美貌の女子大生による父親刺殺事件。逮捕された犯人が挑発的な言葉を言ったことから、事件は世間の感心を大きく引きました。臨床心理士の主人公はノンフィクション本の取材を通じて犯人の過去を追い、意外な過去を目の当たりにしていきます。 2021年の映画化も決定した、直木賞受賞のサスペンスミステリー小説の魅力についてご紹介しましょう。ネタバレを含みますのでご注意ください。
臨床心理士の真壁由紀(まかべゆき)はカウンセリングをおこなうかたわらで、テレビに出演して引きこもり親子のケアを啓もうするなどマルチに活躍していました。そんな彼女のもとに、世間を賑わせる殺人事件の犯人の半生を本にまとめる依頼が舞い込みます。
事件とはアナウンサー志望の大学生・聖山環菜(ひじりやまかんな)が、美術家の父・聖山那雄人(なおと)を刺殺したというもの。
この事件がセンセーショナルだったのは、女子アナ志望の美女が親殺しをしたということもさることながら、逮捕された彼女が「動機はそちらで見つけてください」と挑発とも取れる発言したからでした。
環菜と接見した由紀は、奇妙な違和感を覚えました。あまりにも内罰的で、弱々しくみえる環菜が、明確な殺意をもって実の父親を殺した犯人だと思えなかったのです。
由紀は環菜の国選弁護人の1人となった庵野迦葉(あんのかしょう)と協力しつつ、事件を紐解くために環菜の生い立ちや周囲の人間を調べていきます。実は彼女には愛憎入り乱れる複雑な過去がありました。そしてそれは由紀自身の抱える心の闇にも通じるものがあり……。
本作『ファーストラヴ』は2018年に直木賞を受賞したサスペンスミステリー小説です。先の読めない展開と、心を抉るドロドロの人間関係が評判となりました。2021年に北川景子主演で映画化されることも決まっています。
映画の詳細は公式サイトでご覧ください。
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本作はたくさんの登場人物と複雑な人間関係が、ストーリー上で重要な役割を担っていきます。原作を読むにせよ、2021年の映画を観るにせよ、登場人物への理解は絶対に欠かせません。ここではそんな登場人物についてご紹介していきます。
主人公となるのは臨床心理士の真壁由紀です。キャストは北川景子。実の両親とは微妙な間柄のため、自身を重ね合わせて環菜に引っかかりを覚えました。殺人犯である彼女にやや同情的ですが、ノンフィクションを執筆する立場からか、フラットな見方で事件の真相究明に貢献していきます。
聖山環菜は卒業を目前にしていた女子大生です。芸能人と見紛う美貌の持ち主で、美術家の父・那雄人に絵のモデルに使われていたほど。父親との仲は良好ではなかったものの、従順に生きてきました。しかしその大人しさとは裏腹に、複数の男性と関係があったようで……?
そんな環菜の弁護人が庵野迦葉。由紀にとっては夫の弟に当たり、複雑な因縁があります。弁護の材料にもなるため由紀には協力的ですが、女性関係で浮ついた噂が多く、それがトラブルのもとにも……。彼もまた、家族や親に思うところのある人物です。
聖山那雄人と昭菜(あきな)は環菜の父母です。那雄人は本編の時点で故人ですが、天才肌の芸術家で厳格な人物でした。昭菜は環菜の実母にもかかわらず、なぜか検察側に回って環菜に不利な証言を行います。ストーリーのカギを、この家族関係が握っています。
環菜の友人・臼井香子(うすいきょうこ)は、母親すらも弁護を拒否するなか、環菜の数少ない味方となる人物です。しかし香子の証言と環菜の話に食い違いがあり、事態が混乱していきます。
賀川洋一と小泉裕二は、どちらも別々の時期に環菜と交際していた元彼氏です。環菜に同情しているものの、煮え切らない態度があり、物語をさらに複雑化させていきます。
それぞれの思いを抱えている登場人物たち。このあとはそれを踏まえ、物語の見所をご紹介していきます。
本作のサスペンス展開を盛り上げている要素、それは言いがたい不安感にあります。犯人が分かっている殺人事件にもかかわらず、環菜の人物像が一向に見えてこないのです。
自分こそが犯人であり、犯行動機を探してみろ、と挑戦的に言ったかと思えば、本当に自分の犯行かわからないと前言を翻すのです。終始協力的な由紀に対しても、助けてと言ったり、助けなくて構わないと言ったり、一貫性がありません。
物語が進むと彼女には虚言癖があることが分かるのですが、虚言癖だという証言自体にも信用できない部分が出てきます。
- 著者
- 島本 理生
- 出版日
- 2018-05-31
そもそも客観的に見て、環菜には動機がありません。女子アナになることを那雄人に強く反対されていたものの、一貫して父親に従順であったため、それが原因とは考えにくいのです。
また、犯行現場は那雄人の勤める美術学校の女子トイレというのも奇妙です。厳格な父親が、娘に呼び出されたからといって、なぜ職場のそんな場所に行くのでしょうか。
果たして環菜が殺人犯なのか?それとも真犯人が他にいるのか?
由紀が調べれば調べるほど、霧中に進むように犯人像があやふやになっていきます。
事件の全容が分かりづらい理由の1つに、周囲の供述の不一致があります。
環菜は小中学生の時に、父親の指示で絵のモデルをしていました。由紀はそこを起点にして彼女の精神を読み解こうとしますが、そこで相反する証言に出会うのです。
母親によると、環菜が絵のモデルをやめたのは、彼女のわがままのせいでした。一方、臼井香子や小泉裕二らの話からは、絵のモデルになることに、性的虐待らしき片鱗が感じられました。
また男性関係についても、母親からは性にだらしないと評され、元恋人は環菜から求められたと言い、友人は無理矢理されたと聞いている……など、やはり一致しません。
このように何が嘘で何が正しいのかが、本人以外の人間の証言も一致しないことで、ますます分からなくなっていくのです。
由紀は環菜の人間関係を辿って、徐々に彼女の実像に迫っていきます。その根源には両親、特に父親との関係が深く関わっていました。父親による、ある種の性的搾取があったのです。
実は由紀の過去にも、実父との複雑な問題がありました。彼女は自分の経験と照らし合わせて、環菜のつらい体験を読み解いていきます。
人間が動物である以上、肉親であっても性の問題は避けられません。作中では由紀に限らず登場人物の多くが、父母とのこじれた関係で悩んでいることが示唆されます。
家族とは、何なのか。あらためてそんなことを考えさせられます。
物語は中盤から後半にかけて、予想外の事実が次々と畳みかけるように明らかになっていきます。
環菜が精神的に不安定になったのは、父・那雄人の押しつけと母・昭菜の無関心が原因にありました。由紀はついにその事実に辿り着き、ほぼ時を同じくして環菜の那雄人殺しの裁判が始まります。
裁判では環菜を弁護する迦葉が、彼女の無罪を主張して事件に至る経緯を明かしていきます。それは驚くべき内容で……。
- 著者
- 島本 理生
- 出版日
- 2018-05-31
物語では男女関係や親子関係に絡めて、「愛情」について強調されます。
愛情は誰にでもあって、誰にでも与えて受け取ることができるものではないでしょうか。しかし、その当たり前が当たり前でなくなった時、思いがけない悲劇が起こるのです。本作の事件から、歯車が狂っていく怖さや悲しさを痛感させられます。
また、たまたま本作では環菜が加害者になりましたが、彼女が抱えていた苦しさは、何も珍しいものではありません。由紀にも、迦葉にも、そして環菜の母・昭菜にも当てはまることなのです。
愛情=ラヴは誰もが持つものですが、生まれて初めて与えられるラヴは、たった1つしかありません。結末からその意味に気づかされた時、本作のタイトル『ファーストラヴ』の意味が重くのしかかってきます。
本作の映画版はまだ主演や監督が発表されたのみで、詳しいことはほとんどわかっていません。
監督の堤幸彦は原作に滲み出ている登場人物の葛藤と救いに注目し、プロデューサーの二宮直彦は『羊たちの沈黙』のようなサスペンスを意識しているようです。
これらのことから、原作のテーマたる「愛情」に絡めて、環菜や関係者の証言が特に強調されるサスペンス作品になるのではないでしょうか。原作にさらに磨きがかかって、二転三転する展開が見所となるでしょう。
映画作品の詳細は、公式サイトでご覧ください。
いかがでしたか? 本作は事件の謎と人間関係がラストに向けて解きほぐされていくところに醍醐味があります。ぜひ実際に読んで体感してみてください。