『ざつ旅-That’s Journey-』は「電撃マオウ」で連載中の作品です。漫画家志望の女子大生がSNSのアンケートで行き先を決めるという、出たとこ勝負で行き当たりばったりなゆるい旅行漫画。実在の名所を巡るので聖地巡礼が盛んです。 「次にくるマンガ大賞」に2年連続でノミネートされたこともある本作は、2025年4月からTVアニメもスタートしました。どういったところが人気で、何が面白いのかを原作漫画の内容をもとにご紹介していきます。

『ざつ旅-That's Journey-』(以下、「ざつ旅」)は2019年から「電撃マオウ」で連載されている石坂ケンタの作品です。既刊は12巻で、最新第12巻は2024年12月に発売されました。
漫画家志望の女子大生がSNSで旅先の投票を受け付けて、ざっくりした指定でアテのない旅をするお話。旅先の出来事や経験がメインの旅行漫画ですが、日常系に近いゆるい要素も入っています。
無計画に旅する設定からわかる通り、タイトルの「ざつ」とは「雑」で意味はそのものズバリ「雑な旅」。同時に英語の副題「That's」もかかっていて、行き当たりばったりで思いもよらない出会いをする作品の内容を指して、「それこそが旅」という意味にもなっています。
本作には派手な展開は一切ありません。旅行あるあるやとあるTV番組を意識した構成から、爆発的な人気を誇るというより、好きな人の間でじわじわ広まるタイプの作品です。とはいえ漫画としての面白さは確かで、2019年と2020年には人気漫画の登竜門「次にくるマンガ大賞」で2年連続ノミネートされました。
今では根強いファンを抱えるコンテンツに成長しており、「ざつ旅」のスピンオフ漫画が2本連載されています。2023年12月から連載されているメイドスキーの『ざつ旅 -Another Side View- 蓮沼暦の日常』と、2024年2月から始まった鈴ヶ森ちかの『あしたのあした』です。いずれも「ざつ旅」と同じ掲載誌「電撃マオウ」。
そんな盛り上がりを見せている「ざつ旅」ですが、TVアニメ化が決定して2025年4月から放送されています。
主人公の鈴ヶ森ちかは漫画家志望の女子大生です。大きめの賞を受賞して賞金100万円を振り込まれたばかりの期待の新星――なのですが、新作ネームの持ち込みはことごとく空振り。
落ち込んだ彼女は現実逃避気味に旅行を思いつき、なんとなくSNSで行き先を募集したところ、思わぬ反響があって本当に旅に行くことになりました。無計画な旅はひたすらに新鮮で、気分のリフレッシュに成功。
それ以来、彼女は煮詰まるとSNSで雑に行き先の投票を飛びかけては、ふらっとアテのない旅に出ることにハマってしまうのでした。
主人公は漫画家を目指す女子大生の鈴ヶ森(すずがもり)ちか。つり目とセミロングの髪が特徴で、漫画家を意識してかちょくちょく被っているベレー帽がトレードマークです。
漫画雑誌の賞での受賞経験があり、商業デビューこそしていませんが実力はあります。ストーリーが進むとプロになるのですが、連動して実際に鈴ヶ森ちか名義の作品が発表されました(連載中の『あしたのあした』もその1つ)。
物語開始当初は、持ち込みネームが全ボツされるなど伸び悩んでいました。そしてそんなスランプ状態を見かねた編集者のアドバイスがきっかけで、SNS頼りのノープラン旅行をするように。
「ざつ旅」は基本1人旅ですが、たまに友人を伴って賑やかな旅行をする場面も出てきます。
そんな友人の1人が蓮沼暦(はすぬまこよみ)です。ちかが高校時代から親しくしている友人で、ニックネームは「ハッスー」。明るい色の超ロングの髪をポニーテールにしており、八重歯がチャームポイントです。スピンオフ『ざつ旅 -Another Side View- 蓮沼暦の日常』の主人公。
暦はやや思い詰めがちでインドアなちかとは逆に、自由奔放な性格でアウトドア派です。タイプの違う2人ですがかなり気は合うらしく、2人旅だとちかがいつもよりリラックスしてくだけた感じになります。
鵜木ゆい(うのきゆい)はちかおよび暦の高校時代の後輩。2つにした長いお下げ髪と眼鏡がトレードマークです。
ゆいは先輩2人より理知的で、特に強いのは歴史。旅好きで由緒ある場所に行く割りに歴史はからっきしなちかに代わって、歴史的建造物や文化財を解説してくれることもあります。
友人と知人の中間くらいの仲なのが糀谷冬音(こうじやふゆね)。SNSフォロワー3万人を超えるプロの漫画家です。ちかとは高校時代から親交のあり、漫画家志望の彼女に色々とアドバイスをしてくれていました。ちかからは「師匠」とも呼ばれています。
もとを正せば、フォロワーの多い冬音がちかのSNSの思いつきを拡散したのがすべての始まりだったりします。
天才型の漫画家なため人より感覚は鋭いものの、思いを言葉にするのが下手でコミュニケーションで苦労することがしばしば。
天空橋りり(てんくうばしりり)は冬音と同じくプロの漫画家。普段はクールビューティーで仕事に対してはストイックに取り組みますが、かなりの酒豪なため、旅先ではちょくちょく飲んでだらしない姿を見せます。
実は友人知人の中で作中での登場はもっとも早く、ちかが初めて旅した福島でニアミスしています。冬音の紹介でちかを知って、自分も旅するようになりました。
この他にも編集者やちかの家族がちらほら登場します。
現代で旅行と言えば目的地があるのが当たり前ですが、「ざつ旅」は毎回これといった目的はなく、旅することそのものを楽しむ作品です。大まかな旅の指針はSNS任せなので、行き先不明でどうなるのか毎回ワクワクさせられます。
このSNSの使い方も大きなポイントです。アンケート機能で東西南北など大まかな方向を提示し、投票数の多いところへ下調べせずに向かう形。ランダム性のおかげで、1人旅なのにサプライズのような感覚があるんです。
見る人が見ればわかりますが、これは北海道ローカル番組「水曜どうでしょう」の名物企画「サイコロの旅」のオマージュです。ちかが同番組のファン(もちろん作者も)だからこその行き当たりばったりスタイル。
さらに面白いのが、鈴ヶ森ちかのアカウント「@suzugamori2」が本当にX(旧Twitter)にあって、実際にアンケート募集をするところです。本作はフィクションなのに読者が登場人物の行き先に関与出来る、SNS連動型のドキュメンタリー漫画と言っていいでしょう。
作者の石坂ケンタが実際に現地に行った経験を踏まえて、観光地の感想ノートに本当にメッセージが残されていたり(ちかの名義で)、欄外でおすすめスポットを紹介したりと真似して旅に出たくなる仕掛けもたくさん。ファンがちかたちの足取りを辿って旅をする、いわゆる聖地巡礼の原動力にもなっています。
作中に立ち寄った場所やルートが明記されていますし、少し調べればインターネット上に「ざつ旅」で立ち寄った場所の情報が結構あるので、本作を読んで体がうずいた方はそれらを参考にして旅に出てみるのも面白いですよ。
出版社に渾身のネームを3本持ち込むも、全ボツを食らった鈴ヶ森ちか。半ば自棄で旅に出たいという思いに駆られた彼女は、好きな番組のサイコロ旅企画を真似て、SNSでざっくりした方角のアンケートをアップします。
3000票以上の投票があり、結果は「上の方」。思わぬ反響の後押しを受けて、ちかは漫画賞で得た賞金100万円を使って本当に旅に出ることを決意します。
行き先は日本地図の東京を中心として、「上の方」に当たる福島県の会津若松。駅の観光チラシで決める文字通りの見切り発車でしたが、ローカル線の乗り継ぎを含め片道約4時間もかけて、道中の風情も満喫したちゃんとした旅に。
見知らぬ名跡や名物巡り、温泉宿への飛び込み宿泊……。初めて経験する1人旅の醍醐味に、終始ウキウキと楽しむちかが印象的です。
建物の外観だけど描写したコマの宿の交渉シーン、1225段を登る苦行を経て「ありがたい」と悟る場面など、明らかに「水曜どうでしょう」を意識した小ネタがちりばめられていて思わず笑ってしまいます。
ちなみに豆知識ですが、ちかが「ここ好き」と大はしゃぎする和室の窓際のスペースは、「広縁」という縁側の一種です。元は各部屋を繋ぐ縁側の廊下だったのですが、プライバシー配慮で区切った結果、窓際のくつろぎ空間として残りました。
- 著者
- 石坂 ケンタ
- 出版日
アテのない旅を始めてから、ちかの作るネームはどんどん良くなっていました。その事実と彼女の好きな旅番組に着目した担当編集者・吉本翔子は、行き先不明の4択深夜バス旅行を提案します。
アンケートに載せるのは深夜バスの名前だけ。ちかは車酔いしがちでバスが苦手なため、あの番組と同じ体験が出来る期待半分、不安半分で当日眠れないまま朝を迎えました。
決まったのは広島県・福山へ向かう「ドリームスリーパー」号。乗車時間なんと11時間にも及ぶ超長距離バスでした。
深夜バスにやられる例の番組が頭をよぎるものの、土足厳禁で全シート個室の内装はほぼ動くホテル(さすがに少し狭いですが)。事前の心配をよそに、快適なバス旅で目的地に着いてしまいます。
「サイコロの旅」オマージュなら避けては通れない、長距離深夜バスが登場するエピソードです。番組内では劣悪な車中環境でボロボロになるのが見所でしたが、路線にもよりますが現在の深夜バスは快適そのもの。
ちかは糀谷冬音と鵜木ゆいを誘って3人で行くのですが、個室の描写で「水曜どうでしょう」を意識した固定カメラチックなコマ割りをしつつ、LINEでやりとりしていたのが今風で面白いです。
バスではあっけないほど何もなかった今回の旅ですが、実は目的地に着いてから事件が発生します。下調べなしだからこそ起きるトラブルに思わず笑ってしまうでしょう。
- 著者
- 石坂 ケンタ
- 出版日
ちかは世界的に大流行した感染症の影響で、旅行へ出かけられなくなってしまいます。自粛期間はアンケートでうどんを打ったりしていましたが、久々に出かけることに。
とはいえ行けるのは都内か、せいぜい東京近郊。ほとんど散歩レベルなので、どうしても地味になってしまいます。リモート通話でちかか相談あれたゆいは、彼女の思い出話に街ブラ番組風のナレーションを加えることを提案しました。鈴ヶ森ちかがブラブラ歩く、名付けて「ブラガモリ」。
アンケートをもとに、東京駅から西へと向かうちか。なんとなく目に入った史跡や名所を無邪気に見ていくちかをバックに、歴史に詳しいゆいがちくいち補足を入れてくれます。皇居の石垣や明治神宮といった有名どころから、清水橋跡などの暗渠(元々あった水路の上に道を作った場所)まで、通の反応する渋いスポットが満載。
「ざつ旅」は「水曜どうでしょう」スタイルがメインですが、このエピソードでは街歩き番組「ブラタモリ」スタイルになっています。目新しさのあまりない都内の散歩でも、見方を変えると違った味わいになるのが不思議。
窮屈で制限された状況に置かれて、なんでもなさそうな場所を巡っても、新しい発見を出来るというのが楽しいエピソードです。
ちなみにゆいが解説する「ブラガモリ」スタイルは、第5巻以降もたまに登場します。
- 著者
- 石坂 ケンタ
- 出版日
「ざつ旅」は2024年5月にアニメ化が発表され、2025年4月よりAT-Xや読売テレビでの放送がスタートしました。ネット配信はABEMAとdアニメストアがTV放送と同時で、その他のAmazonプライムビデオなどは5日遅れとなっています。
本作が初主演となる鈴ヶ森ちか役の月城日花を筆頭に、「ぼっち・ざ・ろっく!」伊地知虹役の夏鈴代紗弓、『ツインズひなひま』ひまり役の平塚紗依といった若手声優がメインキャラクターに抜擢。脇を固めるレギュラー陣は佐藤聡美、日笠陽子、小林ゆうといったそうそうたる顔ぶれが起用されています。
第1話の反響は読者から概ね好評。原作漫画ではさらっと流された場所をしっかり描写し、補完する形でのアニメ化となっていました。特に背景美術が素晴らしくて、旅先の魅力がたっぷり感じられます。
アニメ制作を担当するのは2023年に『邪神ちゃんドロップキック【世紀末編】』を手がけた株式会社マカリア。マカリア主体の作品こそ少ないですが、制作協力や背景美術の下請けなどで実績を積んできたアニメ制作会社です。
アニメ化の範囲は不明ですが、1話につき原作の第1旅(1エピソード)ペースで進むとすれば、仮に1クールとして第3巻の第12旅……と言いたいところですが、原作漫画は短い話がいくつかあるので、キリのいいところとして第13旅の前後編までと予想します。巻数で言えば第4巻ですね。
「ざつ旅」の作者は石坂ケンタです。東京都出身、1983年7月4日生まれの42歳。詳しい経歴は不明ですが、『惑星のさみだれ』や『スピリットサークル』で知られる水上悟志のアシスタントをしていたことがあります。
「軽」名義で活動を始めたのは2009年ごろ。当時「東方」の2次創作やオリジナルの同人誌を発表しており、2013年に『てんしちゃんとあくまくん』で商業デビューしました。時系列的に考えて、商業デビューした2010年代~2019年まで水上悟志のアシスタントをしていたようです。
- 著者
- 石坂ケンタ
- 出版日
他には2022年5月から2023年4月まで、交通新聞社が発行する「JR時刻表」および公式Xで1ページ漫画『一期一鉄(いちごいってつ)』を連載していました(現在アーカイブが「トレたび」で公開中)。
石坂ケンタは元々旅行好きだったようで、「好きなことを漫画にする」というちか(劇中では編集者・吉本のアドバイス)と同じ状況で「ざつ旅」のネームを提出し、現在に至ります。ネーム全ボツも本人の経験を踏まえている感じがするため、旅行以外の部分もほぼノンフィクションなのかも知れません。
石坂ケンタはキャラクターがややデフォルメチックな一方、背景などの描写が非常に細かいです。デフォルメと言っても悪い意味ではなく、日常系漫画に通じるゆるくてポップな今風の絵柄。
まだまだ伸び代がありますし、「ざつ旅」を含めて石坂ケンタの今後の活躍に期待しましょう。
「ざつ旅」は「電撃マオウ」で現在も連載中です。半ドキュメンタリー作品なので、モチーフとなっている「水曜どうでしょう」同様なかなか飽きが来ない漫画。次はどこへ行くのか、楽しみにしながら読んでいきましょう。鈴ヶ森ちかのアカウント「@suzugamori2」をフォローするのをお忘れなく!