本好き芸人でnote芸人でもある、レッドブルつばささんによるブックセレクトコラム「今月の偏愛本 A面/B面」!B面では、新旧・ジャンル・話題性に囚われずレッドブルつばささんが「今読んでほしい!」と思う本を自由におすすめしていただきます。 今回おすすめする『傲慢と善良』は、第3回のA面に引き続き辻村深月さんの小説。『かがみの孤城』といった代表作よりも一歩踏み込んでみたい方、ぜひ読み比べてみてはいかがでしょうか。(編)
自分の人生を生きようとする大人が、ヒントをもらえる本
もうすぐ30歳になる。
よく会う周りの人間が芸人ばかりなので、同い年や年上の人でも結婚している人はほとんどいないが、最近大学時代の知り合いと久しぶりに会った時、あっという間に彼等のパートナーや結婚の話になった。
私は、それらの話題に誰よりも遠く「へー」とか「大変だね」とか言いながら何も考えていなかったが、さすがに少し焦りだし「婚活パーティーとか行った方がいいんじゃない?」と言われた言葉を鵜呑みにし、帰りの電車で少し調べてみた所“応募条件、年収○○円以上”に悉く引っ掛からず、スマホの電源を消し「芸人やってたら一生結婚とか無理だな」と思いながら家に帰った。
『傲慢と善良』は〈圧倒的な“恋愛”小説〉という触れ込みで単行本として発売され、最近文庫化をきっかけに本屋の平積みで何度も目にしたことから、「恋愛小説はあまり読んでこなかったジャンルだけど手を出してみようか」と思い購入に至った。
本を読むのは早い方だと思っていたが、『傲慢と善良』は読むのに非常に時間がかかった。
決してつまらなかったからではない。むしろその逆で内容は面白いし、どうなっていくのか興味もあるのに、描かれている内容がとにかくヘビーだったのだ。
登場人物の年齢は私より少し上ではあるが、ほぼ似たような世代であるということに変わりはない。いや、むしろ少し上の世代であるがゆえに「今後、自分も同じような状況に陥るかもしれない。いや、もう陥っているのかも知れない」という恐怖からなかなかページをめくる手が進まなかった。
最近、自分の生活についてよく考える。
全芸人が抱えているであろう「このままやっていけるのだろうか」という不安から始まり、「自分の人生これでいいのだろうか」とか「周りが結婚しだしているけど自分はどうすればいいんだろう」とか、立場や職業に関わらず大抵の人が抱えている悩みを同じように私も抱えている。
社会、というものから逃げるために会社を辞めて芸人になった側面もあるのだが、何年か経って振り切ったはずの社会がまた追いついてきているような感覚に襲われる。
これはおそらく“30歳”という年齢と無関係ではない。
そして、この感覚は歳を重ねるごとにどんどん大きくなっていくのだろう。
追い詰められてもうどうしようもなくなった時に『傲慢と善良』をもう一度読み返すのだろうと思った。
この本を読んだことで自分の心は重くなり、自分の人生を、今の生活を見つめ直すきっかけになった。そのような効果のある小説は決して多くはないはずである。
- 著者
- 辻村 深月
- 出版日
西澤架(かける)のもとから婚活アプリで知り合った婚約者、坂庭真実が姿を消した。
彼は彼女の居場所を探していくうちに、彼女の過去、抱えていた気持ちを知っていくのだった。
私は小説以外にも映画やゲームなど様々なエンタメが満遍なく好きである。
その中でも、ストーリーの面白さや派手なアクションなどは小説以外のジャンルに分があるのではないかと思っている。
勿論、活字で表現できることもあるが、それでもやはり映像や音声の方が一度に伝えられる情報も多く、その分より感覚的に楽しむことができる。
そうなると、小説で自分が楽しんでいるポイントはどこだろうと考えた時に、“一つのことを深く深く突き詰めることができる”という部分ではないかと思い至った。
映画で登場人物の心情をナレーションに乗せて伝えることはできるが冗長になってしまうだろう。しかし、小説だと地の文でもセリフでも同じく活字として表現されているため、映像よりも違和感なく受け入れることができる。
登場人物の心情を事細かに表現できるということは、映像では“動きがない”などの理由で省かれてしまう、人間の深い心情までたどり着けるということである。
私は普段から、この世には人間の感情に対して言葉が少なすぎると思っていた。
“楽しい”や“悲しい”も、大枠で言えばそこに当てはまるから「楽しい」や「悲しい」と表現しているが、人間の感情は本来はそれほど大きく分けられるものではないはずだ。
『傲慢と善良』の素晴らしい点の一つはそこにある。
普段何気なく過ごしている中の人間の感情を、細かく拾い上げてそれに的確に言葉を当てはめていく。
それは普段の生活で置き去りにされてきた感情を掬っていく筆者の優しさにも感じた。
人間を細かく描くことができる筆者だからこそ、登場人物の心情はあまりにもリアルで胸が苦しくなる。
前述の通り、30歳を迎える今だからこそ結婚や婚活、その手前の恋愛など自分にも遠からず当てはまるような内容が細かく描かれ、自分自身の内面を暴かれているような感覚にも陥る。
みんなが共感できる“あるあるネタ”は笑いの対象になるが、深く鋭く突き刺さる共感はどちらかと言うと恐怖に近い。
そして、更に別の角度の共感で言うと、登場人物の坂庭真実が過去に暮らしていた場所や実家、家族との関係性の描写が、私も知っている“田舎”の風景と恐ろしいほどに当てはまっていた。
私も高校生まで田舎に住んでおり、大学進学を機に東京で一人暮らしをするようになったのだが、この年まで実家に住んでいたら絶対似たようなことになっていたのだろうな、というロールモデルが何例も登場する。
ここに関しては、結婚や婚活以外にも、“近くの大型ショッピングセンターに行けば昔の同級生に会うかも知れない”とか“一人一台車を持っていて、男はまず車に金をかける”といった秀逸な田舎の描写にもページが割かれていて、今実際に体験しているわけではないが閉塞的な息苦しさを感じざるを得なかった。
物語の本筋は“消えた婚約者を探していく”というものなので、“なぜ消えたのか”“いったいどこにいるのか”“彼女のストーカーの正体は”“二人はどうなってしまうのか”、といったミステリー要素を追うのも勿論楽しみ方の一つだ。
特に素晴らしいと感じたのは、ミステリーとして謎を解き明かしていく外側の部分(架が実際に行動し、様々な人に話を聞き彼女の過去に迫っていく)と、架の内面の部分(結婚に対する自分の考え、彼女に対する想い)が同時に進んでいくという点である。
『傲慢と善良』は決して映像化に向いた作品ではないと考える。
それは、決して緻密な伏線が貼られていたり、誰もが驚くどんでん返しが用意されている、というわけではないからだ。
外側から架の行動だけを見た場合は、そこまで動きがあるわけでもなく、段々と謎の中心に迫っていく面白さはあるものの、それだけではなかなか物語として成立しない部分もあるだろう。
そこに、深く繊細な心理描写という内面を挟んでいくことで、“外側の少しの動きで内面が大きく動いていく”という2つの動きを同時に楽しむことができる。
これが、小説だからこそできるエンタメの形ではないだろうか。
内容的には決して万人が楽しめるものではないかも知れない。
この本を中学生が手に取っても「よく分からなかった」という感想になるだろう(私も中学生の時、大人向けの恋愛小説を読んでそのような感想になった)。
それでも、大人になってからもう一度読み直すことで「自分の人生で起きているこれは、こういうことだったのか」と改めて知るきっかけになる本になるだろう。
年齢的には20代後半から40代前半の方には、どこかの部分は刺さる内容ではあると思う。ここで描かれるものは突き詰めれば、ひたすら人間関係の話である。恋愛や婚活や田舎の生活などに縁がなくても、この社会で生きている以上誰もが人間と関わっていき、誰もが人間関係に悩んでいる。
この本はきっとその悩みを救うヒントになるはずである。
message:#今月の偏愛本
notice:ホンシェルジュ Twitter
writer:レッドブルつばさ Twitter
レッドブルつばさの今月の偏愛本 A面|第3回『かがみの孤城 』大人も間違えることがある。 …とは知らなかったあの頃の自分に読ませたい物語
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