戦は男性がするもの、そんなイメージをくつがえす逸話をご存じですか? 女性でありながら戦場に立ち活躍をしたという花木蘭(花は姓、木蘭が名で、ムーランと呼ばれています)は中国で1,000年以上も愛され続ける男装の女戦士です。 花木蘭は中国では英雄的存在の女性。2014年には中国ドラマ「ムーラン」として題材になり、1998年にはディズニーのアニメ映画にもなりました。2020年には、ディズニーが再びアニメの実写リメイクとして公開予定です。 花木蘭とはなにをして、どういう人物なのか、その魅力や映画化にまつわるお話をご紹介いたします。最後には彼女にまつわるおすすめの本も紹介しますので、目次から気になる項目をご覧ください。
男装女子というジャンルがあります。男子だらけの場所に男装した女性が、性別を隠して一緒に生活する、という一見無茶ぶりな設定のストーリーです。
しかしヒットした作も少なくありません。ドラマ化され話題になった『花ざかりの君たちへ』や『アシガール』、アニメ化した『桜蘭高校ホスト部』など様々。古典でも、兄と妹が入れ替わる『とりかへばや物語』があり、古くから人々を虜にしてきたジャンルだといえるでしょう。
中国にも伝説や歌に登場する、国民的な男装女子がいます。今なお多くの国民に慕われる英雄的な存在、花木蘭(ムーラン)です。南北朝時代、老いた病床の父の代わりに男装し、戦場に立って活躍したといわれています。ただし、実話かどうかは不明です。
1998年にディズニーでアニメ映画の主人公になっており、名前を耳にしたことがある人も多いのではないでしょうか。
女性は家にいるもの、という常識を破り家族のため、ひとり戦場に立った花木蘭。戦功をあげましたが地位も名誉も受け取らず、故郷に帰ったといいます。
そんな逸話から、花木蘭は多くの人々から愛される存在になったのでした。 この記事で、彼女がそこまで愛される理由について考察してみましょう。
ちなみに映画について気になる方は以下の公式サイトや動画などからその雰囲気をご覧ください。
「ムーラン」日本版予告編
花木蘭は中国人に広く慕われている人物で、彼女を主人公としたドラマや映画がいくつも公開されました。2020年にはディズニーで花木蘭をモデルとした実写映画が公開され、注目度が高まっています。
花木蘭が後世に残るきっかけとなったのは、南北朝時代(439年~589年)に誕生したとされる民謡「木蘭辞(もくらんじ)」です。その中に、木蘭という少女が登場します。そのあらすじを少しご紹介しましょう。
ある日、木蘭はため息を吐きながら機を織っていました。この時代、北方民族の南下侵攻が激しく、時の政権は各家庭に男性1人の徴兵を命じたのです。彼女の家は年頃の男性がおらず、老いて病もある父親が出兵することになっていました。
それを嘆いていた木蘭は、自身が父の代わりに戦地に赴くことを決意します。家族には何も告げずに家を飛び出し、馬に乗って山野や河を越えて戦場に駆け付け、男たちとともに戦います。
戦いで大きな手柄を立てた彼女は、王から多額の褒美を受け取ったものの、地位は受け取りませんでした。代わりに願いを告げるのです。「故郷にかえしてくださいませ」と。
家に帰った木蘭は、娘らしい衣装に着替えました。頭髪を飾り、姿を整えた姿は男には見えず、戦友たちは皆大いに驚いたという話です。
この「木蘭辞」をモデルとし、後に京劇が演じられるようになりました。劇中で「姓を花、名を木蘭」と名乗ったことから、花木蘭という名前で周知されたのです。
歴史的にも北魏の時代、各家から男子が一人徴兵されたようです。「木蘭辞」はそんな時代に読まれた歌でした。この歌が実話なのか、花木蘭が実在する資料は見つかっていません。
しかし普通の女性だった彼女が、家族のために戦場に立つことを決意した逸話が、1000年以上の時を超え、中国人に愛されているのは事実です。
以降の項目では、そのように花木蘭が広く愛されている理由にも迫っていきます。
中国では孔子を始祖とする「儒教」の考え方が広く浸透しています。実は花木蘭の物語が広く中国人に受け入れられる背景には、この儒教の影響もあるのです。
古代より祖先を大切にするという考え方が浸透している中国。孔子は親を敬い大切にするべしと説きました。「孝」という言葉は、子どもが親に忠実に従うことを示す概念として知られています。
花木蘭は父親の置かれた状況に心を痛め、父の代わりに戦場に立ちました。そして、武功を上げた後は高い地位を受け取らず、帰郷し親孝行したといわれています。
この忠義の精神が、「孝」という思想の深く根付いた中国で、受け入れられたのでしょう。その国民性が、花木蘭の行動を「好ましい」と感じているのではないでしょうか。
論語 (岩波文庫 青202-1)
1999年11月16日
世界の中心は自分である、と言い切るのはなかなか難しいもの。しかし、中国では昔から「中華思想」という考え方が根付いています。
中華思想とは、中華の天子(君主のこと)が世界の中心であり、その文化や思想は神聖なものである、という考え方のこと。そのため、「華」の外である異民族に対し差別的な考え方をしてきました。
中国では昔から、北からやってくる異民族と戦いをくり広げています。かの有名な万里の長城も、秦の始皇帝が北方騎馬民族の侵入を防ぐため、築かれました。
花木蘭の物語も北方の脅威から始まり、退けて大団円で幕を閉じています。
物語の構図から見ても花木蘭の物語は「中華」の意識が根底に流れている作品だといえるでしょう。
花木蘭の物語は近代でも映画やドラマ化され、広く知られるものとなりました。2020年にはディズニーで新しい実写映画が公開。1,000年以上も前の物語ではありますが、実は現代に生きる人々にも受け入れられる要素が秘められた物語でもあるのです。
花木蘭は女性ですが、男装をして戦場に立ちました。「木蘭辞」では帰郷したあとの彼女の娘らしい格好を見た戦友たちは、とても驚いたという描写があります。
当時は男女の性差が、現在よりもはっきりと区別されていた時代。その中で、女性である花木蘭が活躍したという設定はかなり異質だったはずです。驚いたという描写は、女性が活躍する物語に対する落としどころともいえます。
様々な年代で映像化されてきた花木蘭の物語は、その時々で扱いや描写が変わります。時代に合った女性像が反映されているため、大筋は変わらないものの結末や過程が変わっていることも。
ただ大半は、親孝行、国の忠義というテーマのもと、最後は木蘭が女性の姿へ戻ることから、伝統社会を反映し逸脱するものではありませんでした。
しかし、それでも女である花木蘭が男性社会の中で活躍する姿は、時代時代の女性たちに勇気を与えてきたのです。
現代において、男性の中で活躍する花木蘭の物語が、古典でありながら古臭くならないのも、そうした「性」が根底にあるためでしょう。
女性の社会進出は進んでいるとはいえ、様々な要因でまだまだ理想社会とは言えない状況です。物語の舞台である戦場は、ある意味現代女性にとっての社会そのものとも映ります。
戦場という男性優位の環境で己の実力のみで戦う花木蘭。それは現代社会の中で自分の価値をどう生かすか、もがきながらも必死に生きる現代女性の姿と重なるのでしょう。
前を向いて戦い続ける花木蘭の姿は、いつの世も、女性の心のともしびとなる存在なのです。
2020年公開予定の映画「ムーラン」は、「木蘭辞」の物語に、ファンタジー的要素や人間ドラマが盛り込まれ、かななりドラマティックな展開に!
それらの変化のなかでも特に魔女と呼ばれるシャンニャンの存在は映画オリジナルの要素。原典には登場しないキャラクターで、花木蘭と敵対するキーパーソンとなるようです。
そんな映画の見所はもちろん花木蘭の変わりゆく姿。「木蘭辞」の最後に、女性の姿に戻った木蘭に、戦友たちが驚いたという描写があります。それほど彼女が徹底した男装をつらぬいた証です。
映画でも、少女の装いから男装への落差が気になるところ。しかし劇中では、ところどころ深紅の中性的な衣装で、女性らしく髪を下ろした姿も頻繁に登場します。それぞれの装いをまとった際の主人公の表情や仕草、なぜ彼女はくくっていた長い髪をほどくのか、その心理にも注目したいところです。
実は2018年には撮影が終了していた本作。しかし先行した予告映像の花木蘭の描写が、「史実と違う」と中華圏を中心に大不評。あまりの反応に、撮り直しとなったことも明らかになりました。それほど花木蘭に対する、中国の人々の思い入れは強いのでしょう。
民族衣装や、壮大な風景の数々、中国という歴史ある大陸の物語だからこその、見どころも満載です。一糸乱れぬ訓練シーンや、広大な大地でくり広げられる迫力ある戦闘シーンは圧巻。
ただの少女が男装をして、戦場に一人赴く。それがどれほどの過酷な状況なのか、映像だからこそ彼女の心境に感情移入できるのではないでしょうか。
詳細は公式サイトなどでもご覧いただけます。
「ムーラン」日本版予告編
ここからは、花木蘭についてより知ることのできる本をご紹介しましょう。
そもそも彼女については、「木蘭辞」では、描かれなかった具体的な活躍の様子を描いた作品があります。そのなかでも代表的なものが、田中芳樹による『風よ、万里を翔けよ』です。時代は南北朝ではなく、隋と舞台を変えています。
花木蘭(かもくらん)は、武芸が大好きな17歳の娘。武功を上げた父から、読み書きだけでなく剣や弓も教わりました。日々、女らしくしなさい、と言われていました。
そんなある日皇帝から発せられた徴兵令を耳にします。しかし父は先の戦いで負傷し、身体が思うように動けない状態。武芸をたしなんだ男勝りな彼女は役所に届け出を出し、自身が花家の長男として従軍すると告げます。そして道中で出会った賀廷玉らとともに、戦場を駆け様々な難題に直面していくのですが……。
本作の花木蘭は序盤から男女の体格差を突き付けられ、どうすれば勝てるのか、生き残っていけるのかということを、真剣に考えていきます。
戦場という過酷な環境の中で、生き抜くことの厳しさを痛感できる物語といえるでしょう。
秋乃茉莉、もとむらえりによりそれぞれコミカライズがされておりそちらでは、かわいらしくも凛々しい木蘭の姿を見ることもできます。
- 著者
- 田中 芳樹
- 出版日
- 2016-03-18
儒教的な考え方が根底にある、と解説をしてきたように、花木蘭の物語には、様々な中国の思想が盛り込まれています。
ではいったい、中国という国はどういう国なのか、どのような考え方の国なのでしょう。
スーザン・マン著『性からよむ中国史 男女隔離・纏足・同性愛』では、「性」というテーマで近代の中国の現状や考察などが書かれています。
小さい足が美しいとし、大きくならないように矯正する「纏足」や、男性性を排除された「宦官」は中国独自の文化。近代の政策についても言及しており、中国の性差問題の根深さを知ることができます。
また、男装の女性戦士である花木蘭についても記述されています。中国における異性装は、文化的にどのような位置づけでとらえられているのか、西洋的視点では生まれない、独自の性的観念をひも解く内容です。
女性が生きづらい文化だからこそ、花木蘭が英雄視され、現代の女性にも支持されているのでは、と考察できる一冊です。
- 著者
- スーザン マン
- 出版日
- 2015-06-26
男装をして戦場を駆けた女性、花木蘭。中国で長く愛されてきた理由を考えると、ただの男装女子の物語としてではなく、社会の中で自立し生きようとする姿と重なります。
映画をきっかけに、日本ではどのように受け入れられるのでしょうか。