憧れは抱いても、踏み込んでいくには敷居高く感じてしまいがちな伝統工芸の世界。まずは趣味から挑戦してみたい、旅先で体験して楽しかったなど、興味を持っている方は少なくないでしょう。伝統工芸のひとつである陶芸は、陶芸家が一つひとつ丁寧に、土から選定し、絵付け、釜焼きまでおこなうため、個性やセンスが反映されます。本記事ではそんな陶芸家の仕事内容、就職や独立など働き方から収入面までを解説。日常を彩る工芸品の職人業を垣間見てみませんか。記事の最後には、魅惑的な陶芸の世界へ誘う書籍も紹介していますので、関心のある方はぜひ手にとってみてくださいね。
陶芸家とは、土とろくろを使って茶碗や皿などの陶磁器を作るのが仕事です。
土を選ぶところから絵付け、釜焼きまで自分でおこない、大量生産で作られた陶磁器とは違った価値を持った作品を作ります。陶芸家によって作風が異なり、手触りや質感なども異なることから、陶芸家そのものにファンがつくこともあります。
陶芸家の仕事は主に作品の制作ですが、販売による発送作業も陶芸家がおこなわなければなりません。
どのような作品をつくるか、目的や依頼に応じてデザインすることから始まります。大きさ、形、色や風合い、使用されるシチュエーションなど大枠から細部にいたるまでイメージを膨らませていきます。
その次に、実際に土をこねて成形していく段階に入ります。手びねり、ろくろを使用する方法、型を使う方法など様々な手法があります。その後は乾燥、素焼き、絵付けや釉薬がけをした後に本焼きという順番です。
一言に焼きものと言っても、土の種類は様々あり、それによって温度や焼き方が変わります。釉薬の使用有無や使った場合の風合いも異なります。たくさん存在する手法の違い、微妙な出来具合の違いを観察し追究しながら、陶芸家は独自の作風を編み出していきます。
主な仕事内容は作品制作ですが、丹精込めて生み出した作品を、より多くの人に届ける活動も非常に重要な仕事です。
依頼者がある仕事に関しては直接納品しますが、依頼を受けるようになるまでの知名度・認知度を高める必要があります。これまでの王道ルートは権威のある陶芸展に入選することでしたが、今ではインターネットを活用したPR方法を併用しない手はありません。
ハンドメイドサイトに登録し販売したり、HPと合わせてオンラインショップを開設するなど独自の販売ルートを複数持つことで、販路を開拓していっている職人が多くいます。SNSのアカウントを作成し、制作過程や作品の使用例、作者の想いや日常を投稿することでファンを増やしているケースもあります。
修行時代(陶芸家のもとに弟子入りした例)の1日のスケジュールの例をご紹介します。
陶芸の世界は「土練り3年ろくろ10年(8年と表現される場合もあり)」と言われます。師匠や窯元の方針にもよりますが、基本的には修行中の間は自分の創作活動というより基礎を徹底的に身に付けるための準備期間です。
この間の制作物は、師匠の定番品であったり地域の請負で依頼された陶器製品が中心です。決まったものを繰り返しつくって師匠の技を踏襲し、技術を確実に自分のものにしていくことが目的です。
独立後(工房を持つ陶芸家の一例)の1日のスケジュールの例もご紹介しましょう。
制作途中の作品は、乾燥させたり水につけたり、扱う土の状態や気候によっても出来が左右されるため、こまめに状態を確認する必要があります。こうした理由から、陶芸家は住居の近くに工房を構える場合が多いです。
会社員であれば残業に値する終業後の作業も、納得のいく作品づくりのためには必要なことがしばしばあります。終業時間や勤務形態は、受注量や納品スケジュールに左右されるためケースバイケースだといえるでしょう。
気になる収入面を見ていきましょう。
陶芸家といってもキャリアによって収入の幅は広いです。基本的には、作品の販売額が主な収入源になります。大きな窯元で修行の間、毎月定額の給料が支払われる場合もありますが、その場合でも日本の平均的月収より少ないか、新卒入社時の20万円ほどが一般的なようです。
年収でみると大体50万円~300万円ほどが相場と言われています。ベテランの陶芸家や人間国宝と言われるような著名な陶芸家であれば、作品ひとつ当たりの価格も販売先も大きく異なりますが、そうなるまでの難しさは言うまでもありません。
また、弟子入りしてから独立するまでの目安も数年~10年以上、と、タイミングは人によってさまざまです。修行に入る前に会社員として働いた分を準備金として用意しておく人もいれば、専門学校や大学を出てそのまま弟子入り期間に入るかたもいます。
陶芸に対する想いが大切なことはもちろんですが、どう暮らしていくか、どのくらいで独立を目指すかといった具体的なプランの想定が必要となります。
誰でも陶芸家になれるわけではありません。陶芸家になるには、以下のような適性を持っている方が多いようです。
修行中も独立後も、長時間にわたる制作に没頭することになります。根気のいる作業を集中しておこなうだけの集中力と、いくつもの工程を時間をかけて完成させていく継続する力が求められます。
陶器や材料は重量があるため、まとめて運んだり作業する際には力仕事になります。年齢・性別問わず活躍できる世界ではありますが、上記のような長時間にわたる集中力を発揮するには体力が必要です。制作をおこなう体は一番の資本だと覚えておきましょう。
芸術的な職業であるため、美的センスや手先の器用さが求められることは想像に難くありません。はじめから才能の片鱗が見られるかたはいますが、経験を積みながら習得していく部分がほとんどです。陶芸家になった後も長く新しく活躍を続けていくために、向上心と好奇心は欠かせません。
陶芸のことをもっと知ろう・学ぼうとする意欲、その他の工芸や伝統技術・美術に対する関心や感性、日常や自然の中に感動を覚える心の柔軟さなど、技術や芸術的センスは自分次第で磨きをかけていくことができます。
陶芸家になるために、とりわけ取得が必要な資格や学歴はありません。しかし、早くからこの道に進みたい気持ちが固まっており準備に入りたい場合、高校卒業後すぐに専用の学科・コースが設けられている専門学校や大学に進学するという方法があります。
工芸について学べる大学の一例です。
専門学校の場合は1~2年コースが一般的で、基礎から応用まで学べるよう用意されています。全国的にそうした学校は存在しますが、焼きものや伝統工芸で有名な地域ほど陶芸家の需要があり職人が多く暮らしています。
焼きものが盛んな地域で通学することは、学外の時間でも人々の生活に息づく陶芸に触れることができる点において、学ぶ環境が充実しているといえます。
専門学校や大学を出てからそのまま独立する方もいますが、師匠を見つけ弟子入りし現場で技術向上に励む方もいます。また、就職してまったく別の仕事をした後に陶芸家を志し、師匠となる陶芸家のもとに弟子入りするケースもあります。
焼きものといっても種類や製法は多種多様です。自分が好きな焼きものの種類、作風、またそれらが生み出される風土や土地柄がどのようなものなのか、じっくり考えてみましょう。
たとえば、日本三大陶磁器と呼ばれるのは「美濃焼(岐阜県)・瀬戸焼(愛知県)・有田焼(佐賀県)」の3種類です。他にも「日本六古窯」と呼ばれる中世から現代まで生産が続く代表的な6つの窯に「越前(福井県)・瀬戸(愛知県)・常滑(愛知県)・信楽(滋賀県)・備前(岡山県)」があります。
どう候補地を選んでいこうか検討がつかない場合は、焼きものが盛んなこういった地域から調べてみてもよいでしょう。
陶芸家の就職とは、窯元に勤める場合を指します。雇用形態は、正社員・契約社員・アルバイトなどに分かれますが、まったくの未経験で正社員として採用されることは難しいです。その場合は、アルバイトや契約社員からスタートして経験を積みます。
学校や弟子入り修行を経て独立し、自分の工房を持って制作活動に励みます。駆け出しの頃は売上が月4~5万円ということも珍しくありません。軌道に乗ってきた陶芸家であっても、平均年収は約400万円が相場です。
こうした現状がら、独立している陶芸家でも制作のみでやっているケースは稀です。工房を体験教室として開放したり、作品の販売所を併設することはよくあります。また、同業者向けに自分で作った粘土を販売する陶芸家もいます。
作品をカフェで使用してもらい工房の宣伝をしたり、器を取り扱うお店に営業をかけて取り扱ってもらうなど販路の開拓も自身でおこないます。個展を開く以外にも、ハンドメイドサイトやオンラインショップで販売する方法も、認知度を高めるために有効な手段です。
陶芸家の道を断念する理由で最も多いとされるのは、経済的な理由です。そのため、一旦就職をし、会社員と両立しながら陶芸家の活動を続ける方もいます。退勤後や週末の時間のみを制作に当てるため、体力的にも精神的にもハードではあります。
会社員から陶芸家に転身した方の場合には、初めは週末を利用して趣味として創作をおこない、別の仕事との両立が原型のスタイルだった陶芸家もいます。陶芸が好きで可能な限り制作を続けていきたい場合、働き方の視野を広げて模索していく必要があるのかもしれません。
求職者に向けて、公共職業訓練や認定職業訓練をおこなう、職業訓練指導員という仕事があります。このなかに陶芸を教える募集もあります。そのため、「職業訓練指導員免許」を取得して指導員の仕事に就く道もあります。
また、専門学校の講師も方法のひとつです。副業として教える場合もあれば、学校の講師や陶芸教室の教師を専業にする方もいます。自身の創作活動に励むことと後進の育成に励むことは別ものであるため、後者に魅力ややりがいを感じるうちにそちらをメインにおこなうようになる陶芸家もいるようです。
陶芸体験教室でよく用意されている内容は、初心者でもつくりやすいデザインの中から好みのものを選び、自分で成形させてもらえるといったものが一般的ですね。乾燥させたり焼くといった作業は技術がいるため、成形後は陶芸家にやってもらえる場合が多いです。
実際に土を触り、決めたデザインに沿ってつくっていく面白さや、完成品を日常で使う時の感動を手軽に味わうことができます。また、教室が混み合っておらず時間の余裕があれば、陶芸家の先生と話したり、話を聴く機会も得られるかもしれません。
国の伝統工芸品に指定されているものだけでも31種類はあります。陶芸をやってみたい、作品を購入したいけれどどこから手を付けたらいいかわからない方は、自分の「好き」と感じるアンテナがおもむくままに出会いを広げてみてはいかがでしょうか。
陶芸が盛んな地域では年に1~数回陶器市といって、参加する作家の作品が通常よりお値打ちに入手できたり、販売数が限られている掘り出し物を入手できる機会があります。陶芸家やその弟子、家族などが直接販売しているので、作品のことや用途などを聞いてみるのも楽しみ方のひとつです。
- 著者
- 林 寧彦
- 出版日
「一生付き合える趣味を持ちたい」という気持ちから陶芸教室に通い始め、日本伝統工芸展に入選するまでなど、会社員の仕事と陶芸活動を両立させながら夢を叶えた筆者の体験記です。
今でこそ「好きを仕事に」「週末副業」などが聞きなれた言葉になりましたが、筆者が二足の草鞋生活を始めた当時はそのような時代の流れはまったくなかった頃でした。
元広告代理店勤務であり、独立後も執筆業を兼務する筆者が紡ぐ言葉は、テンポ良く面白く、読みやすいです。
- 著者
- 大西 政太郎
- 出版日
器の購入や陶芸作品の制作を本格的に楽しみたい、もしくはすでに楽しんでいる方におすすめの本です。 充実した陶芸の技法の紹介がなされており、伝統的なものまで網羅されています。釉薬の基本的な調合など実用的なデータも掲載されているため実用書として読むこともできます。
分厚くボリュームこそありますが、すでに陶芸に魅了されている人にとっては読みごたえがある、何度も読み返したい1冊です。
- 著者
- ["はる陶房", "白金陶芸教室"]
- 出版日
陶芸初心者にも、陶芸教室に通いながら予習・復習したい方にもぴったりの1冊。
芸術大学の陶芸科の卒業生が、カラー写真を合わせて陶芸の技術や手順を分かりやすく説明してくれています。すでに10年近く陶芸をやっている方や、陶芸を教える立場の方からも内容への評価が高く、信頼できるテキストです。
陶芸の基本から豊かなアイデアまで。技法と作品が一体化しているため、本書に掲載されていた陶芸作品にチャレンジしやすいでしょう。
敷居が高い印象を抱かれやすい伝統工芸の世界。伝承されてきた技術や精神、それらを身につけるまでの努力はもちろん、大きく尊敬に値するものです。しかし、日常に彩りを添えてくれる身近な芸術でもあるため、あまりに高く垣根を設けてしまうのはもったいないことです。
好きな作風を探してみるのもよし、実際に陶芸家から購入し使ってみるのも良し。好きな器を眺め、触って、自分で使ってみることは、想像以上に心を満たしてくれるでしょう。自分の手でつくってみたいと思う瞬間があれば、運命の時かもしれません。
働き方が多様化する社会で、趣味または副業として、小さな一歩から陶芸を始めるのもひとつの方法ではないでしょうか。