「普通とは違う」犯人を描く、濃厚な味わいの一編を。【片桐美穂】

更新:2021.1.5 作成:2020.8.6

気付けばすっかり夏ですね。夏にはサッパリしたものがやっぱり美味しいですが、たまにはドロッと濃厚なものも味わいたい。そんなあなたに、実際に起きた事件を扱った、舌に纏わりついて離れない、読み応えたっぷりの長編小説をご紹介します。

片桐美穂プロフィール画像
俳優
片桐美穂
1994年生まれ。茨城県龍ヶ崎市出身。血液型A型。2014年、舞台芸術学院を卒業したのち、得意のヤンキーキャラと、一時はプロを目指していたクラシックバレエを生かし様々な作品に出演。 【出演情報】 テレビ朝日「書けないッ!?~脚本家 吉丸圭佑の筋書きのない生活~」(脚本:福田靖、演出:豊島圭介、Yuki Saito/2021年1月16日~スタート。映画『あの頃。』 監督:今泉力哉 脚本:冨永昌敬 原作:劔樹人「あの頃。男子かしまし物語」(イースト・プレス刊)) 2021年2月19日公開。
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高校生の頃だったか。実際に起きた事件を扱った小説や、犯人本人が書いた本に興味があり、読み漁ってる時期があった。印税を入れちまってはいるものの、その頃は夢中で読んでいた。

事件の容疑者が世間の「普通」から離れているほど、世の中の注目度がすごい。いわば、ショーというか、商品になる。ミュージカル『CHICAGO』は自分の事件をどれだけ世の中に注目させ、自分を売り出すかの滑稽さをコメディチックに描いているが、そんなことは実際、日本でもしっかり起きている。

私の印象だが、本を出版するような犯罪者は自分に自信がある人が多い。今回手に取った小説のモデルになった事件の犯人、木嶋佳苗死刑囚も、自分に自信があるように見える。そうしていないと保てない過去があるのかもしれないが、獄中にいながら更新していたブログを読むと、「私も芸能人のように注目されたい!」という気持ちの現れではないかと思う。この小説について書いたブログでは、随分ご立腹の様子だが、それもしっかり小説の宣伝になっているのでは?と思ってしまった。

今回は第157回直木賞候補作『BUTTER』を紹介いたします。

BUTTER

著者
柚木 麻子
出版日
2017-04-21

結婚サイトを介して出会った男達から金を奪い、3人を殺した罪に問われている梶井真奈子被告、通称・カジマナ。けっして若くも美しくもなく、太り気味の容姿である彼女が起こした事件に、世の中は注目した。「女は痩せていて美しくなくてはいけない」と擦り込まれて育った女性は動揺し、男達は嫌悪感と憎しみを露わにした。

主人公である週刊誌記者の町田里佳は、一切取材を受け付けないことで有名な梶井に独占取材を試みようとするが、なかなかこぎつけられない。そんな中、大学時代の同級生で今は専業主婦である親友の玲子からの助言を実行すると、なんと梶井との面会に成功。

玲子からの助言とは、食へのこだわりが強い梶井に「ビーフシチューのレシピをぜひ、教えてください。」と手紙を書くことだった。

取材を重ねていくうちに、洗脳とも取れる梶井ワールドにハマっていき、外見も内面も変貌が止まらない里佳。里佳の変化に伴い、里佳周辺の人の人生をも変えてゆく、濃厚で味わい深い作品だ。

この作品を読んで、「自分の欲求に素直でいること」がとてもうらやましいと感じた。カジマナは世の中から批判されているのにも関わらず、自分の容姿や行動に確信があるため、まったく気にしていない。里佳が彼女に翻弄され、取り込まれていくと同時に、読者である私もカジマナのファンになっていっていることに「はっ!」とする。カジマナの言動は常に自由で、「これがしたい。あれはしたくない。」とはっきりしている。「これはしちゃいけない」の考え方がないことが羨ましいのだろう。

私は歌を習っているが、お客さんの前で歌うのはいまだに緊張する。だが、気のおけない友人とカラオケに行った私は違う。日頃の成果を存分に発揮できる。十八番を歌っている私は、友人の目を気にせず、自信たっぷりに歌い上げることができる。日々の練習も自信に繋がり、周りからの評価が気にならなくなるのだ。もしかしたら、スーパーマリオブラザーズの無敵のスター状態とはこういうことを言うのだろうか。カジマナは常にスター状態だから、あんなにも堂々としていられるのかも。

里佳との面会の際、興奮したカジマナはこんなことを言っていた。

「仕事だの自立だのにあくせくするから、満たされないし、男の人を凌駕してしまって、恋愛が遠のくの。男も女も、異性なしでは幸せになれないことをよくよく自覚するべきよ。(中略)私の事件がこうも注目されるのは、自分の人生をまっとうしていない女性が増えているせいよ!みんな自分だけが損をしていると思っているから、私の奔放で何にもとらわれない言動が気にさわって仕方がないのよ!」

確かにそうなのだ。奔放でいることは簡単ではない。もっと素直でいいはずなのだ。人が口にしない暗黙の了解を、発言する度に崩してくるカジマナに翻弄されてると気づいた時には、もう彼女に夢中なのだ。

この作品は、「女性だから」、「男性だから」の描写が多く、正直胸糞悪いなと思う部分もあったけれど、それは私が現実で目を背けているからだと気付かされる。その問題に悪戦苦闘しながらも、真っ向からぶつかっていく里佳の姿からも目が離せない。

読み終わってからというもの、登場人物達が抱えている問題が、読者自身の問題だと、日常生活に忍び込んでくるこの作品自体が、カジマナの正体なのではないか。ベトベトといつまでもまとわりついてきて、指から離れない粘着テープのように、右へ左へと私を操ってくる。アリ地獄のような抜けられない世界に、皆様も手を出してみてはいかがだろうか。

この作品の評判は、賛否両論が激しくて、批判の声も少なくない。これもまたこの作品の魅力なのではないだろうか。みんなが振り回されている様を、今でもカジマナが微笑んでる気がします。私はまんまと影響を受けて、スーパーでいつもより少し贅沢なバターを買っちゃいました。来月もお会いしましょう!