私たちの社会のなかで、当たり前のように行われている「選挙」。政治家を選出するなど、社会のなかで大事な物事を決めるときに必ず選挙が実施されます。 選挙のように国民の投票(多数決)によって、物事を決めていくシステムを「民主主義」と言います。この「民主主義」を考えた人物は誰なのでしょうか。 その人物は、学校の教科書にも載っているジョン・ロックです。 今回の記事では、民主主義の発案者であるロックの政治哲学をご紹介したいと思います。

ロックの政治哲学は『統治二論』という本に書かれています。日本では『市民政府論』とも訳されています。『人間知性論』と同じ年にあたる、名誉革命の翌年に出版されました。ロックの『統治二論』は、民主主義を語る上では欠かせないバイブル的な存在です。
民主主義のポイントを理解した場合、アメリカの独立宣言(1776年)に目を通すことをオススメします。
「すべての人間は平等につくられている。創造主によって、生存、自由そして幸福の追求を含むある侵すべからざる権利を与えられている。これらの権利を確実なものとするために、人は政府という機関をもつ。その正当な権力は被統治者の同意に基づいている。いかなる形態であれ政府がこれらの目的にとって破壊的となるときには、それを改めまたは廃止し、新たな政府を設立し、人民にとってその安全と幸福をもたらすのに最もふさわしいと思える仕方でその政府の基礎を据え、その権力を組織することは、人民の権利である」
大事なキーワードとしては「革命権」「創造主(神)」の2つになります。
次にロックの『統治二論』を見ていきましょう。彼が主張したかったことは以下になります。主張そのものは極めてシンプルです。
・人間はだれでも神によって授けられた自然権を持つ。
・自然権とは「生存、自由、幸福の追求」にある。
・政府は自然権を守るために作られた。
・政府が「自然権を守る」という目的から逸脱するとき、国民は政府を打倒する権利を持つ。
さらにロックは続けます。
・政府の権力は国民の同意を得ている場合にのみ正統である。
・国民が政府に同意しているかどうか、それを確認する手段が選挙である。
自然権とは、簡単に言うと「自分の身を守る(自己保存)」権利を意味します。
ロックによれば、選挙の実施によって国民の意志が示されることになります。現代の私たちからすれば普通の感覚です。国民から選出された議員が法を制定し、政府は法に基づいて国家を運営します。神の存在は別にして、立法府(国会)こそが最高の権力機関になります。
このロックの理論が現代の国家論の基礎を形成しています。
※自然権や国家論に関しては「5分で分かるホッブズの哲学」を読んでいただけると、より理解が深まります。
5分で分かるホッブズの哲学|人間は基本的に自己中|元教員が解説
ホッブズが生きたイギリスはまさに激動の時代でした。アルマダ海戦、ピューリタン革命、王政復古…。ホッブズは亡くなりましたが、このあと名誉革命も起きています。 このときに感じた“恐怖”が、ホッブズの哲学を形成します。 「主義主張(イデオロギー)なんかどうでもいい。殺し合いを止めて、生命の安全をとにかく守ろう」という思想がホッブズの原点になります。 死んだら何も残らないことを、ホッブズは時代を通じて学んだのです。 今回の記事では、ホッブズの政治哲学を紹介したいと思います。
ロックやホッブズが主張する「社会契約論」によれば、国家(政治権力)は国民との契約によって作られます。
社会のなかで暴力を罰する権力が存在しなければ、国民は安心して暮らすことはできません。そのため人々は集団を形成し、お互いが契約に合意することで、国家(政治権力)を作ったと考えます。
もちろん、実際にはあり得ない話です。たいていの国家は暴力による征服で作られたからです。
イギリスという国家もそうです。社会契約論は、ひとつのフィクションとして政治を語っています。国家の始まりは暴力によって作られ、最初の段階では暴力などの脅しによって支配していたかもしれません。しかしロックは「暴力を掲げる国家には支配の正統性はなく、支配する権利もない」と言います。
そのため、自然権を守らない国家を倒すための行動、つまり革命は正当化されるのです。
ロックに従えば、一党独裁を続ける現在の北朝鮮や中国政府(共産党)には、国民を支配する権利はないことになります。つまり北朝鮮や中国政府を破壊する行動は、すべて正当な行為として解釈することもできます。
人間の自然権は国家よりも優先されるべきなのです。
また違った視点から見ると、自由選挙で選ばれた政府を暴力によって破壊しようとする行動は、すべて不正な行為となります。選挙制度を採用している国では、革命の権利(暴動の権利)はないことを意味します。
ロックが登場する前、すでにホッブズの『リヴァイアサン』という政治哲学がありました。ロックとホッブズは同じイギリスに生まれ、ほぼ同じ時代を生きました。2人は会ったこともあるそうです。91歳のホッブズが亡くなったとき、ロックは47歳でした。
ホッブズの思想をひと言で表現すると「暗い」になります。宗教関係者から「無神論である」と告発されるほど、人間に対する見方が暗かったのです。「暴力(処罰)の恐怖がなければ、人間は道徳性を維持できない、ろくでもない生物である」とホッブズは考えました。
ホッブズに従えば、暴力に基づく恐怖心のみが人間の行動を抑え込むのです。
そのためホッブズは、国家(政治権力)に反抗する権利(革命権)を認めませんでした。認めてしまうと内戦に発展してしまう可能性があるからです。あのピューリタン革命後のイギリスのように…。
しかし自己保存の権利、つまり自然権は絶対的です。
ホッブズは「国家のために死ぬ義務はない」とし、国家が自然権を順守していなければ「(革命ではなく)他国に引っ越せばいい」と主張したのです。
ロックにはホッブズのような暗さはありません。ロックは敬虔なキリスト教徒だからです。
「神によって作られた人間が悪人であるはずがない」
「“自然状態”にあってもホッブズが想定するように、人間同士が殺し合いをすることは絶対にない」
このようにロックは考えました。自然状態(※)とは「国家、つまり法が存在しない状態」を意味します。
※自然状態に関しては「5分で分かるホッブズの哲学」で詳しい説明をしています。よろしければ、そちらをご覧ください。
5分で分かるホッブズの哲学|人間は基本的に自己中|元教員が解説
ホッブズが生きたイギリスはまさに激動の時代でした。アルマダ海戦、ピューリタン革命、王政復古…。ホッブズは亡くなりましたが、このあと名誉革命も起きています。 このときに感じた“恐怖”が、ホッブズの哲学を形成します。 「主義主張(イデオロギー)なんかどうでもいい。殺し合いを止めて、生命の安全をとにかく守ろう」という思想がホッブズの原点になります。 死んだら何も残らないことを、ホッブズは時代を通じて学んだのです。 今回の記事では、ホッブズの政治哲学を紹介したいと思います。
なぜなら、人間はキリスト教徒だからです。人間は神によって教えられた法に従って、共に平和に生きていくことができる。
「自然の法は書かれたものではなく、各人の心のなかにある。制定者は神である」と、ロックは書いています。この主張は「生得説(※)」のような気もしますが…ここではこれ以上深入りするのは止めましょう。
※生得説に関しては「5分で分かるロックの経験論」で詳しく説明しています。よろしければ、そちらもお読みください。
5分で分かるロックの経験論|人間の心は白紙である!?|元教員が解説
近代の哲学は、大きく分けて「ヨーロッパ大陸の合理論」と「イギリスの経験論」の二つに分けられます。 「合理論」は、数学のように論理を積み重ねていくことで真理にたどり着こうとする考え方です。 有名な哲学者デカルトは、この合理論を代表する人物です。 一方、「経験論」は、目や耳、鼻など五感を使い、現実世界を注意深く観察することで真理に近づこうとする考え方です。 イギリスの哲学者ジョン・ロックは、この経験論を代表する人物であり、「生まれたとき、人間の心は白紙の状態である」と主張しました。 なぜロックは「経験こそが知識の源泉だ」と考えたのでしょうか? そして経験からどのようにして知識が生まれるのでしょうか? 今回の記事では、ロックの経験論について分かりやすく解説していきます。
さらにロックは続けます。
「政治社会の目的は、各人が自分自身の事件の裁判官となると必然的に生ずる自然の状態の不都合を避け、またこれを矯正するところにある」
それでも人間同士の争いは起きてしまいます。人間は些細なことでケンカをしてしまう生物です。もし争いが起きた場合、裁判官のような第三者が求められます。公平な判決(判断)を行うためには、利害関係がなく客観的な判断ができる「誰か」が必要だからです。その誰かが「国家」なのです。
ホッブズと比較するとロックの考える自然状態は、どこかのんびりとしています。
ホッブズの場合、絶えざる恐怖と暴力による死の危険性から逃げるため、仕方なく、そして「強制的に」国家(政治権力)は作られます。そのため国家は絶対的な権力を持ち、これを行使します。国民は国家に反抗することを許されません。
ロックの国家観にはホッブズに感じる悲壮感はありません。
ロックの場合、自然状態のときに起きる「不都合」を避けるため、国家は「自発的に」作られるからです。
そのため政府自体が不都合な行為をすれば、国民はいつでも政府を交代させることができます。政府が権力の交代に抵抗すれば、暴力(革命)を通じて政府を打倒する権利が国民にはあるのです。一時的に政府がなくなり短時間だけ自然状態に戻ったとしても、同じキリスト教を共有する人間は、秩序を保つことができると考えたのです。
ロックの思想はアメリカ人に人気があります。
「神から使命を与えられた人々が、理想に基づいて作り上げた国家こそアメリカである」という建国神話があるからです。
ロックが言うように、アメリカ人は自発的に国家を作り、法を守ってきたという自負があります。アメリカは社会契約論がよく似合う国なのです。
アメリカ社会のベースを形成しているのは、キリスト教徒の共同体(コミュニティ・地域社会)です。このコミュニティに属する人々によって「自発的に」地域社会は運営されており、同じ神(キリスト教)を信仰する人々がメンバーになります。彼らは国家が何も干渉しないことを望み、自分たちの問題は自分たちで解決できると考えています。アメリカのコミュニティにとって、国家(連邦政府)は余計な存在だからです。
銃で武装して自分を守る権利は当然であり「まさに神から与えられた自然権である」と、アメリカ人は考えます。日本にある公的な医療保険制度にも、彼らは反対します。
なぜなら政府による国民の健康への「干渉」になるからです。「自分のことは自分で対処する。国家は余分なことをするな」というのが、アメリカ人の精神です。このメンタリティにロックはよく似合うのです。
ジョン・ロック(2010)『市民政府論』(角田安正訳)光文社
- 著者
- ["ジョン ロック", "Locke,John", "安正, 角田"]
- 出版日
今回の記事でも引用した『統治二論(市民政府論)』の日本語訳になります。ロックの文章は非常に分かりやすく、また本書の翻訳も素晴らしい内容になっています。そのためロックの原著にはどんどんチャレンジして欲しいと思います。
ジョン・ロック(2019)『キリスト教の合理性』(加藤節訳)岩波書店
- 著者
- ["ロック,ジョン", "節, 加藤"]
- 出版日
敬虔なキリスト教徒であったロックは、キリスト教が社会の根幹を担う要素であると考えました。この書籍のタイトル(『キリスト教の合理性』)のように、キリスト教の教えを遵守すれば社会の秩序は保たれ、社会は「合理的」に機能すると考えたのです。
内田樹(2010)『街場のアメリカ論』文藝春秋
- 著者
- 内田 樹
- 出版日
レヴィナスなどフランス哲学を分かりやすく説明してくれる内田樹先生。その内田先生によるアメリカ論です。
アメリカが“強い”理由は、理念によって出来上がった国家だから。今回の記事で紹介したアメリカ独立宣言では、アメリカ建国(スタートライン)の目的が明確に設定されています。
・アメリカに何か問題があると、必ず独立宣言に立ち戻ることができる
・建国理念に従って、多様なアメリカ国民が一致団結できることが、アメリカの強さにつながっている
このように内田先生は主張します。ロックの思想を強く受けるアメリカという国家を知りたい場合は、ぜひ一読をオススメします。