真実はひとつ。それなのに、推理をする人によって何通りもの答えが導き出される「多重解決ミステリー」。推理合戦によって正しいと思っていたことが次々と覆されていくさまは、読みごたえ抜群です。この記事では、そんな多重解決ミステリーのおすすめ作品を紹介していきます。
ある日ロンドンで、毒入りのチョコレートを用いた殺人事件が起こりました。
有名なチョコレート会社から、新商品をもらったユーステス・ペンファーザー卿。しかしちょうどその時、妻にチョコレートを買って帰らなければならないというベンディックスという男性がいたので、ペンファーザー卿は彼に譲ります。
その後、家でもらったチョコレートを食べたベンディックス夫妻。しかし2人は相次いで具合が悪くなり、妻はそのまま亡くなってしまったのです。
果たして犯人は誰なのか……未解決となった難事件を解決するため、小説家のロジャー・シェリンガムが会長を務める、犯罪研究会の6人が白熱した推理をくり広げます。
- 著者
- アントニイ・バークリー
- 出版日
- 2009-11-10
1929年に刊行されたイギリスの作家、アントニー・バークリーの作品です。日本では、1934年に発表され、多重解決ミステリーの金字塔といわれています。
事件に関する内容は最初の数十ページほど。残りは犯罪研究会のメンバーが、1人1日ずつ、6日間にわたってそれぞれの推理を披露していく構成です。
ひとつ前の人の推理を、次の人が覆していく展開は圧巻。しかもそれぞれの推理が読者のミスリードを誘ってくるので、最後の最後まで油断はできません。事件に直接関わっている人は3人しかおらず、単純なものに見えるのに、ここまでいろんな捉え方ができるのかと感心してしまうでしょう。多重解決ミステリーの魅力がぎゅっと詰まった一冊です。
大晦日に放送される国民的クイズ番組「ミステリー・アリーナ」。ルールは、参加者たちが画面に表示されていくミステリーを読み解き、早押しで解答するというもの。優勝者には賞金が贈られます。この日はキャリーオーバーが発生し、その額は20億円にのぼっていました。
番組に挑むのは、日本屈指のミステリーマニア14人。早押し形式なので、まだ事件の全貌が語られないうちからさまざまな推理がくり広げられます。果たして賞金は誰の手に……?
- 著者
- 深水 黎一郎
- 出版日
- 2018-06-14
2015年に刊行された深水黎一郎の作品です。「本格ミステリ・ベスト10」で1位を獲得しています。
問題として提示されるのは、ミステリーによくある閉ざされた館での殺人事件。このひとつの事件に対し、作中では15通りの解答が提示される多重解決ミステリーになっています。早押し形式なのがミソになっていて、ひとりが解答した後にその推理を覆す新情報が出てくるのです。さらに「ミステリー・アリーナ」という番組自体にも仕掛けがあり……。
大量の伏線とテンポのよい会話劇、そして昨今のミステリー界における叙述トリックの乱用をリスペクトしているのか、揶揄しているのかわからない展開……エンタメ性の高い一冊です。一気読みをおすすめします。
イギリスの郊外にあるパストン・オートヴィルという小さな村で、ゴルフに興じていた4人の男たち。プレイ中にも推理小説談議に花を咲かせるほどの、推理小説マニアです。そんな彼ら、たまたまスライスしてしまった打球を追っていくうちに、なんと本物の死体を見つけてしまうのです。
鉄道の陸橋から落ちたと思われる顔のつぶれた死体のポケットからは、推理マニアにはたまらない、暗号とみられる数字の羅列が見つかりました。
警察の捜査をよそに素人探偵たちの推理が始まり、4人はそれぞれの見解を披露していきます。事件の真相は……?
- 著者
- ロナルド・A. ノックス
- 出版日
- 1982-10-29
1925年に刊行された、イギリスの小説家ロナルド・A・ノックスの作品です。推理小説のルール「ノックスの十戒」を発表した人物としても知られています。
暗号の謎にはじまり、どの電車に乗っていたのか、持っていた2つの時計の時刻が異なるのはなぜか、現場の近くで見つかったゴルフボールは関係があるのか、死体は一体誰なのか、そもそも事故なのか事件なのか……推理をするのは素人なので、仮説や妄想を織り交ぜながら、ドタバタと展開していく多重解決ミステリーです。
「ノックスの十戒」を守りながらも、信じられないほどの高確率で事件に遭遇し、冷静に事件を解決していく推理小説というジャンル自体への風刺が込められているようにも感じるでしょう。完ぺきな振る舞いができる名探偵など、そうそう現れるはずはないのです。
ユーモアも満載で、ミステリーファンであれば1度は読んでおきたい一冊です。
宝石商として巨万の富を手に入れた氷沼家。しかし一族の者が次々と不幸な死を遂げてしまうという暗い歴史がありました。
現当主である蒼司の曾祖父は狂死、祖父は函館の大火で焼死、叔母は広島の原爆で爆死、父と叔父は洞爺丸沈没事故で溺死……あまりにも死に取りつかれている一族の運命に、蒼司と弟の紅司、そして従弟の藍司は大きな不安を抱えていました。
しかし、ついにその不安が現実のものになってしまいます。風呂場で紅司の変死体が見つかり、それからまもなくして叔父の橙二郎も書斎で死んでしまうのです。一体、氷沼家には何が起きているのでしょうか……?
- 著者
- 中井 英夫
- 出版日
1964年に刊行された中井英夫の作品。着想から発表までにおよそ10年かかったそうで、『黒死館殺人事件』『ドグラ・マグラ』とともに「日本三大奇書」と呼ばれています。
氷沼家の謎について、ミステリー作家を目指している歌手の奈々村が、婚約者や友人とともに推理をしていく多重解決もの。事件に関係のない他人が土足で踏み込むことで、単純な事件が複雑になってしまうこと、犯人ですら事件の真相に寄与できないことなど、読者へさまざまな問いかけをしているアンチミステリーになっています。
「奇書」とはいわれるものの文体は読みやすく、おすすめです。
物語の舞台は、外界から隔離された核シェルターの中。そこには、3ヶ月前に不審な事故死を遂げた咲子の友人4人が閉じ込められていました。4人のなかに娘を殺した犯人がいると疑った咲子の母が、真犯人を突き止めるために監禁したのです。
食料も限られているため、4人は何とか核シェルターから脱出しようと、それぞれ咲子の事故死について推理を展開。真実を解き明かしていきます。最後に待ち構えていた衝撃的な結末とは……。
- 著者
- 岡嶋 二人
- 出版日
- 1990-12-04
1987年に刊行された岡嶋二人の作品です。
物理的に閉じ込められているので、推理のみで真相に辿り着かなければいけません。核シェルターからの脱出という緊迫した状況のなか、全員が探偵役で、お互いを疑いあうヒリヒリした展開が続きます。
たった4人で推理をする多重解決ミステリーですが、個人的な感情や性格も相まってそのたびに犯人候補が二転三転。推理の幅の広がりに惹き込まれるでしょう。真相は、犯人自身も驚くような結末。最後までお楽しみください。
夏休みも終盤に差し掛かった頃、折木奉太郎ら古典部の部員たちは、2年F組が文化祭で上映するという自主制作映画の試写会に招待されました。
しかし映画は、事件の結末がすっぽりと抜け落ちた状態。脚本家が体調不良で倒れてしまい、続きを制作できなかったとのことでした。
古典部は、2年F組の入須冬実から依頼をされて、映画の結末を推理することになるのですが……。
- 著者
- 米澤 穂信
- 出版日
- 2002-07-31
2002年に刊行された米澤穂信の作品。省エネ思考の主人公の折木をはじめ、好奇心旺盛なヒロインの千反田える、女帝と呼ばれる入須など、個性豊かな登場人物たちが謎解きをする多重解決ミステリーです。
人が死なない日常の謎を題材にしているので、凄惨な描写が苦手な人でも楽しめるでしょう。ただこの「人が死なない」ということが、作中作である映画のキーにもなっています。注目してみてください。
学園青春ものでありながら、1冊目に紹介した『毒入りチョコレート事件』をオマージュした展開もあり、本格ミステリー好きも楽しめるでしょう。