【#2】元文藝春秋文芸局長・羽鳥好之の歴史本探偵見参!/職場、酒場のウンチクに、この一冊!

更新:2023.2.22

元文藝春秋文芸局長の羽鳥好之が、愛してやまない「歴史本」を語る新連載をスタート!浅田次郎、林真理子ほか、数々の名著を生み出してきた元編集者の、琴線に触れた歴史本を紹介していきます。 第2回は、歴史教養番組にも引っ張りだこの歴史学者である磯田道史氏の著書をピックアップ。歴史好きの羽鳥もうなった「目の付け所」とは。

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職場、酒場のウンチクに、この一冊!

今月の歴史本:『日本史を暴く 戦国の怪物から幕末の闇まで磯田道史

著者
磯田 道史
出版日

今回ご紹介する歴史本は、新書のベストセラー街道を突っ走るこの本。著者はもうご存知ですよね、NHK・BS「英雄たちの選択」ほか、歴史教養番組で抜群の存在感を放つ磯田道史氏です。その磯田さんが讀賣新聞に月一回のペースで連載している歴史コラムをまとめたのが本書、中公新書として4冊目となります。

私はデビュー時から氏の才能に感嘆し、それゆえに編集者時代に多少のお付き合いがあったこともあって、多くの著作に目を通しています。その素晴らしさを端的に表現すると、図抜けた才知を持ちながら、根っこの所で、歴史研究者の地道な姿勢を少しも失うことのない点かと思っています。本書でもよく出くわすように、暇さえあれば古書店を訪れて古文書を物色している。住んでおられる場所もまたいい、国際日本文化研究センター、通称「日文研」教授の職にあるので、京都が本拠地です。きっと古文書の宝庫なんだろうなあ、いいなあ、などとページを繰っているうち、ふいに貴族の古い日記など探し当てて、僕らに「古人(いにしえびと)」の生の声を届けてくれます。どんなに忙しくなっても歴史研究者の日常を忘れないのです。

もうひとつ、忘れてならない才能が、磯田さんの目の付け所である。古文書を紹介するのにも、常に現代の視点を失うことがない。本書の話題一本一本も、新聞連載だったこともあって、いま目にする読者の関心を逸らすことのないよう、細心の注意が払われているのである。そこがいいですね、コロナ禍で書かれているので、感染症と日本人との戦いを古文書に見つけて再三にわたって紹介し(別著に『感染症の日本史』・文春新書もあります)また、大震災の記憶を刻むような時期が来ると、新たに発見した古書、古文書を話題にして、われわれに注意を喚起してくれます。はたまた、昆虫好きの名優が子供の人気を集めて話題になるや、「カブトムシの日本史」なんて小文を、たちどころに仕上げてみせる。要するに、一流の歴史家と気鋭のコラムニストが共存しているのです。

著者
道史, 磯田
出版日

さて、抽象論はこのへんにして、本書の中身をいくつか具体的にご紹介しましょう。

歴史好きの私がわくわくしたのはやはり一章かな。明智光秀はどんな出自でどうやって出世したのか、豊臣秀頼、そう秀吉の遺児ですね、その実父に新たな候補が浮上したという話とか(驚くなかれ、これは当時から囁かれていたことで、大名たちの多くが秀吉の実子なのかどうか疑っていた!)、ホットな話題でいえば徳川家康の独特の築城術とか、相当な歴史本好きでも刮目間違いない話題がずらりと並んでいる。

二章では「江戸の殿様・庶民・猫」と題して、猫とかカブトムシとか、庶民の旅行やグルメにかかる費用(男性の良からぬ遊びの値段も古文書で明かしています)とか、目の付け所が冴えています。以下、三章「幕末維新の光と闇」(これはNHK大河が「西郷どん」の頃に書かれたものですね)、四章「災害と疫病の歴史に学ぶ」と続きます。ネタの話題性といい、電車の中でも読める手頃さといい、酒場のネタにうってつけ、いや、職場の蘊蓄(うんちく)話にピッタリなこと請け合いです。実のところ、これが一番書きたかったことなのです、この稿で。

最後にひとつ、僕が一番好きな磯田氏の本を一冊ご紹介します。『無私の日本人』(文春文庫)です。

著者
磯田 道史
出版日
2015-06-10

これは「殿、利息でござる!」と題して、映画化されたのでご記憶の方も多いかもしれませんね。清廉な生き方を貫いた江戸時代の偉人たち、さほど有名でもない三人が、いかに優れた哲学のもとに生きたかを紹介した名著で、中の一人が映画の主人公、穀田屋十三郎でした。

穀田屋は仙台藩伊達領にある宿場町の商家でした。宿場の人々のどうしようもない貧しさに悲憤を感じ、穀田屋は一念発起、同志を募ってとんでもない企みを実行に移します。なんと、宿場の人々からなけなしの金1000両を集め(当然ながら、自分が一番多く出資します)それを仙台の殿様に貸し付けて、その利子で宿場の人々の暮らしを成り立たせようとしたのです。紆余曲折、様々な障害を乗り越えて、穀田屋はこの企みを実現し、その利息を宿場の人々に公平に分配した。その信念の激しさたるや、とても涙なくしては読めません。なにせ、成功の陰で穀田屋は全財産を失い、十三郎一家は極貧となるのですから。

ここには「私」よりも「公」を重視した江戸期の日本人の姿があります。「公」は広い意味では幕府や藩を意味しますが、狭義では、共同体を指します。自分のことよりも、自分が属する社会の利益なり、意向なりを優先する、それが江戸時代という長い長い安定期が作り上げた日本人の姿でした。それは同じアジアにあっても、朝鮮人や中国人とはまったく異なる民族性といえます。その際たる例として、明治期の政治家や官僚たちに、驚くほど汚職が見られなかったことに顕れていると、司馬遼太郎は指摘しています。コロナ禍の中、日本社会の「同調圧力」のことがよく論じられますが、それがどこからやってきたのか、それは悪いばかりのことなのか、歴史は教えてくれます。

 

<著者が撮影したとっておきの名城ファイル② 五島・福江城(石田城)>

朝ドラの舞台で話題の五島列島・福江島の城跡です。五島と北海道の松前には、幕末まで城を作ることは許されませんでした。国境にあるゆえ、外国勢力に占拠された場合、それを攻略するのが容易ではなくなると、家康が考えたからだとされています。幕末、実際に海外からの圧迫を受けるようになると、城を作らざるを得なくなり、五島家にも築城が許されました。明治までわずかの期間だけ、その威容を誇りましたが、いまは石垣だけが往時の姿を残して、美しい。
同じ福江島の堂崎教会の夕景。絵のような美しさでした。

 

磯田 道史|国際日本文化研究センター(日文研)プロフィール

 

「歴史本探偵見参!」は毎月更新予定です。実際に著者が足を運んで撮影した「名城ファイル」もあわせてお楽しみに!更新のお知らせはホンシェルジュTwitterにて。

 

著者による歴史小説『尚、赫々たれ 立花宗茂残照』は、発売から4か月を経て続々重版がかかる話題書となっています。立花宗茂という豊臣方の勇将から見た「関ケ原」がテーマである本作。戦国時代の武将の晩年に焦点を当て、史実に基づきながら歴史を生きた人物の内面にも迫る大作です。

著者
羽鳥 好之
出版日

こちらの記事では、本作の刊行に関連した著者インタビューや書評記事が一覧できます。本を手に取る際のガイドとして、ぜひご覧ください。

【たちまち重版!】立花宗茂から見た関ケ原を書く歴史小説『尚、赫々たれ 立花宗茂残照』のご紹介記事・インタビュー記事まとめ

特集「仕掛け人」コラム
【#1】元文藝春秋文芸局長・羽鳥好之の歴史本探偵見参!/歴史を語る新たなスター学者

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浅田次郎、林真理子といった作家らの担当編集者として、そののちには「オール読物」編集長や文芸局長として、歴史に名を残す名著を生み出し続けてきた羽鳥好之。文藝春秋の退社を機に、『尚、赫々たれ 立花宗茂残照』で歴史小説作家デビューも果たしました。 そんな羽鳥好之が、愛してやまない「歴史本」を語る新連載を開始!「歴史本探偵」となって、あなたを浪漫あふれる歴史の世界へ誘います。

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