夜になると部屋が静かになり、昼間は流していた心配ごとが急に大きく感じられることがありますよね。作らなきゃいけない明日の資料、適当に返したLINEの返事、つい言ってしまった余計な一言……。寝る前に考えがぐるぐる回ってしまう状態は、心理学では反すう(rumination)と呼ばれます。反すうは眠りを浅くしやすく、翌日の集中力にも影響しやすいとされています。 そういうときは考えるのをやめましょう。いやいや、なかなかそうもいきませんから、考え方をかえる方法をご提案します。今日のキーワードは古代ストア派と、現代心理学。

ローマの哲学者セネカは、就寝前にその日を静かにふり返る儀式を勧めています。家が落ち着いたら灯りを落とし、
「今日は何を直せたか、どんな悪癖を退けられたか、どこが良くなったか」
と自分に問うのです。これは自分を責めるための懺悔ではありません。
今日の事実に判決を下し、必要なら自分に赦しを与えるための小さな裁判です。夜の思考を“暴走会議”から“議事録づくり”に変える作法と言えます。
やり方(3分)
1)今日いちばん良かったことを1つ、直したいことを1つ書きます。
2)直したいことに明日の具体的な一手を必ず付けます(誰に、何を、いつ)。
3)最後に「今はここまでです」と声に出してノートを閉じます。
──これで“終わっていない感じ”に区切りをつけられます。
おすすめ本
セネカ『怒りについて 他二篇』(岩波文庫)
- 著者
- ["セネカ", "茂手木 元蔵"]
- 出版日
ストア派の核には「自分で左右できること」と「できないことを分ける」考え方があります。
寝る前に浮かぶ悩みの多くは、他人の反応や明日の天気、遠い過去のできごとなど自分の外側にあります。
そこでノートを左右二列に分け、左に“自分で変えられるもの”、右に“他人や運に委ねるしかないもの”を書き出します。列が分かれた瞬間、思考は“自分でやるべきこと”と“手放してよいもの”に仕分けられ、心の負荷が下がっていきます。
おすすめ本
エピクテトス『人生談義(上・下)』(岩波文庫)
- 著者
- 國方 栄二
- 出版日
現代の心理療法ACTでは、嫌な考えを消そうとするのではなく、「考えをただの言葉として扱う」練習をします。これをデフュージョンと呼びます。たとえば、浮かんだ不安な文をわざと七五調で口の中で歌ってみたり、裏声にしてふざけて読んだりします。10回ほど繰り返すと、言葉が意味から音へほどけ、考えと自分の距離が少しだけ開いていきます。目的は“無にする”ことではありません。考え=現実という一体化を緩め、眠りに必要な“脱力”の余地を作ることにあります。
やり方(1〜2分)
1)今、頭にある悩みの文を短く書き出します。
2)その文を七五調や面白い声色で10回読みます。
3)「いま『◯◯と考えている自分に気づいた』」と心の中で付け足します。
──“気づけた自分”に光を当てるのがポイントです。
おすすめ本
ラス・ハリス『定本 ハピネス・トラップ──ACT入門』
- 著者
- ["ラス・ハリス", "岩下 慶一"]
- 出版日
頭の渦に対して、体にアンカーを打つ方法がボディスキャンです。
落ち着く姿勢になり、つま先→ふくらはぎ→お腹→胸→肩→顔…と意識をゆっくり巡らせ、そこにある温かさや冷たさ、圧、脈動を“評価せずに”観察します。ただ「うごいているな」とか「あったかいな」とか、考えるだけです。
そうして、意識を巡らせる→観察することを繰り返していき、いま現実に全身全霊で生きている自分だけに目を向けることで、自然と落ち着いていくでしょう。
おすすめ本
J. カバットジン『マインドフルネスストレス低減法』(北大路書房)
- 著者
- ["ジョン・カバットジン", "Jon Kabat‐Zinn", "Kabat‐Zinn,Jon", "春木 豊"]
- 出版日
考え方の切り替えに加えて、行動で眠りを支えることも大切です。
慢性の不眠に対してはCBT-I(不眠に対する認知行動療法)が第一選択とされています。睡眠制限、刺激制御(眠れないままベッドに長居しない)、認知の見直しなどの王道セットは、効果が長く持続しやすいことが知られています。
とくに寝る前の反すうには「ベッド=眠る場所」という条件づけが効いてきます。
短い実務メニュー(5分〜)
1枚メモ:明日の具体的一手を3行で書き出し、机の上に置きます(ベッドではありません)。
20分ルール:眠れないまま長居しないで、いったん別室で本を開き、眠気が戻ったら床に戻ります。
同じ起床時刻:毎日同じ時間に起きることで、体内時計を整えます。
1)セネカ式の3問をノートに書きます(良かった1つ/直したい1つ/明日の一手)。
2)二列仕分けで「自分で変えられること/委ねること」を分けます。
3)ACTのデフュージョン1分→ボディスキャン3分を行います。
これで思考のギアが、“反すう”から“整える/手放す”へと切り替わっていきます。眠れない夜そのものを失敗ではなく、練習の場にしていけます。
なお、不眠が一か月以上続く、または日中の支障が大きい場合は、医療機関への相談をおすすめします。CBT-Iは成人の慢性不眠に対して推奨される方法として位置づけられています。