『ルックバック』を考察!創作の意味を問う、最も読むべき名作【このマンガがすごい!】

更新:2021.12.9

2021年7月、配信1日で250万の閲覧数を記録した漫画がありました。『チェンソーマン』で知られる奇才・藤本タツキの新作読切漫画『ルックバック』。紙のコミックスも発売され、「このマンガがすごい!2022」のオトコ編第1位にも輝きました。そんな大人気漫画『ルックバック』を考察を交えて紹介します。

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超バズ『ルックバック』は『チェンソーマン』作者・藤本タツキの意欲作!

「週刊少年ジャンプ」で連載された大人気漫画『チェンソーマン』の第1部連載を終えた藤本タツキ。『チェンソーマン』はアニメ化も決まっており、アニメ制作を担当するMAPPAがティザーPVも発表しました。そんななか、「少年ジャンプ+」にて発表された新作読切が『ルックバック』です。全143ページにも及ぶ長編大作は、配信されるや否や話題となりました。

Twitterでは関連ワード入りし、一般の読者だけでなく、同業の漫画家や著名人たちからも絶賛の嵐。結果、配信1日で閲覧数250万を突破し、「少年ジャンプ+」史上初となる大ヒットを記録しました。2日目には400万に到達。その後もその勢いは止まらず、多くの読者を魅了しています。2021年9月にはコミックスが発売され、さらなる話題を呼んでいる『ルックバック』。

「このマンガがすごい!2022」では、オトコ編第1位に輝きました。

ある少女が漫画家として活躍するまでの半生を描いた物語です。まるで藤本タツキ本人を投影しているかのような作品であり、扱う内容や表現についても注目を集めています

『チェンソーマン』の第2部開始やアニメ化への期待など何かと話題の藤本が、今なぜこの作品を発表したのかこれだけ多くの読者を魅了し続けているのは一体なぜなのか。『ルックバック』の魅力を探りつつ、考察していこうと思います。

ある漫画家の半生。彼女にとって描くこととは

まず、あらすじ登場人物らの関係性について紹介します。

『ルックバック』は、小学4年の少女・藤野が学年新聞に寄稿した4コマ漫画から始まります。彼女はこれまで、同級生からはもちろん、周囲の大人たちからも「絵が上手い」とチヤホヤされてきました。

そんなある日、担任から隣の組の不登校生徒、京本にも4コマ漫画の1枠を譲るよう頼まれます。そうして掲載された藤野と京本の4コマ漫画には、圧倒的な画力の差がありました。同級生たちも一様に京本の絵を絶賛。藤野本人も驚きを隠せません。

京本に刺激され、絵がうまくなるためにひたすら書き続ける藤野。季節は流れ、6年生になっても絵に没頭する日々を送ります。単行本の表紙および「少年ジャンプ+」」のキービジュアルに選ばれている主人公が背を向けて机に向かっているイラストは、まさにその姿。そしてその頃の学年新聞には、明らかに画力の上がった藤野の作品が掲載されていました。

著者
藤本 タツキ
出版日

迎える卒業式。担任から京本へ卒業証書を届けるよう言われた藤野は、仕方なく京本家へ。この日初めて京本に会う藤野でしたが、京本はずっと藤野に憧れて絵を描き続けていたことを知ります。この出会いが2人の少女の運命を大きく変えていくのでした。

絵のことだけをいえば、確かに画力はある京本。しかしながら、漫画として成立しているのは最初から藤野の作品です。京本はそんな藤野の才能をずっと前から認めていたのです。

互いに刺激し合い、切磋琢磨していく2人の少女。しかし、京本が進んだ先に待ち受けていたものは悲しい出来事でした。それでも机に向かう1人の漫画家・藤野。描くことは彼女の運命であり人生そのもの。そして作者・藤本タツキの人生そのものでもあるのでしょう。悲しみを抱え、それでも生きていく孤独な背中に心揺さぶられる名作です。

実在の事件を扱う難しさ

『ルックバック』は、奇才・藤本タツキの傑作です。作品のクオリティの高さはもちろんですが、この作品がこれほどまでに注目を集めたのは、扱う内容にもあります。それは、2019年に起きた京都アニメーション放火殺人事件を彷彿とさせる描写です。

2016年1月。1人、漫画家として活躍する藤野が仕事をしていると、テレビから流れてきたニュースに目を留めます。それは、京本が通っている美術大学に男が刃物を持って現れ、学生が犠牲になったというものでした。

実際の事件で犯人は、京都アニメーション製作作品に自身の作品を盗用されたと主張。逆恨みした京都アニメーションに火を放ち、多くの犠牲者を出した痛ましい事件です。

『ルックバック』作中の犯人の言動が、その事件を連想させるものとなっていたことから大きな反響を呼びました。そして、読者からの指摘にセリフの修正も余儀なくされたのです。実際の事件を扱う表現の難しさが浮き彫りとなりました。

また、作中の最終ページをよく見ると雑誌が無造作に置かれています。そこには「In Anger」の文字が。これは人気ロックバンドオアシスの曲『Don't Look Back in Anger』を示していると考えられます。この曲は、2017年にアリアナ・グランデのツアー会場で起こったマンチェスターのテロ事件の追悼集会で歌われたことをきっかけに、その後アンセム(ここでは追悼歌的な意味)として知られるようになりました。

これらの現実に起こってしまった悲しい事件。作中で、こうした事件を投影させたことは、作者のメッセージにほかならないのでしょう。芸術作品やその作り手に対する深い思慮が感じられます。

話題の修正箇所に関して

前項でも述べた京都アニメーション放火殺人事件を連想させる『ルックバック』。作中の犯人の犯行理由と言動が一部読者から不適切表現と指摘されたのです。そのため、編集部と作者の協議の結果、何度も修正することになりました。その箇所について具体的に変遷をみていきましょう。

「少年ジャンプ+」で最初に配信された当初、まず犯行理由は「大学内に飾られている絵画から自分を罵倒する声が聞こえた」と表現されていました。また事件当日の言動も「オイ ほらァ!! ちげーよ!!俺のだろ!? 元々オレのをパクったんだっただろ!? ほらな!!お前じゃん やっぱなあ!?」となっていました。この部分に不適切な表現との指摘があり、作者も納得した上で、以下のような修正になりました

犯行理由は「誰でもよかった」との表現。言動は「オイ 見下しっ見下しやがって! 絵描いて馬鹿じゃねえのかあ!? 社会の役に立てねえクセしてさああ!?」と変更されました。

そして、コミックスではさらに修正が。犯行理由は「ネットに公開していた絵をパクられた」。言動は、2回目の修正の「オイ 見下しっ見下しやがって!」は同じで、その後「俺のアイデアだったのに! パクってんじゃねえええええ」と。

3回目の修正で事件のことを想起させるセリフは戻されることに。作者や編集者の強い意志が感じられます。とはいえ、読者の声で漫画表現が修正を余儀なくされた事実は消えません。この出来事だけでも本作の注目度が高いことが窺えますが、同時に「創作活動による表現」について考えさせられるきっかけとなったのは言うまでもありません。

徹底考察!『ルックバック』になぜ惹かれるのか

『ルックバック』は、読切とはいえ143ページの超大作であり、作者・藤本タツキの意欲作です。「少年ジャンプ+」の閲覧記録をはるかに塗り替え伝説となった作品。それでは、読者はなぜここまで本作に惹かれるのでしょうか。

本作は、漫画を描くこと(=創作)がテーマの物語です。作者である藤本が今この作品を世に送り出したのは、一旦連載漫画が落ち着いたところで、「漫画を描く」=「創作すること」ということを作者なりに見つめ直し、そのことを読者にも投げかけているように感じます。

作中に多く描かれる主人公の背中。その背中は、ただひたすら描き続ける孤独を物語っています。そして多くを語ることのない静けさが、かえって登場人物たちが持つ熱を感じさせてくれます。漫画を描きたいという気持ち、絵がうまくなりたいという希望。その純粋な思いを誰も否定することはできません。そして、奪われていいものでもありません

登場人物の感情の波は作品を通して、読者にも伝わっていきます。そんなさまざまな感情が混ざり合う本作。熱や悲しみに、都度心揺さぶられることでしょう。それこそが本作の魅力です。そんな作品だからこそ多くの読者の心を掴んで離さないのではないでしょうか。

奇才?天才?藤本タツキという才能

『ルックバック』作者の藤本タツキ。類まれなる才能を発揮し、次々に人気作を世に送り出している漫画家です。その才能は早くから注目されていました。大学時代は読切漫画を描き続け、漫画賞をいくつも受賞してきたとのこと。その賞金で家賃や生活費を払っていたのだそうです。読切を描けば描くほど賞金もアップしていったといいますから、それも才能あるがゆえのことですよね。

『ルックバック』作中に描かれる主人公・藤野の描く4コマ漫画も、彼女の才能を表現するという意味もあるでしょうが、普通に面白い漫画に仕上げています。こんなところでも藤本の才能を遺憾なく発揮しています。また、作中の最終ページにある「TUAD」という文字。これは、藤本の出身大学の東北芸術工科大学のことです。自身の原点ともいえる場所をこういう形で取り入れる遊び心も秀逸です。

そして、藤本タツキを語る上ではずせないのが、小学3年生の「ながやまこはる」ちゃんのTwitter。これは、なんと藤本本人が自分の妹という設定で発信しているものです。『ファイアパンチ』の連載が開始される前から、担当編集に秘密でTwitterを開設していた藤本。このアカウントこそが「ながやまこはる」ちゃんです。

編集者がこのTwitterを発見し、ヤバイいファンがいると勘違いして訴えようとしました。仕方なく藤本が自分であることを自白し、事なきを得たという経緯が。気になる方は一度覗いてみてください。ここでも、藤本の奇才ぶりを見ることができます。

ながやまこはるTwitter

著者
藤本 タツキ
出版日
2019-03-04
著者
藤本 タツキ
出版日
2016-07-04

『ルックバック』だけじゃない⁉続く単行本発売!

 『ルックバック』は現在「少年ジャンプ+」にて一部無料配信されています。2021年9月には、待望のコミックスが発売されました。そして、今後も『ルックバック』に続く短編集が2冊続けて発売される予定です。

2021年10月4日発売の『藤本タツキ短編集「17-21」』と2021年11月4日発売の『藤本タツキ短編集「22―26」』。これら短編集には、『庭には二羽ニワトリがいた。』『恋は盲目』『シカク』『予言のナユタ』などの作品が掲載される予定です。こちらもぜひ楽しみに!

「少年ジャンプ+」の『ルックバック』サイト

 <『ルックバック』コミックス情報

『藤本タツキ短編集「17-21」』

『藤本タツキ短編集「22―26」』

著者
藤本 タツキ
出版日
著者
藤本 タツキ
出版日

まとめ

 奇才・藤本タツキの話題の読切作品『ルックバック』。非常に印象深い漫画です。何度読んでも心に残ります。今後発売される短編集も今から楽しみですね。

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