【#1】元文藝春秋文芸局長・羽鳥好之の歴史本探偵見参!/歴史を語る新たなスター学者

更新:2023.1.25

浅田次郎、林真理子といった作家らの担当編集者として、そののちには「オール読物」編集長や文芸局長として、歴史に名を残す名著を生み出し続けてきた羽鳥好之。文藝春秋の退社を機に、『尚、赫々たれ 立花宗茂残照』で歴史小説作家デビューも果たしました。 そんな羽鳥好之が、愛してやまない「歴史本」を語る新連載を開始!「歴史本探偵」となって、あなたを浪漫あふれる歴史の世界へ誘います。

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歴史を語る新たなスター学者

今月の歴史本:『歴史を読み解く城歩き』千田嘉博著

著者
千田 嘉博
出版日

「お城」がブームである。教養番組の枠を超えて、いまや、民放が豪華タレントを集めてお城「総選挙」が制作されるまでになっている。しかもだ、城郭遺構の美しさや景観との調和を問うばかりでなく、その歴史的価値を堂々論ずるまでになっている。お笑いか、旅をからめたグルメばかりのバラエティ番組に、一陣の風を送り込んでいるかのようである。

そんな中、みなさんはある特異なキャラに気づいておられるだろう。おちゃめで中性的な仕草をしつつ、その実、正確な日本語で的確にお城の魅力を語ってゆく学者センセイ。そう、城郭考古学の千田嘉博(せんだ よしひろ)さんである。

この人、見かけに騙されてはいけない。いまに残る城郭遺跡を発掘調査し、そこから得た知見をもとに、その城が築かれた当時の社会状況を解き明かしてゆく新たな学術的挑戦、城郭考古学というジャンルを開拓した先駆者なのである。本書にあるように、中学生の頃に新幹線から見た姫路城の美しさに憑りつかれ、以来、この道一筋、少年の夢を生涯の糧とすること成功した、人生の達人でもあるのだ。

前説がちょっと長くなっているが、いましばし。

斯くいう私も、少年のころからのお城マニアである。長じては、知人の作家、編集者、新聞記者らと「古城研究会」を結成、関東に残る戦国期の主な城郭遺構を軒並み攻め落としていった(こういう表現をするんです、マニアは)。群馬の箕輪城、名胡桃城、平井城、太田金山城、大胡城、埼玉の鉢形城、川越城、東京でも八王子城、滝山城、赤塚城……挙げていったらきりがないのでやめるが、遂には、韓国に残る倭城、秀吉の朝鮮出兵の折に戦国武将たちが各地に築いた城の遺構を求めて、遠く海を渡っている。あの加藤清正の籠城戦で名高い蔚山城跡まで苦難の末に確認しているのだ。(この珍道中はあまりに面白いので、ここでは紹介仕切れないのが残念)

<著者が撮影したとっておきの名城ファイル① 韓国・西生浦倭城(セサンポウェソン)>

 

だからこそ、千田氏の研究の卓抜さがよくわかる。

お気づきだろうが、お城マニアとは、天守閣や、石垣に映える桜を愛でるような人を指す言葉ではない。一般の人には木々に覆われた小高い山にしか見えないところに分け入り、ここが馬出しだ、ここが堀切だと、もはや消えかけている凹凸を見つけては喜んでいるような人種である。だから、理解できないのが当り前、僕らが見ているのは目の前の光景ではなくて、かつてそこになったであろう風景、遠い昔の幻なのだから。

そんなわれらでも、所詮は、発掘整備された城跡を巡りながら、規模の大きさに感嘆するか、保存状況を愛でるか、或いは、この方角から攻めるのが正解だ、いや、からめ手から這い登るのがいい、そんな攻城作戦を論議するか、そのあたりが精々である。ところが、千田氏にかかると、中世末期から戦国期、そして織豊時代へ、時代が進み、大名権力が強化されてゆくにつれて城郭の構造がどう変化してゆくか、その着眼点がはっきりと示され、それに従い、その城が築かれた当時、例えば信長が小牧山城を築いた時、その権力がどんな状態であったかを、明確に解き明かしてゆくのである。氏の最初の著作を読んだ時、私は呆然とした。一体、われらはいままで何を見てきたのだろうか――。

著者
千田 嘉博
出版日

さて、本書である。中心をなすのは2章と3章、いま述べた、城郭遺構から見える社会と人の変化を、具体的な城を取り上げて論じる部分である。有名な越前朝倉氏の「一乗谷」や武田信玄の「躑躅ヶ崎館」がどんな構造を持つ「館城」であるか、そこから、これら守護大名あがりの戦国大名がどんな権力基盤にあったか、明確に示されてゆく。これに対し、織田信長が小牧山城、岐阜城、そして安土城へと移り住むにつれ、信長の手により、まったく新しい政治権力が誕生してゆく様がはっきりみてとれる、そのことが丁寧に解き明かされてゆくのだ。読めばわかる、やっぱり織田信長は異星人、革命児だったのである。

同様に、明智光秀の坂本城、周山城には、その政治戦略がはっきりと見られ、岡崎城、浜松城、そして駿府城へと居城を変えてゆく徳川家康にも、その折々の苦悩や先見性が見事にみてとれると指摘するのである。圧巻だったのは、家康の関東移封。だれもがこれを否定的に捉える中、千田氏は、家中をまとめきれていなかった家康には、移封は大きなチャンスであったのではないかと指摘する。私は仰天した! 詳しくは本書264ページをご参照されたし。ほか、相当の戦国通でも、えっ、それホント、の類の話が満載なのである。

ともかくこの人、文章がうまい。無駄やあいまいさがなく、やさしいことを書いているわけではないのに、無理なく文章を追いかけてゆける。要は文章の筋がよいのだと思う。だから、千田氏の本には安心して手が伸ばせる。

本書は新聞連載を中心にまとめたものゆえ、各地の城を取り上げる一本、一本が短く、ややもの足りないきらいのあるものの、そのぶん、読みすすめやすい利点もある。より深く知りたいとお考えの人には先行する二冊、『戦国の城を歩く』(ちくま学芸文庫)や『城郭考古学の冒険』(幻冬舎新書)をおススメする。ことに後者は、本来なら四六版で刊行されるべき内容の本だと思う。

著者
千田 嘉博
出版日
著者
千田 嘉博
出版日

 


 

「歴史本探偵見参!」は毎月更新予定です。実際に著者が足を運んで撮影した「名城ファイル」も毎回紹介予定です。お楽しみに!更新のお知らせはホンシェルジュTwitterにて。

これほどまでに「お城マニア」でもある著者による歴史小説『尚、赫々たれ 立花宗茂残照』は、発売から4か月を経て続々重版がかかる話題書となっています。立花宗茂という豊臣方の勇将から見た「関ケ原」がテーマである本作。戦国時代の武将の晩年に焦点を当て、史実に基づきながら歴史を生きた人物の内面にも迫る大作です。

著者
羽鳥 好之
出版日

こちらの記事では、本作の刊行に関連した著者インタビューや書評記事が一覧できます。本を手に取る際のガイドとして、ぜひご覧ください。

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