社会学者・富永京子が選ぶ「日常にひそむ『社会運動』を見つけるための5冊」

社会学者・富永京子が選ぶ「日常にひそむ『社会運動』を見つけるための5冊」

更新:2021.12.12

突然失礼します。富永京子と申します。社会学を研究している、漫画が好きな大学教員です。このたびホンシェルジュで連載を持たせていただくことになりました。 今回のテーマは、私の研究している「社会運動」です。脱原発や安保法案など、現在、連日メディアを賑わせている社会運動。縁遠いものと考えている読者の方もいるかもしれませんが、漫画を読むと、今までとは少し違う見方が広がるかも?

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突然失礼します。富永京子と申します。社会学を研究している、漫画が好きな大学教員です。このたびホンシェルジュで連載を持たせていただくことになりました。

まず、社会学はなにか?というのは難しい問いで、私なりに解釈するならば、社会で起こっているあらゆる事象を、自分なりに読み解く作法のようなものかな、と思います。社会学における「社会」は、家族や学校とかいった身近なものから、企業組織や国家などさまざまなのですが、それぞれの社会を読み解く理論なり視角といったものがあります。そうした個々の社会をみるための視点を、この連載でお伝え出来たらなと考えています。

漫画は、社会の見方を学ぶにあたって適したテキストだと思います。うまく言えないのですが、作者によって提示される物事の描き方や切り取り方が、「おお、これは社会学のこの理論に似ている!」と感じる瞬間があるのです。この瞬間を説明することで、社会学をお伝えできたらと思いました。そういう意味でこの連載は、漫画を社会学寄りに曲解するようなもので、あまり作者の方からすれば好ましくないかもしれませんが……。

ともかく、今回のテーマは、私の研究している「社会運動」です。脱原発や安保法案など、現在、連日メディアを賑わせている社会運動。縁遠いものと考えている読者の方もいるかもしれませんが、漫画を読むと、今までとは少し違う見方が広がるかも?

理性的であるはずが、感情的に見えてしまう社会運動の姿

著者
山本 直樹
出版日
2007-09-21

近年社会運動を扱った漫画というと、これを想像する人も多いのではないでしょうか。現在イブニングで連載されている「連合赤軍事件」をモチーフとした群像劇で、最近の血なまぐさい展開には憂鬱になりつつも目が離せません。正義を掲げているからこそ妥協できず、他者に対して排他的にならざるを得ない青年活動家たちと、目標を追求するあまり、先鋭的になっていく組織の様子が、これでもかとばかりに浮き彫りになっています。

また、社会運動の描き方に政治性がまったく見られないのもひとつの特徴でしょう。作者の山本直樹氏はインタビューの中で、連合赤軍事件を一貫して「変な人たちによる変な事件」と捉えており、その活動の目標や意図に対する関心は決して強くないようです。いちおう社会運動って政治的な目的があるし、そんなふざけた見方していいの?と思われるかもしれませんが、じつは社会運動に対してこのような捉え方をした理論も存在しています。

今から50年前に論じられたニール・スメルサーによる「集合行動論」は、社会運動を人々の不平・不満によって生じた社会病理として見なしており、政治的な目的意識を持った活動とは捉えていませんでした。スメルサーの理論は、山本直樹氏による社会運動へのまなざしと重なるのみならず、現代日本の社会運動に対する目線に近いものがあるかもしれません。

平穏な生活のすぐそばにある異常を描く

著者
山本直樹
出版日
2012-05-30

レッド』の作者・山本直樹氏は「新興宗教」と「連合赤軍」を同様の視点で捉えておられるようで、そこもとても興味深い点です。『ビリーバーズ』は新興宗教の信者らによる無人島での共同生活(とエロ)を描いた作品ですが、ここでも新興宗教を「異常な社会」、信者を「変な人」として捉える目線が貫かれており、それがかえって私たちの人間関係や私生活にも見え隠れする歪みや淀みを表現することに繋がっています。

この漫画では、『みんな』のいる社会を良くしたいという祈りのもとに、幾度となく「『みんな』のためにがんばりましょう」という言葉が繰り返されます。政治的というよりは宗教的信念にもとづくものですが、彼らのやっていることは社会を変えるための運動だと言えます。

社会運動というと国家の政治や地域社会をイメージしてしまいますが、社会運動の研究は、新興宗教の研究も数多く行っています。その代表的なものであるD・A・スノーによる新興宗教研究は、必ずしも運動の参加者たちが信念に賛同して社会を変えようとしているわけではないことを明らかにしました。この点は、「みんなのための」宗教活動といいつつも性愛に溺れる『ビリーバーズ』の登場人物たちと共通するかもしれません。

高度経済成長の日陰に追いやられた人々

著者
尾瀬 あきら
出版日

1960年代後半から国際化・産業化に備え、日本政府はインフラの大規模な開発に着手していきます。開発された施設ひとつひとつの裏に、周辺住民や行政によるさまざまな反応があり、建設反対のための社会運動が生じることも珍しくありません。

長い時をかけて開墾し、家族とともに生活してきた地域に、突如大きな国際空港が出来ることになった。その時、農民はどのように抵抗するのか?『ぼくの村の話』は実際にあった社会運動「三里塚闘争(成田国際空港建設に反対する運動)」を題材とした漫画ですが、綿密な取材に基づき、住民の視点から運動の展開を精緻に描き上げた名作です。

この漫画の視点の面白さは、主人公である小学5年生「哲平」の一人称で話が展開していくことです。子供が地域社会や家族から強い影響を受け、活動参加者として自立する過程を運動の展開とオーバーラップさせながら描くことで、ごく自然に社会運動のダイナミズムを綴り、読者に感情移入させることを可能にしています。農民たちの戸惑いや裏切りといった要素も手に取るようにリアルで、特に後半部の衝撃の展開は涙なくしては読めません。

主人公・哲平のように、子供が家庭や学校で政治的な影響を受けることを政治研究では「政治的社会化」と呼びますが、農民たちの心の叫びに読者も多くのことを考えさせられる、まさに「政治的社会化」される作品だと思います。

それぞれの思惑が交錯する地域社会というドラマ

著者
コージィ城倉
出版日
2010-07-28

日本の社会運動研究は空港に限らず、ダムや貨物線、発電所といった大規模施設の建設反対運動を題材として取り扱ってきましたが、地域社会をテーマとした漫画でもよく出現するモチーフのひとつです。

ダム建設に反対するため、町長選に出馬するも事故死してしまう男・大小中(だいしょうあたる)。彼の身代わりを立てることで選挙に勝利し、町政を操ろうとするブレインたち。突如未亡人となった中の妻「ももえ」は、この狭い地域社会でいかに立ち回っていくのか――。『ももえのひっぷ』は地域開発とそこに生じるしがらみをミステリ仕立てで綴った怪作です。『グラゼニ』の原作者・森高夕次による別名義の作品で、そのストーリー作りの妙や心理描写に引き込まれます。

あれよあれよと異常な状況に巻き込まれていく「ももえ」を取り巻くステークホルダーたちの思惑をめぐってストーリーが進んでいくのですが、これが見事。地元の建設会社や中の両親、地域から利益を得ようとするよそ者たちの思惑が交錯し、ももえがそれに絡め取られつつも利用していくさまがとても面白いです。

同じ運動をしていても、その動機や信念が同一とは限りません。しかし、信念や動機が違っても、人々の利害が一致することで何かを変えることができますし、むしろ信念や動機が異なるからこそ人は協力できるとも言えます。ややラストが急なのが残念ですが、ももえを通して地域社会を多角的な視点から見られます。

「迷惑」はやってくるものか、それとも作り出されるものか

著者
いがらし みきお
出版日
2011-11-22

人口流出や住民の高齢化といった問題に悩む地方都市・魚深市の市長が、補助金を獲得するためにいわゆる「町おこし」の一環として数名の殺人犯を町に住まわせるという、独特な設定に興味を惹かれる物語です。現代日本の社会状況を踏まえた上での社会問題と社会運動のあり方を提起しているとも言えます。

地方の窮状が叫ばれる現在、ゴミ処理場や核・軍事施設の誘致は町おこしにおけるひとつの典型であり、それに反対する運動は「NIMBY(Not In My BackYard)」という呼称で概念化されています。

では、「迷惑施設」を「迷惑な人」に置き換えたらどうなるか?「迷惑」「危険」が人の形をして、人々の間で生活をするとき、その恐怖や不安はいかなる形で浮かび上がり、伝播するのか?非常に実験的な設定ではありますが、私たちの暮らしや人間関係のすぐ傍にある恐怖を描出しています。

今回のおすすめは以上の5冊です。これらの漫画を通じて、「社会運動」と呼ばれる現象にも様々なものがあり、またその見方にもいろいろな観点があることが少しでも伝わったなら、とても嬉しいです。次回は私のもう一つの専門である社会ネットワークについて、とくに人間関係に注目して5冊紹介します。次回もどうぞよろしくお願いします!

この記事が含まれる特集

  • マンガ社会学

    立命館大学産業社会学部准教授富永京子先生による連載。社会学のさまざまなテーマからマンガを見てみると、どのような読み方ができるのか。知っているマンガも、新しいもののように見えてきます。インタビューも。

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