『恋するワンピース』は少年ジャンプの人気漫画『ONE PIECE』のスピンオフ作品。スピンオフとしては一風変わった作品で、『ONE PIECE』の読者である現代日本の高校生たちが、さまざまな形で原作をパロディ化していくコメディです。 この記事では知れば2倍楽しめるパロディネタを解説!原作と本作を比較してその面白さをご紹介します。
舞台は現代日本の高校。そこに通うのは山本海賊王(やまもとるふぃ)。海賊王と書いてルフィと読む、キラキラネームに悩める男子高校生です。
同じように『ONE PIECE』に縁がある名前を持つことがきっかけで同級生の小山菜美(こやまなみ)と仲良くなり、恋が始まる予感……と思いきや、中津川嘘風(なかつがわうそっぷ)が現れ、2人はロマンスとは程遠いドタバタな日々に巻き込まれていきます。
一般的に、スピンオフ作品は原作に登場するサブキャラクターの過去や、原作を補完するサイドストーリーが描かれるものが多いです。しかし、本作ではそのような要素は一切ありません。
原作をこよなく愛する嘘風が、周囲の人間を原作のキャラクターに見立てながらさまざまな事件を引きおこし、そこに菜美が鋭いツッコミを入れて物語が展開していきます。
原作『ONE PIECE』のことを「なんとなく知っている」程度の知識でも十分面白いですが、やはり原作を知っていると元ネタのディープさが分かるので、より楽しめるでしょう。
この記事では、どのようにパロディ化されているか、元ネタと照らし合わせながら本作の面白さを紹介していきます。
本作のヒロインであり、重要なツッコミ役です。
山本に恋心を抱いており、ルフィとナミという名前をきっかけに彼と仲良くなれたことを喜んでいます。しかしときめきも束の間、嘘風の登場により2人きりの時間はぶち壊され、彼の突飛な行動に振り回されることに……。
ツッコミの際は「おまえ神経ないの?」「骨全部折るぞ」など口が悪くなりますが、嘘風が繰り出す些細なネタにもすかさず対応するそのキレの良さはピカイチ。
回を重ねるごとにキレを増すツッコミからは、彼女自身の『ONE PIECE』知識が相当に深いことも窺い知れます。
鋭いツッコミが冴え渡る彼女ですが、時には山本への想いが溢れて悶えることも。恋する乙女らしい一面からは可愛らしさも感じられるでしょう。
原作のルフィは元気溌剌・天真爛漫なイメージですが、本作では周りから名前をからかわれ続けてきたせいか、内気で大人しい少年です。
不良にカツアゲされたり、動物を怖がったりする姿は原作のルフィとはかけ離れています。
さらには嘘風の奇抜な言動や菜美のツッコミに押されて、やや影の薄い存在という印象です。
しかし、一方で「海賊部」の活動を楽しむ素直さや、周りを気遣う優しい一面がたびたび菜美の心をときめかせています。このような純真さは原作のルフィと共通する要素かも知れませんね。
菜美だけでなく、メリー(雪枝)や、ハンコックのポジションとなる藤林優子(ふじばやしゆず)からもモテており、彼をめぐる恋の行方がどうなっていくのかも気になります。
- 著者
- 伊原 大貴
- 出版日
- 2018-12-04
本作の問題児であり、面白さの要ともいえるのがこの男。「それがし」という一人称や、「〜ですぞ」という独特な喋り方をします。四角い顔に大柄の体で、原作のウソップとはまったく異なる風貌です。
しかし、自分や周囲と原作『ONE PIECE』をまるで同一視しているようで、山本や菜美と出会ってすぐに麦わらの一味を名乗り、「海賊部」を立ち上げてしまいます。
身の周りのことをすぐ『ONE PIECE』にこじつけて話をするだけでなく、原作に登場するさまざまなアイテムを手作りで再現するなど、ある種の狂気にも似た凄まじい情熱を感じさせるキャラクターです。
爆弾やブルックのプログラミング人格を作るなど、常人離れした技術の高さは
「ちょっとずれたら人類の敵」
(『恋するワンピース』2巻より引用)
と言われるほど。
次に彼がどんな事件を引き起こすのか、ハラハラするとともに楽しみでもあり、目が離せなくなります。
・チョッパー
嘘風が動物園から連れてきた普通のトナカイ。ただのトナカイなので当然喋れませんし、医療技術もありませんが、菜美に噛み付く様子が嘘風に「ドラム式治療法」と強引に解釈されています。
・ブルック
生物部から借りて改造した人体模型です。ブルックは本来は骨のキャラクターですが、ガイコツが借りられなかったために人体模型になりました。そのせいで原作よりもグロテスクな見た目になっています。
・森下雪枝(メリー)
雪枝は山本に想いを寄せる同級生。素顔では話しかける勇気がありませんが、被り物をしてゴーイングメリー号を演じることで海賊部に仲間入りしました。
メリーになっている時は山本にも積極的にアプローチしており、菜美とは恋のライバルです。しかし船の格好をしているので、見た目には間抜けな感じが拭えません……。
本作の面白さは、原作のすみずみまでネタとして取り上げる細やかさにあります。
具体的には「蟹手のジャイロ」、「処刑人ロシオ」など、原作には一瞬しか登場しないキャラクターにも言及されているのです。
実際に見比べて見ると、普通に原作を読んでいるだけでは気にせず流してしまうような細かい部分までネタにしているところに驚かされます。
処刑人ロシオは第222話で5ページしか登場せず、その出番もベラミーの残忍さを引き立たせる噛ませ犬のようなものです。蟹手のジャイロに至っては、表情が描かれているのは第611話のたったの3ページしかありません。
- 著者
- 尾田 栄一郎
- 出版日
- 2011-05-02
元ネタを知っている人はもちろん楽しむことができますし、覚えていない人も「そんなキャラいたっけ?」と思わず原作を読み直したくなります。
こんな細かいところまでネタとして拾っていく作者は、一体どれほど原作を読み込んでいるのでしょうか。その知識量に感心しますし、着眼点にも驚かされます。
嘘風の独特の言い回しで繰り出されるセリフにもクセになる面白さがあります。
彼は学校の火事を「バスターコールですかな?」と言うなど、身の周りのあらゆるものを『ONE PIECE』と関連づけて表すのが特徴です。
果ては日常会話の些細な部分まで原作にこじつけた言い回しをします。
たとえば「ネフェルタリたる差」。このセリフは、アラバスタ編の重要キャラであるネフェルタリ・ビビの名前とかけて「微々たる差」を「ネフェルタリたる差」と言うダジャレです。
最初は「何を言っているんだ?」と戸惑うかもしれませんが、ダジャレとして意味が分かると「なるほど!」と思わず膝を打つとともに、自分も使ってみたくなる面白さがあります。
嘘風が周りを何でもかんでも『ONE PIECE』にこじつけるところが面白おかしい本作。しかし、そのようなギャグの中にも、確かに原作をリスペクトする姿勢が見えるところに好感がもてます。
特にそれが感じられるのが第70話「エースの死」です。この話では、嘘風が野球部のエース・速坂をポートガス・D・エースに見立てています。
初めは煩わしそうな速坂でしたが、これをきっかけに『ONE PIECE』を読み始めると、自分の元ネタであるエースを見て、野球を辞めることを決意します。
そして「速坂が野球部のエースを辞めること」が「原作のエースの死」になぞらえてあるのです。
原作ではエースが命を落とす苦いエピソード。しかし、本作では「人生に"くい"は残さない」という彼の生きざまに影響を受けた速坂が、自身で選んだ未来へ歩み出すという希望ある物語に昇華されています。
ギャグとしての面白さだけでなく、原作への敬意を感じることができ、気持ちよく読むことができます。
作者は2006年に投稿作で漫画賞を受賞し、少年ジャンプやジャンプLIVE、少年ジャンプ+で作品を発表してきました。
『雪美DAIFUKU』や『伊原20days』など、個性的なキャラクターが自由奔放に動き回るコメディが特徴的な作風です。また、Twitterでも積極的に漫画を投稿しています。Twitterでは作者自身の絵日記も多くありますが、現実のどこかにいそうな親しみを感じる人物描写の短編ギャグも面白いです。
作品の1つ『男性専用車両』では、男子高校生たちが架空の男性専用車両について語り合い、車両内に漫画本やゲームスペースが設置されるという内容で盛り上がります。いかにも世の中の男子高校生が考えそうなくだらなさにも笑ってしまいますが、語り合う男子たちのテンションの盛り上がりぶりも現実にいそうな感じがして面白いです。
現実にいそうな人物の描写の裏には、日ごろからの詳しい人間観察と研究の積み重ねがあると推測できます。
その積み重ねによって人間の一般的な感性や常識の範囲を理解しているからこそ、嘘風のように常識を突き抜けた突飛なキャラクターを思いつくことができるのでしょう。また、物事をじっくりと見る観察眼によって、原作の細かな部分からもネタを見つけることができるのです。
- 著者
- 伊原 大貴
- 出版日
- 2019-12-28
コアなネタに笑いながら、原作も一緒に読み直したくなる本作。読み進めていくほどに原作にも詳しくなれそうです。