女流作家・美輪和音のイヤミス『強欲な羊』のネタバレ見所レビュー

更新:2023.5.20

脚本家として多数のテレビドラマを手がけたのち、ミステリー作家として鮮烈なデビューを飾った美輪和音。 今回は彼女のデビュー作でもあるイヤミス、『強欲な羊』のあらすじと魅力をご紹介していきます。

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『強欲な羊』のあらすじと登場人物紹介(ネタバレあり)

『強欲な羊』は表題作を含む五編が収録されたサイコホラー風味のイヤミス短編集。各話は薄っすら繋がっており、最後まで読むと登場人物の接点や舞台装置の仕掛けが浮かび上がります。

以下、各話の解説です。

『強欲な羊』

洋館の地下で目覚めた画家の青年。彼の前にいた洋館の女中は、青年の元婚約者・沙耶子が姉の麻耶子を殺したと証言します。

動機は痴情の縺れ。麻耶子は姉の物を略奪する悪癖を持ち、最愛の恋人までも奪っていたのです。

麻耶子と沙耶子は年の近い美しい姉妹ですが、性格は正反対。薔薇のように華やかで激情家な麻耶子は、桜のように清楚で儚げな沙耶子を激しく憎んでいました。曰く、沙耶子の本性は黒い羊であるとのこと。二人の間にはどんな確執が存在するのでしょうか。

『背徳の羊』

実業家の篠田は美人で優しい妻・羊子、ならびに息子と幸せな家庭を築いていました。しかし息子の容貌が元上司の子供と似ている事から、妻に不貞の疑惑を抱きます。そんな矢先、上司の妻のもとに『ご主人の近くに背徳の羊がいます』と記した告発文が届き……。

『眠れぬ夜の羊』

コンビニ経営者の塔子はある日を境に人を殴り殺す悪夢に悩まされ始めます。被害者は過去に塔子の彼氏・文彦を奪い結婚した友人の明穂でした。ある日のこと、コンビニに出勤した塔子は近くの公園で明穂の遺体が発見されたニュースを聞き……。

『ストックホルムの羊』

ある場所に存在する黒い塔。そこには傲岸不遜な王子が君臨し、彼に仕えるカミーラ・ヨハンナ・イーダ・アンたちが暮らしていました。王子を中心にしたハーレムの日々は、若く美しい少女・マリアの登場により崩壊していき……。

『生贄の羊』

前四話の登場人物たちが交錯し、伏線が回収される話。これのみ単行本書き下ろしです。

著者
美輪 和音
出版日

叙述トリックが冴え渡る!人間の暗黒面を徹底解剖

美輪和音は2018年に『強欲な羊』で第7回ミステリーズ!新人賞をとりデビューしました。それ以前は脚本家として精力的に活動しており、ホラー映画『着信アリ』やテレビドラマ『新・夜逃げ屋本舗』などの脚本を執筆しています。脚本家としての名義は大良美波子です。

経歴からもわかるとおりミステリーとホラーを融合させた作風が特徴で、愛憎渦巻く女性心理の描写が、濃密なストーリーをドラマチックに盛り上げます。

『強欲な羊』では一見人畜無害な女性の腹黒さやしたたかさ、彼女たちにまんまと利用された男性の愚かさに焦点を絞り、一級の後味の悪さを残すイヤミスに仕上げました。

『強欲な羊』に収録された五編にはほぼ全部叙述トリックによるどんでん返しが仕掛けられています。

叙述トリックとは読者の先入観を逆手にとり、ミスリードを促す推理小説の手法。代表的なものでは語り手の性別を誤認させたり、時系列を入れ替えたりするのが定番。『強欲な羊』でも叙述トリックは多用され、黒い羊の意外な正体と衝撃の真相が驚きを与えました。

とりわけ印象的なのが表題作『強欲な羊』と『ストックホルムの羊』。

『強欲な羊』の中心となるのは美人姉妹の確執。「私」は幼い頃から洋館に仕えてきた女中で、沙耶子と麻耶子のことをよく知っていました。その語り口はともすれば沙耶子に同情的にとれ、妹を手にかけてしまった主人の先行きに心を砕いている、と錯覚しかねません。

結論から述べれば、この女中こそが真犯人でした。

物語は「私」の視点で進むため、読者は沙耶子・麻耶子・青年の三角関係に気をとられ、語り手の存在は完全に盲点となります。

しかし献身的な使用人を演じ、黒子に徹していた彼女こそが、卑劣な策略を用いて沙耶子と麻耶子を陥れ、青年を手に入れんとした黒い羊だったのです。

片や『ストックホルムの羊』はタイトルに込められたメタファーに注目。

黒い塔に住む王子と四人の女たちの閉じた蜜月を描いた本作は、中世風のファンタジーと見せかけ、後半に戦慄のどんでん返しが待ち受けています。いずれも読者の先入観や錯覚を上手く利用しており、無個性な群れに隠れ潜んだ「黒い羊」が、邪悪で狡猾な本性を表す瞬間にぞっとしました。

著者
美輪 和音
出版日

強欲な羊の正体は?聖女のような悪女に気を付けろ!

美輪和音もまた湊かなえ・櫛木理宇・深木章子・まさきとしか・真梨幸子など、イヤミスを代表する女流作家たちと並び称される小説家です。

『強欲な羊』とその続編にあたる『暗黒の羊』は、どちらも女性の悪意にフォーカスしたサイコホラーミステリーで、登場人物たちのエゴイスティックな立ち回りが嫌悪感をかきたてます。

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さらにたちが悪いのは、ヴィランに位置付けられた黒い羊がそうとわかる姿をしてないこと。

見た目からして怪物なら避けられますが、『強欲な羊』における黒幕、あるいは真犯人たちは、虫も殺せない人畜無害な羊に擬態して日常生活を送っています。即ち、私達の隣人でもおかしくないのです。

登場人物の名前も示唆的で、「羊子」「まりあ」など、白や聖女を連想させるネーミングに偏っています。

が、その本性は裏切り者の黒い羊どころか貪欲な狼。欲しいものを手に入れる為なら手段を選ばず、他人を犠牲にして憚らないエゴのかたまりです。『眠れぬ夜の羊』の塔子など同情できる者もいなくはないですが、大抵は倫理観や道徳心などかなぐり捨て、同胞を貪り食らっているのですから戦慄を禁じ得ません。

『ストックホルムの羊』のキーパーソン・まりあは、『生贄の羊』にて再登場しますが、そこで明らかになる自己本位な行動原理にはあ然。か弱く守ってあげたい羊のイメージと裏腹に、彼女たちはオオカミのように獰猛で、サイコパスな思考回路の持ち主です。

一方、だからこそ魅力的なのも事実。

男性に力でかなわず、同じ女性に容姿やステータスで劣る黒い羊たちが、その悪意をもってして逆境を覆し、罪を犯しながらも欲しいものを掴み取る様には、善悪を突き抜けた清々しささえ漂っていました。

イヤミス好きな読者は『強欲な羊』シリーズを手にとり、いずれ劣らず恐ろしい黒い羊と出会ってください。

著者
美輪 和音
出版日

『強欲な羊』を読んだ人におすすめの本

美輪和音『強欲な羊』を読んだ人には秋吉里香子『暗黒女子』がおすすめです。秋吉里香子も別名義でアニメや映画の脚本・製作・監督を務めており、書いてる本の傾向や経歴が美輪和音とよく似ているのに注目。

代表作『暗黒女子』はミッション系女子高の文学サロンを舞台に、カリスマ的人気を集めた女生徒の不可解な死を、サークルメンバーが推理するミステリー。

信用ならざる語り手ものの醍醐味を知りたい方はぜひ読んでください。

秋吉理香子のおすすめ本5選!『暗黒女子』が映画化でブレイク!?

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今や「イヤミス」の旗手として、コアなファンを獲得している秋吉理香子。多くの引き出しを持ち、そして人間の心の闇を克明に描き出す……そんな秋吉理香子のおすすめの5作品をご紹介します。

著者
秋吉 理香子
出版日
2016-06-16
著者
秋吉 理香子
出版日
著者
["秋吉 理香子", "兄崎 ゆな"]
出版日

続いておすすめするのは服部まゆみ『この闇と光』。

こちらはゴシックな雰囲気の傑作ミステリーで、『ストックホルムの羊』と構造の類似を挙げる読者もいます。物心付いた頃より暗闇の中で生きてきた盲目の王女・レイア。優しい父王に愛され、幸せに育ったレイアがやがて知る、残酷な世界の真実とは……。

美しい文体が紡ぐ箱庭の崩壊に、耽美なカタルシスが味わえます。

読書にハマる起爆本!叙述トリック5冊

読書にハマる起爆本!叙述トリック5冊

私は、大学に入るまで一切本を読まない少年でした。高校では、理数科という学科に通うほどの理系人間。推薦入試の際に「好きな本は?」と聞かれ、苦し紛れに「名犬ラッシー!!」と笑顔で叫んだほどの、微笑ましい少年でした。ふむふむ。 そんな私が読書にハマるきっかけとなったのが、叙述トリック本です。

著者
服部 まゆみ
出版日
2014-11-21
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