日本SF界の新星として注目されている作家、柴田勝家。彼の代表作『走馬灯のセトリは考えておいて』は、異常論文ブームを巻き起こした『クランツマンの秘仏』や、『世にも奇妙な物語』内でドラマ化された作品を含む、ユニークな短編集に仕上がっています。 今回はそんな『走馬灯のセトリは考えておいて』のあらすじと魅力を、ネタバレありでご紹介していきます。最後までお付き合いください。

こんな人におすすめ
柴田勝家『走馬灯のセトリは考えておいて』は2022年に刊行されたSF短編集にあたり、『オンライン福男』『クランツマンの秘仏』『絶滅の作法』『火星環境下における宗教性原虫の適応と分布』『姫日記』『走馬灯のセトリは考えておいて』、以上6編が収録されています。
『オンライン福男』
世界規模の感染症蔓延に伴い、リアルからウェブに移行した神事・福男選び。それはオープンワールドのVR空間を舞台に、個性的なアバターが入り乱れる、カオスな競技へ発展していく。世界中の実力者たちが巨人化やワープの裏技を駆使し優勝を目指す中、栄えある福男の称号を手に入れるのは誰だ?
アンソロジー『ポストコロナのSF』収録作。疾走感あふれるコメディタッチの群像劇。
- 著者
- 日本SF作家クラブ
- 出版日
- 2021-04-14
『クランツマンの秘仏』
スウェーデン人の東洋美術学者・クランツマンは、日本の秘仏の研究中に『信仰が質量を宿す』可能性に行き当たり、生涯通してその仮説の実証に挑むものの、偶像崇拝の極北に到る異端の考えとして白眼視され、次第に孤立していく。最先端の科学技術が彼の死後に暴き出す、衝撃の真実とは?シュレーディンガーの猫を彷彿とさせる超心理学的な思考実験を論文調で書いた、異色の一編。
『絶滅の作法』
人類を含む生物が絶滅してしまった遠未来の地球。その後地球に移住した異星人たちは、複製した地球人の体に思考をコピーし、在りし日の東京を模した街でノスタルジックなスローライフを営んでいた。ポストアポカリプス仕立てのハートフルなヒューマンドラマ。
『火星環境下における宗教性原虫の適応と分布』
人類が火星に入植した未来。火星の原虫を介してロボットにまで伝播した宗教的情熱や政治的思想が、やがて未曾有のパンデミックを引き起こす。伊藤計劃『虐殺器官』に近いテーマ。
『姫日記』
作者の自伝的短編。戦国時代の武将が天下統一を目指すシュミレーションゲームに、クソゲーレビューを融合させた迷作。
『走馬灯のセトリは考えておいて』
実写ドラマ化された表題作。故人のライフログをもとに死後に分身を遺せるようになった未来。この世を卒業するバーチャルアイドルに「ラストライブのプロデュースをしてほしい」と頼まれた主人公は、余命僅かな彼女の願いを叶える為に奔走するのだが……。
- 著者
- 柴田 勝家
- 出版日
- 2022-11-16
柴田勝家(本名・綿谷翔太)は2014年デビューのSF作家。
第2回ハヤカワSFコンテストを『ニルヤの島』で受賞後、『アメリカン・ブッダ』『クロニスタ―戦争人類学者』『スーサイドホーム』『ヒト夜の永い夢』『カタリゴト 帝都宵闇伝奇譚』『秘曲金色姫』などを発表。ホラーやミステリーにも造詣が深く、近年はラノベレーベルで脚光を浴び、ジャンルボーダーな意欲作を続々と送り出しています。
2021年には『アメリカン・ブッダ』で第52回星雲賞日本短編部門を受賞。2026年には『ギャルと祠破壊少年』が、第79回日本推理作家協会賞短編部門にノミネートされました。
- 著者
- 柴田 勝家
- 出版日
表題作の『走馬灯のセトリは考えておいて』は、2023年にフジテレビ系ドラマ『世にも奇妙な物語'23 秋の特別編』内で実写ドラマ化。キャラクターの名前や設定、ストーリーの一部が大幅に改変された為、ほぼ別物に仕上がっています。
最もわかりやすい例として、主人公の名前は原作が小清水イノル、ドラマ版が小清水イノリ。父親の名前はドラマ版がカタカナになっていました。黄昏キララの名前は変わりません。
本作の魅力はユーモアあふれるコミカルな語り口と、題材へのアプローチの仕方でしょうか。『オンライン福男』は西宮神社で毎年1月10日に行われている福男選びを取り上げ、コロナで中止された神事がVR空間で独自の発展を遂げ、全世界を巻き込んで銀河系規模のレースへ成長していくさまを描きました。
実際にコロナ禍で中止されたイベントがVR空間で開催された事例を踏まえると、『オンライン福男』は我々のリアルと地続きな、あり得たかもしれない平行世界の話に思えてきますね。
アバターが走者を代行することで性別・年齢の縛りが消えると同時に、巨大化やワープのバグ技でズルするチートが相次ぐ展開もすごく「あるある」。
現実と仮想現実、リアルとヴァーチャルのリンクは、収録作の全てに通底するテーマとも言えます。
異常論文としてSNSで注目された『クランツマンの秘仏』は、偶像崇拝の昇華をテーマにした異色作。
魂の重さを21グラムと定義するなら、信仰の重さは何グラム?
はたして御簾の内に秘仏は実在するのか、信仰が質量を宿すことはあり得るのか。
宗教美術の研究に生涯を捧げたクランツマンが、数十年をかけて「信仰の質量化」の命題を実証せんともがくさまは、異様な重力場を生じて読者を引き込まざるを得ません。
片や『絶滅の作法』のような終末世界のスローライフや『姫日記』のようなクソゲーレビューも混在し、大変奥行きの広い、SF初心者から上級者まで楽しめる一冊になっています。
- 著者
- 柴田 勝家
- 出版日
- 2022-11-16
表題作『走馬灯のセトリは考えておいて』は、故人のライフログをもとに分身(ライフキャスト)を遺す技術が普及した未来を舞台に、ラストライブのプロデュースを主人公に託すVTuberの話。
VTuber全盛の令和の今だからこそ、本作は多くの読者の心を掴み、エモーショナルな感動を生むことに成功しました。推しの卒業を経験したリスナー……もっと言ってしまえばヴァーチャルな「死」を看取った経験がある人は、なおさら感情を揺さぶられるはず。
推しの引退や卒業後もアーカイブにアクセスさえすれば、生前の推しが動いて喋り、歌って踊る動画を好きなだけ視聴することが出来るのが、我々の慰めになっているのは事実。
ヴァーチャルな存在として故人を復元するライフログが、アーカイブに集積した膨大な量の記録のメタファーなら、彼女たちヴァーチャルアイドルは何度も疑似的な生と死を繰り返しているのかもしれません。
VTuberの走馬灯を動画の視聴履歴になぞらえ、中の人の軌跡とアバターが起こす奇跡を掛けたタイトルは、とても秀逸ですね。
アバターの記録(ログ)と中の人の記憶(メモリー)。
双方を統合した故人の分身をライフキャスト……命を吹き込まれた出演者、人生の助演と呼ぶのは、ネガとポジの二面性を帯びたVTuberの本質への理解と愛があればこそ。
ヴァーチャルリアリティへのアクセスが確立され、現実と虚構の境界線が消滅した時。その虚構を支えるヒューマニズムの背骨が「エモさ」を演出し、感傷的な余韻をかきたてるのではないでしょうか。
- 著者
- 柴田 勝家
- 出版日
柴田勝家『走馬灯のセトリは考えておいて』を読んだ人には、久永実木彦『わたしたちの怪獣』をおすすめします。
表題作は短編として初めて日本SF大賞候補作となった話題作。免許取りたての姉と小学生の妹が、DV父の遺体を捨てるべく怪獣が暴れている東京を目指す、サスペンス仕立てのロードムービーです。
難解なSF用語は極力避け、一般人の視点で進行する為、スリリングな没入感が得られますよ。
- 著者
- 久永 実木彦
- 出版日
- 2023-05-31
続いておすすめするのは間宮改衣『ここはすべての夜明けまえ』。
九州の山奥の家に一人で暮らす「わたし」は、改造手術を受けて不老不死の体になった。やがて家族史の執筆を思い立ち、家族との関わり方や自らの在り方を見直していくのだが……。
ポストアポカリプスの様式美を踏襲したSF小説でありながら、依存からの脱却と自立を描いたセンシティブな成長物語としても読め、「わたし」の魂の再生に感動します。
- 著者
- 間宮 改衣
- 出版日