嵯峨景子の『今月の一冊』|第十回は『調べる技術 国会図書館秘伝のレファレンス・チップス』|我々はなにを調べるべきか

更新:2023.2.27

少女小説研究家の第一人者、嵯峨景子先生に、その月気になった本を紹介していただく『今月の一冊』。第10回目となる2月号は皓星社から2022年12月に刊行された『調べる技術 国会図書館秘伝のレファレンス・チップス』をお届けします。知っているだけで周りと大きく差がつく”調べ方”とはいったいなんなのでしょうか。

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嵯峨景子の「今月の一冊」も第10回目を迎えました。今月ご紹介するのは、小林昌樹の『調べる技術 国会図書館秘伝のレファレンス・チップス』(皓星社)です。

著者
小林 昌樹
出版日

『調べる技術』は2022年12月の発売以来、大きな反響を呼んでおり、またたく間に6刷を突破したという話題の一冊です。『独学大全』が人気の読書猿推薦の本として、SNSを中心に話題になり、版元や著者の予想を超えた売れ行きをみせているとか。

著者の小林昌樹は、国会図書館で15年にわたってレファレンスサービス(利用者の調べ物相談)に従事した経験をもつ、調べ物のエキスパート。これまでは言語化されることがなかった、レファレンスにまつわる実践的な技術の数々を紹介した『調べる技術』は、画期的かつとにかく「使える」本に仕上がっています。仕事で調べものをする編集者やライター、校正者や記者をはじめ、趣味で好きなことを調べている人、そして人文社会系研究者や司書必見の本といえるでしょう。

『調べる技術』は調べものをする人に魔法のような知恵をさずけてくれる本ではあるものの、レファレンスの中・上級者を想定して執筆されています。そのため、これまで調べ物をほとんどしたことがない、このジャンルの前提知識がない初心者には難解かつ読みにくいかもしれません。原稿の初出がメルマガということもあり、堅すぎない絶妙な語り口が読みやすさを担保しているものの、内容そのものは相当高度かつ専門的です。そんな本がSNSで話題になり、好調な売れ行きをみせているのは本好きとして嬉しいニュースでした。

『調べる技術』では初歩的な解説がないまま、レファレンスにまつわる実践的なテクニックが紹介されています。初心者は最初に入門書を手に取り、ある程度の前提知識を身につけた方が内容を理解できるかもしれません。2022年8月に出た小曽川真貴の『調べ物に役立つ 図書館のデータベース』(勉誠出版)はタイトルのとおり、図書館のデータベースを初心者向けに解説している入門書です。初心者はまずはこの本から入ってみるのもよいかもしれません。

 ちなみに私の大学院生時代の専門は近代日本の雑誌研究で、調査のためにNDL(国会図書館)に出かけて調べものをする機会がかなりありました。ですが私は『調べる技術』で取り上げられているデータベースやレファレンスをほとんど知らず、資料をしらみつぶしに調べるという効率の悪い作業を繰り返していました。「もっと早くにこうしたレファレンス・チップスを知っていたら!」と心の底から後悔しています。本書で取り上げられている事例は私にとって身近なテーマが多く、はからずも近代日本の雑誌や古書と格闘していた懐かしい日々を思い出す読書体験となりました。

『調べる技術』は全14回の講義形式で執筆されています。私自身の研究テーマや関心と重なる箇所を中心に、本書の内容の一部をご紹介しましょう。第1講では「ググる」という、私たちが普段行っている行為をレファレンス的な観点から整理し、調べもののアタリをつける手法として紹介したパート。ここが難しいと感じたら、先に紹介したような入門書を先に読んだ方がより内容が理解できるかもしれません。

第3講の「現に今、使えるネット情報源の置き場――NDL人文リンク集」は、調べものをする人全員に知ってほしい必須ツールを紹介した重要パートです。私はこのリンクに掲載されている一部のレファレンスは使っていたものの、国会図書館のホームページにこのようなポータル的なリンク集があることを知らなかったので、これから活用していくつもりです。

そして第4講の「ネット上で確からしい人物情報を拾うワザ――人物調査は三類型で」は、個人的な目からウロコのパートでした。人物名を調べるときに、有名人・限定的有名人・無名人の3つにわけて調べると効率がよいことや、限定的有名人の調べ方の具体的なテクニックはとりわけ学びが多かったです。

私はかつて行っていた共同研究で、「女学校の制服」という調査を手掛けた二人の女学生(人物カテゴリ的には限定的有名人)の経歴を調べたことがあります。唯一の手がかりは彼女たちの名前と、調査が行われた1938年という年のみ。東京女子師範学校の学生だろうとあたりをつけて、この学校の『校報』に掲載された学生情報をしらみつぶしに調べ続けることで、二人の名前や卒業年を確認することができました。『調べる技術』で紹介されている手法を使えば、もっと効率よく調査ができたはずです。ちなみにこの調査をまとめたのが「昭和十三年の高等女学校制服調査にみる戦時下と制服」という論考で、大変だったことも含めて忘れられない仕事になりました(大塚英志編『動員のメディアミックス 〈創作する大衆〉の戦時下・戦後』に収録)。

 他にも、ネットで調べ物をするうえで1995年より前か後かが重要という指摘や(1995年以前だとGoogleブックスが活かせる)や、調べ物に最適な雑誌記事索引の選び方など、実践的なテクニックの数々が取り上げられています。ベテラン司書が当たり前に行っていた行為を、言語化することで「見える技術」へと昇華した『調べる技術』。調べものをするうえで役に立つコツをわかりやすく紹介した『調べる技術』を手元に置き、何かを調べたいときや困ったときに参照すれば、必ずやヒントを与えてくれるでしょう。ぜひとも本棚に備えておきたい、心強い一冊なのです。

著者
小林 昌樹
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