「レンタルなんもしない人」ってなに?と思われる方も多いでしょう。文字どおり「何もしないこと」を信条とし、「そこにいるけど何もしない自分を貸し出す」という仕事をしています。メディアに取り上げられ話題となり、2020年4月よりテレビドラマ化も決定。2冊発行された書籍を中心に、要注目人物の人気の理由をご紹介いたします。
レンタルなんもしない人(通称、レンタルさん)は、一体どんな人物で、「何もしないこと」をレンタルするとはどういうことなのでしょうか。こちらではまず、レンタルさんの仕事についてご紹介します。
レンタルさんは、何もしない自分を貸し出すというレンタル業を営んでいます。仕事内容は、ただそこにいるだけという実にシンプルなもの。簡単な受け答えはしますが、自分から行動を起こすことはなく、行動を起こすことが必要とされる依頼は受けません。
SNSで仕事を募っており、彼が公表している仕事内容には、それは必要なのかと思うような文言が並びます。
実際の依頼内容は、話を聞いてほしい、どこかに一緒に出掛けてほしい、指定の言葉を指定時間に送ってほしいという本当にちょっとした用事です。レンタルさんでなくても事足りそうな気もしますが、これがなかなか好評な様子。
なかでも、一緒に写真展に行ってほしいと依頼した主婦の感想が、レンタルさんの仕事の意味について考えさせてくれます。
依頼者は仕事と家事に追われ、忙しい日々を送っていました。レンタルさんと出かけたことで日々の活力を取り戻し、どこかに出かけるきっかけをもらったのだとか。レンタルさんは依頼者を否定することはなく、またアドバイスのようなこともしません。彼の姿を見ていると、「いろいろな人がいていいのだ」と自分を肯定できると語りました。
レンタルさんはただそこに居て何もしませんが、利用した人は前向きな心の変化を感じているようです。なぜ何もしていないのに、心の変化が生まれるのでしょうか。こちらの記事ではレンタルさんがどんな人物なのか、その人となりを紹介するとともに、人々に変化をもたらす「なんもしない」ことの意義を探っていきます。
何もしないことを生業とする、レンタルさんはどのような人物なのでしょうか。仕事が特殊なだけに、気になるところは多いでしょう。生活はどうしているのか、なぜこんな仕事をしようと思ったのか、家族はどう思っているのか。こちらでは、レンタルさんの謎に迫り、正体を探っていこうと思います。
レンタルさんは、本名森本祥司。1983年10月22日生まれ、東京都在住です。家族は妻と子の3人。現在は依頼を受けながら書籍を執筆したり、取材を受けたりといった生活をしていますが、最初からなんもしなかったわけではありません。
レンタルさんは理系の大学院を卒業後、出版社で数学の教材を作る仕事に就きます。2012年に退職し、コピーライターを目指して養成所に通ったものの、少し仕事をしただけでそれも辞めてしまいます。再び出版社に就職し、教材を作っていましたがしんどくなって退職。フリーライターとしてブログなどを書き始めるものの、有名企業とのコラボ記事が有名になったあたりで満足し、飽きてやめてしまいました。
自分は何もしないのが1番なのでは、と結論にたどりついたレンタルさん。ある日、自分が奢られることをサービスしている、プロ奢られヤーの活動を見て、現在のなんもしないレンタル業を思いつきます。SNSで依頼を募ったのは、2018年6月13日のこと。最初は交通費と飲食代だけでしたが、様々な事情を考慮して交通費と飲食代にプラスし、1つの依頼につき1万円と有料化しました。
サービス開始当初は、投資などで貯めた貯金で生活費を賄っていましたが、現在は日に3~4件入る依頼に加え、2冊発行された書籍の印税や原稿料、取材の謝礼などで生活しているのだとか。家族事情は多くを語っていませんが、概ね良好なようです。
経歴やお金事情を知っても、やはりどこか不思議な雰囲気を醸し出しているレンタルさん。次からはドラマ化を前に、受けてきた依頼や考え方が書かれた、もっとレンタルさんのことを知ることができる2冊の書籍についてご紹介していきましょう。
レンタルさんがサービスを開始してから、2019年1月31日にテレビ出演するまでの依頼の一部をまとめたのが、晶文社『レンタルなんもしない人のなんもしなかった話』です。ドラマの原作本となっている本作から、選りすぐった依頼をいくつかご紹介いたしましょう。
最初は「友人の見送りをレンタルしたい」というエピソード。9月に引っ越しを見送ってほしい、とイメージ画像付きでレンタルさんに依頼がありました。雰囲気作りのため、引き払う部屋から東京駅の新幹線ホームまで一緒に行き、レンタルさんは依頼者の旅立ちを見送りました。
- 著者
- レンタルなんもしない人
- 出版日
レンタルさんのSNSには、見送られた依頼者から見たレンタルさんの写真が掲載されているのですが、レンタルさんの晴れやかな笑みが印象的。ちょっと前に顔を合わせた他人とは思えないほど、前向きな別れの中にしんみりとした空気が漂います。
「会話を通し、別れ際には本心から名残惜しさが生まれた」と依頼を振り返ったレンタルさん。自身にはこういった関係の友人がいないため、得難い体験だったそうです。見た人を切ない気持ちにさせるこのエピソード、ドラマでは第1話で放送予定。故郷に帰る女性とレンタルさんの一幕として語られます。
ドラマの公式サイトでは、その予告動画もアップされていますね。
「友人としてのお見送り」はしんみりしてしまうエピソードですが、笑えるエピソードを次にご紹介いたしましょう。レンタルさんには様々な依頼が舞い込んでいますが、時間と言葉を指定したツイッターのダイレクトメール(DM)を送ってほしい、という依頼も寄せられます。これは、そんな依頼の1つです。
レンタルさんは、依頼者から指定時刻に「ロッカーに行け」と送ってくれという依頼を受けました。希望どおり、指定時刻にDMを送りましたが、返事がありません。試されているのかと考えたレンタルさんは、「ロッカー行きました?」「ロッカーに行かねばならない」「もうロッカーに行った人になれたかな」とDMを送り続けます。
実は依頼者は気付かなかったわけではなく、アプリ通知の不具合でレンタルさんのスマホでは依頼者からの返事が見られなかったという状態でした。不具合に気付かずDMを送り続けるレンタルさんと、律義に返事をしてくれている依頼者の掛け合いがくすりと笑えるエピソードです。
しんみり、笑える話の後は、少しだけ元気を分けてもらえるエピソードです。依頼は1月のこと、入院しているのでお見舞いに来てほしいという依頼でした。依頼者は薬を大量摂取して病院に搬送され、現在は閉鎖病棟に入院して1か月ほどになるという女性です。
お見舞いに行くと、まずサインが欲しいと言う依頼者。その後オセロをしてレンタルさんが大勝するなど、和やかに時間が過ぎました。しかし、レンタルさんがお見舞いに行った後、依頼者は激しい躁状態になってしまいます。
引っ越しを決めたり、人生の大きな決断をしたり。主治医があきれるほどの荒れた行動を繰り返したそう。レンタルさんも、閉鎖病棟でもインターネットさえあれば暴れられるという事実に驚きを隠せない様子でした。
後日無事に退院した女性は、リハビリの付き添いをレンタルさんに依頼します。その時語られた別の病院の閉鎖病棟の話も衝撃的ですが、自身が自殺未遂をするきっかけとなった相手に、訴訟を起こすという驚きの展開が待ち受けていました。
自殺未遂というとかなり壮絶な話で、誰もが当たり障りのない対応を心がけてしまうもの。まして閉鎖病棟の話など、聞きづらいし相手も話しづらいことだろうと考えてしまいます。しかし本作を読むと一度は死を考えた人のエピソードとは思えぬほど明るい印象を受け、自分のために動き出した女性の姿に少しだけ元気を分けてもらうことができます。女性の性格や、レンタルさんの淡々とした語り口の妙でもあるのでしょう。
レンタルさんがなぜ何もしない自分を貸しだすという、奇抜なサービスを開始したのか。その理由や人となり、実際に受けてきた依頼をご紹介してきました。やはり奇抜なことを考えている人、という印象はぬぐえないところもあるでしょう。しかし実はとても冷静に、自分自身の仕事を見つめ、分析しているのです。
もう1冊の著作、河出書房新社『〈レンタルなんもしない人〉というサービスをはじめます。: スペックゼロでお金と仕事と人間関係をめぐって考えたこと』から、レンタルさんがどのようなことを考えてサービスを行っているのか、仕事のことからお金のことまで、事細かに考えていることを知ることができます。
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- レンタルなんもしない人
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本作を読むと、現代人がいかに様々な価値観に縛られているのかを感じることでしょう。仕事やお金、人間関係。一歩踏み出すごとにまとわりつき、足を踏み出すことすらためらわせます。レンタルさんは、全ての事柄から自由になるためにサービスを開始したわけではありませんが、何かから距離を置いて身軽になること、様々な生き方を許容することを説いているのではないでしょうか。
なぜレンタルさんがこのような考え方になったのか、その理由の一端が語られています。受験に失敗し心を病んだ兄、就活で満足な結果を得られず命を絶った姉。ただ側にいるだけで価値のあった人たちが、社会の価値観によってあり方を歪められてしまったという体験があるからこそ、レンタルさんは「何もしないことの価値」を考え実行し続けるのでしょう。
「何かを成し遂げなければ」と背負いこんでいる人にとって示唆に富む自己分析。本作は哲学書のように人生の選択肢を増やしてくれる存在になるはずです。
ここまで依頼エピソードや書籍から、レンタルさんの人となりについて解説してきました。そんなレンタルさんにどうして依頼が殺到し続けるのでしょうか。最後にその理由をまとめてみましょう。
その理由は、「あかの他人以上友達未満」のような関係性を提供していることではないでしょうか。
依頼者のなかには、レンタルさんに悩み事を聞いてほしいという人もいます。しかし、レンタルさんは解決につながるようなアドバイスをするわけではありません。依頼者も、それを求めているわけではないのです。
何か悩み事があるとき、近しい間柄の人には言いづらいということがあるでしょう。また、「誰かに頼めるなら頼みたいことがあるけれど、わざわざ頼むのは気が引ける」というような用事を抱えることもあります。
レンタルさんは、このような温度感の心情にうまく寄り添うサービスを提供しています。
決まった形を持たずに「なんもしない人」だからこそ、人々のやわらかな需要に答えられるのかもしれません。
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さきほど紹介した『レンタルなにもしない人のなんもしなかった話』の続編が、ドラマ化と同時に発売になりました。前作では収まりきらなかったエピソードも、『レンタルなんもしない人の“もっと”なんもしなかった話』では味わうことができます。こちらのニュース記事でも本作の内容について紹介しています。
本作やドラマをとおして、レンタルさんのエピソードにぜひ触れてみてください。次はあなたが依頼者になっているかもしれませんね。
活動だけでなく、書籍も注目を集めるレンタルさん。2012年4月8日からテレビ東京にてテレビドラマの放送が開始されます。主演を務めるのはアイドルグループ「NEWS」のメンバー増田貴久。レンタルなにもしない人の基本スタイルである、キャップとリュック、パーカーというシンプルな姿も公開されました。主題歌も彼が所属しているNEWSが担当します。
実は主演の増田貴久との間に、意外な接点がありました。好きな物を語らせてほしいという依頼で、NEWSの布教をされたことがあるのだとか。その時に推しは増田さんと答えており、自身を演じることが楽しみだとコメントしています。
他にも比嘉愛未や葉山奨之、古館寛治のほか、ゲストキャストとして志田未来やアルコ&ピースの平子祐希など、様々な俳優陣が登場。ドラマホリック!「レンタルなんもしない人」公式サイトには、レンタルさんにどんな依頼をしたいか、というユニークなインタビューも掲載されています。
脚本家やプロデューサーの演出に、こんなよいことは言っていないと謙遜しているレンタルさん。ドラマはストーリー仕立てとなっていますが、なんもしないという空気感がどこまでリアルに再現できるのかに注目です。
何もしないことが仕事というとかなりの衝撃を受けるでしょう。依頼者の話を見ていると、レンタルさんがそこにいる意味を誰もが考え、誰かが側にいることの大切さを受け入れていくように感じられます。縛られていないからこそ、地に足がついている、レンタルさんの不思議な魅力に引き付けられます。ドラマではどんな「レンタルさん」の姿を見ることができるのか、放送が待ち遠しいですね。