翻訳家というと、外国語を扱う専門家と答える方が多いかもしれません。敷居が高く、語学が得意な人しか就くことのできない職業だと思われるケースも少なくないでしょう。 翻訳する外国語を正しく理解することはもちろん必要ですが、他にも重要なスキルはいくつもあります。文法の基礎を押さえ、専門分野の理解と日本語の表現力を磨くことで、誰でも翻訳家に挑戦することができます。 分野によって多種多様な翻訳家の働き方、収入、勉強法などを垣間見てみませんか?
翻訳家とは、外国語の文章を日本語に訳したり、日本語の文章を外国語に訳す仕事です。外国語の理解力はもちろん、日本語の表現力が問われる仕事でもあります。
まず会社勤務とフリーランスの場合の特徴を解説していきます。
1.会社勤務
通称「社内翻訳者」と表現します。企業に就職し、翻訳の発生する部署に配属されることで社内翻訳者となります。雇用形態は正社員・契約社員・派遣社員などに分かれます。
外国と取引があったり、外国語で書かれた文章を扱うビジネスをおこなう企業であれば、業界問わず翻訳に携わることのできる部署は少なくありません。しかし、最初から正社員で翻訳業務の発生する部署に希望通り配属されるケースは稀なのが現実です。
よって、社内翻訳者として勤務する人は契約社員や派遣社員としてはじめから翻訳者を募集している求人に応募し、その職を得ている場合が多いです。新卒では外国語を使う機会がありそうなご縁あった会社に就職し、翻訳家としてやっていきたいと決めてから転職するといったイメージです。
2.フリーランス
フリーランスの翻訳者は、組織に所属せず、自分自身で1回ごとに仕事を受注し納品し…と繰り返しおこないます。仕事場は大抵の場合が自宅です。
フリーランスの翻訳者が仕事を得る方法は、主に次の3通りです。
1つ目にクラウドソーシング。インターネット上で募集されている仕事に応募し、請け負います。2つ目は翻訳会社経由の方法です。そして最後が直接取引。翻訳を依頼したい個人や企業から直接受注する方法です。
まったくの未経験でいきなりフリーランスを掲げて翻訳家になる人はごく稀でしょう。以前勤めていた会社で翻訳の経験や仕事をもらえそうな繋がりがあったり、勉強期間を経てから契約社員や派遣社員で実務経験を積みながらフリーランスを目指すケースが多いです。
語学の専門職といえば、他には通訳があげられます。外国語を訳す点と高い語学力が求められる点は共通ですが、仕事内容と必要なスキルは大きく異なります。
実際に職業となるとすると、おさえておきたいのが収入面です。会社勤務の場合とフリーランスの場合とで分けてみていきましょう。
◾️会社勤務の収入
◾️フリーランスの収入
通訳との違いを踏まえて、それぞれに向いていると思われる素質を考えてみました。
まず通訳に向いていると思われる素質は次の通りです。
次に翻訳に向いていると思われる素質は、
同じ語学の専門職でも、より自分の適性に合っている方を選びたいですね。
優れた性能の自動翻訳機能が日に日に開発される中、翻訳という業種は将来AI(人工知能)に替わられやすい職業なのかといったテーマは、業界のなかでもよく取り上げられています。
しかし、AIの台頭で置き換えられる可能性が高い業務というのはほとんど全ての業界に存在するもので、翻訳業界だけではありません。大切なのは、「どういった特徴の業務が代替可能性が高いのか」を理解し、備えて準備をすることです。
AIが得意とする業務の特徴は、簡単にまとめると次のようなものが挙げられます。
反対に、パターン通りに作業しづらく、新しく創造したり、その都度、解釈をして問題を解決することはAIが苦手な分野だと考えられます。問題が明確化されていなかったり、パターン化できない事象に対して、修正や交渉を重ねて対策を生み出していくことは人間の方が得意です。
翻訳の分野でいえば、映像翻訳や文芸翻訳で話し言葉や小説を訳すことは、AIの得意分野ではなさそうですね。
もちろん話し言葉への置き換えも自動翻訳で可能ですが、作風によって微妙なニュアンスが異なるところがあるため、人間の翻訳家の方が得意な分野だと考えられています。
産業翻訳においては、翻訳作業支援ツールをうまく活用することで、正確さや表現の統一度を高めるなど効率的に翻訳することが可能になります。映像や文芸と比べると、表現や内容がパターン化できそうな産業翻訳ですが、業界の中ではまだ専門的な内容だと自動翻訳だけでは精度が追いつかないと言われています。
逆に捉えると、AIで十分に翻訳できてしまうレベルを超えられるようより専門性を高めたり、専門分野を複数持つことが武器になります。基本的な部分はAIをツールにしながら効率的に訳し、細かいところ、全体像を整えたり発注元との調整が必要な箇所などは翻訳家の専門性を活かして取り組んでいきたいところです。
「AIに仕事を奪われる」ではなく、AIを活かして人間にしかできない部分をもっと開花させるように翻訳していくことを目指しましょう。
主に外国語の映画やドラマ、ドキュメンタリー番組など映像の翻訳をおこないます。作品の世界観や空気感を表すのに、場面や時代背景に適した言葉を端的に選ぶ技術が求められます。
スラングも含め、会話で用いられる外国語と日本語の知識を身につけ、字幕として表示する限られた字数で表現する点は映像翻訳特有です。
外国語で書かれた小説や雑誌、絵本、専門書など文芸作品を翻訳します。一言に文芸翻訳といってもジャンルや訳す外国語によって内容は多岐にわたります。
正確に原文を理解できるだけの語学力はもちろん、作品の全体像や雰囲気、意図を捉えそれを日本語で表現することが求められます。専門にしたいジャンルの日本語の作品に多く触れ、日本語の表現力を磨くことを怠らない姿勢が大切です。
産業翻訳は、または実務翻訳とも言われます。翻訳市場の中で最も需要が大きく、企業や政府機関などが発注元です。
分野は、ビジネス全般・技術・IT・医薬・特許・金融・法務など多様に存在し、どれも語学のみならず専門分野を日本語でしっかりと理解し学ぶことが必須となります。
文芸翻訳より需要があり収入に繋がりやすいため、翻訳家として身を立てたい場合に産業翻訳を選ぶ翻訳家志望者は多くいます。金融機関の勤務経験や特許事務所での勤務経験など、前職での経験を活かすこともできます。
プロの翻訳家から勉強法や翻訳のノウハウなど直接指導してもらえるため、効率的にスキルを身につけられます。講座の期間やカリキュラムが決まっているため、自分で時間管理をするのが苦手であったりモチベーション維持が心配な方は利用する方がよいでしょう。
市販のテキストや翻訳家のブログ、通信講座などを活用し、学校に通わず、自宅を中心に学習します。
効率よく体系的に学びたいものの、通学圏内に希望する学校がなかったり、専門学校ほどの費用をかけられない場合、通信講座をメイン教材にしながら独学で目指す方法はおすすめです。
社内翻訳者を募集している企業や機関にて、実務で翻訳業に従事しながら経験を積んでいきます。翻訳経験を応募条件としている企業は多いですが、中には初心者でも一定レベルの語学力があれば採用する企業もあります。
実務を通してトレーニングができるため、収入なしに専門学校や独学で準備期間を持つことに不安がある方におすすめの方法です。契約社員や派遣社員での募集が多いため、経験を積んでからフリーランスとして独立する翻訳者も多いです。
翻訳家として生きていくには、準備期間はスタート地点に過ぎず、その後も楽しみながら自己学習を続けていけるかが1つのポイントになります。まず、準備期間に独学または実務と並行した勉強で翻訳家を目指す方向けに、勉強法の流れをご紹介します。
翻訳業を専門にしようとしている以上、まず文法の基礎を身につけておく必要があります。内容は高校の文法レベルで十分です。
文法の基礎の有無では原文の理解度や読解スピードが違い、正確な訳や表現力、仕事量など翻訳の質に関わってきます。
まずはスクールか独学か実務と並行するかなどまだ決めていない方も、まずは高校3年生までの文法が網羅されているテキストを1冊手に入れ、疑問がなくなるよう3周ほどさらってみましょう。
映像翻訳・文芸翻訳・産業(実務)翻訳という分野の中でどれをきわめていくかに加え、さらにそのなかでどんなジャンルを自分の専門にしていくか決めて磨く必要があります。
たとえば産業翻訳を志す場合、金融業界の知識が不十分では原文の意味を正しく捉えることは難しいでしょう。日本語でも、知識がない分野における専門的な文章を理解することは困難なことです。英語でもその他の外国語でもそれは同じだといえます。
元々その分野に明るいのであれば、あえて時間を割く必要はありません。しかし専門にしようとしている分野が初めての方の場合は、翻訳する文章を理解するのに最低限求められる基礎知識をまずは日本語で学習してみましょう。
次に、翻訳における表現の学習や、選んだ分野の専門的な語彙・言い回しの定型などを学びます。どう訳すかは翻訳者個人にゆだねられていますが、産業翻訳の場合は特に訳し方が決まっている言葉もたくさんあります。
また文芸や映像翻訳であったとしても、自然な日本語に訳すための共通の法則を知っておくことで表現力がぐっと上がります。
頻出用語・表現から押さえていき、知らなかったものがあれば用語集・表現集をつくりいつでも参照できるようにまとめておくのがおすすめです。翻訳の仕事を実際に受けるようになってからも役立ちます。
文法の復習、専門分野の学習が済み、その分野の外国語表現にある程度慣れることができた方は、いよいよ実際に翻訳してみる段階です。
今の時代、原文も訳文もオンラインで閲覧したり入手することができます。もちろん書籍でもかまいません。実際に受注するようになったら触れるような原文を、訳文を見ずにまずは自力で翻訳してみます。次に訳文を確認し、自分の訳とどう違うか比較しポイントを学習します。
自信がついてきたら、翻訳会社のトライアルを受けたり、新聞社や出版社が企画するコンテストに応募するなど挑戦してみましょう。
ここからは翻訳の勉強をするのにおすすめの書籍をご紹介します。
- 著者
- 徹雄, 安西
- 出版日
1995年に第1刷が発行されて以来、版が重ねられているロングセラー本。文庫本なので通勤通学のお供に持ち運べる便利サイズです。
そのサイズと価格にも関わらず、中身は翻訳の実務のためのエッセンスが凝縮されています。翻訳学校での生徒の訳例と解説、著者の訳文も載っているため、自己学習の教材として役立ちます。
タイトルは英文翻訳術ですが、別の言語の翻訳者にも愛読者がいる応用できる和訳の基礎本といえます。英文を訳し終わった後に、どこか違和感のある日本語になってしまう…という人はぜひ一読してみてください。
- 著者
- []
- 出版日
通訳と翻訳に関する情報を扱う、国内唯一の定期媒体『通訳・翻訳ジャーナル』を刊行しているイカロス出版のムック本です。
翻訳の学び方から仕事内容、仕事を獲得するためのノウハウまで網羅されています。巻頭企画は号によって違うため、気になるテーマは季刊誌(2月・5月・8月・11月発売)で手に入れるのもよいでしょう。
全国の通訳・翻訳会社情報やスクール&講座の情報も豊富なため、基礎学習やスキルアップに役立つ情報を探すことができます。
- 著者
- ["春樹, 村上", "元幸, 柴田"]
- 出版日
翻訳文学といえば誰もが知る村上春樹氏と柴田元幸氏が、異なる学習段階の聴衆に向けておこなったフォーラムの記録が読みやすい形式でつづられています。
入門、初級、中上級向けの3部構成となっており、読者も段階を踏んで議論を読み進めていくことができます。
翻訳をおこなう際の動機や心構えの面白さはもちろんですが、2人の競訳と原文も楽しめる点がおすすめポイントです。翻訳が好きでたまらない2人が交わす「翻訳談話」から、翻訳の世界の面白さを垣間見ることができます。
- 著者
- 米原 万里
- 出版日
- 1997-12-24
ロシア語通訳者として名を馳せた著者の、実体験をもとに語られる通訳論です。通訳論ではありますが、翻訳との共通点と相違点が実体験エピソードを通して明らかにされる箇所もあります。
「超訳」「意訳」すべきか、原文に忠実に訳すべきかという訳す者にとっての葛藤が、印象的なこのタイトルの背景です。
言葉と全身全霊で向き合い、 第一線で活躍し続けてきた通訳者である著者。自らの体験や社会に対する深い洞察と分析を、訳すだけでなく表現することもできる、著者の類まれなる才能に触れることができる1冊です。
言葉と向き合う専門職、翻訳家。働き方も分野も選び方次第で、自由なワークスタイルや収入アップに繋げることができます。
特に必要な資格などはないため、外国語と日本語を正しく理解し、よくよく調べる姿勢が大切になって来ます。また翻訳への関心や愛がなければ長く続けることは難しいでしょう。
少しでも興味を持ってくださった方は、ぜひ、気になった本を読んでみてください。
普段何気なく使っている言葉を意識する、刺激的なひとときになること間違いなしです。