若木未生の最高傑作! 個性豊かなキャラクターが織りなす青春バンド群像劇『グラスハート』

更新:2022.3.3

90年代のコバルト文庫を代表する人気作家として活躍し、その後は一般文芸へと活動の場を広げている若木未生。2021年には代表作の『ハイスクール・オーラバスター』シリーズが32年の時をかけて完結し、大きな話題を呼びました。 『オーラバ』の完結をきっかけに、もうひとつの人気作にも再度、注目が集まっています。それが、バンドを題材にした青春小説『グラスハート』です。個性豊かな登場人物が傷つきもがきながら織りなす、切なくまぶしい青春群像劇は、今もなお読者の心を揺さぶります。 音楽小説や青春小説が好きな人にはうってつけの『グラスハート』ですが、その魅力は幅広い層に開かれています。情熱を燃やしひたむきに生きる人間の姿や、起伏に富んだストーリー、あるいは言葉を介して音楽を彩り豊かに表現する若木の圧倒的な筆致など、本シリーズの見どころは多岐にわたります。 また、青春時代にコバルト文庫や若木未生作品とともに過ごした思い出があっても、『オーラバ』や『グラスハート』がレーベルを移籍して完結を迎えたことをまだ知らない人も多いはず。そんな人たちには、あらためて青春の記憶を紐解き、物語を最後まで見届けてほしい。ここでは『オーラバ』完結後、全巻重版が決まった『グラスハート』を紹介しつつ、その魅力をお伝えします。

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若木未生の経歴と90年代少女小説の転換

若木未生の作家としてのキャリアは、早稲田大学文学部に在学中の1989年から始まりました。少女小説レーベルとして知られる集英社のコバルト文庫の新人賞に投稿した「AGE」が、第13回コバルト・ノベル大賞佳作に入選。同年、デビュー作となる『ハイスクール・オーラバスター 天使はうまく踊れない』を刊行し、以後も『グラスハート』『イズミ幻戦記』『エクサール騎士団』『XAZSA』などのシリーズを手掛け、レーベルの看板作家のひとりとして活躍します。

 

80年代末から90年代初頭にかけて、少女小説のトレンドには大きな変化が起こります。女の子の一人称をベースにした学園ラブコメから、少年少女を主人公にしたファンター小説へ。この新しい潮流を牽引したのが、コバルト文庫からデビューした、若木未生を含む若手作家たちだったのです。崎谷亮介という少年を主人公に、人間の心の闇に取り憑く〈妖の者〉と、超能力を持つ高校生術者の戦いを描くサイキック・バトル小説の『オーラバ』は、まさにこの時代を象徴する作品でした。本作は積極的なメディアミックスが進められた作品としても知られ、OVAやコミカライズ、イメージCDやドラマCDなども発売されています。

 

1994年にはファンタジー系の『オーラバ』とは路線が異なる、現代を舞台にした音楽青春小説『グラスハート』をスタート。『グラスハート』は『オーラバ』と並ぶ作者の代表作として書き続けられました。ですがさまざまな事情で、両作ともコバルト文庫では続刊が出せずに中断。のちに『グラスハート』は幻冬舎、『オーラバ』は徳間書店に移籍し、完結を迎えます。

 

近年の若木未生は一般文芸での仕事も多く、無名の漫才コンビが頂点を目指す『ゼロワン』(徳間書店、2015)や、非現実的な要素が入り交じるミステリ小説『永劫回帰ステルス』(講談社タイガ、2017)、清盛の弟・頼盛を主人公にした歴史小説『われ清盛にあらず』(祥伝社、2020)など、幅広い題材で作品を発表しています。

 

『グラスハート』のあらすじ

プロ志向の学生バンドでキーボードを弾く高校2年生の西条朱音は、「女だから」という理不尽な理由でバンドをクビになりました。そんな彼女の元に突然、一本の電話がかかってきます。電話の主は、ロック界のアマデウスとも呼ばれる若き天才音楽家・藤谷直季。数年間の沈黙を破り、バンド「テン・ブランク」を結成した藤谷は、なぜか自らのバンドに朱音を勧誘、しかもキーボードではなく“ドラム”として参加してほしいというのです。

 

天才ゆえの規格外な行動で周囲を撹乱し続ける、ボーカル兼ベースの藤谷直季。有名バンドのサポーターとして活躍し、朱音の憧れのミュージシャンでもあるギタリストの高岡尚。藤谷にライバル心を燃やす、喘息持ちで複雑な家庭の事情を抱えたキーボードの坂本一至。そしてキャリアはほとんどないものの、ポテンシャルを見込まれた西条朱音。この4人で結成されたテン・ブランクは、初ライブやシングルレコーディング、アルバム制作、全国ツアーなどを経て、スターダムへと駆け上がっていきます。

 

テン・ブランクに加入後、朱音はいやおうなくバンドを取り巻く人間関係にも巻き込まれていきました。朱音の加入を快く思わないマネージャーや、やたらと朱音にちょっかいをかけてくる藤谷の異母弟でカリスマ的人気を誇るミュージシャン、藤谷の才能に執着するプロデューサーやアイドル、そして朱音の立場をやっかむ女性ファン……。さまざまな試練を前に彼女は悩み、そして葛藤しながら、それでもひたむきに音楽と向き合います。『グラスハート』はそんな朱音の成長や、テン・ブランク内外の人間模様、音楽業界の様相を鮮やかに活写していきます。

 

タイトルにもなっている「グラスハート」とは、藤谷直季が17歳の時に作った曲のこと。ガラスの心と名付けられた曲は、物語を象徴するキーワードとして、重要な局面でたびたび登場します。「break  the GLASS HEART」――光って、尖って、そして壊れやすい特別な音楽と出会える『グラスハート』は、最高の音楽青春小説なのです。

著者
["若木未生", "藤田 貴美"]
出版日

グラスハートの刊行情報

1994年に第1巻が発売された『グラスハート』。本作は2003年刊行の『LOVE WAY』まで、コバルト文庫から刊行されました。スタート当初の挿絵は橋本みつる。橋本は『薔薇とダイナマイト』『ムーン・シャイン』『嵐が丘』『AGE/ 楽園の涯』『いくつかの太陽』と、第一部完結までイラストを担当します。第二部から挿絵は羽海野チカに変わり、『冒険者たち』『熱の城』、そして『LOVE WAY』までを手掛けました。

 

シリーズ最終巻の『イデアマスター』は、幻冬舎バーズノベルに移籍し、2009年に刊行。挿絵も藤田貴美に交代します。以後、コバルト文庫から出ていた既刊も書き下ろしつきで、順次バーズノベルに移行しました。現在新刊として入手できるのがバーズノベル版で、電子書籍も出ています。

 

メインキャラクターを通じてみる『グラスハート』の読みどころ

個性豊かなキャラクター造型も、『グラスハート』の魅力のひとつ。ここではメインキャラクターの5人を掘り下げていきましょう。

西条朱音

まずは西条朱音。コバルト文庫掲載のキャラクター紹介に「情熱音楽少女」とあるように、バンドや音楽への熱い思いほとばしらせる主人公です。女だからという理由で悔しい思いをしても奮起し、体当たりでぶつかっていく姿に励まされる読者も多いはず。シリーズを通じて朱音の見せ場は随所に用意されていますが、すべての始まりである『グラスハート』や、彼女をめぐる恋模様にも決着がつく最終巻『イデアマスター』がとりわけ印象的です。

藤谷直季

続いて、藤谷直季。メンバーから「先生」と呼ばれている藤谷は、根っからのアーティスト気質です。曲作りにおいて尋常ではない集中力をみる一方、ときには予想外の言動や行動で周囲を振り回す。その類まれな才能はさまざまな人を惹きつけ、特異な才能が行き過ぎるあまり、彼に異常な執着をみせるプロデューサーやアイドルが出現するほど。トラブルメーカーではありますが、その危なっかしさがなんとも魅力的なキャラクターです。第1巻『グラスハート』で、ぜひ彼の鬼才ぶりを味わってください。最終巻の『イデアマスター』収録の「イデアマスター I」は、シリーズでは珍しい藤谷一人称で書かれた小説です。

高岡尚

その藤谷のせいで、絶えず苦労をさせられているのがバンド随一の常識人、ギタリストの高岡尚。もっとも、彼自身決して温厚な性格というわけではなく、本来の性格がギターの音ににじみ出ていることを朱音に見抜かれたりもします。実は高岡は、デビュー作「AGE」にも登場する、若木作品の系譜の中では古株のキャラクターです。そのデビュー作が収録された『AGE/楽園の涯 グラスハートex.』は、高校時代の高岡や、大学時代の藤谷が描かれるバンドの前日譚。テン・ブランク結成以前の彼らの青春を垣間見ることができる、『グラスハート』シリーズの原点です。

坂本一至

ぼさぼさ頭にメガネ姿の坂本一至は、機材オタクなテン・ブランクのキーボーディスト。学校にも行かず、家族との関係もこじれ、おまけに喘息持ちである坂本は、藤谷同様アーティスト気質の持ち主です。藤谷にライバル意識を燃やし、パーソナリティとしても音楽面でも互いにぶつかり合うスリリングなやり取りは、本作の読みどころのひとつ。坂本の一人称で書かれた「ムーン・シャイン」(『ムーン・シャイン』収録)は、若木未生のエッジの効いた文体が堪能できる佳作で、ファンの間でも人気が高い作品です。

真崎桐哉

最後は真崎桐哉。真崎は藤谷の異母弟で、音楽ユニット「オーヴァーサイト・サイバナイデッド・クローマティック・ブレイドフォース」(通称オーヴァークローム)のボーカルです。カリスマ的な人気を誇るオーヴァークロームのライブ会場には、「教徒」と呼ばれる黒服に身を包んだ熱狂的なファンたちが集います。テン・ブランクの音とは方向性の異なるオーヴァークロームの存在が、『グラスハート』に音楽小説としての奥行きを生み出します。オーヴァークロームの誕生と軌跡を描く5編が収録された『LOVE WAY』は、シリーズきっての異色作。オーヴァークロームの世界にトリップできる、中毒性の高い一冊です。

 

それぞれの性格やバックグランドは異なりますが、物語に登場するキャラクターはみな、どこまでも純粋で、そしてよい意味で「音楽バカ」。そんな人たちが集い、生み出された音を鮮やかにすくい上げた小説が、『グラスハート』なのです。ここでは紹介しきれませんが、他にも魅力的なキャラクターが多数登場します。ぜひ作品を手に取り、お気に入りのキャラクターを見つけてください。

著者
["若木未生", "藤田 貴美"]
出版日

何かに夢中になることの尊さ

音楽にかける熱い思いを、ドライブ感あふれる文体で切り取る『グラスハート』。本シリーズが描き出す、何かに夢中になることの尊さは、青春小説や音楽小説という枠をこえて、普遍的に多くの人の心に愛おしい音色を奏でるはずです。ぜひこの機会に、『グラスハート』の世界に触れてみてください。

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