古代エジプトの女王の物語である『碧いホルスの瞳』。強く美しいシェプストが辿る、壮絶なヒストリカルロマン漫画です。 この記事では本作のあらすじと、注目の3、5、8巻をネタバレありで紹介します。魅力を知ればシェプストにも、エジプトにもさらにうっとりしてしまうはず。
『碧いホルスの瞳』(正式なタイトルは『碧いホルスの瞳-男装の女王の物語-』)は紀元前に遡り、人類の祖を築いた古代エジプト王国が舞台。古代エジプトは王ファラオが代々、絶対的権力を握って統治していた男社会です。
しかし、その確固たる風潮を変えた者がいました。シェプスト(正式にはハトシェプスト)という一人の女帝です。彼女は「男装の女王」と呼ばれ、美しさとたくましさを合わせ持つ女ファラオとなった人物。夫の神権を引き継ぎ、息子と共同政治をし、やがて王となりエジプトを守りました。
『碧いホルスの瞳』のページを開けば、エキゾチックで美しく、優美な世界観に圧倒されます。歴史好き、特に古代エジプト史好きにはたまりません。さらに、シェプストの応援したくなるヒロイン像、続々と登場する敵や権力争いから味わえる緊迫感が魅力です。
始まりは現代と程遠い紀元前15世紀。古代エジプトの新王国時代です。王ファラオ・トトメスによる強大な支配下で、一人の王女が将来のエジプトを担うことを夢見ていました。その王女こそ、シェプストです。
幼い頃から外の世界に興味津々で活発な少女でした。男社会に疑問を抱きますが、憧れの父・トトメスのように強いファラオになることは決してあきらめませんでした。このような複雑な思いを抱え、シェプストは王妃になる日が来ます。異母兄・セティと結婚を決断、彼がファラオとなりました。
しかし、この結婚は単に始まりに過ぎません。シェプストはファラオになるため、予測不能な行動を巻き起こします。やがて女ファラオとなり、エジプト繁栄に尽くすシェプスト。彼女の激動の人生の幕開けです。
- 著者
- 犬童 千絵
- 出版日
では、女ファラオ・シェプストとは一体どのような功績を残したのでしょうか?
シェプストの政策を一言で表すと「平和主義」。争いを好まず、「交易」で国を豊かにしようとしました。たとえば、紅海を挟んで広がるアラビアの世界・プントとの交易。香辛料や鉱石などの輸入が大効果をもたらしました。通商都市の復興と支援でエジプト王国を興隆させます。
もう一つ、注目したいのは建築物です。シェプストに仕えた書記・センムトの存在もあり、神殿や葬祭殿の建設に力を注ぎました。テラス付きの神殿や最大のオベリスクなど、優美で壮大なものが造られたのがシェプストの王朝です。
『碧いホルスの瞳』では、これらの功績とともにシェプストの生き方が描かれています。外の世界への関心、王を目指す意欲、人の死を悼む姿。若い頃は非常に純粋な人物でした。
しかし徐々に権威や重圧に支配され心を亡くす一面も。厳しい社会で生きるシェプストを見ると、現代人にとっても理解できる気持ちがあります。異世界の人物のように思えても共感できるヒロインであることが、本作の一つの醍醐味といえます。
シェプストを取り巻く他の登場人物。なかでもキーパーソンを簡単に紹介します。
本名はセティ。シェプストの兄です。傲慢で短気な性格で、軍事力で国を強くしたいと考え、戦に力を入れていました。シェプストとはまったく正反対の価値観でした。
有能な書記である一方建築の才能にも長けた、完璧な男性。シェプストに忠誠を誓い、深い信頼を寄せられていました。また、彼女の恋人になります。
シェプストは義母で、セティと名付けられます。幼少期に片目を失明。繊細な反面、力任せなところは父・トトメス2世にそっくり。友人や妃の死を経験した複雑な境遇で育ちます。
シェプストの実の娘。引っ込み思案でしたが、センムトに心開かれました。彼の教育で天文に深く興味を持ちます。徐々に母に歯向かうぐらい、たくましくなっていきます。
元踊り子で誰もが見とれてしまう可愛らしい女性です。シェプストに助言をしてくれ、時には迷いを晴らします。友人のような存在です。
彼らはシェプストの人生に大きく関わります。家族や大切な存在でありながら、彼女にとって敵へと変貌する人物も。想像できない行方が待っています。
『碧いホルスの瞳』の魅力は、シェプストのヒロイン像にあります。彼女はエジプト王国の女帝。端正な面立ちに、華美な衣装や宝飾品を身にまとった何とも美しいビジュアルです。「古代王国の姫」といわれて誰もがイメージするような、憧れの姿でしょう。
しかし、外見だけではなく、シェプストの生き方にも惹かれてしまいます。男性だけが権力者になれる時代を強くたくましく生きました。時には女性だからと見くびられ、悔しさあまり涙するシーンも。書記のセンムトに対する恋を抑えきれないことだってありました。
強さと弱さ、両方を見せる不完全なヒロイン像は思わず応援したくなってしまいます。現代を生きる私たちにとってまったく違う世界の人物でも、逆境に立ち向かうシェプストの気持ちに共感できるのではないでしょうか。
支配者が目まぐるしく変わっていく古代エジプト。権力争いや革新的な政策でスピード感ある展開もまた、『碧いホルスの瞳』の魅力です。
作品中では、シェプストはファラオになるため、そして自らの権力を守るために敵となる人物を倒します。彼女に信頼を寄せて仕える者もいますが、一方で推し進める政策や考え方に不満が募る者も。やがて、シェプストの息子・トトメス3世や娘・ネフェルウラーもファラオの座を狙おうとします。
周囲に敵となる存在が常に潜んでいる状況はハラハラドキドキしてしまうもの。そしてシェプストの王朝がいつ倒れてもおかしくないことを予感させられます。最後まで緊迫感漂う展開が期待できます。
次のセクションからは、この2つの魅力に沿ったおすすめのエピソードを紹介します。
おすすめエピソードの1つ目は、純粋な王妃・シェプストがファラオになるために覚悟を見せる3巻。
彼女が信頼する書記・センムトの追放や攻撃的な政治をおこなう夫・トトメス2世。シェプストは不満が募るばかりです。暗雲漂う2人のもとに現れるのが、ソティスです。
トトメス2世の愛人である彼女はシェプストの後援のもと、ジェフティ王子を産みます。彼を強奪し、さらにシェプストの幼い妹に自分の後継ぎを産ませようと企むトトメス。シェプストはその傲慢さに耐えられず、身代わりに出産を望みました。やがて娘・ネフェルウラーが誕生します。
夫婦関係も修復されたと思いきや、ソティスに教えてもらった毒で、シェプストはこっそりとトトメスを殺します。そして、ジェフティ王子をトトメス3世として迎えました。シェプストは摂政として共同政治をおこなうことになります。
シェプストにとって邪魔者だったトトメス2世。彼女は溜まった鬱憤や屈辱が爆発し、殺めてしまいました。素直な娘だったシェプストが徐々に権力者の顔に変わっていきます。他にも驚愕の展開がたくさん詰まっていますよ。
- 著者
- 犬童 千絵
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5巻はシェプストにとって幸せの瞬間が訪れます。
摂政のシェプストと自我が芽生え始めた幼いトトメス3世。親子関係に亀裂が入ります。権力誇示のため、シェプストは公の場で男装を披露します。さらに部下の裏切りを見抜き、処罰のために再び暗殺。
一方、トトメス3世は友人を死に追いやってしまった深い悲しみに心を傷つけていました。平静を装っていましたが、シェプストの側近・ハプスネブにより、溜まった感情を吐き出します。そして、修行で都を離れ、王位をシェプストに譲渡することに。こうしてシェプストは王ファラオになり、娘・ネフェルウラーを妃に迎え入れました。
急激の展開を見せるなか、センムトとのロマンスにもご注目です。シェプストは常に重圧に耐え、プレッシャーに押しつぶされそうなことも。そんな彼女の心を支えたのが書記・センムトでした。深い絆で結ばれていたシェプストとセンムトがやがて恋人同士に。ネフェルウラーの父親代わりにもなります。
家族のように3人で星を見る様子は、容赦ない史実が続く『碧いホルスの瞳』で最も温かみのある場面と言えます。
- 著者
- 犬童 千絵
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最新刊の8巻は、シェプスト王朝に翳りが見え始めます。
建築家としてセンムトは王像を完成させましたが、それはシェプストの生き写しでした。女を象ったことは権威の衰弱を表すとして、シェプストはセンムトを追放します。ところがオベリスク建設現場で2人は再会。関係修復は微塵も感じさせません。
さらに娘のネフェルウラーは王座を狙おうと必死です。揺らいだ関係性のまま迎えた大規模な祭。センムトがシェプスト打倒のため、ネフェルウラーの誘拐を実行します。しかし、彼女は何者かに襲われ亡くなってしまいました。娘の死をきっかけに、国民から信頼を失ってシェプストの権力は衰退していくのです。
元恋人との再会や裏切り、娘の死、息子の勢力拡大。目が離せない急展開です。油断していた隙に娘の命を奪われ、シェプストは悲しみにくれます。大切な家族を守れなかったと、側近たちにも失望されます。しかし、センムトだけは守り抜きます。死刑のはずだった彼を逃がしたのです。シェプストとセンムトの感動の別れは目が離せません。
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- 犬童 千絵
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最新の8巻ではシェプストの衰退を示唆させました。センムトとの本当の別れ、娘の死だけではなく、国民や臣下の忠誠心も失せていきました。
また、息子のトトメス3世はもう18歳の立派な青年。シェプストは彼を軍最高司令官に任命しました。若くて勢いのあるトトメス3世は、着々と次のファラオにふさわしい姿を見せています。
年齢を重ねたシェプストからも物語の結末が近いことが考察できます。歴史上ではトトメス3世が次期ファラオに。そのときが来るまでに、シェプストは抱く理想を実現できるのでしょうか?一体どのような最後を迎えるのか、今後の展開に注目です。
強くはない立場に置かれながらも、たくましく美しく生き抜く女性を描く漫画家・犬童千絵。作者の世界観をもっと味わいたいという方には、短編作品集『アルテミスの爪紅』もおすすめです。
『碧いホルスの瞳』は古代エジプトを舞台とした女性の歴史ロマン物語でしたが、この短編集では現代の女子高生やある村の伝承など、時代や国の違う設定で活きる女性の物語が12作品も楽しめます。
物理的・精神的に強い女性というだけでなく、「他者から見た理想の女性」や「いざという時の男性からの押しには弱い……」といった側面も描かれます。読者自身の理想の女性像と照らし合わせながら読めば、お気に入りの作品・キャラクターに出会えるのではないでしょうか?
- 著者
- 犬童 千絵
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