『資本論』を執筆し、現代の経済学を築いた重要な人物として名を残すマルクスですが、今回はそんな経済学の他にも、彼が生涯で発表し続けてきた様々な分野に関する思想について知ることの出来る書籍をご紹介したいと思います。
カール・ハインリヒ・マルクスは、1818年に現在のドイツであるプロイセン王国のトーリアという町で、優秀な弁護士として活動する父のもとに生まれました。
マルクスは小学校には通っていませんでしたが、父や、父の経営する法律事務所の職員による家庭内教育を受けており、当時の子供の中でも突出した環境で教育を受け、優秀な成績でギムナジウムという中等教育機関へ進学します。
ちょうどその頃、フランスでの7月革命が勃発すると、その余波により世界中で反政府活動が起こり始めました。
政府は反政府活動への監視を強化し、様々な政治的弾圧とともに、マルクスの通っていたギムナジウムの数学教師もまた、革命的であるとして処分を受けるなどの出来事があり、マルクスは若くして政府の弾圧を目撃し、政府に対する疑念を持ち始めました。
学業は真面目に継続し優秀な成績で大学へ進学すると、父と同じ法学を学び始めるのですが、法学よりもローマ法の持つ哲学性に熱中し、哲学に最も強い関心を持つようになり、卒業の際も法学ではなく、哲学の博士号を取得しています。
卒業後は、時にはジャーナリストとして、そして時には新聞の編集長として、様々な媒体において彼の過激ともとられかねない思想を発表し、逃亡するように各地を転々と移動しながら活動を続け、そのような活動を通じて触れた様々な思想をもとに、後に続く共産主義思想を培うことになったのです。
そして、1862年にドイツ人共産主義者の連絡組織「共産主義通信委員会」を発足すると、それ以降は資本主義を批判し、新たな共産主義を生み出すための思想家として活動していくこととなりました。
マルクスと言えば共産主義体制の発明者と思われがちですが、実は共産主義はマルクスよりもずっと昔から存在していたものでした。
古い共産主義体制はすでに瓦解し、資本主義体制が到来していた時代に彼が提唱していたものは、資本主義として個人の自由や自律を尊重しながらも、共産主義の特徴である私的所有の否定を織り込んだ全く新しい科学的社会主義と言われています。
彼がパリで編集長として出版した『独仏年誌』への寄稿は、国家への批判から宗教問題に触れ、危険人物として警察による逮捕声明が発せられてしまった為、パリから脱出しなくてはならなくなりました。
さらに、その後ケルンにおいて発行した『新ライン新聞』の内容についても、革命的で危険な主張であると取られ、発行の際に軍から何度も妨害を受け続け、彼はケルンからも亡命することを決めます。
幼いころから成績優秀であり、中等教育機関においても特に顕著な成績であると評されたマルクスですが、ボン大学に進学した頃から急に素行不良が目立つようになります。
酒を飲んで授業をさぼったり、人に暴力を振るうようになったり、時にはピストルの所持によって逮捕されたりと、以前の彼では信じられないような行動の数々は、19歳の頃から、その後生涯に渡って続くことになりました。
過激ともとられる思想や独裁的な政治活動により、常に危険人物として伝えられるマルクスですが、その一方非常に家庭的な人物として知られており、どんな困窮の時にも妻の衣服には金を使い、家族に接するときは非常に優しく、7人の子供たちや孫にもとても愛されていた人物でした。
大学時代の浪費と放蕩を繰り返す生活の中でマルクスは多額の借金を抱え、父に借金の相談をする手紙や、父からの説教が綴られた手紙が現在も残されています。
父は早く一人前の法律家として活動することを望み、資金の援助を惜しみませんでしたが、マルクスはそんな仕送りもほぼすべて、ナイトクラブやパブでの遊びに使ってしまいました。
世界情勢が不安定であった1847年、ロンドンで発足した共産党主義者同盟が声明を出すことになり、その原案を依頼されたマルクスと、当時、共に行動していたエンゲルスにより共同で書かれたのが『共産党宣言』です。
近代社会の教科書にも掲載されるほどに歴史的価値が高く、後年世界中で巻き起こる社会主義運動の出発点であったとも言われています。
- 著者
- ["マルクス", "エンゲルス"]
- 出版日
- 1971-01-01
「ヨーロッパに幽霊が出る。共産主義という幽霊である。」 (『共産党宣言』より引用)
という有名な一文から始まる本書は、働きもせず大きな財産を手にする富豪から、今日のパンを手に入れるために必死に働く労働者まで、あまりにも大きな格差を生み出してしまった資本主義社会を真っ向から批判し、新たなる共産主義社会を目指すべきである。という強い主張のもとに書かれました。
その内容から、少々過激な主張ととられがちですが、本書を通じてマルクスは、生産性が拡大したことに合わせて、使う側、使われる側という階級社会が発展していったが、同じ人間でありながら身分に差が生じるのは自然的ではなく、この社会のひずみによって、再び共産主義社会が訪れる。
という、しっかりとした理論の元で主張しており、読み進めていても、スムーズにその主張を理解することが出来ます。
人間の歴史を知るうえで欠かせないほどの重要性を持つ『共産党宣言』。一度手に取って読んでみると、現代にも続く貧富の差がとても大きな問題であると理解することが出来ます。
その過激な主張や出版活動によって、思想家であるとか革命家のような扱いを受け続けた生涯でしたが、今現在のマルクスの名前は、哲学者として、そして偉大な経済学者として伝えられています。
マルクスが偉大な経済学者として名を残すことになった最大の理由と言えるのが本書を執筆したことと言えるでしょう。 その重要さゆえに、今では初版の第一部がユネスコの世界記憶遺産として登録されているほどに歴史的価値を有する作品が、この『資本論』です。
- 著者
- マルクス
- 出版日
- 1969-01-16
共産主義の啓蒙活動や、その新たなる発展に生涯を注いできたマルクスですが、その遺作となり、そして、のちに最高傑作と呼ばれる作品は意外にも共産主義思想とは全く逆の、資本主義社会について執筆したものでした。
ですが、決して資本主義に賛同したものではなく、マルクスが提唱した「問題の多い資本主義社会はいずれ崩壊し、必然的に社会主義へと転化する。」という理論を証明するために、彼自身が実にその半生を費やしてまで行った、資本主義経済の分析の集大成と言える内容になっています。
資本の生産過程の研究から始まる本書は、資本の根源となる商品の価値とは、生産するために費やされた時間であると定義し、それを販売し富を得る雇用者と、実際に生産する労働者の関係を分かりやすく分析し、第二章、第三章へ続く資本主義経済の問題点の指摘へと発展していきます。
経済を学ぶ上では、まず、最初に手に取らなくてはならないと言われているほどの一冊ですので、マルクスが残したその内容はきっと、今後の資本主義社会を生き抜いていくために必要な知識となってくれるでしょう。
人間が労働するという事はつまりどういうことなのでしょうか。
当たり前の考えとして、人間は労働することによって賃金を獲得し、その賃金で生活を営む為であると考えることが出来ますが、マルクスはそういった労働、そして労働者の在り方にも問題があると指摘します。
労働者としての人間の在り方を経済的に、そして哲学的に分析したのが、この『経済学・哲学草稿』です。
- 著者
- マルクス
- 出版日
- 2010-06-10
例えば、あなたがある商品を作る労働者だとして、一生懸命に商品を作るとします。 一生懸命に働いたことにより、たくさんの商品を作ることが出来ますが、資本主義経済というものは需要と供給のバランスで成り立っています。
一生懸命にたくさん作ったことにより、社会はあなたの商品であふれ、商品は余ってしまい、今度は誰もあなたの商品を購入しなくなることでしょう。
そうなると、一生懸命に働いたはずなのに、あなたは仕事を失ってしまうことになるのですが、これこそが、マルクスが最初に提唱した資本主義社会においての労働者に対する問題点です。
そんなマルクスが指摘する労働者の問題点は、従来の経済学であれば、経済の循環や淘汰などという用語を用いて、自然の摂理として仕方ないという事で終わらせてしまいますが、本書はその反証として、哲学を用い「それは人間としてどうなのか。」と問いかけて発展していきます。
資本主義経済から哲学への批判と、哲学から資本主義経済への批判、その両面から経済を分析し答えを導いていく本書は、経済に関する書籍でありながらも、人間としての当たり前の感情を用いて解説されているため、初めて経済に触れるという方でもとても分かりやすく読んでいける一冊です。
マルクスの作品の中で、『資本論』、『共産党宣言』と並んで代表的な著作として有名なのが、この『経済学批判』です。
全6章から成る予定であった『経済学批判』は、そのうち、実際に出版された2章までの内容で構成されていますが、マルクスが資本主義経済へ分析を通じて初めて問題定義を行った作品として、今もなお語り継がれることになりました。
- 著者
- カール・マルクス
- 出版日
- 1956-05-25
本書は、経済学が使用している経済的な定義を分析し、批判することにより、資本主義経済が成立するシステムを批判することを目的として執筆されました。
そして、本書の内容である、商品と貨幣への問題定義は、後にマルクス本人によって再構成され、『資本論』というマルクス思想の集大成の作品へと継がれていきます。
原文は少々難解な内容であったのですが、訳者によって理解しやすいように構成され、更に、より理解が深まるようにとマルクスの著作である『経済学批判要綱』より、経済学批判への序説の部分が追加で転載されました。
マルクスが生涯を通じて行った、資本主義への批判という活動の根幹を知ることが出来る書籍として、マルクスを学び始める第一歩として選んでほしい一冊です。
政治を、そして資本主義経済を批判し、共産主義を啓蒙するマルクスが行ってきた活動は、危険な思想を含んでいるとして、生涯を通じて常に様々な妨害を受け続けました。
マルクスが初めて編集長となり出版した『独仏年誌』に寄稿した、『ユダヤ人問題によせて ヘーゲル法哲学批判序説』もまた、その内容から危険思想であると判断され、祖国から逮捕命令が出されるほどの問題に発展し、彼はパリからの逃亡を強いられてしまいます。
- 著者
- カール・マルクス
- 出版日
- 1974-03-12
当時の社会情勢として、マルクスの母国であるプロイセンでは、そこに住むユダヤ人は社会的にも、経済的にも地位が低く、常に差別的な扱いを受けていました。
そのような境遇であるユダヤ人への政治的解放、差別の根絶を成し遂げようとしたドイツの哲学者ブルーノ・バウアーは、ユダヤ人の宗教問題に着目し、ユダヤ人が政治的に解放されるためには、彼らが信仰するユダヤ教を棄教するべきであると述べ、現在の世俗国家は、もはや宗教が大きな権力を有していないと主張します。
そういったバウアーの主張に対し、宗教の影響は目に見えていないだけで、当時の最先端であるアメリカにおいても、未だ宗教は絶対的な権力の一つであると真っ向から反論し、国家が成立する前提条件として宗教が存在している。と主張したのが本書です。
本書の執筆時点ではマルクスは共産主義思想を持っていないばかりか、本書は他の活動家の主張に対する批判論文であり、経済学には何の関連もないように見えますが、本書の執筆を通じて、マルクスは政府への、そして経済への問題意識を強めることとなりました。
バウアーの論じたユダヤ人という人種にとらわれず、経済的に不平等な立場を強いられている人々の存在に関心を持ちはじめ、後の資本主義経済批判へとつながるマルクス思想が生まれた瞬間であり、本書は、その思想を学ぶ上で欠かすことの出来ない重要な書籍として、世界中で読まれています。
以上、マルクスの経済学を語るうえで欠かすことの出来ない5冊を紹介させていただきました。政府による弾圧を受けながらも、より良い世の中を目指して執筆活動を続けた彼の書籍は、経済学書でありながらも、どれも世界中の幸せを願い書かれています。そんなマルクスの思想に触れ、今後に役立てていただけたら幸いに思います。