高度経済成長の日陰に追いやられた人々
- 著者
- 尾瀬 あきら
- 出版日
1960年代後半から国際化・産業化に備え、日本政府はインフラの大規模な開発に着手していきます。開発された施設ひとつひとつの裏に、周辺住民や行政によるさまざまな反応があり、建設反対のための社会運動が生じることも珍しくありません。
長い時をかけて開墾し、家族とともに生活してきた地域に、突如大きな国際空港が出来ることになった。その時、農民はどのように抵抗するのか?『ぼくの村の話』は実際にあった社会運動「三里塚闘争(成田国際空港建設に反対する運動)」を題材とした漫画ですが、綿密な取材に基づき、住民の視点から運動の展開を精緻に描き上げた名作です。
この漫画の視点の面白さは、主人公である小学5年生「哲平」の一人称で話が展開していくことです。子供が地域社会や家族から強い影響を受け、活動参加者として自立する過程を運動の展開とオーバーラップさせながら描くことで、ごく自然に社会運動のダイナミズムを綴り、読者に感情移入させることを可能にしています。農民たちの戸惑いや裏切りといった要素も手に取るようにリアルで、特に後半部の衝撃の展開は涙なくしては読めません。
主人公・哲平のように、子供が家庭や学校で政治的な影響を受けることを政治研究では「政治的社会化」と呼びますが、農民たちの心の叫びに読者も多くのことを考えさせられる、まさに「政治的社会化」される作品だと思います。
それぞれの思惑が交錯する地域社会というドラマ
- 著者
- コージィ城倉
- 出版日
- 2010-07-28
日本の社会運動研究は空港に限らず、ダムや貨物線、発電所といった大規模施設の建設反対運動を題材として取り扱ってきましたが、地域社会をテーマとした漫画でもよく出現するモチーフのひとつです。
ダム建設に反対するため、町長選に出馬するも事故死してしまう男・大小中(だいしょうあたる)。彼の身代わりを立てることで選挙に勝利し、町政を操ろうとするブレインたち。突如未亡人となった中の妻「ももえ」は、この狭い地域社会でいかに立ち回っていくのか――。『ももえのひっぷ』は地域開発とそこに生じるしがらみをミステリ仕立てで綴った怪作です。『グラゼニ』の原作者・森高夕次による別名義の作品で、そのストーリー作りの妙や心理描写に引き込まれます。
あれよあれよと異常な状況に巻き込まれていく「ももえ」を取り巻くステークホルダーたちの思惑をめぐってストーリーが進んでいくのですが、これが見事。地元の建設会社や中の両親、地域から利益を得ようとするよそ者たちの思惑が交錯し、ももえがそれに絡め取られつつも利用していくさまがとても面白いです。
同じ運動をしていても、その動機や信念が同一とは限りません。しかし、信念や動機が違っても、人々の利害が一致することで何かを変えることができますし、むしろ信念や動機が異なるからこそ人は協力できるとも言えます。ややラストが急なのが残念ですが、ももえを通して地域社会を多角的な視点から見られます。
「迷惑」はやってくるものか、それとも作り出されるものか
- 著者
- いがらし みきお
- 出版日
- 2011-11-22
人口流出や住民の高齢化といった問題に悩む地方都市・魚深市の市長が、補助金を獲得するためにいわゆる「町おこし」の一環として数名の殺人犯を町に住まわせるという、独特な設定に興味を惹かれる物語です。現代日本の社会状況を踏まえた上での社会問題と社会運動のあり方を提起しているとも言えます。
地方の窮状が叫ばれる現在、ゴミ処理場や核・軍事施設の誘致は町おこしにおけるひとつの典型であり、それに反対する運動は「NIMBY(Not In My BackYard)」という呼称で概念化されています。
では、「迷惑施設」を「迷惑な人」に置き換えたらどうなるか?「迷惑」「危険」が人の形をして、人々の間で生活をするとき、その恐怖や不安はいかなる形で浮かび上がり、伝播するのか?非常に実験的な設定ではありますが、私たちの暮らしや人間関係のすぐ傍にある恐怖を描出しています。