『ダンピアのおいしい冒険』はWebメディア「マトグロッソ」で連載されている冒険漫画です。17世紀末の海賊船を舞台に、史実を元にしたダンピアの未知と苦難に彩られた航海が描かれます。 本作はとっつきやすいかわいらしい絵柄と、見たことのないグルメも特徴。そんな漫画『ダンピアのおいしい冒険』のあらすじやおすすめエピソード、魅力をご紹介していきます。
『ダンピアのおいしい冒険』は2019年4月からWebメディア「マトグロッソ」で連載中の海洋冒険飯漫画です。既刊4巻(2022年10月現在)。作者は中近世の歴史作品を得意とするトマトスープ。
本作は17世紀末の海を舞台に、海賊船バチェラーズ・ディライト号の航海士ダンピアが好奇心と探究心の赴くままに、命がけの航海で未知の文化や土地、食べ物に触れていく様子が描かれます。
連載は大手メディアではない上に、マイナーな歴史物を題材とした作品であるにも関わらず、史実をベースとした骨太の物語が人気。第1巻が発売された2020年には、「このマンガがすごい!2021」オトコ編6位と「Webマンガ総選挙2020」4位にダブルランクイン。また惜しくも2次選考を通過したかったものの、「マンガ大賞2022」にもノミネートされていました。
本作の特徴はカートゥーンアニメに似た可愛らしい絵柄。シンプルかつ印象的なキャラ付けのおかげで、歴史物にありがちなとっつきにくさがまったくありません。どの世代でも楽しく読めるため、大航海時代を調べる入り口としてはうってつけとなっています。
この記事ではそんな『ダンピアのおいしい冒険』の魅力を知っていただくために、あらすじや登場人物、作品の見所などをご紹介していきます。
ちなみに本作はウィリアム・ダンピアの著書『最新世界周航記』を元にしたフィクションです。同書は少し前まで入手困難な状況でしたが、『ダンピアのおいしい冒険』の人気の影響か、2022年7月に岩波文庫から『ダンピア 最新世界周航記』として復刊されました。『ダンピアのおいしい冒険』にハマった方は、『ダンピア 最新世界周航記』もおすすめです。
- 著者
- トマトスープ
- 出版日
1683年、ダンピアは英国から特別な許可を受けた船に乗って、大西洋から新大陸(現在のアメリカ大陸)の反対側、太平洋を目指していました。船の目的はスペイン交易船の略奪――早い話が海賊行為です。
ところが他の多くの乗組員と違って、ダンピアは財宝には一切興味がありませんでした。彼の目当てはただ1つ、未知の探求。ヨーロッパ諸国にとって未踏の領域である太平洋へ実際に赴き、そこで見て聞いて知ることこそが目的でした。ダンピアの知識への貪欲さは目を見張るものがあり、初めて見る動植物でも平気で飲み食いしてしまうほど。
ダンピアは海賊船の航海士として数々の航海と戦闘に参加し、さまざま人と出会い、多くの土地を訪れて知的好奇心を満たしていきます。
本作の主人公はダンピアですが、その他の登場人物も個性的で、ダンピアに負けないくらい存在感があります。ダンピアの回想で時間が前後するため少し把握しづらいですが、特に印象的で物語に影響を及ぼす登場人物を何人かご紹介しましょう。
まずはウィリアム・ダンピア。豊富な知識と好奇心を併せ持った青年で、特に強くもないのに謎の度胸を発揮して、荒くれ者だらけの海賊船を渡り歩いていきます。時に無謀に思える行動には胸躍りますが、同時にハラハラもさせられる主人公。
序盤の準主人公的な立場にいるのがウィリアム・アンブロシア・カウリー。非常に優秀な一等航海士ですが、堅物で潔癖な一面があり、海賊行為を嫌っています。ダンピアを高く評価していて、彼に探検家・博物学者としての道を示しました。
バジル・リングローズは2巻以降の準主役。ダンピアとは2度旅をしており、最初に海賊船へ誘った際に南半球にある「未知の大陸(テラ・アウストラリス・インコグニスタ)」へ行く夢を語って、ダンピアの生き方に影響を与えました。
2人とは対照的なのがジョン・クック。海賊らしく粗野ですがとても勇敢かつ機転の利く男で、仲間を何度も窮地から救っている優秀な船長です。船員の人望があついカリスマ。
操舵士のエドワード・デーヴィスはクックの片腕で、船長に次ぐ船のトップです。集団のまとめ役としては有能ながら、クックほどの決断力がありません。
他には船医のウェーファ、調理師のアンブローズ、食料調達係のウィルとロビンなどが登場します。
すでに少し触れましたが、ウィリアム・ダンピアは実在した歴史上の人物です。本作は彼の著書『最新世界周航記』をモチーフとして、一部の展開が補完されたフィクションとなっています。
作品の時代は17世紀後半の1680年代。大航海時代の少しあとで、海賊最盛期といわれる「海賊の黄金時代」の中頃です。
大航海時代といえば世界史でお馴染みですが、歴史の教科書ではいまいちピンと来なかった方が多いのではないでしょうか。『ダンピアのおいしい冒険』はピンポイントで大航海時代が舞台ではないものの、さまざまなエピソードから当時の事情を垣間見ることができるのです。かの有名な東インド会社もちらっと出てきます。漫然と史料を読むより面白くて、直感的にわかりやすいのが魅力。
ところで、ここまでわかりやすさを優先して海賊・海賊船と表現してきましたが、実際には海賊船ではなく私掠船(しりゃくせん、プライベティア)と呼ぶのが正確です。
私掠船を簡単に説明すると、国家から他国の船への略奪行為を公認された個人所有の船のこと。当時覇権を握っていた大国スペインに対して、表向き敵対したくなかったフランスやイギリスが、個人に略奪行為を認めることで間接的に攻撃しようとしたのが私掠船の始まり。私掠船側は国家公認で荒稼ぎし、許可した本国は「個人がやったことだから」と知らぬ存ぜぬを貫くずる賢い関係でした。
こういった時代背景を念頭に置いた物語と、単行本のみに収録されたエピソードの合間のこぼれ話を読むのが非常に楽しいです。登場人物のかけ合いはフィクションですが、そのほかのすべてが実際にあった出来事というのに本当に驚かされます。ちなみに『最新世界周航記』にない記述は、カウリーの記した『Cowley's Voyage Round the Globe』(日本語未翻訳)などを参考にしているとか。
きちんと史実を下敷きにしているため、可愛らしい絵柄に似合わない艦船同士の艦隊戦、略奪や戦闘など生死に関わる過激な部分も余さず描かれるのもポイント。カートゥーン調だと思って舐めてかかると度肝を抜かれるでしょう。
史実の海賊に興味のある方、歴史をテーマにした作品が好きな方に漫画『ダンピアのおいしい冒険』は間違いなく刺さります。
- 著者
- ["ダンピア", "平野 敬一"]
- 出版日
漫画『ダンピアのおいしい冒険』はタイトルに「おいしい」とついていることからわかるように、グルメ要素が含まれています。しかもほとんどの場合、現代から見て物珍しいのはもちろん、登場人物(つまり当時の人)にとっても初体験のものが多いです。
理由は主に2つあり、大きな理由として船の積載量に限界があることから、長い航海ではしばしば食材を現地調達したため。もう1つは、主人公ダンピアが率先して未知の食べ物を口にするからです。
たとえばトドの焼き肉、イグアナのスープ、茹でたウミガメ。トド肉はクセが強いようですが、イグアナとウミガメはほどよい甘みがあって鶏肉に近いそうです。例に挙げたのはシンプルな料理ばかりですが、調理師のアンブローズは未知の肉でもできるだけ美味しく食べられるよう、工夫している様子が描かれます。スープやプディング(蒸し料理)が定番。
肉以外の植物でいえば、バナナの近縁種プランテイン。熟せば生で食べられる上に、未熟な果肉に火を通せば主食にもできる便利な果物です。他にはリビーの木(サゴヤシ)のデンプンから作るパンのようなサゴも興味深いです。このサゴを粒状に乾燥させればタピオカそっくりになります。
若干ゲテモノも含まれますが、食べ物はどれもとても美味しそうで、実際どんな味なのか想像するだけでワクワクするでしょう。
こういったグルメのうち未知の食べ物は、話の流れやダンピアがきっかけで登場します。ダンピア以外の登場人物は得体の知れない飲食物を嫌がりますが、彼だけは嬉々として食べるのが面白いです。単行本第5巻収録予定のChap.36では、その好奇心が災いして痛い目に遭うことにも……。
のちほどおすすめのエピソードでご紹介しますが、ダンピアは実体験を重視する経験論の支持者。哲学者フランシス・ベーコンの唱える「知識は力なり」を地で行っており、初めての土地の初めて見る動植物にも恐れず挑戦していくのです。『ダンピアのおいしい冒険』とは少しズレますが、史実のダンピアの熱心な実践研究の成果は、博物学においてあのチャールズ・ダーウィンに影響を与えたといわれるほど。
閑話休題。史実のダンピアが残した情報を元に描かれる未知のグルメは、ほかのグルメ漫画とはまた一風違った味わいがあり、非常に興味深いです。
1684年3月、マゼラン海峡を通る南回りで南海へ抜けたバチェラーズ・ディライト号は、ファン・フェルナンデス島(チリ沖の諸島)に到達。食料を補給するために一時停泊し、近場に群生するトド狩りを行いました。
上陸隊総出でトドを解体する中、航海士カウリーだけがその行為を野蛮と感じ、1人現場を離れてしまいます。彼はケンブリッジ大学出身の超エリートで、本来なら私掠船に乗船しているはずのない人物だったのです。
カウリーが大学出であることを知ったダンピアは、彼の気を引くためにフランシス・ベーコンの『ノヴム・オルガヌム』の一説を引用しました。机に向かって本で学ぶだけでは決して得られない、未知を見て触れて知る機会――未開の土地だからこそ、本当の意味で経験論を実践できる絶好の機会なのだと。
ダンピアのスタンスがよくわかる、本作の魅力が詰まった名エピソードです。ダンピアは後世で探検家・博物学者として評価されますが、当時はまだ一介の船乗りに過ぎません。しかも大学まで卒業したカウリーと違って、ダンピアは家の事情で高等教育を受けられませんでした。
そんな境遇にもかかわらず、偶然働いた貿易船で海外を知った彼は、未知に強く惹かれるようになったのです。
知識からもっとも縁遠い野蛮な私掠船で、最前線かつ最新の知識を貪欲に吸収するダンピアの姿がとても印象的。
1665年、ダンピアは14歳の時に、大学へ行くという夢を後援してくれていた母親を亡くしました。すでに父親も死没しており、ダンピアは兄ジョージから家の働き手が減ったことを理由に、ラテン語学校を辞めるよう強制されます。
彼はせめてもの抵抗として、実用的な筆記と計算の学べる学校に移ったあと、とある船主のもとへ年季奉公に出ました。そこから紆余曲折を経て、イギリス・ロンドンから遙か東南、インドネシアまで航海します。
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- トマトスープ
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初めて見るインドネシアは驚異の宝庫でした知らない国、知らない人、知らない建物に船、植物まで見たこともないもので溢れていたのです。彼はそこで初めて、コバンザメが船の速度を落とす怪魚レモラの正体であることや、ココヤシのワインの美味しさを知りました。
第三次英蘭戦争の影響で船乗りの仕事がなくなったものの、インドネシアでの経験を忘れられなかったダンピアは、数奇な運命の巡り合わせで再びインド洋を目指すことになります。
ダンピアの起源に迫るエピソード。彼がなぜ未知の探求にこだわるのか、どんな経歴で私掠船に乗ることになったのか、過去の出来事が描かれます。第三次英蘭戦争はグルメとほど遠いグロテスクな内容ですが、従軍中にダンピアの身に起きた壮絶な体験は必読。
1679年末、ダンピアは乗り合わせた船の船員に誘われ、ある私掠船に乗り込むことになりました。当初海賊を忌避していた彼をその気にさせたのは、『ノヴム・オルガヌム』を知るバジル・リングローズがいたからです。
リングローズはダンピアと同等以上に聡明で、理想に燃える青年でした。彼は独自に南海の地図を製作しており、未知の南方大陸への航路を拓くことが夢なのだとダンピアに語ります。それは歴史上のどんな高名な学者にもできなかった偉業に他なりません。
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一介の船乗りが抱くにはあまりにも大きすぎる夢。リングローズは非道を行う私掠船の現実と理想の差に耐えきれず、やがて体調を崩します。ダンピアは密かに前途有望なリングローズをイギリス本国に戻らせ、学者の道に進むよう仕向けました。
……そして約3年後、2人は南海の船上で再会します。
ダンピアとリングローズ。お互いに影響し合い、生き方を大きく変えた2人が、どのような経緯で出会ったのかが描かれるエピソードです。3年間のさまざまな経験を経て2人の変化した心境、変わらなかった信念の対比が鮮烈。
のちのちの展開も含めて、非常に重くのしかかるエピソードとなっています。見識を広める意義、捨てられない憧憬、前に進み続ける姿勢に感動せずにはいられません。
漫画『ダンピアのおいしい冒険』の作者はトマトスープ(@Tsoup2)。詳しいプロフィールが非公開なので、年齢性別ともに不明です。
出身は多摩美術大学。中世から近世の世界史をモチーフとした漫画を得意としています。2013年ごろからSNSやコミティアを中心に、歴史創作漫画や歴史作品の二次創作などを行っていました。
商業デビュー作は『ダンピアのおいしい冒険』。現在は並行して、秋田書店「エレガンスイブ」編集部が主催するWeb漫画サイト「souffle」で歴史漫画『天幕のジャードゥーガル』が連載されています。
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『天幕のジャードゥーガル』はモンゴル帝国第2代皇帝オゴデイ・カアンの時代を舞台とした歴史漫画です。天涯孤独の身となった少女シタラが、知恵と知識を武器として生き抜く様子を描く作品。
シタラは13世紀半ばに実在した女性、ファーティマ・ハトゥンをモデルにしているようです。ファーティマ・ハトゥンは捕虜から皇后ドレゲネの側近まで上り詰めた才女。
漫画『ダンピアのおいしい冒険』が気に入った方は、ぜひ『天幕のジャードゥーガル』も読んでみてください。テーマはまったく異なりますが、おそらく『ダンピアのおいしい冒険』以上にドラマティックな物語を楽しめるはずです。
漫画『ダンピアのおいしい冒険』は全5巻で完結予定。すでに連載は佳境に入っています。第5巻は2023年春ごろ刊行されるはずですが、続きが気になる方は今なら「マトグロッソ」で第4巻からの続きが無料で読めます。ぜひ既刊4巻で復習しつつ、ダンピアの足跡をお楽しみください。