お笑い芸人「ピース」の又吉直樹が小説『火花』を執筆し、芥川賞を受賞したことは、知っている人も多いでしょう。しかし実は、彼のほかにも多くの芸能人が小説を発表しているのをご存知でしょうか。彼らの才能が文章になって現れている、おすすめの作品を紹介していきます。
舞台芸人チカブーの「マボロシの鳥」という芸は、誰もが夢中になってしまう素晴らしいもの。観客たちからは「魔法」と呼ばれています。
しかしチカブーは、ある時芸に必要な、美しく不思議な鳥を失ってしまい……。
- 著者
- 太田 光
- 出版日
- 2010-10-29
2010年に刊行された、漫才コンビ「爆笑問題」太田光の短編集。家族の問題から人類の運命まで、人間の愚かさを皮肉っぽく描きながらも愛おしく感じさせてくれる、9つの物語が収録されています。
爆笑問題といえばテレビやラジオでの活躍を目にすることが多く、漫才には時事問題を取り入れていることでも有名です。そのネタ作りを担当している太田の小説もまた、人々の愚かさや欺瞞を鮮やかに描き出しているといえるでしょう。
寓話のような世界観で、人間の本質をまっすぐに伝えているのが魅力的。表題作の「マボロシの鳥」は、影絵作家の藤城清治とコラボレーションし絵本化もされているので、気になった方はそちらも読んでみてください。
社会に縛られるサラリーマン、売れないアイドルを応援し続ける男、とっさに言ってしまった嘘の将来の夢を追いかける女性、オレオレ詐欺をするギャンブラー、そして売れない芸人に運命を感じた不幸な少女……。
日の当たらない人生を歩む彼らにスポットをあて、彼らの日々に一筋の光が差す瞬間を描いた作品です。
- 著者
- 劇団ひとり
- 出版日
2006年に刊行されたお笑い芸人、劇団ひとりの連作短編集。読みやすさとストーリー構成において、デビュー作とは思えないほどの完成度を誇っています。2008年には映画化もされました。
5つの物語の主人公はみな、パッとしない人生を送っています。しかし、成り行きから、あるいは自ら選んで、変化を迎えることになるのです。
たとえばサラリーマンは、ホラ吹きで有名なホームレスの男に出会ったことから、自らもホームレスになることを選択。またオレオレ詐欺をした青年は、ある老婆の息子「健一」として生きることになります。人生のターニングポイントを迎えた彼らは、どのように変わっていくのでしょうか。
誰かに注目されることも、何かを成し遂げることもない、普通の登場人物たち。読者は自然と彼らに自分を重ねてしまうでしょう。そして彼らの存在を愛しいと思うことで、勇気づけられていくのです。
狂気に囚われた女性を主人公にした、短編集です。
病気や自殺など、人間の暗くて醜い部分を、散文と詩を織り交ぜたような文章でつづっていきます。
- 著者
- 鳥居 みゆき
- 出版日
- 2012-02-09
2009年に刊行されたお笑い芸人、鳥居みゆきの作品。彼女は狂気に満ちたコントをすることで有名で、その表現のオリジナル性に惹かれるマニアックなファンが多くいます。文学や芸術への造詣も深く、安部公房や夢野久作を好むそうです。
連作短編集のような構成で、ある物語では脇役として登場した人物が、別の物語では狂気をはらんだ主人公として描かれていき、実は緻密に計算されていることがわかるでしょう。正気と狂気の境界線はどこにあるのか、考えさせられてしまいます。
物語は常にほの暗い不穏な気配を漂わせていますが、言葉遊びや言い回しのセンスが抜群で、ところどころに笑いが散りばめられているのも魅力的。
またページや文字の配色、文字の大きさ、不揃いな行間などの装丁も見事で、すべてを含めて、ひとつの作品として成り立っている一冊です。
「神様―。僕はゴミのように燃えてなくなればいいですか?」(『それでも花は咲いていく』)より引用
ロリコン、エイセクシャル、ゲイ、ニンフォマニア、マゾ……。「普通」の人と「違う」だけで、奇異の目を向けられてしまう人々がいます。
セクシャルマイノリティの人々が生きていく姿を描いた短編集です。
- 著者
- 前田 健
- 出版日
2011年に刊行された前田健の作品。自ら監督を務め、映画化もしています。前田は、お笑い芸人や振り付け師として活躍していましたが、2016年に急逝しました。
同性愛者であることをカミングアウトしていた前田健。執筆に関して、「ゲイとして生きている自分が感じている世の中の違和感を、ストレート(異性愛者)の人にも感じてもらいたかった」と言及しています。
平易で読みやすい文章ゆえに、セクシャルマイノリティの人々が抱える苦悩や喜びがダイレクトに伝わってくるのが特徴。9つの物語の主人公それぞれの悩みをうまく書き分けることで、本当は「マイノリティ」などではなく、人の数だけ性のかたちがあることを教えてくれるでしょう。何をどこでどう折り合いをつければいいのか、彼らのやりきれない思いが読者の心に響く、愛の物語です。
小学校で教員をしている高野隆之。ある日、目に違和感を覚えて病院へ行くと、「ベーチェット病」だと宣告されました。徐々に視力を失い、最終的には失明する可能性があるといわれます。
交際をしていた陽子には婚約の破棄を申し入れ、教師をやめて地元に戻るのですが……。
- 著者
- さだ まさし
- 出版日
2002年に刊行された、さだまさしの作品。さだは歌手やタレントのほかに小説家としても活動していて、多くのヒット作を発表しています。
1度は離れた隆之と陽子ですが、隆之の地元でともに過ごすことなります。いつか見れなくなる時がくると思いながら、故郷を歩き、その景色を脳裏に焼き付けていくのです。
タイトルになっている「解夏」とは、仏教僧が辛い修行を乗り越え悟りを開くことを指す言葉。隆之は、寺で出会った老人から、「失明すると同時にその恐怖から解放される日」といわれます。読者は彼のその後の行動を見ながら、人は弱くて脆いものだけれど、それを乗り越える強さと優しさをもっているのだと気づかされていくのです。
心に染み入る、涙腺崩壊必至の物語、ぜひ読んでみてください。
戦後の混乱が続く広島。8歳の昭広は母親と2人で暮らしています。母親は女手一つで彼を育てるために、夜も仕事をしていましたが、昭広が寂しがって盛り場まで来てしまうので困っていました。
そこで、佐賀に住む祖母のもとへ、しばらくのあいだ昭広を住まわせることにするのです。
佐賀のがばいばあちゃん (徳間文庫)
2004年01月01日
1987年に刊行された島田洋七の自伝小説。昭広というのは島田の本名です。島田洋七は漫才コンビ「B&B」として活動するかたわら、作家としても活躍し、ほかにも多くの作品を発表しています。
タイトルにある「がばい」とは、佐賀の言葉で「とても」という意味。作中では「すごいばあちゃん」として使われているのですが、その名に恥じぬ破天荒っぷりが何よりも魅力でしょう。
がばいばあちゃんの家はとても貧しく、その日食べるものにも困り、服がボロボロになっても新しいものを買うことはできません。しかし彼女は、誰よりも明るくたくましく、奇想天外なアイディアで楽しく生きていました。そして昭広も、そんな祖母のもとですくすくと育っていくのです。
読めばきっと元気になれる、優しさとエネルギーに満ちた一冊です。