5分でわかる!発禁になったエログロ小説『芋虫』のネタバレあらすじ解説

更新:2023.7.9

猟奇的な作風で一世を風靡したミステリーホラー作家・江戸川乱歩。令和の時代でもなお熱烈な支持を受け続ける彼の、最大の問題作と聞いて何を思い浮かべますか? 今回は内容の過激さが祟り、発禁処分を下されるなど物議を醸した江戸川乱歩究極のエログロ小説、『芋虫』のあらすじをネタバレ解説します。

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『芋虫』の簡単なあらすじと登場人物紹介(ネタバレあり)

須永中尉は戦争の英雄として金鵄勲章を下賜された経歴の持ち主で、誰もが立派な軍人だと褒めそやします。しかし戦争から帰還した中尉は四肢を欠損しており、妻の時子の介護がなければ生きていけない不具の体に成り果てていました。

さらには戦場で受けた傷のせいで感覚機能の大部分が麻痺し、目や体の一部を動かすか、口に銜えた鉛筆でカタコトの文字を書くしか自分の意思を伝えられません。

現在は元上官である鷲尾少将の離れを借り、妻・時子の介護を受ける身。変わり果てた夫を献身的に介護する時子の姿は周囲の涙を誘い、鷲尾少将は彼女に会うたびその素晴らしい奉仕精神を讃え、労いの言葉をかけました。

当初は鷲尾少将の称賛を心地よく思っていた時子ですが、夫婦関係の変化に伴い、後ろめたさを感じています。それというのも時子には、世間に見せているのとは別の顔があったのです。

離れで二人きりになるやいなや中尉は時子の肉体を激しく求め、時子もまたこれに応えます。時子は芋虫さながら醜い肉塊に変貌した夫に嫌悪を抱きながらも、倒錯した情事に溺れ、やがて自分から迫るように。

自由に動けないもどかしさから夫が暴れた時には、自ら挑んで主導権を握り、互いの肉体を貪り合いました。そんな日々が続くうちに賢夫人で通っていた時子の嗜虐性が開花し、夫を責め苛むようになります。

どうしてこんな事になってしまったの。昔はよかったのに……。

時子は内地の病院で夫と再会した時のショックを回想し、以前は頻繁に見舞いに訪れた知人や近所の人たちが次第に来なくなり、夫が世間から忘れ去られてしまった事を嘆きました。

中尉自身も著しい無気力状態に陥り、自分の武勲を報じた新聞記事にすら興味を示さなくなります。その代わり食欲と性欲が高まり、昼夜問わず時子と交わって慰めを得るものの、未だ理性と本能がせめぎ合い苦しんでいるのが見てとれました。時子は夫の苦悩する様に欲情し、ますますもって責め立てます。

ある夜目覚めた時子は、天井を見上げ考え込む中尉の様子にむらむらし襲いかかりました。その際睨み返されたのに逆上し、「なんだいこんな目!」と叫び、衝動的に両目を潰してしまいます。

血の涙を流し悶絶する中尉の姿に狼狽した時子は、医者を呼びに夜道を走りながら、夫を完全なる肉の塊に……文字通りの肉奴隷にしたかった、自分の願望に気付いて戦慄しました。

連れ帰った医者が痛み止めの注射を打って帰宅後、時子は中尉に縋り付いて謝罪し、その胸に「ユルシテ」と指文字をしるしました。されど中尉は無反応のまま……打ちのめされた時子は母屋に立ち寄り、鷲尾少将に長い懺悔をし、爛れた夫婦生活の秘密を打ち明けました。

しばらくしてから鷲尾少将と共に離れに戻ったところ、中尉の姿は消え、柱に「ユルス」とだけ書き付けられていました。直後……何かが這いずる音を聞いて離れを飛び出した二人が目撃したのは、巨大な芋虫じみた影が庭を横切り、古井戸に身投げする場面でした。

著者
江戸川 乱歩
出版日

傷痍軍人と妻の泥沼SM!鬼才・江戸川乱歩が描く夫婦愛の極北

『芋虫』は昭和四年に出版されました。当初『芋虫』が連載された雑誌『新青年』の編集長が、タイトルに面白みがないと指摘し、『悪夢』に改めました。のちに本にまとまる際、乱歩本人が「悪夢のほうがよっぽど味気ない」とし、『芋虫』に直した経緯があります。

『芋虫』の見所はなんといってもエログロの極致といえる濃厚な情交の描写。しかも虐げられる側が四肢欠損した傷痍軍人というのですから、当時としても大変攻めた内容であり、案の定物議を醸しました。

本作は時子の独白の形で進み、戦争の英雄と貞淑な夫人の倒錯した夫婦生活が赤裸々に語られていきます。

もとの須永中尉は立派な軍人でした。しかし戦争で手足を失い、感覚機能の大部分も麻痺し、夫人の介護なくして生きられない身の上と化してしまいます。

ここで力関係が逆転しました。

本作最大の悲劇は、須永夫妻が獣に堕ちきれなかった点ではないでしょうか。

醜い芋虫と化した須永中尉はそれでもまだ一握りの理性を残し、夜這いを仕掛けた時子に反抗を試みます。夫への仕打ちに内心後ろめたさや罪悪感を覚えていた時子は、自分を諫めるような中尉の態度にカッとし、両目を潰す暴挙に出ました。

時子が本当に理性を失っていれば、ここで夫を殺し、証拠隠滅することもできたはず。前提として二人が生活を営む離れは密室であり、訪れる人も見ている人もいないのですから、単に介護から解放されたいだけなら殺してしまえばよかったのです。

しかし彼女はそうせず、夫を傷付けた後は慌てて医者を呼びに走り、中尉に縋り付いて許しを乞うのです。須永中尉が理性と本能の間で葛藤していたように、時子もまた良心と快楽、夫への愛情を秤にかけ苦しんでいた事実が浮かび上がります。

だからこそラストの須永中尉の選択が、悲愴な余韻をもって胸に迫るのでした。

エログロ方面の過激描写ばかり注目されがちですが、須永夫妻の間に確かな愛情が存在していたからこそ、『芋虫』が不朽の名作として語り継がれているのは強調したいです。

著者
江戸川 乱歩
出版日

『芋虫』は何故全削除されたのか?当時の世相を深掘り

『芋虫』はもともと改造者の雑誌『改造』の依頼を受け、乱歩が書いた短編でした。しかし内容が反軍国主義的であること、加えて金鵄勲章を貶める描写が問題視され、掲載拒否の憂き目にあいます。

金鵄勲章とは嘗て制定されていた日本の勲章の一種で、戦争で武勲を立てた陸海軍の軍人に授与されました。

当時(昭和四年)の日本の世相は緊迫していました。前年にあたる昭和三年には中国で張作霖暗殺事件が起き、日本国内では大量の共産党員が検挙され、国全体が第二次世界大戦に向け動き出していました。

そんな時代に金鵄勲章持ちの軍人が障害者となり、夫人に凌辱される小説を発表した、江戸川乱歩の度胸はすごいですね。『改造』に掲載を断られた『芋虫』は『新青年』にて発表の場を得たものの、検閲の結果伏せ字だらけになり、当時の編集長が遺憾の意を表明しています。

第二次世界大戦がはじまるとさらに当局の取り締まりは激化。

江戸川乱歩の小説の多くが一部内容を削除されるなど検閲を受けますが、『芋虫』は全削除。

国を挙げて戦争に取り組む中で、『芋虫』のあまりに凄惨な描写や救いのない結末は、出征する側と送り出す側、双方の国民に悪影響を与えると見なされました。

一方、傷痍軍人の多くが『芋虫』と同等かそれ以上に悲惨な末路を辿ったのは語られざる歴史の真実。

勲章を授与された須永中尉でさえ自害を選ばざる得なかったのですから、戦争で負った障害と国の補償の釣り合いがとれない一般兵たちが、戦後どれほど過酷な暮らしを強いられ、世間に白眼視されたかは想像に難くありません。

あなたがもし須永中尉や時子だったら、薄情な世間を恨み、健常者を呪いたくなりませんか?

最大の戦犯は誰か、人間と肉のかたまりを分け隔てる尊厳は何なのか……けだものに堕ちるのをよしとせず、妻を庇って自害した須永中尉の高潔な最期は、現代を生きる我々に問題提起をしているように思えてなりません。

江戸川乱歩のおすすめ作品15選!長編から中短編、代表作まで一挙にご紹介!

江戸川乱歩のおすすめ作品15選!長編から中短編、代表作まで一挙にご紹介!

稀代の推理小説家として、国内外に多数のファンを持つ江戸川乱歩。数々の作品がメディア化され、日本の小説界に欠かせない存在となっています。読み応えたっぷりの長編から、心に残る極上の中短編まで、数々の傑作を生み出し続けた江戸川乱歩の作品をご紹介します。

著者
["江戸川 乱歩", "丸尾 末広"]
出版日
2009-10-26

『芋虫』を読んだ人におすすめの本

『芋虫』を読んだ人にはフランツ・カフカの『変身』をおすすめします。

『芋虫』における芋虫は比喩でしたが、こちらでは主人公のグレゴール・ザムザが本物の毒虫に変身します。突如として不条理な状況におかれた戸惑いや混乱もさることながら、同居する家族にネグレクトされ、環境が荒んでいく過程が克明に描かれ、『芋虫』とはまた違った後味の悪さに打ちのめされました。

フランツ・カフカのおすすめ名作5選!『変身』だけじゃない!

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フランツ・カフカは説明のつかない不条理なできごとを現実に絡めて書く20世紀を代表する作家です。そのある種の実験的ともとれるカフカの手法は以降の名だたる作家たちに影響を与えました。現実から夢の世界へと転落するような経験ができます。

著者
フランツ・カフカ
出版日
1952-07-28

続いておすすめするのは耽美な筆致で知られる皆川博子の代表作『死の泉』。

こちらはナチスドイツの生体実験を扱った小説。

『芋虫』の須永中尉は戦時中の怪我がもとで障害者になりましたが、『死の泉』ではナチス主導の人体実験が数多くの奇形を生み出しており、歪な美を求めるあまり悪に堕ちた、人間の業の深さに戦慄を禁じ得ません。

皆川博子おすすめ作品5選!ミステリーと幻想小説好き、集まれ!

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2015年に文化功労賞を受賞したことを機に一気に注目を浴びた皆川博子。興味はあるけどどの本から読めばいいかわからないという方のために、おすすめ作品の見所についてまとめてみました。本格ミステリーや幻想小説が好きな方は要チェックの記事ですよ!

著者
皆川 博子
出版日
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