推理小説界の巨匠、江戸川乱歩。死後何年経っても多くの読者を魅了し続けていますが、もう新刊が発表されることはないという事実に寂しさを覚えている人も多いのではないでしょうか。今回は、そんな乱歩好きの方におすすめのオマージュ小説をご紹介していきます。それぞれの作家たちがリスペクトを込めて、江戸川乱歩の世界を再構築しています。
退屈な毎日を過ごしていた青年。しかし引越し先の部屋で、数々の異変を体験するようになって……。
「屋根裏の同居者」「赤過ぎる部屋」「G坂の殺人事件」 など、江戸川乱歩の作品を意識したタイトルが収録された短編集です。
- 著者
- 三津田 信三
- 出版日
- 2018-09-28
2018年に刊行された三津田信三の作品です。江戸川乱歩の作品をオマージュした5つの短編と、その他2つの短編が収録されています。
「屋根裏の同居者」は「屋根裏の散歩者」を、「赤過ぎる部屋」は「赤い部屋」をモチーフにしているなど、どれも江戸川乱歩の世界を三津田式に生まれ変わらせています。
本作の面白いところは、タイトルを模倣しているだけでなく、文体やホラー要素など、江戸川乱歩のさまざまな要素を取り入れているところ。乱歩の世界観全体をオマージュしているといってもいいでしょう。
どの話も推理と会談コラボレーションを楽しめる、江戸川乱歩好きにはたまらない一冊です。
どんなに近くで見てもわからないほど変装の名人で、盗みの予告状を送っては新聞を騒がせる怪人二十面相。そして彼と対峙する名探偵の明智小五郎と、助手の小林少年が率いる少年探偵団……。
江戸川乱歩の生誕120周年を記念して、5人の人気作家が彼らをよみがえらせました。忠実すぎる装丁にも注目です。
- 著者
- ["万城目 学", "湊 かなえ", "小路 幸也", "向井 湘吾", "藤谷 治"]
- 出版日
- 2016-12-02
2016年に刊行された、5人の作家によるアンソロジーです。参加したのは湊かなえや小路幸也、向井湘吾などの有名どころ。かつて人々の心を惹きつけてきた怪人二十面相と、明智小五郎や小林少年の活躍を新しく描き出しています。
万城目学の「永遠」は、怪人二十面相と明智小五郎の誕生前夜を描いた物語。万城目らしい語りも見事です。また藤谷治の「解散二十面相」では、怪人二十面相が引退を考えるというメタフィクションの構造です。
怪人二十面相が世間を騒がせる目的や、登場人物たちの人柄が描かれていて、もとの世界観を活かしつつ新しいストーリーを楽しめるオマージュ作品。江戸川乱歩への強いリスペクトと愛を感じるでしょう。
カメラマンの「私」は、渋谷の道玄坂で聖也という青年と出会い、交流をするようになっていました。その日もバーで話をしていると、何やら向かいの薬局の様子がおかしいことに気付きます。そこには女性の遺体があり、私と青年は第一発見者になってしまったのです。
こうして「私」と聖也は事件に関わることになってしまったのですが、「私」はあることに気付き……。
- 著者
- 歌野 晶午
- 出版日
- 2019-10-24
2016年に刊行された歌野晶午の短編集です。表題作は、江戸川乱歩の『D坂の殺人事件』を意識したもの。そのほかの7作もすべて乱歩のオマージュです。
本作の特徴は、すべて「現代テクノロジー」を用いて作品をアップデートしているところ。たとえば『押絵と旅する男』をオマージュした「スマホと旅する男」では、スマホに映し出された若い女性と旅をしている男の様子が描かれています。
原作は押絵のなかに描かれている人が生きているように見える……というストーリー。本作では、スマホを使ってテレビ通話をしているように見えるけれど実は……恐ろしい展開に身がすくんでしまうでしょう。
執筆に行き詰まってしまった推理小説の巨匠、江戸川乱歩。ホテルに宿泊して、環境を変えることにしました。
探偵小説好きの人妻や、中国人の男性と出会い、戸惑いながらも「梔子姫(くちなしひめ)」という物語を思いつきます。しかもいざ書き始めてみると、スランプだったのが嘘のように筆が進むのです。
しかし、小説の登場人物が真夜中に現れる、無人のはずの隣の部屋から音がするなどの異変が起こるようになり……。
- 著者
- 久世 光彦
- 出版日
- 2013-01-19
1933年に刊行された久世光彦の作品。ここまでは実際に刊行された江戸川乱歩の作品をオマージュしたものを紹介してきましたが、本作はひと味違います。長編を書くのが苦手でプロットに行き詰まり、たびたび失踪していたという乱歩自身を主人公にした小説なのです。姿をくらませた乱歩が通りすがりの謎めいたホテルに滞在し、奇妙な体験をしていきます。
作中作である「梔子姫」は、正真正銘久世光彦の文章でありながら、背景には乱歩の影を感じられる幻想的なもの。「梔子姫」のストーリーと、乱歩を主人公にした小説のストーリーがしだいに同調していき、読者を作品世界へと引きずり込んでいくのです。
「山本周五郎賞」を受賞した、乱歩ファンも納得の一冊だといえるでしょう。
平吉という少年は、両親を亡くして天涯孤独になったものの、孤児院に行くことを拒否してサーカス団に入門します。新人である彼の面倒をみてくれたのは、あらゆる芸を一目見ただけで自分のものにしてしまう、サーカスの天才、丈吉でした。
平吉は、サーカスの師匠として、そして父親代わりとして丈吉を慕うのですが、彼はある日突然、姿を消してしまうのです。
「世間をあっといわせる泥棒になる」という言葉を残して……。
- 著者
- 北村 想
- 出版日
- 2008-09-05
1988年に刊行された北村想の作品です。
江戸川乱歩ファンのなかでも特に人気の「怪人二十面相」。しかしその正体は謎に包まれていて、乱歩自身も真実には触れずじまいでした。本作では禁断ともいえるその正体を描き、2008年には映画化もされています。
そもそも北村は、戦前と戦後で乱歩の作風が異なることから、怪人二十面相が2人いるのではないかと考えたそう。大胆な想像を緻密に構想し、原作が続いているようなワクワク感を読者に与えてくれるオマージュ作品です。続編の「PART2」とあわせてお楽しみください。
高級住宅街で丘の上を観察する老人、都心のさまざまな場所に現れるピエロ、江戸川乱歩の写真を持っている老女……東京には、多くの奇妙な出来事が存在しています。
それぞれの謎は、やがて北海道で起きたとある事件に繋がっていき……。
- 著者
- 島田 荘司
- 出版日
1987年に刊行された島田荘司の連作短編集。うち1作が、江戸川乱歩をモチーフにした作品になっています。それぞれ独立した物語のように見えますが、最終章ですべてが繋がり、ひとつの事件が浮き彫りになっていく構成が秀逸です。
作品全体に漂う狂気をはらんだ幻想的な雰囲気からは、乱歩へのオマージュを感じられるでしょう。そこに島田荘司らしいトリックが合わさって、読みごたえは抜群です。ぜひお楽しみください。
江戸川乱歩の作品は、年月を経ても色褪せぬ魅力があります。そんな乱歩の作品に魅せられた作家たちのオマージュ小説も、リスペクトと愛を感じられて面白いでしょう。