほど。
作中では文太郎の心象風景が頻繁に登場し、精神的な葛藤や、彼の感じる孤独などが言葉ではなく視覚的に訴えてきます。
文太郎の転校先、横須賀北高校の英語教師で、クライミング部の顧問。小説の外山がモデル。優しく男らしい人物で、森文太郎の理解者として描かれています。
日本でも有数のクライマーで、文太郎が八ヶ岳に単独登頂に挑み遭難した際に、救助に向かいました。文太郎は、彼とのある出来事をきっかけにクライマーになることを決意します。
- 著者
- 坂本 眞一
- 出版日
- 2008-09-19
文太郎にロッククライミングの魅力を教えたクラスメイト。小説の金川義助がモデル。明るくやんちゃなキャラクターで、大西とのある出来事をきっかけに高校を中退し、ロッククライマーを目指してフランスに渡ります。
横須賀北高校クライミング部マネージャーで、物語前半のヒロイン的存在です。小説の園子がモデル。宮本とは幼馴染みで、両思いながら付き合ってはいないという淡い恋愛関係です。
クライミング部の事件や宮本の渡仏をきっかけに、容姿も性格も別人のように変貌してしまいます。文太郎は彼女に誘惑されて苦悩の日々を送り、登山に活路を見出そうとします。
フリージャーナリスト。クライミング部顧問の大西とは同じ大学の山岳部出身。三白眼で悪人風の風貌です。
登場は、文太郎の高校時代。彼が校舎の壁を登ったことをゴシップとして報道しましたが、文太郎が八ヶ岳で遭難した際は、大西とザイルを組んで救助に向かいます。その後も、何かと尽力する文太郎の理解者として描かれます。
文太郎に憧れを抱くクライマー。小説の宮村健がモデルで、文太郎と共にK2登頂に挑みます。おしゃれで、ワンレングスのロングヘアがトレードマーク。
パソコンを持ち歩き、カメラで登頂する様子を撮影します。文太郎とは正反対の、現代的で自己顕示欲の強いキャラクターです。
ここからは本作の見所として名言を3つご紹介しましょう。
ひとつめは、ストーリー序盤でのもの。宮本にそそのかされ、命綱なしで校舎の壁を登る文太郎に気づいた生徒たちがざわつき、教師が早く降りるようにと文太郎に命じます。それに対して宮本が叫んだセリフがこちら。
「余計なこと言うんじゃねーっ!
登るよりも降りる方がはるかに難しいんだよ」
(『孤独の人』1巻より引用)
この後、文太郎は宮本のアドバイスに耳を傾け、下に降りることを選ばずに、校舎の壁を登りきり屋上に到達します。
登るよりも降りる方が難しいという宮本の発言は、クライミングの技術的なことを述べています。しかし、窮地に立たされた時でも後戻りはできず進み続けるしかないという、人の人生に重ね合わせることもできる名言なのではないでしょうか?
- 著者
- 坂本 眞一
- 出版日
- 2008-04-18
「愛してる花ちゃん。
どんなに遠く離れていても
俺たちは互いに固くザイルを結び合っているんだ」
(『孤独の人』12巻より引用)
彼にとっての花の存在の大きさを感じる、愛にあふれる名言。
幻影のなかで、彼は初めて心を許すことがでた花とザイルが結ばれています。人を信じようとしては何度も失望し続けた文太郎。それまでの彼の孤独を知っている読者には特に沁みます。
「俺たちのやっている事なんて
誰にも知られなくていいんだ。
(『孤独の人』15巻より引用)」
デジタルを駆使する現代的な建村と、ストイックで仙人のような文太郎。2人は登山前から正反対に描かれていました。自己顕示欲のために登山をしている建村と、ただ山に登りたい文太郎の登山に対する思いの違いがはっきりとわかる名言です。
漫画『孤高の人』は小説版を原作とした作品ではなく、原案と明記されています。
小説版は実在した登山家・加藤文太郎をモデルにした作品で、本人の遺稿集である「単独行」をもとに描かれています。フィクションではありますが、時代設定も舞台設定も、多くが「単独行」の記述と共通している内容です。
- 著者
- 坂本 眞一
- 出版日
- 2008-11-19
また、小説版では昭和初期の兵庫が舞台でしたが、漫画版は現代の神奈川県横須賀市が舞台になっています。登山に挑んだ山も鷹取山を高取山、二子山を双子山と記載するなど、相違点がみられます。
他にも、主人公の性格設定にもかなり乖離があり、ロッククライミングに対する考え方も異なっているなど、小説の漫画化ではなく、小説にインスパイアされて制作された別の物語と考えるべきなのかもしれません。
『孤高の人』のモデルとなった加藤文太郎は、昭和初期に活躍した登山家。1905年生まれ、1936年に北アルプス槍ヶ岳の北鎌尾根で遭難死。享年31歳。
- 著者
- 加藤文太郎
- 出版日
- 2010-11-01
重装備に登山靴という他の登山家と一線を画す、軽装に地下足袋姿がトレードマークの加藤。登山とはガイドを伴い複数で隊を組んで挑むものという常識を覆し、冬期登山が一般的ではなかった時代に厳寒の北アルプスの単独行を何度も成功させています。
「単独登擧の加藤」「不死身の加藤」と賞賛され、亡くなった際に新聞には「国宝的山の猛者、槍ヶ岳で遭難」と報じられた伝説の登山家です。
かなり相違点の多い漫画版と小説版ですが、最大の違いはエンディングシーンです。史実に基づいて描かれた小説版の加藤文太郎は、宮村健とともに北アルプス槍ヶ岳の北鎌尾根に登り、パートナーを失い、その後自分も遭難死しています。
- 著者
- 坂本 眞一
- 出版日
- 2011-11-18
漫画版の加藤文太郎は建村歩とザイルを組んでK2登山に挑みます。槍ヶ岳とK2という目指す山は違いますが、難攻不落の雪山に挑むという点では同じです。他にも設定に多数共通点もあるものの、大きく異なる点は東日本大震災の描写があること。
また、ラストシーンは原作と大きく異なるため賛否両論を巻き起こしました。漫画版の文太郎の最後まで諦めない生きようと足掻く姿や、明るいラストに救いを感じた人も多いのではないでしょうか?
登山をテーマにした漫画を紹介した<登山漫画おすすめベスト10!高尾山の山ガールから高峰エベレスト登頂まで!>の記事もおすすめです。気になる方はぜひご覧ください。