「ロシア文学」と聞いて思い浮かべるのは、どんなイメージでしょうか。暗い、長い、難しそう……などのネガティブなイメージがあるかもしれませんが、実はそれだけではないんです。この記事では、ロシア文学のおすすめの小説を、作家とともに紹介していきます。
1821年、モスクワで暮らす医師の次男として生まれたドストエフスキーは、サンクトペテルブルクで工兵学校に入学。卒業後に作家を目指しました。1846年には処女作『貧しき人々』を発表し、批評家のベリンスキーから絶賛を受けます。
その後は、社会主義サークルに入ったことから逮捕され、死刑判決まで言い渡されますが、特赦によって減刑されシベリアに流刑となりました。この経験は後の執筆活動にも大きな影響を与えたそうです。
1866年に名作『罪と罰』を発表。世間の評価を取り戻し、以降も多くの作品を執筆しました。晩年には最高傑作ともいわれる『カラマーゾフの兄弟』を発表し、その数ヶ月後に、予定していた続編を発表することなく亡くなっています。
- 著者
- ドストエフスキー
- 出版日
- 2006-09-07
1879年に文芸誌「ロシア報知」上で発表された作品。ロシア文学のなかでも屈指の名作といわれています。
主人公のアレクセイには、強欲で好色な父のフョードル、感情的で気性の荒い兄のドミートリイ、知的な無神論者の兄のイワンがいます。3兄弟はバラバラに育ち、特にフョードルと長男のドミートリイは、財産相続や女性の取りあいなどでいがみあっていました。
そんななか、フョードルが殺される事件が発生。犯人はいったい誰なのでしょうか。フョードルの私生児などの存在も絡み、兄弟たちの関係はもつれていきます……。
全12編で紡がれるストーリーは、登場人物も多く、また宗教や信仰、貧困、虐待、家族、恋愛などさまざまな要素が盛り込まれて複雑。しかし人間が生きるうえでの本質が描かれていて、濃密です。
きっと深い思索に誘ってくれるはず。教養としても読んでおきたい一冊です。
チェーホフは1860年、雑貨店を経営する一家の三男として生まれました。早熟で、中学校を卒業した後にモスクワ大学医学部へ進学。この頃から雑誌に短編を投稿し、作家としても活動するようになります。ただ学業をおろそかにすることもなく、卒業後は医師として働きました。
1886年、ドミートリイ・グリゴローヴィチという老作家からの言葉に影響を受け、それまでのユーモア短編から一変して文学的な長編の執筆に着手。小説だけでなく、戯曲が劇場で高評価されてその名を馳せました。代表作となった長編戯曲『かもめ』は、はロシアだけでなく世界の演劇界から評価されています。
- 著者
- チェーホフ
- 出版日
- 1967-09-27
『かもめ』は、1895年に発表されたチェーホフの作品。『ワーニャ伯父さん』『三人姉妹』『桜の園』とともに、ロシア文学界で「四大戯曲」と呼ばれています。当時、サンクトペテルブルクでおこなわれた初演は史上最悪の失敗に終わり、チェーホフは二度と戯曲を書くものかと誓ったそう。しかし2年後の再演が大成功し、彼への評価が絶対的なものになりました。
物語の主人公は、トレープレフという作家志望の青年です。彼は、母親のアルカージナと、彼女の愛人であるトリゴーリンが滞在しているソーリン家で、自身の恋人であるニーナを主役にした劇を上演することにしました。
知人たちが観客としてやってきますが、トレープレフの前衛的な作品は受けず、アルカジーナも悪評をつけます。これにカッとなったトレープレフは、芝居を中止してしまいました。一方で、ニーナは有名な作家であるトリゴーリンに惹かれていき……。
登場人物はほとんど全員が誰かに恋をしている状況。ひとりよがりで自分勝手に行動する人もいれば、相手のことばかり思って行動する人もいるため、すれ違いにじれったくなってしまいます。そしてそんなちぐはぐな関係は、いつしか終わりを迎える時がくるのです。結末は一見悲劇のようですが、チェーホフは喜劇として書いたそう。あなたはどう感じるでしょうか。
1828年、富裕な伯爵家の四男として生まれたトルストイ。2歳の時に母親を、9歳の時に父親を、さらに引き取り先の祖母を亡くします。最終的には叔母の住むカザンで大学に進学。しかし真面目に勉強することはなく、中退してしまいました。
小説を書き始めたのは、20歳を少し過ぎたころ。「コーカサス戦争」や「クリミア戦争」への従軍も、彼の執筆に大きな影響を与えたそうです。
退役後は教育問題の解決に取り組みながら作品を執筆。1865年から文芸誌「ロシア報知」上で連載された『戦争と平和』は、フランスのナポレオン軍と戦うロシアを描いた歴史小説。なんと559人もの人物が登場する超大作になっています。
- 著者
- トルストイ
- 出版日
『アンナ・カレーニナ』は、1875年から「ロシア報知」上で連載された長編小説。『戦争と平和』と並ぶ、トルストイの代表作です。
政府高官を務める夫カレーニンと、彼との間にできた子どもと暮らすアンナ。ある日、兄夫婦の喧嘩の仲裁をしに訪れたモスクワで、貴族の青年将校ヴロンスキーと出会い、恋に落ちてしまいます。2人は急速に仲を深めていきますが、カレーニンは離婚をしてくれません。アンナはついにヴロンスキーとの子どもを出産し、外国へと逃げ出してしまいました。
一方で、農地を営む純朴な青年のリョーヴィンは、アンナの妹のキティに恋をしています。しかしキティは実はヴロンスキーの婚約者で……。
本作の主人公は、タイトルのとおり夫がいるにも関わらず不倫をしてしまうアンナです。ただここでもうひとり注目したいのが、アンナの妹のキティを愛する青年、リョーヴィンです。1度はキティに拒否されるものの、信仰に目覚め、実直に暮らして最終的には彼女と幸せな家庭を築くことになります。
アンナとリョーヴィンが対照的に描かれることで、読者に「愛とは何か」を考えさせてくれる作品です。
1891年、ロシア帝国が支配していたウクライナで生まれたブルガーコフ。キエフ大学で医学を学び、ロシア内戦時には軍医として従軍しています。
戦後に作家として活動をはじめ、特に『悪魔物語』で高い評価を受けました。しかし彼の作品にみられる、科学に対する懐疑的な姿勢や、反革命を主張するような姿勢が当局から目をつけられるようになり、多くの作品が発禁に。
遺作となった『巨匠とマルガリータ』も長らく出版されず、ブルガーコフの死後26年が経ってようやく刊行されました。
- 著者
- ブルガーコフ
- 出版日
- 2015-05-16
ブルガーコフが、1929年から1940年という長期間をかけて執筆した作品。1966年に一部を削除した状態で刊行され、1969年にようやくオリジナル版が刊行されました。
文芸誌で編集長を務めているベルリオーズと、詩人のベズドームヌイが、キリストについて話をしています。ベルリオーズが「キリストは実在しない」と言うと、通りすがりの外国人男性が話に入ってきて「キリストは実在する」と言いました。しかも彼は、キリストの裁判に立ち会ったと言うのです。
呆れた2人が男性を邪険に扱うと、男性はルリオーズの死を予言して去っていきました。そしてその後ベルリオーズは、電車にはねられて亡くなってしまうのです。ベズドームヌイは気を取り乱し、精神病院に入院することになって……。
悪魔たちが人々を混乱に陥れていくストーリーを軸に、ソ連と宗教を描いていく作品。2部構成になっていて、後半はベズドームヌイが病院で出会った巨匠と呼ばれる作家と、彼の愛人であるマルガリータを中心に物語が進んでいきます。二足歩行の猫や催眠術師なども登場し、突飛な展開を興味深く読めるでしょう。
作中の「原稿は決して燃えない」という名言が有名な本書。作者自身も弾圧を受けていたことを考えると、深い意味が込められていることがわかります。
1809年にウクライナで生まれたゴーゴリ。絵画や文学、演劇に熱中する学生時代を過ごしました。
高校を卒業した後は、サンクトペテルブルクに住み、詩を自費出版。しかし酷評されてしまいます。その後は俳優を目指すもののこちらもうまくいきません。どうにか下級官吏の職に就きました。
貧しい暮らしをするものの、詩や小説は細々と発表。『狂人日記』や『鼻』などで有名になります。しかし戯曲『検察官』で大きな批判を浴び、ロシアを出てローマへと旅立つのです。
この頃から、ロシアをキリスト教的な理想社会へと導くことを夢見るようになりますが、それは叶いません。やがて信仰にのめり込み、それと引き換えに文学を捨てることを決意。執筆中の原稿を燃やして亡くなってしまいました。
- 著者
- ゴーゴリ
- 出版日
- 2006-11-09
1833年から発表された作品。理髪師をしているイワンが朝食を食べていると、真っ二つにしたパンの中から人間の鼻が出てきました。
驚きながらも取り出し、どこかに捨ててしまおうと考えます。しかし外に出ると知人に話しかけられ、なかなかタイミングがないのです。それなら河に流してしまおうと訪れるのですが、警官に怪しまれてしまい……。
一方その頃、八等官でイワンの店の常連客でもあるコワリョーフは起きてすぐ、自分の鼻がなくなっていることに気づきます……。
なぜパンの中から鼻が出てくるのか、なぜ朝起きたら鼻がなくなっているのか……わからない部分がたくさんあるのが魅力的。そもそもなぜ、「鼻」なのでしょうか。
ロシア文学のほの暗いイメージとは打って変わって、突拍子もない「不条理」に巻き込まれる登場人物たちを面白おかしく読むことができるでしょう。短編で読みやすいので、ロシア文学を始めて読む方にもおすすめです。
1799年、モスクワの地主貴族の家に生まれたプーシキン。幼いころから文学に親しみ、20歳ごろにはすでに詩を発表していました。
しかし、徐々に政治色の強まっていく作品を政府から目をつけられます。大都市から離れた土地に送られれ、監視をつけれられていました。
その後もプーシキンは、政府の検閲や発禁処分に反抗しながら執筆を続けます。しかし、妻のナターリアにしつこく言い寄る士官に決闘を申し込み、闘ったことで傷を受け、亡くなってしまうのです。
- 著者
- プーシキン
- 出版日
- 2006-09-15
オペラとしても有名なロシア文学『オネーギン』。韻文で書かれた小説です。
青年貴族のオネーギンは、放蕩三昧の日々を過ごし、恋愛にも書物にも飽きて田舎に移り住みます。その田舎も飽きてしまうのですが、若い詩人のレンスキーと親しくなりました。
ある時、レンスキーの恋人に会うために彼女の家を訪れます。同席したレンスキーの恋人の姉、タチヤーナは、オネーギンに一目ぼれ。すっかり想いを抑えられなくなり、彼女から好意を伝えるものの、オネーギンに振られてしまいました。その後オネーギンは、ある事件を起こし……。
ストーリー性はもちろん、ロシアの上流社会や地主、農村などの生活を知れる史料としても魅力的。切ない恋愛物語と、生活の様子の両方を楽しむことができるでしょう。