ホラー小説の名手にして気鋭に小説家・澤村伊智。 彼はときに鮮やかに、ときに恐ろしくリアルに物語を紡ぎ出します。 今回はそんな澤村伊智の今読んでほしい3作品をご紹介。 1つ目は、日常の中に潜む恐怖を抉りだす短編集「ひとんち」。 2つ目は、出会った人に確実に恐怖を与える得体の知れない存在「怖ガラセ屋サン」。 3つ目は、弱小Webマガジンのライターが遭遇する奇怪な事件の驚愕の真相を描く「アウターQ 弱小Webマガジンの事件簿」。 気になる作品、「お!」と思う作品がきっと見つかると思います。
- 著者
- 伊智, 澤村
- 出版日
大学時代のアルバイト先の友人である恵と久しぶりに再会した歩美は、もう1人の友人である香織に連絡を取り、恵と一緒に家を訪問することになります。お互いの家に習慣のちがいに花が咲くなか、歩美と恵は香織が飼育する奇妙な「ワンちゃん」の正体に戦慄することになるのです!
他人の家とのちがいの恐怖を描く表題作「ひとんち」から、日常の中に見え隠れする恐怖を描いた短編集です。
澤村伊智の初めての短編集です。全8編の1つ1つが独立しており、直接的なつながりはないもののどれも日常生活に即した恐怖を書いたものになっています。
例えば「宮本くんの手」は、手荒れが呼ぶ恐怖の物語です。冬になると皮がむける、ひび割れる、切り傷ができる……。女性が悩まされるイメージが強い手荒れ。その「手荒れ」がどう恐怖に結びつくか、考えるだけでドキドキ・ワクワクするのではないでしょうか?
私たちは日々食事をし、仕事へ行き(あるいは学校へ行き)、遊び、そして睡眠を取り、日常生活を送っています。しかし、ふと横を見ると得体のしれない「恐怖」という名の穴がぽっかりと空いています。人は好奇心と怖いもの見たさからその穴を覗かずにはいられません。退屈な日常に飽き飽きとしてしまったときに、人は手近な恐怖を求めてしまいます。この短編集はそんな読者の好奇心と、怖いもの見たさを埋めてくれるはずです。
- 著者
- 澤村 伊智
- 出版日
怪談話を集める後輩を家に呼んだことから始まる恐怖を描く「人間が一番怖い人も」。
親友をいじめ始めてしまった少年の末路「子供の世界で」。
怪談ライブにて語られた1つ1つの怪談が、パズルのピースのようにはまっていき、ラストに驚愕の真相が見えてくる「怪談ライブにて」。
得体の知れない「怖ガラセ屋サン」が本当の恐怖を植え付けにやってくる連作短編集です。
人によって恐怖の対象は様々です。幽霊が怖かったり、動物が怖かったり、暗いところが怖かったり……。なかには「怖いものなんてない!」と豪語する人もいるかもしれません。けれど、そんな風に恐怖をなめてかかると、得体の知れない「怖ガラセ屋サン」にひどい目に遭わされるかもしれないです。
「怖ガラセ屋サン」は一応、女性という体を取っています。しかし、女性という社会的に弱い立場の姿形をとっているからといって、甘く見えてはいけません。彼女は人々を恐怖に陥れるためなら手段を選ばない、危険な存在です。対象に容赦なく襲い掛かり、恐怖のどん底へと落とします。
例えば親友を仲間と一緒にいじめ始めてしまった少年の物語である「子供の世界で」。彼はほんの出来心から自分が転校してきて初めて仲良くなり、そばにいてくれた親友と呼べる存在をいじめてしまいます。加害者になってしまった少年は、「怖ガラセ屋サン」によって永遠にその罰を受けることになるのです。もちろん、ただの罰ではありません。方法はいたってシンプルなのですが、シンプルがゆえに加害者は生き地獄を味わうことになるのです。
あなたに恐ろしいことが起こらないという保証はどこにもありません。
どうぞ、「怖ガラセ屋サン」の術中にはまらないよう、気を付けて読んでください。
- 著者
- 澤村伊智
- 出版日
仕事にあぶれていた駆け出しの貧乏ライターの湾沢陸男は、高校時代の先輩・井出の紹介で「アウターQ」という小さなWebマガジンで記事を書き始めます。
小学生のころに流行った公園の謎の落書き「露死獣の呪い」や復帰したアイドルに襲いかかるストーカー事件「飛ぶストーカーと叫ぶアイドル」などの奇妙な事件を遭遇していくうちに有名なライターになっていった陸男。そんな陸男にぜひ取材をしてほしいという投書が届きます。
それが通称「天国屋敷」。しかし、その「天国屋敷」との出会いが陸男の運命を大きく変えることになるのでした……。
ホラー界の旗手が描く渾身の連作ミステリ短編集です。
澤村伊智といえばどうしてもホラー小説の書き手だというイメージが先行してしまうかもしれません。しかし、本書はホラーを織り混ぜつつもミステリの醍醐味は失われていないのです。どの事件も奇妙ではありますが、解決がきちんとされ、答えが出ます。と、思いきやそこはホラー小説家である著者の力量が発揮されている部分もあるのです。ホラー要素を楽しみたい人には「目覚める死者」が特に面白く読めるかと思います。背筋が凍るような結末が味わえるのと同時に、ミステリの要素も残っているので両方をいっぺんに楽しむことができるのです。しかし本書は連作ミステリ短編集。順番に読むことをお勧めします。
そしてこの本の最大の読みどころは、陸男の職業が「事実を伝える」ことを生業とするライターという仕事に就いている部分です。ライターは小説家ではないので、多少の脚色をつけても取材をして事実を伝えるのが仕事です。陸男はライターという仕事を通して、自分が過去に犯してしまった罪と向き合うことになるのです。その罪というのが、ライターの仕事である「事実を伝えること」につながります。
だれもが情報の発信源になることができる現代社会に、一石を投じるミステリでもあると思います。
ホラーでもミステリでも、澤村伊智の作品は1つ1つの個性が際立っています。読者をただ怖がらせるのではなく、論理的な考えのもとに物語ができているので、読んでいるとちゃんと理由が見えてくるのも特徴ではないでしょうか。
毛色のすべてちがう物語たちを、1つずつゆっくり味わいながら楽しんでみてください。