“才能がない“ままラジオの歴史を更新し続ける男の仕事本『アフタートーク』

更新:2022.3.3

星野源、三四郎、オードリーといったら深夜ラジオ、『オールナイトニッポン』!……なのだが、そうだとすぐわかる人は日本にどのくらいいるのだろう? 深夜ラジオを聴く人なら一度は耳にしたことがあるであろう「石井ディレクター」が、自身の仕事についてのエッセイを出版した。これが、「ラジオを聴く習慣なんてない」という人にも読んでいただきたい究極の仕事本となっている! すべての働くあなたへ、仕事するうえでの価値観について一度立ち止まらせてくれる応援歌。いや、ラブレターのようなエッセイ『アフタートーク』をおすすめしたい。

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石井玄?ラジオディレクター?誰?でいいからこのエッセイを読むべき理由

深夜ラジオリスナーにとっては「石井ちゃん」でお馴染みの、元ニッポン放送チーフディレクター・石井玄。2021年現在はプロデューサーという肩書きで、ラジオイベントやグッズなどのプロデュースを手掛けている方だ。ラジオリスナーにとってはよく聞く存在だが、聞かない人にとっては「誰?」「というか、裏方さんがエッセイを?」と思うかもしれない。

著者
石井 玄
出版日

彼が誰なのか、どんなタレントの番組を手掛けてきたのか。……ということは一度脇に置いても、この本を手に取ってほしい。そんなことは巻末の「年表」を見れば書いてある。

まず最初の章を読み始めると、

ぼくには才能がない。

世の中に才能のある人は山ほどいる。どうしたらそんな発想が出来るのか。どうしたらそんな面白いことが思いつくのか。ぼくには想像もつかず自分の無力さに落ち込む。
(『アフタートーク』より引用)

とある。会社で、学校で、誰しもが陥りそうな感情だ。そこから本書は、【無色透明の自分】がなにをしてきたのかではなく【どのようにして仕事をしてきたのか】という経緯や価値観に重きを置いて語られる。

だから、仕事自体は他の業種に置き換えても読むことができるのだ。仕事を頑張っている人ほど、この本に綴られた仕事へのひたむきな想いをグッと食らってしまうことだろう。

あなたはどの仕事人タイプ?

石井ディレクター(この呼び方が自分にはしっくりくるのでそう表記する)は、これまで出会ってきたラジオディレクターについて5つのタイプに分けて考察する。文中にも「どの仕事においてもタイプ分けは出来ると思う」とあるので、自分の仕事に置き換えてどのタイプなのか少し考えてみてほしい。

  • クリエイター型
  • 人たらし型
  • センス型
  • 計算型
  • 請け負い型

タイプ分けしたうえで石井ディレクターは、「どの能力もなかった」という。

そこで、ぼくが考えたのは「全部やる」だ。
『アフタートーク』より引用)

すべての能力を平均的に上げ、不得意をなくすことで太刀打ちしたという。それが【無色透明】と自らを指すゆえんだ。

実際に現在では多くの番組を任されるディレクターを経て更なるステップアップをしているので、「努力する才能」があったと言わざるを得ない。しかしこの「能力がないなら上げてしまえばいい」という考え方自体は、意外と簡単に真似ができるのではないだろうか。

センスを生まれ持った人なんかいないかも

たとえば、センス

石井ディレクターは「センス型」について「圧倒的センスで自分の世界観を作り上げ、そのセンスがリスナーからも受け入れられて、カッコよさと面白さも兼ね備えた番組を作る人」と定義する。

ディレクター業に関わらず、「センス」という言葉はよく使われるだろう。「生まれ持っての才能」のように使われがちなこの言葉だが、私は必ずしもそうではないと思っている。……というより、私も石井ディレクターが言うようにそんなものを持ち合わせて生まれてこなかったと思っているので、天然が無理なら養殖でセンスを磨くことはできないか?と考えるのである。

仕事のセンスにおいて重要なのは、「リスナー(顧客)からも受け入れられる」という点だろう。そういうものを生み出すためには、まず圧倒的なインプットが必要であろう。情報収集力だ。その質に自信が持てないのなら、時間をかけることで対抗できる。

そしてそれをいつでも取り出せるよう、頭の中で整理整頓して引き出しに入れておくことが必要だ。記憶力といってもいいし、記憶ができないならその情報専用のTwitterアカウントに書いておくとかでもいいかもしれない。

最後に、必要に合わせてそのインプットを自分で組み合わせ、外に発信する実行力が必要だ。ここが1番「センス」なのかもしれないが、膨大なインプットがあれば組み合わせも無限にできて、あとは少しの行動力だと思う。

このように分解して考えてみたら、自分の「これから」しだいでセンスってなんとかなるのかもしれないと思えてきた。

ラジオディレクターという仕事は、自分からは縁遠いという読者も多いだろう。本書では自身の経験を「どのように果たしてきたか」を分析しながら、冷静に、しかし熱く語っている。読めば今すぐに、「自分も自分の仕事を頑張らなくては!」と励まされること間違いなしだ。

仕事は、人と人とが影響し合うこと

ここまで本書の冒頭の章だけを取り上げて魅力を紹介してきたが、ページを読み進めていけば石井ディレクターの人生における挫折と努力との連続。

彼が手掛けてきた番組のパーソナリティ、制作スタッフ、会社の偉い人……そしてリスナー。多くの人との関わりについても綴られる。当時のリスナーであれば、「あの番組のあの出来事の裏にはこんな思いがあったんだ」と胸が熱くなってしまう。

特におすすめしたいエピソードは、「転んでもタダでは起きない」の章。この言葉は、この章で語られるテレビプロデューサーの佐久間宣行(水曜27時からの『オールナイトニッポン0』を担当)の言葉だそうだ。予定していた有観客での番組イベントが開催1週間前に決定したところから、代替案としての配信イベントを大成功に収めるまでの怒涛の策。多方面の仕事人が最善を尽くした結果として、最高のエンタメが生まれていたのだ。これはあんなに笑いっぱなしのイベントを見ただけでは想像ができなかった裏側であり、思わず涙がこぼれてしまった。

どんな業種、職種であっても、仕事とは「人と人とが影響し合うこと」なのだということをあらためて発見できるエッセイがこの『アフタートーク』だ。とりわけ、ラジオというメディアもそう。人が人へ、人から人へ手渡される思いの詰まったラジオに、今夜もこっそり笑わせてもらおうと思う。

著者
石井 玄
出版日

著書・石井玄に興味を持った方は、本人のTwitterや、本人によるトークが聴けるラジオアプリGERAでの【アフタートークのアフタートークラジオ】がおすすめです。

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