『フレンズ』のチーズケーキを作った話【荒井沙織】

更新:2021.11.28

映画やドラマを観ていて、ストーリーとともに記憶に残るのが、食べ物のシーンだ。ただ食欲を刺激されるというだけでなく、ある時は登場人物のキャラクターや心情を説明する役割を担い、またある時には、作品のテーマを表すようなメッセージが込められていたりもする。今回は、映像作品の中で欠かせないツールとして登場する “食べ物” について書いていきます。

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クロワッサン

視覚からの情報に先行して鼻にぬけていく、芳醇なバターの香り。サクサクした食感の後は、小麦のもっちりとした柔らかさと、ほのかな甘みで満たされる。焼きたてのクロワッサンは、最も手軽に享受することができる幸福感の一つだ。

映画『ティファニーで朝食を』の冒頭部分、早朝のニューヨークの街を、主人公ホリーがクロワッサンを齧りながら歩いている。黒いドレスにアップスタイルの髪型といった、シックな装いで着飾った彼女。夜遊びからの帰り道、ティファニーのショーウインドウを眺めたりしながら簡単に済ませる朝食が、クロワッサンだ。「素敵なグローブが汚れてしまいそう。」と思った記憶があるが、それも含めて、ホリーの自由な生き方と奔放さを表しているようだ。

『クロワッサンで朝食を』という映画では、パリで孤独に暮らす裕福な老婦人フリーダの、生活の中で譲れないものの一つとして登場する。異国からやってきたばかりの家政婦アンヌが、朝食にスーパーで買ってきた袋詰めのクロワッサンを用意するシーンが印象的で、フリーダは《プラスティックを食べさせるつもりなの?》と拒絶するのだ。なんて気難しいのだろうと感じながらも、「クロワッサンは、パン屋で手作りされた美味しいものを食べるべきだというのは、大いに賛成だ!」と思って、この映画を観てからは、サクサクしていなそうなプラスティック的なクロワッサンは、意識的に避けるようにしている。ちなみに私のこだわりは、雨の日にはクロワッサンを買わないこと。せっかくの風味が湿気ては台無しだ。

ストーリーはその後、フリーダとアンヌが心を通わせていく様子を描いていくが、同時にアンヌが過去の悲しみを乗り越えて前進していく姿にも、どこかホッとさせられる。二つの作品に共通しているのは、クロワッサンが、個性的で強く生きる女性を象徴する食べ物だということだ。だから私は、自分を励ましたいようなとき、とっておきの美味しいクロワッサンを探しにいくのだ。

著者
鹿島 茂
出版日

『イン・ハー・シューズ』のアイスクリーム

続いてはキャメロン・ディアス主演、奔放でだらしのない主人公マギーが、少し立ち止まることで自分を見つめ直し、人生に向き合い始める姿を描いた映画。

この作品の序盤、姉の家に居候を始めたマギーが何かと好き勝手に過ごす中で、大きなカップのハーゲンダッツアイスクリームにミルクを注ぎ、スプーンで直接食べるというシーンがある。キャメロン・ディアスが演じる ”お行儀の悪い役” は、共感できるかどうかは別として、とても可愛らしく見える。観賞当時、高校生だった私は、《やってみたいことリスト》に即座に追加した。

このアイスクリームの食べ方を実現させたのは、大学に入学して一人暮らしを始めてからだった。一度に食べきることは到底できなかったし、どちらかといえばミルクをかけない方が美味しかったような気もするけれど、ちょっと大人になった気分で楽しかった。

その頃は、寂しくて毎日母親とメールや電話をしていたくせに、この時ばかりは「これこそ自由!」と、一人暮らしの醍醐味を感じたのを覚えている。結局これも母に話しているのだから、今思えば可愛らしい達成感だ。

著者
柳瀬 久美子
出版日
著者
若山 曜子
出版日

『シェフ』のキューバサンド

ラテンミュージックと陽気な色彩が楽しいこの映画の中で、物語の核となっているのが《キューバサンド》だ。

主人公のカールは、フードトラックで絶品のキューバサンドを販売しながら、マイアミからロサンゼルスへと旅をしていく。旅の途中に立ち寄る街々では、店を手伝う夏休み中の息子・パーシーに、その土地ならではの “本物の味” を教える。揚げたての小さなドーナツや、専門店のバーベキュー、自身が作るキューバサンドももちろん、そのうちの一つだ。

初めて知ったこのサンドウィッチを食べてみたいと思い、調べてみると、近くに提供しているカフェを見つけた。一度、映画好きの友人とともに足を運んでみたのだが、残念ながら、見た目も味わいも、私たちが期待していた劇中のキューバサンドとは程遠かった。この映画を観たことがある人ならば、こんな風に理想が高まってしまうのも納得してくれるはずだ。

本物のキューバサンドやテキサスバーベキューを、いつかは私も味わってみたいものだ。今のところ一番の近道は、もう一度映画を観て、自分で作ってみることかもしれない。キューバサンドなら、なんとか再現できそうな気がする。

著者
政人, 佐藤
出版日

『フレンズ』のチーズケーキ

最終シーズンの放送から15年以上経った今でも、世界中のファンに愛されているのが、ドラマ『フレンズ』。男女6人の友人たちを中心に、その恋愛模様や成長が描かれていくシチュエーションコメディで、シーズン10まで続いた大ヒットシリーズだ。

主な舞台となるのは彼らが暮らすアパートメントで、劇中には多くの食事シーンがある。中でも私は、シーズン7の11話『魅惑のチーズケーキ』という回に出てくるチーズケーキがずっと気になっていた。レイチェルとチャンドラーが夢中で平らげた《「ママのリトルベーカリー」の “クリーミー” で “美味しすぎる” チーズケーキ》だ。

人気シリーズということもあり、広告として実際の企業や商品が登場することが多くあったので、このチーズケーキもアメリカのどこかにあるケーキ店の商品なのだろう、と思っていたのだが、調べてみるとどうやら架空の店のようだった。

「いつか二人が食べていたようなチーズケーキに出会えると良いな!」というくらいの熱量で頭の隅にあったこの願望は、テレビ番組で紹介していたレシピをふと思い出して作ってみたことで、思いがけず叶うこととなる。劇中のチーズケーキは1層で、私が作ったレシピでは2層構成になっているなど、正確に言えば違いはあるものの、クリーミーさは、まさに私がイメージする『フレンズ』のチーズケーキそのものだったのだ。

現在、初回放送から25周年が経ったことを記念して、オリジナルメンバーが再集結するスペシャルエピソードが制作されているそうだ。いずれは日本でも何らかの配信サービスで視聴できるだろうと期待している。その時には、またチーズケーキを焼いたり、ピザを買うのも良いだろう、『フレンズ』気分を高める食べ物を用意して観賞したい。

(撮影: 荒井沙織)

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