嵯峨景子の『今月の一冊』|第十一回は『五色の舟』|見世物を生業とする異形の者たち

更新:2023.3.30

少女小説研究家の第一人者、嵯峨景子先生に、その月気になった本を紹介していただく『今月の一冊』。第11回目となる3月号は河出書房新社から2023年3月に刊行された『五色の舟』(ヴィジュアル版)をお届けします。短編ながら物語の大きな転換を見せる、津原泰水の傑作を語っていただきます。

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 「嵯峨景子の今月の一冊」も第11回目になりました。今月は、2023年3月発売の『五色の舟』(津原泰水・作、宇野亞喜良・絵、Toshiya Kamei・英訳、河出書房新社)を取り上げます。

著者
["津原 泰水", "宇野 亜喜良", "Toshiya Kamei"]
出版日

 このヴィジュアルブック『五色の舟』は、2022年10月に58歳で亡くなった津原泰水が生前に企画立案した本でした。作者の最高傑作短編と名高い小説と、宇野亞喜良の幻想的なイラストのコラボレーション、そして本作をさらに多くの読者へ届けるToshiya Kameiによる英訳という豪華な布陣で企画された一冊です。けれども完成を見届けることはなく、津原泰水は彼岸へと旅立ちました。

「五色の舟」はアンソロジー『NOVA 2 書き下ろし日本SFコレクション』のために書かれた作品で、その後、津原の第二短編集『11 eleven』に収録されました。本作は『SFマガジン』700号記念「オールタイムベストSF」で国内短篇部門1位に選出されるなど、各所で絶賛されました。本作をコミカライズした近藤ようこの『五色の舟』も名作として知られており、第18回文化庁メディア芸術祭マンガ部門で大賞を受賞するなど、高い評価を受けています。

著者
近藤ようこ 津原泰水
出版日
2014-03-24

津原泰水|その経歴について

 作品の紹介に入る前に、作家の経歴を簡単に確認しておきましょう。津原泰水は1989年、少女小説レーベルとして知られる講談社X文庫ティーンズハートからデビューします。当時のペンネームは津原やすみ。デビュー作の『星からきたボーイフレンド』は、〈あたしのエイリアン〉シリーズとして書き続けられ、女子中高生を中心に人気を博しました。津原は編集部の方針で男性であることを明かせないまま、少女小説家としての活動を1996年まで続け、最後の作品となった『ささやきは魔法』のあとがきで自らの性別を告白後、少女小説を引退。そして翌1997年、津原泰水名義で長篇ホラー『妖都』を上梓し、鮮烈な再デビューを果たします。以後は幻想小説やホラー、ミステリ、青春小説、音楽小説など、ジャンルを横断した多彩な物語を書き続け、なかでも故郷広島を舞台にした自伝的青春音楽小説『ブラバン』はベストセラーになりました。

『五色の舟』|見世物を生業とした異業の物語

 『五色の舟』の舞台は、太平洋戦争末期の広島です。見世物を生業にし、家族のように寄り添いながら古い舟で暮らす、五人の異形の者たちがいました。お父さんと呼ばれる雪之助は旅芝居の花形役者でしたが、脱疽により両足を失います。そんなお父さんによって命を救われたのが、一寸法師で怪力の昭助、結合双生児として生まれるも手術を受けて一人生き延びた桜、両腕をもたずに生まれた聾唖の和郎でした。そこに生まれつき膝関節が逆向きの清子も加わり、一座は体のハンディキャップを負った体で芸を披露し、日々の糧を得ていました。

 ある日、未来を予言するという怪物くだんが生まれたという話を、お父さんが聞きつけます。くだんは本物の牛と人とのあいのこで、百年に一度しか生まれないという大変珍しい怪物です。くだんを買い取って一座に加えようと、一家は総出で岩国へと向かいます。ところが一足先に軍部が到着し、くだんなどは存在しないと一家を追い返します。そしてこの日以降、和郎は家族が別の舟に乗って消えてしまうという、不思議な夢を繰り返し見るようになりました。これはくだんの仕業に違いないと確信を深めていく和郎でしたが……。

 太平洋戦争末期という暗い時代に生きる、見世物一座の物語というあらすじを聞くと、悲惨なストーリーを思い浮かべる人が多いかもしれません。けれども津原はそんな固定観念を吹き飛ばすように、したたかに生きる異形の一家の姿を描き、血の繋がらない五人が結ぶ家族の絆をあぶり出しました。人間ドラマとしても魅力的な本作は、SF小説としても秀逸で、くだんの登場をきっかけにストーリーは平行世界をめぐるSF的展開をみせるのです。津原の磨き上げられた文体で紡がれる物語は、短編だということを忘れてしまうほど濃密で、心を壮大な世界へと誘います。

ヴィジュアル版『五色の舟』は、妥協を許さぬ津原泰水の美学が結実した、隅々まで美しい本に仕上がっています。見世物一座が内包する色気を、匂い立つような筆致でヴィジュアル化した宇野亞喜良のイラスト。対訳の英語があることで、より一層津原の原文が引き立ちます。作者自身も楽しみにしていたであろうこの本を手に取ることが叶わなかったのが、ただただ残念でなりません。

暗く鬱屈した日々を過ごしていた10代の私にとって、幻想小説やSF小説は心の拠りところであり、生きる希望でもありました。感性豊かな時期に出会った津原やすみ/泰水作品にどれほど心を救われたかは語り尽くすことはできません。津原泰水が遺した最後の仕事が多くの人のもとへと届けられ、この一冊との出会いが誰かの生きる力となることを願っています。

最後に宣伝となり恐縮ですが、最近執筆した津原泰水関係の仕事を紹介させてください。『SFマガジン』2023年4月号の津原泰水特集では作品解題に参加し、『あたしのエイリアン』シリーズ、『ロマンスの花束』、『月の庭園』シリーズ、『少年トレチア』、『クロニクル・アラウンド・ザ・クロック』の5作の作品紹介を書きました。また3月21日に発売となった拙著『少女小説を知るための100冊』でも、『あたしのエイリアン』シリーズを取り上げています。津原泰水の名前は風見潤の『幽霊事件』シリーズと、北原なおみ『ホームズ君は恋探偵』のページにも登場するので、ファンの方はぜひこちらも見ていただけたら嬉しいです。

著者
["津原 泰水", "宇野 亜喜良", "Toshiya Kamei"]
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