レーニンを理解する上で欠かせないのは、マルクス主義の基本的な概念です。 意外と知られていない事実ですが、マルクス主義は資本主義の発展を前提としています。資本主義の発展によって生産力が向上し、労働者階級が成熟することで、最終的に社会主義へと移行すると考えたのです。しかし、当時のロシアでは資本主義は未発達であり、マルクス主義者から見ても社会主義革命が起こるべき状況ではありませんでした。この歴史的、社会的背景を踏まえて、レーニンの思想と行動を理解するべきでしょう。 今回の記事では、レーニンを理解するためマルクス主義について説明したいと思います。
20世紀の歴史は、1917年のロシア革命で始まり、1989年のベルリンの壁の崩壊で終わったと言えます。1917年のロシア革命は「マルクスに反した革命」とも呼ばれています。
その理由は、マルクス主義の考え方では、社会主義革命は資本主義が十分に発展した後に起こるべきだとされているからです。しかしロシアは1917年時点で資本主義が発展していなかったため、マルクス主義から見ると「革命が早すぎた」ことになります。
マルクス主義に従うと「資本主義が発展していない社会では、社会主義革命が起こることはない」と考えられていました。それにも関わらず、資本主義が発展していないロシアで社会主義革命が起こったため、マルクス主義の予測に反する「早すぎた革命」だったという指摘ができるのです。
人が争う背景には主に2つの理由があります。
・同じ欲求:人々が同じものを欲するとき、たとえば特定の物や資源です。
・稀少性:「特定の物や資源」が限られている、つまり十分に存在しないとき。
もし私たちが同じものを欲しがらなかったら、争うことはないでしょう。また、欲しいものが無限にあるような場合、たとえば空気をめぐって争うことはありません。なぜなら、私が取っても他人の分が減ることはないからです。
人間は基本的に同じ生物なので、欲しがるものも似ています。例として、異性、財産、権力などがあげられます。これらの存在は限られているため「どう分けるか」という問題が出てきます。この問題を解決するために、結婚のルールや経済のルール、政治の制度などが生まれてきました。
社会とは、このような限られた資源をどう分配するかを決めるシステムのことを指します。今回は、とくに「稀少性」に焦点を当てて考えてみましょう。
私たちが争う原因は「財産の稀少性」にあります。この争いを減少させるための方法は大きく2つ考えられます。
・分け合う: 限られた財産を公平に分け合うことで、みんなが満足するようにする方法です。実際、古代の社会ではこの方法で問題を解決してきました。人類学者の研究からも、このような事例が多く報告されています。ただ、この方法は家族や親しい人たちの間でしかうまくいきません。歴史が証明していますが、知らない人と物を分け合うことはとても難しいのです。
・財を増やす: 争いの根本的な原因である「財産が足りない」という問題を解決するために、もっと多くの財産を生み出す方法です。
要するに争いを避けるためには、2つの方法が考えられます。「公平に物を分け合う」もしくは「全体の財を増やしてみんなが満足できるようにするか」です。
社会全体の財産や所得を「パイ」と考えると、その大きさは国内総生産(GDP)で示されます。このパイを人口で割ると、一人当たりの所得が計算できます。つまり、GDPが増えると、一人当たりの所得も増える可能性が高まります。
人々の生活が向上すれば、社会的な緊張は減少し、争いも少なくなります。財産の分配が平等でなくても、GDPの総量が増えれば、一人当たりの財産(所得)は増加します。
たとえ貧しい人々にGDPの10%しか分配されないとしても、100の10%は10ですが、1000の10%は100となります。幸せな社会を築くためには、分け合うのではなく、財産(パイ)を増やすことが大切です。そうすることで、人々の生活は向上し、社会も平和になるでしょう。
これを「パイの論理」と言います。そして、パイを増やすためには、生産力の向上が必要です。社会組織をより効率的にし、技術の進歩を実現することが求められます。
経済的な資源(パイ)の量が固定されている場合、ある人々の状況を改善するには、他人の生活を犠牲にする必要があります。Aさんが多くのパイを取れば、Bさんの分はそれだけ減ってしまいます。こうしたバランスの不均衡は対立を生み、社会の分断を深めることになります。一方の幸福が、他方の不幸につながるからです。
マルクスやエンゲルスは、社会の生産力がまだ十分でない時、階級の違いや権力の争いは避けられないと考えました。なぜなら、限られた「パイ」を手に入れるためには、力を使って他者を支配する必要があるからです。
しかし、もし「パイ」が大きくなれば、みんなが十分に取れるようになり、争いが減少する可能性があります。だから、私たちが目指すべきは「パイ」を大きくすることです。この考えは、経済学者のスミスとマルクスの共通の意見として知られています。
資本主義は、民間企業による自由競争を通じて、財が生産・分配されるシステムです。この資本主義が、人類史上初めて、パイの大きな拡大を実現しました。そのため、マルクスは資本主義を高く評価しています。しかし、マルクスの考えでは、資本主義による経済の成長(GDPの拡大)には限界があります。民間企業のシステムでは、大きく成長した生産力を適切に管理することが難しく、経済恐慌や不況が発生し、失業が生じると考えたのです。
社会主義は、私企業を社会的に所有(公有化)し、自由競争を計画経済に変えます。この変革により、経済は再び成長を始めるでしょう。技術は進歩し、生産過程は自動化され、人間の労働があまり必要なくなる時が来るでしょう。生産力が向上すると、少ない労働時間で多くの財を生産することが可能になります。人々はそれほど働かなくても大丈夫で、休日が増え、所得も増加し、生活は豊かになるでしょう。
例えば、現在10人が毎日8時間働いて、100の財を生産するとします。一人当たりの所得は10です。次に、技術革新により、1000の財を生産できるようになったとしましょう。所得は一人当たり100となります。しかし、労働時間を4時間に減らしても、500の財を生産できる場合、所得は一人当たり50となります。労働時間が短くなっても、所得は増加します。技術がさらに進化すれば、月に数時間の労働だけで豊かな生活が手に入るでしょう。技術がさらに進むと、人々は働く必要がなくなるかもしれません。豊かな財と自由な時間、これはマルクスが描いた未来社会のビジョンです。
マルクス主義では、資本主義の発展には以下のようなプラスの効果があると考えられています。
このように、マルクス主義では資本主義は社会主義への必要な段階と位置づけられています。資本主義の発展無しには社会主義は実現不可能と考えられているのです。
マルクスは、後進国では資本主義を発展させる必要があると考えていました。その上で、はじめて社会主義への道が開けると主張したのです。当時のマルクス主義者から見ても、ロシアはまだ資本主義すら確立していない後進国でした。したがってロシアで社会主義革命が起きることは、マルクスの理論から予想できない出来事だったのです。
ところが1917年、後進国のロシアで予期せぬ社会主義革命が発生しました。この出来事はマルクスの理論を覆すもので、マルクス主義者を驚かせる結果となりました。ロシアのような後進国で、マルクスの理論上「時期尚早な」社会主義革命が生じたことは、マルクス理論の限界を露呈することにもなったのです。
レーニンの話は、ここから始まるのです。
マルクス(2016)『資本論 第一部草稿』(森田成也訳)光文社
- 著者
- ["マルクス", "森田 成也"]
- 出版日
本書は、カール・マルクスの代表作「資本論」の初期草稿です。本書は「資本論」第一部「資本の生産過程」に相当する部分の原型となった草稿集です。
本書では、資本主義の根幹を成す資本家による労働者の搾取、剰余価値の獲得といったメカニズムが詳細に分析されています。マルクスは資本主義経済の仕組みを科学的に解明し、資本家と労働者の対立関係を明らかにしています。
「資本論」の内容を深く理解したい人にとって、本書は不可欠の入門書と言えます。マルクスの資本主義批判の原点に迫ることができる貴重な文献です。資本主義と労働を考える上での基本文献として、ぜひ読んでみることをオススメします。
トロツキー(2007)『レーニン』(森田成也訳)光文社
- 著者
- ["レフ・トロツキー", "森田 成也"]
- 出版日
本書はトロツキーが1924年に書いた伝記で、ロシア革命の指導者ウラジーミル・レーニンの生涯を描いたものです。
トロツキーはレーニンの親友かつ同志でしたが、のちに考え方の違いから対立することになります。そのため、レーニンに対するトロツキーの複雑な思いが反映された伝記になっています。
レーニンの政治家としての多面的な人格、ロシア革命やソ連建国の舞台裏が描かれており、当時の状況を知る上で重要な書と言えます。マルクス主義の歴史を学ぶ際には必読の一冊です。
猪木正道(2020)『ロシア革命史 社会思想史的研究』KADOKAWA
- 著者
- 猪木 正道
- 出版日
なぜ後進国であるロシアで社会主義革命が成功したのかを、第一次世界大戦下のロシア情勢から説明した画期的な書籍です。
マルクス主義は、社会主義革命が先進資本主義国で起きると考えていました。しかし1917年、ロシアで革命が成功します。著者の猪木氏は「戦争で疲弊したロシアの反戦世論(厭戦気分)が決定的だった」と分析しています。
社会状況次第で後進国でも革命が成立しうることを示し、マルクス主義の「発展段階説」の限界を浮き彫りにしたのが本書です。ロシア革命の意義を考える際、ぜひ参考にするべき一冊といえるでしょう。