5分でわかるイエメンの歴史!サウジとの戦争、内戦、コーヒーなどをわかりやすく解説

更新:2020.10.15

日本でも馴染みのある「モカコーヒー」の発祥国イエメン。古代から栄えていましたが、たび重なる内戦で、現在はもっとも渡航困難な国のひとつといわれています。この記事では、大国に支配されてきた歴史、独立の経緯、そして内戦などについてわかりやすく解説していきます。

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イエメンってどんな国?女性の権利、石油やコーヒー、観光情勢などを簡単に解説

 

アラビア半島の南端部にある共和制国家のイエメン。正式名称は「イエメン共和国」といいます。長らく「北イエメン」と「南イエメン」に分裂していましたが、1990年に統一されました。

国土面積は約52万8000平方キロメートルで、日本の1.4倍ほど。人口はおよそ2850万人です。紅海、アデン湾、アラビア海に接する海上交通路の要衝で、陸上では北側でサウジアラビア、東側でオマーンと国境を接しています。

1980年代から石油を産出しているものの、砂漠地帯であるため農業をすることが難しく、石油でもたらされる利益はほとんどが食料品の輸入に消えています。ひとり当たりのGDPは産油国のなかでも特段に低く、サウジアラビアなど近隣の産油国に出稼ぎに行く人も多いそうです。

イエメンは石油のほかに、モカコーヒーが有名。「モカ」はイエメンにある港の名前です。17世紀頃からコーヒーの発祥地といわれるエチオピア産の豆が紅海を渡ってモカ港に集積され、ヨーロッパに運ばれていました。するといつしかモカがコーヒーの代名詞となり、現在でもエチオピア産やイエメン産のものは「モカ」と呼ばれているのです。

国民の約98%がアラブ人で、イスラム教スンニ派が半数、イスラム教シーア派が約4割を占めています。またシーア派のなかでも、ザイド派と呼ばれる宗派が一定の力をもっているのが特徴です。

中東諸国のなかでもイスラム教の伝統が色濃く残る地域で、男性社会と女性社会は厳しく分断されています。女性が結婚できる年齢は法律で定められておらず、幼くして強制的に結婚させられることも珍しくありません。2006年の調査では、18歳未満で結婚した女性が52%もいたそう。なかには8歳で結婚した例もあり、家庭内暴力も頻繁に起こっているのが現状です。

首都は、世界最古の街のひとつとされるサナア。粘土と煉瓦で作られた建物が密集しています。築1000年を越えるものもあり、旧市街全体が1986年に世界遺産に登録されました。またイエメンが領有するインド洋の島ソコトラ島は固有種率がきわめて高く、「インド洋のガラパゴス」とも呼ばれ観光資源になっています。

ただ近年は、2015年から続いている内戦の影響で治安が極度に悪化していて、日本の大使館も国外に退避しているほど。外務省が発表している危険情報では、全土に「レベル4:退避勧告」が出ています。古代から交易の拠点として栄えてきた歴史ある国イエメンですが、現在はもっとも訪れることが困難な国のひとつだといえるでしょう。

 

イエメンの歴史をわかりやすく解説!オスマン帝国やエジプト、イギリスの支配など

 

現在のイエメンがある地域に歴史上初めて現れた国は、紀元前800年頃に成立したとされるサバア王国です。香料を主な商品として東アフリカやメソポタミア、インドなどと交易し、莫大な利益を得ていました。『旧約聖書』や、帝政ローマ期の著述家フラウィウス・ヨセフスの『ユダヤ古代誌』に登場する「エジプトとエチオピアを支配したシバの女王」は、サバア王国の女王とする説が有力です。

紀元前2世紀頃、プトレマイオス朝エジプトが紅海の海上交易路を開拓すると、アラビア半島を経由する内陸の交易は衰えていきました。さらに内陸部で遊牧民ベドウィンの活動が活発化し、政治や経済の中心は沿岸地帯から内陸の高原地帯へ。結果的にサバア王国の勢力は衰退し、275年に高原地帯の部族が形成したヒムヤル王国によって滅ぼされています。

ヒムヤル王国も香料の交易で繁栄しますが、ユダヤ教徒だった国王がキリスト教徒を弾圧した事件をきっかけに、エチオピアのキリスト教国アクスム王国と対立。525年に滅亡しました。

アクスム王国の司令官だったアブラハは、王位を奪って中央アラビアやヒジャーズ地方に遠征をくり返しますが、575年にササン朝ペルシアに敗れて、イエメンの地はササン朝ペルシアが支配することになります。

628年、ササン朝ペルシアの総督が預言者ムハンマドの説得に応じてイスラム教に改宗し、イエメンはイスラム化しました。

その後いくつかの王朝が栄枯盛衰をくり返し、16世紀にはオスマン帝国、19世紀なかばにはエジプトの支配下に入ります。1839年には港湾都市アデンを中心とする「南イエメン」がイギリスの保護国となり、1849年には残る「北イエメン」をオスマン帝国が占領。南北に分裂することになりました。

 

イエメンの歴史をわかりやすく解説!独立とサウジアラビアとの戦争

「北イエメン」には、シーア派の一派であるザイド派のイマーム(=指導者)が897年から拠点を置いていて、支配者を変えながらもその子孫であるラシード家が一定の権威をもっていました。

「第一次世界大戦」でオスマン帝国が敗戦すると、1918年、イマームのアル=ムワッタキル・ヤヒヤ・ムハンマド・ハミードゥッディーンが独立を宣言。「イエメン王国」となります。

隣国のサウジアラビアとは、国境にあるアシール首長国の帰属をめぐって対立。1934年に「サウジ・イエメン戦争」が勃発しました。サウジアラビアがはるかに優勢で、「イエメン王国」も善戦したものの係争地域はすべてサウジアラビアに併合されました。

1958年、エジプトとシリアがつくった「アラブ連合共和国」に参加。しかし1961年にシリアが独立したために瓦解します。1962年には汎アラブ主義者によって「イエメン王国」が倒され、王政が廃止し、「イエメン・アラブ共和国」が成立しました。

一方でイギリスの保護国になっていた「南イエメン」では学生の海外留学が盛んに。その結果、社会主義が浸透し、民族主義組織が反英独立運動を展開して、1967年に「南イエメン人民共和国」として独立しました。国内の左派系組織と統合したイエメン社会党が、一党独裁体制を敷きます。

「南イエメン」はアラブ世界初の社会主義国となり、中東やインド洋におけるソ連の足場として冷戦期には東側陣営と友好関係を構築しました。しかし冷戦の終結とソ連の崩壊によって経済的に困窮し、1990年5月22日に「北イエメン」と統合。現在の「イエメン共和国」となったのです。
 

イエメンの歴史をわかりやすく解説!3度の内戦

 

イエメンでは、継続中のものを含めて3度の内戦が起こっています。

ひとつ目は、1962年に勃発した「北イエメン内戦」です。王制を打倒し、「イエメン・アラブ共和国」を建国した共和派と、サウジアラビアに逃れた王族を支えて王政復古を目指す王党派との間に起こり、共和派をエジプトとソ連、王党派をサウジアラビアが支援しました。

1967年に「第三次中東戦争」が勃発。エジプトがイエメンの内戦に介入する力を失い、1970年に停戦しています。ただ王党派がサウジアラビアで樹立したイエメン王国亡命政府は現在も存在しています。

ふたつ目は、1994年に勃発した「イエメン内戦」です。1990年に南北イエメンが統一した後、統一政府の初代大統領に就任した北イエメン出身のアリー・アブドッラー・サーレハが北側に有利な政策を推進したため、南イエメン出身のアリー・サーリム・アル=ビード副大統領が反発。再分離を求めて武装蜂起したことがきっかけです。

南イエメン派は、油田が南部にあることから国際社会も南側を支援するのではと期待していましたが、予想に反して国際社会が北側に加担したため、わずか2ヶ月で南側が制圧され終了しました。

最後は、2015年に勃発して現在も継続している「第二次イエメン内戦」です。背景には、2011年にチュニジアからイスラム各国に広がった「アラブの春」があります。イエメンでもテロ攻撃で負傷したサーレハ大統領が退陣を余儀なくされ、彼に代わって南イエメン出身のアブド・ラッボ・マンスール・ハーディー副大統領が大統領に就任しました。

しかし、一時は国外へ亡命していたサーレハ前大統領が、これまで何度もイエメンと交戦してきたイスラム教シーア派の一派である、ザイド派の反政府武装組織「フーシ」と手を組み、2015年にクーデターを実施。内戦が勃発します。

「南イエメン」を拠点とするハーディー大統領派をサウジアラビアなどイスラム教スンニ派諸国が、「北イエメン」を拠点とするフーシをイスラム教シーア派のイランが支持し、内戦は宗派間の代理戦争となります。

フーシは、一時はイエメンのほぼ全土を制圧。サウジアラビアやUAEによる空爆や軍事支援によってハーディー大統領派が勢力を盛り返し、戦況は膠着状態に陥りました。この間、サーレハ前大統領は独断でサウジアラビアと和平協議をおこなうことを表明し、怒ったフーシによって殺害されています。

情勢が混沌とするなか、アラビア半島のアルカイダ傘下である過激派組織「アンサール・アル・シャリーア」が台頭。情勢はますます複雑化し、解決の糸口は見えていません。

死者は10万人を超え、食糧不足も深刻。また衛生環境の悪化によってコレラなどの感染症も蔓延している状況です。国際連合は「世界最悪の人道危機である」と警鐘を鳴らしています。

 

アラビア3000年の歴史を紐解くおすすめ本

著者
蔀 勇造
出版日

 

史上初めて「アラビア」という言葉が石碑に刻まれた紀元前9世紀から現代まで、約3000年におよぶアラビアの歴史をわかりやすくまとめた作品です。

イスラム、石油、そしてテロという印象が強いですが、本書ではイスラム化以前のアラビアについても解説しているのが特徴。イエメンについても、かつてこの地で栄えたサバア王国やヒムヤル王国などが記されています。

タイトルには「物語」とありますが、決して空想や想像ではなく、研究にもとづいた説得力のある内容。読みごたえのある一冊です。

 

コーヒーを中心にイエメンなどの歴史を知れるおすすめ本

著者
旦部 幸博
出版日
2017-10-18

 

コーヒーの専門サイトを主宰し、香味や健康にも詳しい作者が、コーヒーの歴史についてまとめた作品です。

エチオピア発祥とされるコーヒーが、イエメンのモカ港を経てイスラム世界やヨーロッパへと広まっていった経緯、「フランス革命」や「ボストン茶会事件」など歴史上の重大事件との意外な関わり、ブルーマウンテンが日本で好評な理由など、 コーヒーが辿ってきた歴史を壮大な視点で知れるのが魅力的。

コーヒー好きの方はもちろんですが、歴史好きの方でも興味深く読める一冊です。

 

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