芸術における技法のひとつ「マジックリアリズム」。小説に用いられると、読者に不思議で刺激的な感覚を与えてくれます。この記事ではマジックリアリズムの効果と、おすすめの作品を紹介していきます。
芸術表現の技法のひとつ「マジックリアリズム」。神話的だったり幻想的だったり、非日常のものごとがあたかも日常に存在するように描くことをいいます。非現実と現実の融合だということができるでしょう。
非現実的なものごとを描く小説というと「ファンタジー」を思い浮かべる方が多いと思いますが、ファンタジーは現実とは異なる架空の世界を舞台にすることで、非現実的な現象を違和感なく描いたものです。
一方でマジックリアリズムは、現実的な世界を舞台に非現実な現象が起こります。超常的な現象が「当たり前」として描かれることで、読者に不思議な感覚を与えてくれるのが魅力的。ではここからは、突飛な発想で読者に刺激を与えてくれる、マジックリアリズムを用いたおすすめ小説を紹介していきます。
ホセ・アルカディオ・ブエンディアとウルスラ・イグアランは又従兄妹ですが、夫婦でもあります。とあることからひとりの男を殺してしまい、彼が亡霊となって何度も現れるので、住んでいた土地を離れることにしました。新しく「マコンド」という街を開拓します。
ウルスラは、近親婚をくり返すと豚のしっぽがついた子どもが生まれるという話を聞き、近親相姦を禁止する家訓を残します。ブエンディア一族はこの家訓を守り、マコンドとともに発展していくのですが……。
- 著者
- ガブリエル ガルシア=マルケス
- 出版日
1967年に刊行された、「ノーベル文学賞」受賞作家ガルシア・マルケスの代表作です。世界各国でベストセラーになったほか、ラテンアメリカ文学のブームを巻き起こしました。「豚のしっぽをもった子が生まれる」という非現実的な現象がストーリーのキーとなっていて、マジックリアリズムの手法を用いた小説としても有名です。
本作には、明確なあらすじがあるわけではありません。1組の夫婦が子を産み、彼らが成長し、また子を産んで親となる……というブエンディア一族の生活を描くことで、彼らが創設した蜃気楼の街「マコンド」と一族の盛衰を表しています。ブエンディア一族はほとんどが同じ名前で、その名前をつけられた者は運命づけられたように数奇な人生を辿ることになるのです。
苦楽に満ちた人生の本質を描くストーリーと、マジックリアリズムの手法が相まって、物語は圧倒的な凄みを放っています。似た名前の登場人物の多さに最初は混乱するかもしれませんが、読後の達成感と感動は並大抵のものではありません。ぜひ読んでいただきたい名作です。
1955年のある日、主人公の男は昆虫採集のために、砂丘の村に出かけます。そこで老人から、民家に滞在することを勧められ、男はひとりの女がいる家に泊まることになりました。
女は家でずっと砂掻きをしています。というのもこの村の家は、蟻地獄のような砂の穴の中にあり、砂を掻かなければ埋もれてしまうのです。地上とは、縄梯子でのみ行き来ができるようになっていました。
一夜を過ごし目を覚ました男は、驚きます。女が裸だったからです。そのうえ縄梯子は村人らによって取り外され、地上に出られなくなっていました。女と同居せざるをえなくなった男は、なんとか脱出の機会をうかがうのですが……。
- 著者
- 安部 公房
- 出版日
1962年に刊行された安部公房の作品です。その文学的価値が認められ、20ヶ国語以上で翻訳、出版されました。
砂丘の村の、砂の穴の中にある家で暮らす男の生活を描いています。村のルールは現代の日本とは異なり、物資は配給制。村長がすべてを支配していました。男は村人らに開放を要求しますが、砂掻きをやめると地上からの配給が絶たれてしまうため、なかなか脱出することができません。数ヶ月が経過すると、やがて男のなかに「奇妙な感覚」が芽生え、彼の生活も変わっていきます。
閉ざされた世界で変化していく人間の心理や、日常と非日常の境が曖昧になっていくストーリーが、マジックリアリズムの手法で効果的に描かれています。奇妙な世界に引きずり込まれる面白さを堪能してください。
「路地」と呼ばれる、和歌山県にある被差別部落で生まれる人々。なかでも「中本の一統」と呼ばれる血を継ぐ者は、みな早死にする運命にありました。
「路地」に住むすべての人の生き死にを知っている産婆・オリュウノオバを語り部にして、「中本の一統」の若者たちの数奇な人生が綴られていきます。
- 著者
- 中上 健次
- 出版日
1982年に刊行された中上健次の作品。「中本の一統」に生まれた若者たちの生きざまを描いた、連作短編集です。
「中本の一統」の血を継ぐ若者たちはみな、退廃的で、あまり褒められた人物ではありません。その一方で妙に色っぽく、女遊びをくり返したり、盗みや殺しなどの犯罪に手を染めたりと彼らなりに生を輝かせているのです。
「路地」で暮らす者全員の生死を知っている産婆、天狗など、非現実的な存在が登場すること、そして若者たちの人生を幻想的に描いていて、マジックリアリズムをうまく用いた小説だといえるでしょう。
産婆の語りとして綴られる独特な文体も、神話的な世界観に色を添えています。主観と客観が入り混じったような不思議な文章と、儚い人生を送る「中本の一統」たちの姿をぜひ見てみてください。
鳥取県のとある村に置き去りにされた幼い少女、万葉。村の若い夫婦に引き取られることになります。
彼女は文字の読み書きができませんでしたが、普通は見えないものが見えたり、予言を的中させたりすることがたびたびあり、「千里眼」と呼ばれるようになります。やがて成長すると、村の名家である赤朽葉家に嫁入りすることになりました。
万葉は娘の毛毬を産み、毛毬は瞳子を産み、赤朽葉家の血は続いていきます。やがて瞳子は、祖母である万葉が遺した言葉の謎を調べはじめて……。
- 著者
- 桜庭 一樹
- 出版日
- 2010-09-18
2006年に刊行された桜庭一樹の作品。「日本推理作家協会賞」を受賞したほか、「直木賞」にもノミネートされました。
千里眼をもつ祖母、かつて不良で漫画家の母、そして「わたし」の、3代にわたる女たちを主人公にした三部構成です。マジックリアリズムの手法が特に色濃く見られるのは、千里眼の万葉を主人公にした第1部でしょう。
高度経済成期やバブル崩壊などを背景とした大河小説ですが、第1部は神話とも捉えられる世界観のもとに成り立っています。幻想的な世界観は第3部の現代に近づくにつれて薄くなっていきますが、反対にミステリー色が強くなり、終盤までわからない謎解きも楽しむことができるのです。豊富な読書経験から重層的なストーリーを生み出す、桜庭一樹の傑作だといえるでしょう。
黒髪の後輩女子大生に恋する、冴えない男子大学生の「私」。彼女の気を引くために、「ナカメ作戦」=なるべく彼女の目に留まる作戦を日々実行しています。
しかし、道端で待ち伏せをしては挨拶をする「私」に、黒髪の乙女は「奇遇ですね!」と答えるばかり。「私」の想いに気づきそうにもありません。
乙女の行く先には個性的な人々とおかしな出来事ばかりが起こり、彼女を追いかける「私」も珍事件に巻き込まれることに。数々の混乱を乗り越えて、想いを伝えることはできるのでしょうか?
- 著者
- 森見 登美彦
- 出版日
- 2008-12-25
2006年に刊行された森見登美彦の代表作。京都を舞台に、黒髪の乙女と、彼女を追いかけて街中を走る「私」を描いた恋愛小説です。
空を飛ぶ人が現れたり、古本市に神様がいたりと現実と非現実が入り混じった出来事が次々と起こるのですが、京都という歴史と現在が混合する街が舞台になっているからか、不思議と「さもありなん」と思ってしまうのが魅力です。
森見登美彦の、文学的でユーモアのある文章もマジックリアリズムにぴったりとマッチ。「私」の恋の行方はどうなるのでしょうか。
日常と非日常、現実と非現実……不思議な世界が描かれるマジックリアリズムを用いた小説は、数ある読書体験のなかでも特に印象に残るはずです。気になった作品から読んでみてください。