少女小説研究の第一人者である嵯峨景子先生に、その月に読んだ印象的な一冊を紹介していただく『今月の一冊』。24回目にお届けするのは2024年6月に亜紀書房から発売された『「JUNE」の時代 BLの夜明け前』です。BLという文化がどのように生まれ、育ってきたのか。元祖BL雑誌である「JUNE」の歴史をまとめた一冊の魅力を語っていただきます。
「嵯峨景子の今月の一冊」も第24回を迎えました。今回は2024年6月刊行の佐川俊彦『「JUNE」の時代 BLの夜明け前』(亜紀書房)をご紹介します。
- 著者
- 佐川 俊彦
- 出版日
本書は1978年に創刊された伝説の雑誌『JUNE』の生みの親であり、長年編集長を務めた佐川俊彦による回想録です。『JUNE』という雑誌の名前を聞いたことがない人でも、BL(ボーイズラブ)という言葉はご存知の方が多いと思います。『JUNE』はBLというジャンルが誕生するはるか以前に、美少年や美青年による「男性同士の愛」をコンセプトに展開した雑誌でした。
『JUNE』が誕生した1970年代後半は、1975年のコミックマーケットの開始や、1977年の日本初のアニメ雑誌『OUT』創刊など、同人文化やサブカルチャー方面でも大きな動きがあった時期でした。また70年代には萩尾望都や竹宮惠子など、「24年組」と呼ばれる少女マンガ家たちが頭角を現し、「少年愛」をモチーフにするなど革新的な作品を次々と発表していきました。
1954年生まれの佐川俊彦は、少女マンガも愛読するマンガ好きで、大学ではワセダミステリクラブ(WMC)に入り、批評同人サークル「迷宮」やサークル「楽書館」にも出入りをするという青春をおくります。そしてWMCの先輩の紹介で『JUNE』の版元であるサン出版(現マガジン・マガジン)にアルバイトとして行くようになりました。サン出版は「エロの総合出版社」とも呼ばれ、官能雑誌やゲイ雑誌などさまざまな雑誌を出している版元です。当時は業績が右肩上がりで社長がさらに広げようと新しい企画を社員に求め、アルバイトだった佐川が「女性向けのエロ雑誌」という名目で企画を出したのが、雑誌『JUNE』の始まりでした。
佐川が企画したのは、24年組の少女マンガが好きな女性をターゲットにした、男の子同士の恋愛をファンタジーとして描くマンガ雑誌でした。ですが当初はこのコンセプトが理解されず、企画も却下されてしまいます。いまでこそ男性同士の恋愛を描くBLは市民権を得ていますが、『JUNE』が創刊された1970年代後半はこうしたジャンルが認知されておらず、「男性同士=ゲイ」という認識しかありませんでした。さまざまな苦労を経て雑誌『JUNE』が創刊される経緯や、少女マンガや同人文化の影響を受けながら手探りで作り上げた誌面の詳細は、『「JUNE」の時代』の最大の読みどころです。BLに興味のある人のみならず、日本のオタク文化やポップカルチャーに関心のある人にとって興味深い記述がたくさんあります。日本のサブカルチャーの貴重な一面を記した証言集としても、歴史的・資料的価値の高い一冊といえるでしょう。
『JUNE』が打ち出したコンセプトの「耽美」はジャンルを象徴する言葉となり、広く普及しました。なお今年刊行されて話題を呼んだ周密『BLと中国 耽美をめぐる社会情勢と魅力』(ひつじ書房)を読み、中国ではBLが「耽美(ダンメイ)」と呼ばれており、そのルーツは『JUNE』であるのを知り驚きました。「耽美」の影響は国内だけに留まらず、海を越えた中国にまで及んでいるのが面白いですね。
- 著者
- 周密
- 出版日
私自身は『JUNE』のリアルタイム読者ではなく、大人になってから興味を持ち、古本で集めていったという後追い世代です。『JUNE』ではマンガや小説の他にも評論や映画、音楽などのコンテンツが幅広く取り扱われており、自分の興味関心と重なるジャンルがたくさん紹介されているカルチャー雑誌として楽しんでいました。マンガ専門誌というよりも、美少年や美青年にまつわる総合情報誌という誌面構成になったのも、必要に迫られた結果だったと『「JUNE」の時代』でその背景が語られています。マイナーな官能系の出版社で払える原稿料にも限りがあり、マンガで全部のページを埋めるのが難しい。そのために文字のコラムや情報ページを増やしたことにより、『JUNE』独自の誌面が生まれたのです。
『JUNE』に関わるさまざまな作家たちのなかでも、とりわけ大きな役割を果たしたのが竹宮惠子と中島梓でした。創刊号から表紙を手がけた竹宮惠子は1982年から「ケーコタンのお絵かき教室」というマンガ講座を開始し、投稿者の中には西炯子を筆頭に、プロのマンガ家になる人も出ました。『JUNE』のブレインでもあり、さまざまなペンネームを駆使して寄稿していた中島梓も「中島梓の小説道場」を主催し、ここから多くの作家が商業デビューします。
このようなかたちでマンガ家や小説家を育てた背景には、大手のマンガ雑誌とは違って予算が少ない『JUNE』では、自前の新人作家を育てる必要があったという事情も絡んでいました。「『JUNE』の特徴は読者との共犯関係」だったと佐川が指摘するように、『JUNE』では他にもさまざまな素人の投稿欄が設けられており、盛り上がりをみせました。また佐川が始めた「カセットJUNE」は日本で初めての男同士のボイスドラマであり、現在のBLCDの先駆けという意味でも『JUNE』は大きな役割を果たしています。
読者に育てられると同時に、読者を育てていった『JUNE』。その多様な展開と軌跡をたどることができる刺激的な一冊です。佐川俊彦はこれまでも『JUNE』に関するインタビューをたびたび受けていましたが、その集大成ともいえる内容が単行本としてまとまったのは、資料的にもとてもありがたいことです。かつて『JUNE』を読んでいた人も、今回初めて知った人も、ぜひこの本を通じてBLやサブカルチャーの前史を知り、ジャンル黎明期の熱い息吹に触れてみてください。
- 著者
- 佐川 俊彦
- 出版日