筒井康隆の小説は SF、ホラー、純文学的なものと幅広いですが、作品からはいつも何かに挑戦し続けるエネルギーを感じます。それは批判をもろともしない筒井の反骨精神の現れなのかもしれません。今回はそんな作風が感じられる5作品をご紹介します。
筒井康隆は少年時代から江戸川乱歩、手塚治虫などの、小説や漫画を幅広く愛好していました。社会人になってから同人誌『NULL』を創刊します。執筆陣は筒井自身とその三人の弟、そしてなんと父親!家族総出で取り組んだこの同人誌はマスコミでも話題となりました。そして知名度を得た『NULL』は江戸川乱 歩の目に留まります。同誌で発表した短編作品『お助け』が乱歩主催の雑誌『宝石』に転載されること になったのです。
その後筒井は泉鏡花文学賞、谷崎潤一郎賞、川端康成文学賞など様々な文学賞を受賞する大作家となります。そんな彼の作風は過激でスプラティック。他の作家が委縮してしまうような規模のパロディやコメディ、グロテスクな描写にも恐れをなさず踏み込んでいきます。
その自由な文筆活動から各種権利団体との衝突を起こし、断筆宣言を行ったこともあるほど。そんな筒井康隆だからこそ書き得る力強い小説を紹介したいと思います。
深田恭子主演でテレビドラマ化もされた連作短編集です。ドラマのほうでは金持ちのお嬢様が主役でしたが、原作では主人公は神戸大助という青年。大富豪神戸喜久右衛門の実子で当然大金持ちです。
喜久右衛門は現役時代は非情な実業家でした。人を陥れて築いた巨万の富。妻、つまり大助の母親はその悪行に心を痛め早逝してしまいます。引退した喜久右衛門は現役時代の罪を悔い、息子の大助が刑事として善行を積むことが自分の罪滅ぼしになるといって、莫大な資産を惜しみなく捜査費用に提供してくれるのでした。
- 著者
- 筒井 康隆
- 出版日
- 1984-01-12
さて、この大助青年の富豪っぷりを同僚の猿渡があてこすってこう言い表します。「キャデラックを乗り回し、葉巻を半分も喫わずに捨て、十万円以上のライターをいつも置き忘れ、イギリスで誂えた仕立て下ろしの背広を着たまま雨の中を平気で歩くような刑事」。さらに神戸が手にしているのは金だけでなく、喜久右衛門の有能な美人秘書・浜田鈴江は大助にぞっこんです。
富も美女も手に入れている神戸大助、さぞかし嫌味な主人公かと思いきや、ちょっと天然な好青年なのです。鈴江のわかりやすい好意のしるしにも全く気が付かないおとぼけっぷり、「ですます」調でしゃべる丁寧な性格、父親が自分の力(いわいる脅しや圧力)で事件解決に助力してやろうという余計なおせっかいを嫌う正義感。これらがあわさった真面目な大助だからこそ、富豪という属性を持っていても好感を持って応援できる主人公になっています。
難事件の数々に直面する彼ですが、これをありえない金額で解決していく、そんな度肝を抜かれる物語です。かなりおかしな大助の金銭感覚にご注目ください。
『富豪刑事』はここに紹介する筒井作品の中では比較的マイルドな読後感になっていますが、喜久右衛門の黒い過去や人脈、子供思いの情に厚い顔と現役時代の悪い顔が唐突に入り乱れる様に筒井コメディの真髄が見え隠れしています。他の刺激的なコメディやホラーへの入り口になってくれる作品といえるでしょう。
これは推理小説です。ただし推理するのは探偵ではなく、実は読者の方。この小説には巧みな叙述トリックが使われています。けして純粋なミステリーではありませんが、この本を読み終わったとき、既視感を覚えました。読後の巧みに「作者に騙された」感覚は、アガサ・クリスティにそっくり。『オリエンタル急行殺人事件』『アクロイド殺し』などが好きな方にはたまらないと思います。読者をも作品の一部にとりこんでくる、本の枠を超えて迫ってくるミステリーです。
さらにこの話はただの叙述トリックにはとどまりません。障害者というキーワードを遠慮なく作品に用いる大胆さに、筒井康隆のブラックで鋭い作風が見える作品でもあります。
- 著者
- 筒井 康隆
- 出版日
- 1995-01-30
八歳の「おれ」が同い年の従兄弟重樹に大きな怪我を負わせてしまったことが語られる第一章がすべての始まりでした。滑り台をローラースケートで滑るという危険な遊びをしていた「おれ」は、滑り終わっていなかった重樹に追突。重樹は下半身の成長が止まり、車いすの生活を余儀なくされることになります。後悔の念に苛まれた「おれ」は一生重樹のそばを離れず支えることを誓います。
そして、それから二十年後、画家になった重樹は夏の終わりにある別荘でバカンスを過ごすことになりました。集まってきたのは金持ちの青年達と美貌の娘達。持ち主の木内文麿氏が画家、ロートレックの作品を収集していることから「ロートレック荘」と呼ばれるようになったこの別荘で楽しい数日が過ぎるはずでしたが......。
次々と殺されていく美女。別荘という隔離された空間でひろがる疑惑。本の合間に挟まれたカラー刷りのロートレック作品が小説に花を添えたミステリーです。
筒井康隆本人が自選した、ドタバタ傑作短編集です。表題作『最後の喫煙者』は世間の風潮に反抗する筒井らしい作品です。
「国会議事堂の頂にすわりこみ、周囲をとびまわる自衛隊ヘリからの催涙弾攻撃に悩まされながら、俺はここを先途と最後のたばこを吸いまくる」最後の喫煙者とは主人公のことです。ある程度名の知れた小説家である彼(たぶん筒井自身がモデルなのでしょう)、世間がいつの間にか喫煙者を強力に敵視していることに気がつかず、ヘビースモーカーとして過ごしていました。
- 著者
- 筒井 康隆
- 出版日
- 2002-10-30
ある日自宅に訪ねてきた女性編集者の名刺に書いてあった「私はたばこの煙を好みません」の言葉にむっとして追い返したところ、あちこちの雑誌に喫煙者としての主人公の悪口を書き立てられます。怒った主人公は嫌煙家を馬鹿にした文章を発表することで反撃。しかし論争は次第に激化し、いつしか喫煙者は獣、ひとでなしとみなされるようになります。身の危険を感じるようになった主人公は改造拳銃と日本刀で武装。自宅の周りには鉄格子を張り、電流を流します。
主人公と同じように行き場のなくなった喫煙者たちは協力し、攻撃してくる民衆、警察や自衛隊との血みどろの戦争を繰り広げるのですが、一人、また一人と倒れていくことに。とうとう最後に残った主人公は喫煙者の意地を通し、国会議事堂のてっぺんで粘り続けるのですが、気が付くと地上がひっそりしています。おかしいぞ、と思ったら......。
人間、特に日本人の「世間がいいといったもの」に対する凶悪なまでの執着、それに同調しない人間に対する徹底的な差別を過激なコメディで書き表した作品です。
同時収録の『問題外科』もかなりのドタバタ劇。こちらはより問題作となっています。
患者と間違って看護婦の腹を切開してしまった医者。この事件をなかったことにするために看護婦を殺してしまおうとするのですが、殺人を決定してからは彼女の臓器をもてあそび始めます。そこに事件を知った上司たちが加わり......。
グロテスクでエロティックなスプラッター劇。最悪な医者の徹底したキャラクターに嫌悪感を通り越して呆然としてしまう刺激の強い一編です。まさに筒井康隆の作風が光った短編集といえるでしょう。
筒井康隆の自薦ホラー傑作集です。さすが、作者本人が選び抜いただけあって、かなりのインパクトがあるホラー小説が目白押しです。ここに描かれている筒井康隆の恐怖の世界は普通の怪談話や都市伝説に感じる規模ではありません。まさに圧倒されるような絶望と救いのない圧迫感。さすが巨匠、筒井康隆が作り出した物語です。
表題作『驚愕の曠野』は冒頭「この長いながいお話、もうこんなに読んできてしまいました」という女性のセリフから始まります。そして次のページにはいきなり第332巻の表記が。長い長い物語の途中から始まるという構成がとられているのです。読み進めるうちこれは魂の輪廻を記録した文章なのだということに気が付きます。
何度も生まれ変わり、そのたびに起こる悲劇、死、そしてまた生まれた世界では新たな苦痛が待ち受けています。世界がループし、読み進めるほどに迷路に迷っていくような感触があります。本の記述は次第に断片的になりますが、その断片からすら想像できる目をそむけたくなるような地獄。壮大な世界観に圧倒されるホラー小説です。
- 著者
- 筒井 康隆
- 出版日
また本短編集でもっとも醜悪な物語が、『二度死んだ少年の記録』という作品です。いじめを苦に飛び降り自殺をした少年。飛び降りたものの死にきれず、落下の衝撃で全身の皮膚がずれ下がり、異形の姿に。クリーチャーのごとき外見になった少年は、校内を徘徊します。
いじめに加担していた学校の生徒、教師 は大パニックになる、というストーリーです。 いじめの原因が彼の「腋臭」というのがまたなまなましいです。そのいじめの描写は読者に「かわいそう」 という感情をこえ、「恐ろしい」の気持ちをおこさせます。いじめに加担する教師陣の描写もこれでもか というぐらい人として最低にかかれており、一方で化け物と化した少年に逃げ惑ういじめ加害者の様も 滑稽なぐらい醜悪です。
少年の飛び降りた後の姿はひどく生々しく書かれ、心臓の弱い人、感受性の強い人は要注意。この話はお そらく「いじめはいけない」という道徳的な観点から書かれたものではなく、「いじめ」というカテゴリの 中で人の醜さを抉り出した作品なのです。いろいろなホラー作品を読みましたが、ここまで心底「恐ろしい」と感じた小説はありません。
これは筒井康隆の自選グロテスク短編集です。前述のホラー短編集『驚愕の曠野』の紹介を見ていただければわかると思いますが、筒井の作品はもとよりグロテスクな要素を多分に含んでいます。そんな彼が「グロテスク」というのだから、その内容の過激さは推して知るべしと言わせていただきます。
表題作『ポルノ惑星のサルモネラ人間』はポルノ惑星で調査を続ける研究者に襲い掛かる悪夢を描いた短編です。ポルノ惑星では地球と違う変なことがたびたび起こるのですが、その内容はたいていいやらしい方向に変なのです。
発端は 32 歳の美人学者が妊娠したことでした。この妊娠の原因は惑星に生息する野草ゴケハラミ。ゴケ ハラミという草は女性の体内に胞子を侵入させ、卵細胞と結合、子供を作ってしまうというのです。解決 策を探すために惑星の原住民とコンタクトを取ろうとする研究者たち。しかしその道には数々の気色の 悪い生き物が立ちふさがります。
コミカルな調子で進んでいくのでついつい先を読んでしまうのですが、実に気味の悪い小説です。よくここまでグロテスクな生物を書いたものだと思うほど、彼の筆力で醜い生き物が想像の世界にたちあがってきます。
- 著者
- 筒井 康隆
- 出版日
- 2005-07-28
さらに過激なのが同時収録の『カンチョレ族の繁栄』という話です。大東亜共栄圏確立を目指し、南方の地ニューギニアに出張することになった南海開発株式会社社員の主人公の苦難を描くストーリー。
このように描くとわくわくするような冒険譚のようですが、その内実は次から次へと訪れるグロテスクな状況にあわてふためく主人公がどんどん間抜けになっていく過激なコメディです。この主人公、大日本帝国の国民であることを嵩に来たプライドが高い人物。
案内役の現地人が鰐に食われた時も、「国威発揚のためわざわざ日本からやってきた日本人が鰐に食われたのでは犬死である。無知な土人が食われてよかったのである」と言い切るこの男がしだいに情けない様子に転落していく様を読むと、哀れなような、滑稽なような複雑な気持ちになります。彼をこのように変えていくのは現地の自然(獲物を溺死させてから食べる鰐、蛇の大群、どう猛な蟻、毒ガスを吐く蟇)であり、現地人カンチョレ族の奇妙すぎる風習(例えば死体を家に放置し、腐るままに任せて白骨化させる埋葬法)です。
『ポルノ惑星のサルモネラ人間』に見られた生理的な気持ち悪さに、人間の生み出すグロテスクな世界が加わり不快指数の高い短編です。好きな人にはたまらない、けれども人を選ぶ本となっています。
筒井康隆の作品は徹底しています。コメディに対しても、ホラーに対しても、何かに遠慮する書き方というものを彼はまるでしていないように見えます。それは時に読むものをたじろがせるような規模を持って読者に迫ってきます。そんな刺激を待っているという本好きな皆さん、ぜひ筒井作品の世界を堪能してください。