企業でのペーパーレス化や、オフィスレスにともない、需要が減少している製紙業界。世界全体で環境への配慮が優先されている現代において、紙の需要は限定的なものとなるかもしれません。しかし、脱プラスチックの代替商品となりうる可能性も秘めているため、まだ業界開拓の余地は残されています。本記事では、ペーパーレス化の進展具合や国内の紙パルプ業界の動きを分かりやすく解説しています。記事の最後には、製紙業界の全体の動きをより詳細に把握するのにおすすめの書籍もご紹介しています。こちらも合わせて目を通してみてくださいね。
製紙業界は2020年、需要が減少しています。リモートワークの増加が大きな理由としてあげられますが、近年の流れとして「脱紙」ペーパレス化が進んでいることも大きな要因です。このペーパレス化についてまず見ていきましょう。
ペーパーレスの議論で必ず取り上げられるのがオフィスや官公庁の「紙文化」です。コンピュータが使われていなかった時代の慣習が影響していることもあり、ほとんどすべてのドキュメントを紙に印刷してやりとりしたり、保存したりしています。これが紙の無駄遣いではないかと指摘されています。
紙の書類は火事や水害などの自然災害に弱い一方、電子データのような破損の仕方をしないで長期保管できるというメリットもあります。重要な記録はこれまで通りデータと紙の両方で保存されるでしょうが、作業途中の書類をプリントアウトしたり、FAXでやりとりをしたりという機会はこれからも減っていくでしょう。
民間と比較するとペーパレス化の動きが弱かった官公庁も徐々に変化を見せています。膨大な資料を紙で配付するのが通例だった会議でタブレットを使用するとおこなった取り組みが始まっています。
参考:霞が関の働き方改革に?行革推進会議で初“タブレット会議”|TBS NEWS
ペーパレス化が進む一方で、2020年に需要増大したのが衛生用品です。紙パルプを主原料とする衛生用品はマスク・ウェットティッシュ・ペーパータオルなど多岐にわたります。現在、日本の製紙各社はこれらの衛生用品供給拡大に向けて生産工程を見直しています。
また、直接紙パルプには関連しないものの、その他の衛生用品生産を始めている製紙メーカーもあります。王子ホールディングスは、日本製の医療用ガウン生産に向けて設備投資をおこないました。
一方で、海外製医療ガウンの価格に押されてすでに過当競争が始まっているという報道もあり、衛生用品に強く比重を置く路線がよい結果をもたらすかどうかはまだ結論が出ない状況です。
参考:新型コロナを機に製紙業界で起こったビジネスモデルの転換|@DIME アットダイム/「医療用ガウン」国内生産したのに“在庫11万枚”…安い中国製が選ばれ生産中止検討 | MBS 関西のニュース
日本国内では外出の自粛要請、海外ではロックダウン実施がおこなわれたこともあり、宅配便に使うダウンボールの需要は急増しました。すでに市場の争奪戦が始まっており、この競争結果によって各社の業績に大きな影響が出ることが予想されています。
再生紙の使用比率が高い段ボールは主に海外で加工されており、日本のメーカーも東南アジアなどの工場買収を積極的におこなっています。
参考:新型コロナ: 大王製紙など製紙6社の4~6月期、コロナで明暗: 日本経済新聞 /米リサイクル業界、段ボール古紙の需要増で活況 - WSJ
紙と同じように「脱」の動きが激しいのがプラスチック製品です。テイクアウトドリンクにストローがつかなくなったり、買い物袋が有料化したりと、日本でも日常生活に影響を及ぼしています。
プラスチック製品の環境負荷が問題になる背景には、再利用が難しい、自然に分解されない、海洋生物に悪影響を与えるといった論点があります。一方、紙はこれらのプラスチック製品が持つ問題を簡単に解決できます。そのため最近では紙製ストローや買い物袋をよく見かけるようになりました。
コストの問題などもあり、プラスチック製品の完全な代替とはなりえないでしょうが、今後、需要が増えていくことは予想されています。すでにアルコール消毒剤のパッケージなど、これまでプラスチックだった容器を紙にした製品が開発されています。
参考:新型コロナ: 日本製紙、消毒液に対応した紙製容器 脱プラ需要に対応: 日本経済新聞
紙パルプを取り巻く状況について解説しました。続いては国内業界の情勢を見ていきましょう。
国内紙パルプ・製紙業界の大手2社は、王子ホールディングス(シェア28%)と日本製紙(シェア20%弱)です。続く、レンゴーや大王製紙のシェアが10%台前半です。
各社とも事業の守備範囲は大きくは変わらず、製紙業を軸足として包装材・パッケージ製造、木材加工などの関連事業をおこなっています。
参考:製紙業界の動向、現状、ランキングなど(2020年版)-業界動向サーチ
製紙業界は、ここ30年ほど吸収合併を繰り返しています。大手2社で40%以上の業界シェアを持っているのもそのためです。業界再編としてはやれることはやりきったという状態といえるでしょう。
一方で、紙そのものの需要は減ってきているので、今後は新規事業に参入したり、海外へ展開したりといった新たな戦略を立てていくことが必要です。
これまで見てきたとおり、紙パルプだけでは今後の成長が見込めないため、関連する分野やこれまでの技術が活かせる事業などを発掘していくことが求められています。
たとえば、レンゴーは包装材生産に力を入れており、最近では自然に分解される透明フィルムを開発しています。各社ともにいえることですが、紙だけでなく周辺領域にも積極的に進出しているため、仕事の仕方によっては新しい分野へ進出していくことも可能そうです。
参考:海洋プラスチック問題の解決に貢献するパッケージング材料「REBIOS(レビオス)」を開発 | ニュースリリース | レンゴー株式会社
- 著者
- 西尾 ななえ
- 出版日
産業としては課題の多い紙パルプ業界ですが、意外なところで人気を獲得もいます。そのうちのひとつがクラフトで、紙テープでかごやバッグを編むクラフトは専門書籍が多数出版されています。
趣味の分野に入る需要はさほど大きいものではありません。しかし、紙ならではの低価格・扱いやすさ・軽さといった特徴がメリットとして受け入れられていることは何らかのヒントになりそうです。
- 著者
- ["シャンタル・プラモンドン", "ジェイ・シンハ", "服部 雄一郎"]
- 出版日
脱プラスチックに関する運動は目的とそのための適切な方法を選定するのが難しいことが指摘されています。たとえば「プラスチックはそもそも燃やせば海洋汚染をしない」、「ペットボトルを集めても最終的には燃料になるしかないのでは」といった議論があります。
一方、世界の全体を見渡すと、環境への悪影響は確かにあり、「どうにかしなければならない」という問題意識のもとに生まれてきた運動でもあります。紙パルプ業界としてはすぐ隣の問題として向き合う必要が出てきた「脱プラ」について、まずは入門的に学べるのが『プラスチック・フリー生活 今すぐできる小さな革命』です。
- 著者
- パイ インターナショナル
- 出版日
全体としては需要が減っている紙ですが、「紙であること」に付加価値を見いだすという人ももちろんいます。現代では年賀はがきなどを送るのも多数は出なくなってきましたが、だからこそどのように付加価値を付けるのかは考えていきたいところです。
『ウィリアム・モリスの世界 100枚レターブック』は本として販売されてはいますが、実質的にはメモ・便箋として使える文具です。印刷が美しいことに加え、本としても売ることで販売の可能性を広げるという努力を見ることができます。
ペーパーレス化やオフィスレスが進んでいることが製紙業界に影響を与えているのは間違いありません。しかし、衛生用品の拡大や、脱プラスチックの動きの裏で、紙の需要は増しています。プラスチックに比べて、紙は再生紙の利用や環境への影響が少ない生産方法がすでに確立されつつあるからです。
今後は製紙業界だけで動くのではなく、関連業界との取り組みが増加することが予想されます。新たな戦略が必要とされるフェーズにあるのです。これから製紙業界に関わっていきたいと考えている方は、業界全体の課題を見直し、新たな動きを取り入れるための視点も必要とされるでしょう。
厳しい状態にはあるものの、業界を新規開拓するやりがいも大きいかもしれません。