優れた物語性を有する作品に贈られる「山本周五郎賞」。この記事では歴代受賞作のなかから特におすすめの6作品を選び、作品の魅力や見どころを紹介していきます。また、「山本周五郎賞」の概要についても解説していくので、ぜひ読んでみてください。
昭和時代に大衆文学や時代小説の分野で活躍した作家、山本周五郎にちなんで、物語性に優れた小説に贈られる「山本周五郎賞」。1968年から1987年まで続いた新潮社主催の「日本文学大賞」の後継として、1988年に設立されました。
純文学作品に贈られる「三島由紀夫賞」、評論やエッセイに贈られる「小林秀雄賞」、ノンフィクション作品に贈られる「新潮ドキュメント賞」とあわせて「新潮四賞」と呼ばれています。
「山本周五郎賞」の対象となるのは、4月から翌3月までに発表された小説。5人の選考委員の合議で受賞作が決定され、雑誌「小説新潮」上で発表されます。
「山本周五郎賞」の受賞作はエンターテインメント性が高く、日本の大衆文学賞として「直木賞」の対抗馬的な立ち位置だといわれることが多いですが、「直木賞」は大御所やベテラン作家が受賞することが多い一方で、「山本周五郎賞」は中堅作家が受賞する傾向が強いという特徴があります。
印刷会社に勤める青砥は、数年前に離婚をして、地元に戻ってきました。ある日、身体の不調を感じて病院を訪れると、同様に検査を受けにきていた中学時代の同級生、須藤とばったり出会います。
須藤は素朴で地味な見た目ですが、芯の強い女性で、青砥がかつて告白をしてフラれた相手でもあります。偶然の再会を果たした彼らは、互いを励ましあうために飲み会を開き、その後も2人でよく会うようになりました。
50歳になった孤独な大人のわびしさや、相手を慈しむ気持ちに切なくなる物語です。
- 著者
- 朝倉かすみ
- 出版日
- 2018-12-13
2019年に「山本周五郎賞」を受賞した朝倉かすみの作品です。
10代のみずみずしくて躍動感のある恋愛小説ではありませんが、50年という長い時間それぞれの人生を歩んできた2人だからこそ、お互いを思いやり、相手の心の隙間を埋めてあげたいと願う純愛が描かれています。距離がなかなか縮まらないもどかしさはありますが、それがまた心地よくも感じられるのです。
また、冒頭から須藤が背負う運命が明かされるため、ストーリーのひとつひとつが切なく響くのも魅力です。
かつてカンボジアに過酷な圧政を敷いた、クメール・ルージュの頭ポル・ポト。本書は、彼の隠し子であり、「人の嘘を見抜くことのできる能力」をもつ美少女ソリヤと、貧しい村に生まれた頭脳明晰な神童ムイタックを描いた物語です。
ソリヤとムイタックは出会った日にカードゲームで遊び、互いに「人生最高の時間」を共有しますが、その後突入するポル・ポト政権下での生活により、離れ離れになってしまいます。
ソリヤは、誰もが平等に生きることができる社会を実現するため政権奪取を目指し、 ムイタックは、自分の周りの人だけでも人間らしい生活が送れるようにと知恵を絞るのです。
懸命に生きる2人は、やがて再会。しかしそれは、決して喜ばしいものではありませんでした。
- 著者
- 小川 哲
- 出版日
- 2017-08-24
2018年に「山本周五郎賞」を受賞した小川哲の作品です。
政治が腐敗していると、ルールは権力者の鶴の一声で歪められ、不条理をもたらします。本作はこの腐敗に焦点をあて、聡明な少年少女の反撃を描いているのです。
上巻は、疾走感を一切衰えさせることなくラストまで突き進みます。「人生最高の時間」を共有した2人のエピソードがあるからこそ、それぞれの運命を生きる2人の再会が最悪な形となった事実が重く胸にのしかかるでしょう。
さらに下巻では、一気に時代が進み、SF小説らしい様相に。果たして2人は、どのような世界を完成させるのでしょうか。
日本人の美術研究者早川織絵と、ニューヨーク近代美術館のキュレーター、ティム・ブラウンは、スイスのとある大邸宅に招かれました。そこで近代美術館に所蔵されているアンリ・ルソーの「夢」に酷似した絵を紹介されます。
本物なのか、偽物なのか。「古書に書かれた7章からなる物語を1日1章ずつ読み進め、最終章を読んだ7日後にそれぞれ講評をし、勝者にはその絵画の所有権が譲られる」という条件のもと、2人は真贋判定を依頼されました。彼らが出した結論とは……?
- 著者
- 原田 マハ
- 出版日
- 2014-06-27
2012年に「山本周五郎賞」を受賞した原田マハの作品です。原田はニューヨーク近代美術館で働いた経験があり、フリーのキュレーターとしても活躍しています。巻末の膨大な参考文献からも、そのこだわりが強く感じられるでしょう。
現在と過去、そして2人が読み解くことになる作中作の「ルソーの評伝」という3つの世界がパズルのピースのように繋がっていく快感は、本書でしか得られません。作中作のなかで生き生きと描かれるルソーの人柄や、彼の絵画の魅力がありありと伝わってくる文章にも惹き込まれます。
繊細に張り巡らされた伏線やストーリー構成が見事で、アート小説としてだけでなくミステリー小説としても一級品の読みごたえ。美術に関する知識がなくても問題ないので安心してください。
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初めての原田マハ!初心者向けおすすめ文庫作品ランキングベスト9!
人気沸騰中の原田マハは、小説家としてはもちろん、美術など多方面にわたって活躍しています。今回は、原田作品を読んだことがない人に、まずおすすめしたい文庫本をまとめました。
高校1年生の卓巳と、姑から不妊治療を強要されている主婦の里美。12歳も年の差がある2人は、コミケのイベント会場で出会います。やがて彼らは、放課後に里美のマンションで、アニメキャラに扮した格好で情事に耽るのが日課となりました。
しかし卓巳は、以前から気になっていた同級生から告白されたことで、里美との関係に終止符を打つことを決めます。そこで自分の本当の気持ちに気付き……。
- 著者
- 窪 美澄
- 出版日
- 2012-09-28
2011年に「山本周五郎賞」を受賞した窪美澄の作品。卓巳と、彼に関わる4人の視点から描いた連作短編集です。
卓巳の視点で書かれた「ミクマリ」の章はインパクトの強い内容で、最初は戸惑ってしまいますが、その後の他の4人の視点で綴られた章を読み進めるうちに、本作が「ミクマリ」を中心に複雑に絡み合ったストーリーになっていることがわかります。
どの章でも一貫して「性」や「生」がテーマとなっているのが特徴。人の心の闇の部分にスポットをあてていますが、新たな生命が誕生する尊さを感じられるラストまで、しっかりと読み切りたい作品です。
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窪美澄のおすすめ書籍ベスト5&最新作!性と真正面から向き合い、描き続ける
女性の身体や性の在り方というのは神秘的なものです。人の生命をどう捉えるか、という問い掛けがそこにあるから。妊娠や出産にまつわる「性」を真摯に追求し続ける女性作家、窪美澄の作品5作品と最新作をご紹介します。
広告代理店で営業部長を務める佐伯。最近目眩がすることが増え、物忘れがひどくなって仕事にも支障をきたし始めたため、病院を受診しました、そこで下された診断は若年性アルツハイマー病。
ひとり娘の出産と結婚式を控えるなか、病気は無情にも進行を続け、ついに家族との大事な記憶までもが蝕まれていきます。
佐伯を支え続けた妻との、悲しくも温かみを感じさせる切ないラストシーンは涙なしでは読むことができません。
- 著者
- 荻原 浩
- 出版日
- 2007-11-08
2005年に「山本周五郎賞」を受賞した荻原浩の作品です。
若年性アルツハイマー病は、現代の医学では進行を遅らせることが精一杯の病気。症状が顕著になりできないことが増えていくもどかしさ、自分が自分でなくなっていく恐怖は言葉になりません。できる限りのありとあらゆる対策を講じても、抗えない現実に傷つく佐伯ですが、それでもすべてを受け止めて必死で前に進もうとする人柄に惹きつけられるでしょう。
また、自分の愛する人が病に侵されていくという妻の苦しさも痛いほど感じられ、胸が苦しくなります。
読後は、自分の人生や周りの人をこれまで以上に大切にして生きていきたいと思わせてくれる、温かみのある作品です。
主人公は秋田の貧しい小作農の家に生まれた松橋富治というマタギです。働き始めて3年ほどが経ち、ようやく一人前として認められ始めた富治でしたが、地主の娘と身分違いの恋に溺れ、村を追われてしまいました。
山奥の鉱山に住み込みで働くことを余儀なくされますが、狩猟への思いは断ち切れず、鉱山で知り合った小太郎の故郷でマタギとして再出発を果たします。
再びマタギとなった富治が対峙する「山の神」の化身とは……?
- 著者
- 熊谷 達也
- 出版日
2004年に「山本周五郎賞」と「直木賞」を受賞した熊谷達也の作品です。
本作の魅力は、丁寧な取材によって描かれたリアルな狩猟のシーンでしょう。圧倒的な緊張感と迫力を体感できます。特に富治と「山の神」のシーンは手に汗握る場面が続き、自然への畏怖を感じざるを得ません。
また、息もつかせぬ狩猟シーンの合間には、富治の恋愛模様や人間ドラマも描かれていて、ひとりの男の一生を目の当たりにさせられるのです。自分自身に真正面から向き合い、正直に生きた富治の姿からは、言葉にならない清々しさを感じられるでしょう。
さらにマタギを取り巻く自然の描写も美しく、日本の豊かな風土を思い起こさせてくれる感動の大作です。
「山本周五郎賞」を受賞した作品は、どれも読者を物語に惹き込むストーリー性の高い名作ぞろいです。また恋愛やアート、SF、ヒューマンドラマなどさまざまなジャンルの小説があることを実感することができます。まずは自分の興味のあるところから、手に取って読んでみてはいかがでしょうか。