島本理生『Red』妻、母、自分…。「女」を描いた恋愛小説【ネタバレ注意】

更新:2021.11.20

女性は貞節を守り、慎ましくあるべきだという考えは古くなりましたが、奔放な女性は眉を顰められがちなものではないでしょうか。しかし、性別や置かれた環境、年齢などに関係なく、誰しも欲を抱えているのは当然ともいえるかもしれません。 今回ご紹介する『Red』は1人の30代女性が主人公。彼女を取り巻く複数人の男性、彼らとの性愛と苦悩をつづった小説です。映画化もされ、話題になっている原作をご紹介いたします。ネタバレがありますのでご注意ください。

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小説『Red』はただの官能小説じゃない!島本理生の問題作が映画化【あらすじ】

『Red』の主人公は村主塔子(むらぬしとうこ)。大企業でSEとして働いていましたが、夫の真(しん)との結婚を機に退職。現在は2歳になる娘の翠と夫、夫の両親と一緒に生活する専業主婦です。 

可愛い娘がいて、夫の収入も申し分なく、義両親とも不仲ではない。誰から見ても恵まれた生活を送っているように見える彼女でしたが、夫とはセックスレス状態が続いていました。さらに求められる妻、嫁像を演じるプレッシャーに不満が募ってもいました。

そんなある日、塔子は友人の結婚式に出席します。そこで、元恋人の鞍田明彦と再会してしまうのでした。 

再び鞍田と関係を持ち、「不倫」というタブーに足を踏み入れた塔子。葛藤し苦悩する彼女の心が読者に肉薄します。リアルな性描写があるのでそこに目がいきがちかもしれませんが、等身大の女性である塔子の悩みには共感する部分も多く、ただの官能小説ではないことが感じられます。

本作は映画化され、夏帆妻夫木聡、柄本佑、間宮祥太朗が出演しています。映画の詳細はこちらでご覧ください。

公式サイト

Red | 2020年2月21日(金) 全国ロードショー

2/21(金)公開 映画『Red』予告篇

 

 

 


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作者・島本理生とは

 

作品をご紹介する前に、作者について解説させていただきます。

島本理生(しまもとりお)は、1983年5月18日生まれ、東京都出身の小説家です。小学生の頃から小説を書き始め、15歳の時に『ヨル』が掌編小説コンクールで当選。その3年後には『シルエット』が群像新人賞優秀作に選ばれました。

さらに高校在学中の2003年『リトル、バイ、リトル』で芥川賞候補に選出。その後も『ナラタージュ』や『クローバー』など話題作を次々発表しました。

 

著者
島本 理生
出版日

10代でデビューした学生作家ということで、初期作品は10代や20代の男女を主人公とした恋愛小説を数多く執筆していました。なかでも『ナラタージュ』や『あなたの呼吸が止まるまで』は理不尽な性暴力を描いており、島本作品のひとつのテーマにもなっています。

その後は自身も結婚し出産したことから、主人公となる女性の年齢層が上がり、彼女の特徴である心の傷の描き方もより深みを帯びたように感じられます。本作や『イノセント』では子を持つ母の姿を描いており、「一般的ではない」環境にありながらも、共感してしまう心の揺れ動きを描く作家です。

作品の魅力:妻として、母として。さまざまな役割の葛藤を描く

 

本作は一見何不自由なくみえる人物の葛藤や悩みが共感できる境遇とともに描かれています。

塔子は2歳の娘と夫の真、真の両親との5人で暮らしています。世の中には義理の両親と同居し、不仲で悩んでいるという人は多くいますが、塔子と義理の両親とは可もなく不可もなく、嫌みを言われるなど、直接的な精神的苦痛を味わっているわけではありません。  

しかし、良好だからと言ってまったくストレスがないとはいえないもの。もともと他人だった人間が一緒に暮らしているわけですから、考え方の違いでも小さなストレスはたまっていきます。

さらに仕事についても考えるところがありました。塔子の職場は女性のキャリアについて理解があり、結婚や出産後も仕事を続けることが可能。彼女も復帰したいと考えていました。しかし、真は古風な考えの持ち主で、女が家事や育児をするもの、と反対してくるのです。 

結局、保育園も見つからず、義母に家事をまかせっきりにしてしまうわけにもいかず、キャリアは断念せざるを得ませんでした。

さらに真は育児も家事も手伝わない、無責任さ。さらに性欲を見せることを嫌い、翠を妊娠した3年前からセックスレス状態です。

気を使わなければいけない家庭環境、自身の要求には応じてもらえず、わだかまりが溜まっていってしまう夫婦関係……。良き妻、良き母であろうとし続けた塔子の心は疲弊していきました。 

 

著者
島本 理生
出版日
2017-09-22

作品の魅力:不倫に堕ちていく主人公

不倫に堕ちていく様子も、どこか共感できる部分があり、恐ろしくも作者の手腕が感じられるものです。

塔子の悩みは、ぜいたくな悩みだと思う方もいるかもしれません。高級住宅街に住み、稼ぎのあるイケメンの夫、あまり口うるさくない気さくな義両親、可愛い娘がいるだけ幸せなのでは、という意見もあるでしょう。

しかし、それはあくまでも「一般的」な幸せ。「塔子」という1人の人間としての意思や希望は尊重されていない状況ですから、息が詰まってしまうのです。 

そんな時、再会したのが鞍田でした。もともと不倫関係で、鞍田が妻と別れなかったために、後ろ髪をひかれながらも別れたという経緯がある人物です。

久しぶりに再会し、強引に身体の関係を迫ってくる鞍田。しかし彼女も、嫌ならやめるという言葉に対し、やめないでと頼むのでした。 

その後、隠れて会うようになる2人。塔子はセックス自体は拒むなど、完全に今の立場を捨てきれない様子を見せます。しかし、義両親でも夫でもない、鞍田だけが塔子を気遣うような言葉をかけてくれるのです。個人として接してくれる鞍田との関係に、彼女はのめり込んでいきます。 

作品の魅力:塔子の揺れる心の動きに引き込まれる

ふらふらと、さまざまな顔を持ちながらさまよう塔子の気持ちは、揺れ続けます。

最初は母として、妻としてという意識の強かった塔子ですが、自分を受け入れてくれる鞍田と再会したことをきっかけに、個人としての感情が強く出てくるようになるのです。

しかしそれがいい方向に転ばないのが、つらいところ。鞍田が友人とたまにデートをする関係であることを知って嫉妬し、再就職した鞍田の会社で、同僚の小鷹とも軽い不倫関係を持ってしまいます。 

そのように心は激しく揺れ動く彼女ですが、家では良き妻、良き母として勤め、今までと変わらない日常を送るのです。

塔子の心がどこにあるのか、読者も分からずやきもきするでしょう。最終的に誰を選ぶのか気になるかもしれませんが、本作は誰かと添い遂げることが答えになる作品ではありません。  

彼女がさまざまな男性に翻弄されながらも、どう生きるのか、恋とは愛とは何なのかを見きわめていく作品なのです。

他人事であれば何をしているんだと思うかもしれませんが、何事にもぶれずに真っすぐ進める人間は、さほど多くはないのではなないでしょうか。

自身の在り方に悩み、揺れ動く。当たり前ともいえる心の迷いが、これでもかと真に迫って描かれます。 
 

 

小説『Red』のラストは?物語の結末は、何とも言えない余韻が残る…

 

鞍田の会社で正社員として働かないかとオファーを受けた塔子。彼はまったく違う生き方を自分なら教えられる、と暗に離婚することをすすめますが、塔子は拒否。2人の関係は一度終止符を打たれることになります。 

その後、出張先で飛行機が飛ばなくなったことが原因で真と口論となり、家を出ることを決意。鞍田からは打って変わって離婚はするなと助言されます。

しかし真に手を挙げられたことから翠を連れて家を出ることに。真との生活も、鞍田の助言も振り切って行動した塔子は、最後にいったいどんな選択をするのでしょうか。  

 

著者
島本 理生
出版日
2017-09-22

ドラマチックな展開の本作ですが、やはり塔子の気持ちに共感できる部分もある本作。結末は、単純なハッピーエンドといえるものではなく、考えさせられる内容です。

日常から逸脱してしまった塔子。2人目の不倫相手である小鷹の言葉をきっかけに吹っ切れましたが、それは周囲ではなく自らが枷をはめていた人物だと気付いたのではないでしょうか。

不倫を題材にし、それがきっかけで自分というものに自覚的になる物語ですが、たまたまきっかけが鞍田や小鷹だったというだけのこと。ドラマチックな不倫や、性描写が見所ではないように、本作はただの不倫小悦、官能小説ではないように感じられます。

自分というものに自覚的になること。それがテーマなのではないでしょうか。

母や妻など、「役割」から解き放たれ、自分の意志で生きたいと思うのは誰しもあるところ。普通の主婦で、特別なところがない塔子の悩みだからこそ、共感して、深く考えを掘り下げることができる作品です。 

読者の立場によって賛否両論のあるかもしれませんが、役割をあてはめられがちな女性の生きづらさや恋や愛について、誰しもに当てはまる部分もある作品です。友人やパートナーと作品を味わい、意見を交換してみるのもよいかもしれません。

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