押切蓮介おすすめ漫画ランキング10作!ホラーでも感動漫画でも人の底を映す

更新:2021.12.17

シュールな絵柄と独特のセンスで描かれる押切蓮介の作品は、どれも個性的。ホラーギャグを中心に描かれる物語の数々は、押切にしか出せない味わいに満ちています。具体的にどんな味の作品なのでしょう。今回は押切作品をランキング形式でご紹介していきます。

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あらゆるホラーを生む作家、押切蓮介とは?

日本の漫画家、そして怪奇ドロップというバンドのミュージシャンとしても知られる人物、押切蓮介。漫画界にホラーギャグというジャンルを開拓した人物として認知されており、妖怪や霊などを好んで描き、独特なタッチで描かれる作品は多くのファンに愛されています。

彼が描く作品は、登場人物たちがお化けや霊を一蹴していくような小気味いいお話が多いのですが、中にはサイコホラーや猟奇的な内容を含んだ本格的なホラー漫画などもあります。デビュー当初から、怪奇とギャグを同時に描くホラーギャグのスタイルをとっていましたが、当時は何を書きたいのかその意図がわからないと担当に指摘され、ボツネームの山を積み上げていったそうです。

アルバイトなどをしながら長い下積み時代を経た押切は、初めての本格的な連載漫画『でろでろ』で人気を博し、6年もの間連載を続けました。その後2009年時点では『でろでろ』を始め7つもの作品を同時に連載しており、彼の生み出したホラーギャグという世界が、読者に認められ確実に浸透していったことを物語っています。こんな無茶なスケジュールの連載は、下書きをすると下手になるなどと言い、白紙の原稿に直接ペン入れをする彼だからこそできた芸当なのかもしれません。

自分の好きな世界を貫き通し、新しいジャンルとして確立した彼の作品はどれも個性的でシュールな笑いに満ちています。ホラーとしての怖さとギャグとしての笑いの要素をバランス良く味わえる不思議な作品です。しかも登場する人物はわりとかわいらしい少女だったりとちょっぴり萌え要素も含んでおり、なかなか時代に沿った作風であるともいえるのです。そんな彼が描き出す、魅力的な作品の数々をご紹介していきましょう。

10位: 不幸が似合う押切蓮介による、自虐自伝『猫背を伸ばして』

本作は著者の学生時代から現在に至るまでの半生を、ちょっとネガティブに綴ったエッセイです。娯楽作品というよりは、押切蓮介をもっと知りたい、彼の世界観をもっと感じてみたいと思うファンのための1冊といえます。

ホラーギャグという独特の世界を生み出す押切蓮介の半生を、彼らしい暗いタッチで描いている自虐的な自伝漫画である本作。誰もが経験する学校での人間関係や、アルバイト先でのトラブル、家庭での母親とのやりとりなどが描かれています。押切蓮介という人物の、不幸を漂わせるキャラクター像を見せるため、あえて自虐的な語り方をしているのかもしれませんが、彼の作風や現実のエピソードを知る読者なら、この作者ならありえるなぁと思えてしまう内容です。

著者
押切蓮介
出版日
2009-10-16

「俺クオリティ」。彼が、自分ばかりが不幸な目にあうことを自虐的に語る言葉です。ちょっとネガティブな思考を持った方なら誰でもこういった考え方をするのかもしれませんが、彼の場合はそれに輪をかけて自虐的。作中で綴られている押切の半生は、まさに彼ならではのクオリティといえるほど陰鬱な雰囲気をただよわせています。

2014年に『月刊ビッグガンガン』で連載中だった押切の作品『ハイスコアガール』の中で使われた著作物を巡る騒動なども、彼のこの「俺クオリティ」を現実味のある言葉にしています。なお騒動について気になった方はネットで検索などして調べてみてください。ちょっとした話題になりましたし、関連する記事を書かれている方もたくさんいらっしゃいます。

回想シーンと日常のシーンをあえて違うタッチで描く本作品は、もともとクセのある作風がさらにクセを強くし、人を選ぶ漫画になっています。しかし日常での母親との会話などは彼ら親子の人生観と哲学が入り交じる濃い内容で、ギャグというよりは真面目に考えさせられる話だったりします。そういう意味では、ホラーギャグからはかけ離れた現実的な作品といえます。あくまで押切を知るための本、彼の不幸を共有するための本だといえるわけです。

2012年には、著者自身の恋愛話18ページを書き足した新装版が発刊されており、かなり手に入りづらくなっていた本作品も手軽に入手できるようになりました。すでに押切のファンであれば待望の、そして押切蓮介という著者とその世界を知らない人にとっては大きなチャンスが巡ってきたといえます。不幸が似合うと揶揄される彼自身の半生を一緒に味わってみませんか。

9位: 押切の代表作、ホラーギャグの決定版『でろでろ』

押切蓮介の描く独特のジャンル、ホラーギャグを存分に味わえる彼の代表作です。霊や妖怪を恐ろしく、面白く、絶妙なタッチで描いています。霊感体質の主人公が、恐怖の対象である霊や妖怪をぶん殴ったり蹴飛ばしたり、しまいには泣かせて撃退までしてしまう痛快な物語です。

主人公日野耳雄は強い霊感体質を持った不良中学生です。重度のシスコンの彼は、妹の日野留渦のためなら自分の寿命ですら犠牲にし、彼女のために尽くします。一方、留渦の方は、中学1年生で霊などにかなりの耐性を持つ少女。驚かないし怖がりもしないということを、彼女本人は不感症と表現しています。そんなふたりの兄弟を中心に、日常で起こる様々な怪現象を耳雄が腕っぷしで、物理的に解決していく異色作です。

著者
押切 蓮介
出版日
2013-12-25

押切作品ではもはや定番となった、「黒髪ロングの美少女」の原型ともいえるキャラクター日野留渦と、その妹を溺愛する兄耳雄の兄妹関係が魅力的なこの物語。日常で起こるあるあるネタが、実は妖怪の仕業だったという基本的な骨組みと、それを耳雄が暴力で解決していくというわりと王道のスタイルで出来上がっている作品です。『週刊ヤングマガジン』で連載されていましたが、下ネタギャグなども多く、どちらかと言うと低年齢向けともいえる内容ですが、作風とあいまって怖い描写も多いので完全に低年齢向けとはいえません。難しく考えず読める漫画、ということです。

ホラーギャグという個性的なテイストで繰り広げられる本作最大の注目点である、日野兄妹の距離感。前述したように、シスコン体質の兄耳雄は妹のためならどんな犠牲もいとわないほどですが、妹留渦はというと、兄に対しては少々冷たく、邪険に扱うことも多いのです。しかしながら読み進んでいくと、留渦の兄に対する愛情が徐々にわかっていきます。いわゆる妹萌えなどの妹キャラではなく、現実的に仲のいい兄妹といえるような距離感のふたりが見てとれるようになっていくのです。

2013年に発刊された『新装版でろでろ』には、耳雄が同級生とデートをしたと聞いた留渦が、何かモヤっとする感情を抱く描写があります。これまでクールビューティーだった彼女もやはり兄のことを憎からず思っていてくれたのだと、微笑ましく思える最高のエピソードです。

もともと女性キャラクターを可愛らしく描くのが照れくさかったという押切ですが、本作品に登場する留渦はクールでありながらも可愛らしく、時折見せる兄への愛情表現は非常に好感が持てるでしょう。恐ろしげな妖怪や霊が入り乱れるホラーテイストの作風の中、ギャグやほんわかとした人間関係が描かれているのも押切作品の特徴といえるのでしょう。まさにホラー(怖さ)とギャグ(ゆるさ)、ふたつのバランスの取れた良作といえます。おすすめです。

8位: 押切蓮介が描くアクション漫画『ゆうやみ特攻隊』

高校で心霊事件を扱う、心霊探偵部の活躍を描くホラーアクション作品です。キャッチコピーは「肉弾ホラーアクション」。激しいアクションシーンと猟奇的な内容を加えた、ホラーによる恐怖とアクションによる爽快感を併せ持った傑作です。

姫山高校心霊探偵部は、身の回りで起こる様々な霊事件を、報酬をもらった上で解決する部活です。気弱な主人公辻翔平は、幼少のころに悪霊に殺されてしまった姉辻晴子の仇を討つため心霊探偵部に入部します。入部した目的は、心霊探偵部に所属する特殊能力者である花岡弥依に弟子入りし力を身につけるためでした。弥依の「霊に肉体的暴力を加える力」を使い、様々な怪現象を解決していった彼らは、ある時、辻きょうだいのかつての生家に偶然訪れることになります。そこで晴子が殺された事件の真相を知った翔平と心霊探偵部員たちは、晴子の命を奪った悪霊がある地、黒首島を牛耳る鉄一族の陰謀に巻き込まれていくこととなるのです。

著者
押切 蓮介
出版日
2007-07-06

著者の持ち味であるホラーギャグとは少々趣きがちがい、同著者の他作品に比べるとやや猟奇的な要素などが多い、正統派のホラーともとれる本作品。少年漫画らしくバトル要素などを加え、気弱だった主人公が成長し強くなっていく姿も描かれています。当初シュールギャグといえる内容だったものが路線変更され、ホラーアクション作品としての形を成しました。激しいアクションシーンなどを他の漫画家から称賛されるなど、著者の新しい才能を覚醒させた作品でもあります。そのバトルシーンには猟奇的な表現も多く、ホラーテイストの本作品の世界をさらに恐ろしげなものへと際立たせています。

拷問シーンや狂った女性キャラクターなども登場し、さらに物語の根幹には主人公翔平とその家族が深く関わる鉄一族という「闇」が描かれています。物語が流れ真相が明らかになるにつれ、翔平の過酷な運命と不幸な人生が表面化されていきますので、かなり暗い印象を受ける作品です。オカルティックな作品ならではの、過去から積み重ねられてきた怨念や不幸は、根源となる悪を打ち倒しても晴れるものではないという考え方は、単純な勧善懲悪ものを戒めているかのようです。

どちらかと言うとシュールギャグに徹した作品が多いイメージの押切作品ですが、本作品は少年誌ということもあり、その著者の持ち味とは違った味わいを持たせてあります。本作品は、様々なジャンルを多岐にわたって描くことができる作家押切蓮介の才能の一端を垣間見ることができる作品といえるでしょう。良作ですので是非手にとってみてください。

7位: 押切蓮介の少年時代とは?『ピコピコ少年』

10位で紹介した『猫背を伸ばして』は、押切の半生を描くエッセイでしたが、本作は押切の少年時代、しかも無類のゲーム好きである彼の、ゲームに夢中だった少年時代にスポットあてた自伝です。ゲーム&ウォッチに始まり、ファミコン、スーパーファミコンとゲームの歴史を紐解いていくようなエッセイでもあります。

単行本は全1巻。後に『ピコピコ少年TURBO』『ピコピコ少年SUPER』がWeb連載され、それぞれ単行本が1巻づつ刊行されています。著者が「みんな実話です。」(『ピコピコ少年』より引用。)と単行本に書いているとおり、当時のゲーム世代であれば誰もが共感できる、あるあるネタを散りばめた自伝漫画です。小学生時代にゲーム&ウォッチに出会ったことをきっかけにゲームにのめり込んでいった神崎少年(著者である押切蓮介の本名は、神崎良太)の姿がありのままに描かれています。

著者
押切 蓮介
出版日
2009-09-17

この記事を読んでいる方の世代は様々でしょうし、ゲームなんてわからないよと思っている方もいらっしゃるでしょう。しかし本作品に描かれているのはゲームの中身のお話ではないのです。子どもの頃だれにでもあった「子どものころに夢中だったもの」のお話なのです。秘密基地やあの頃の親友、大人になって帰ってきた故郷など、ノスタルジックな雰囲気を味あわせてくれるキーワードに溢れたこの物語は、誰もが共感できる、幼少のころを思い出させてくれる良作に仕上がっています。

そして、ゲームソフトが欲しくても高くて買えない、格闘ゲームが下手で友達によくハメられた、夢中になってたせいで母親にゲームをとりあげられた……など、ゲーム世代の人間ならばわかるお話の数々。そんな等身大の少年の姿を描いた作中には、小学生ならではの発想や行動力で、「あ~、あの頃はそうだったよなぁ」などと懐かしさを感じさせてくれる神崎少年の姿があります。しかもときおりホラーテイストの絵柄になる所などは、さすが押切、とファンの声が聞こえてくるようです。ここでもやはり、彼の「俺クオリティ」が発揮されているようにも見受けられ、著者には申し訳ないですが、彼の不幸をついつい笑ってしまうのです。

「そのゲームやったよ!懐かし~!」や「子どものころってバカなこと平気でできたよなぁ」など、この漫画を読んだ方の感想の多くは、「共感」という部分に魅力を感じた意見が大半です。神崎少年に感情移入することで子どもの頃を思い出し、読む側も擬似的に子どもに戻れる、そんな作品なのでしょう。そんな子ども時代を体感できる完成度の高い自伝漫画を、私は自身を持っておすすめします。

6位: これを無視して押切は語れない、あの話題作『ハイスコアガール CONTINUE』

2012年ブロスコミックアワード大賞、そして2013年版『このマンガがすごい!』オトコ編では第2位に輝いた作品。著作権問題で話題を呼んだことでも知られる本作品では、ゲーセン通いを日課とする主人公がある日、行きつけのゲーセンでクラスメイトの少女と出会います。ゲームを通じて徐々に仲良くなっていくふたりの少年少女の姿を描いた、押切には珍しいラブコメを扱った漫画作品です。

小学生編、中学生編、高校生編と大きく分けられた物語は、まずは主人公矢口春雄(ハルオ)が、クラスメイトの大野晶と出会うことから始まります。下町のゲーセンには不釣合いの才色兼備のお嬢様である晶は、見た目によらず実はかなりのゲーマーだったのです。ゲームだけが自慢だったハルオは得意だった格闘ゲームで彼女に惨敗し、悔しさのあまり掟破りの「ハメ技」を使ってまで勝とうとします。

しかしハルオは、卑怯な手段を使われたことに怒った晶にボコボコにされてしまい、行きつけだったゲーセンから出入り禁止を言い渡されてしまうのです。こうしてふたりは出会い、この時からふたりの、ゲームを通じた奇妙な因縁が始まって……。

著者
押切 蓮介
出版日
2016-07-25

作中には実際に発売されたゲームが数多く登場し、そのプレイ画面やゲームの登場人物なども引用されています。1990年代当時の対戦型格闘ゲームブームを知る読者には、当時を振り返ることができる回想録としても楽しむことができるでしょう。

著者の少年時代を描く『ピコピコ少年』が、読者にノスタルジーを感じさせる普遍的なテーマを持った作品だったのに対し、こちらはまさにゲーム世代をピンポイントに捉え、共感を与えてくれる、特殊な作品といえます。ちなみに、作中には『ピコピコ少年』の主人公である著者の少年時代、神崎少年が、ところどころにモブキャラクター(話には直接的な影響を与えないキャラクラー)として登場しています。漫画を読みながら彼を探してみるのも楽しそうですね。

前述した本作品を巡る著作権問題に関してですが、押切蓮介を語る上で必ず話題にあがるようになってしまった出来事で、現実で最大の「俺クオリティ」を発現してしまった事柄であるといえるのが悲しいところです。作中でSNKプレイモアが所有する著作権物を無断使用したということで始まった騒動。これにより本作品は一旦は連載休止となってしまいますが、SNKとの和解成立により2016年より連載が再開されました。

さて、不本意ながらも抜群の話題性を獲得してしまった作品ですが、そんな話題性は抜きにしてもかなりの良作品です。ホラーギャグを好んで描きながらも、多彩なジャンルの作品を世に出す押切が、ラブコメディに挑戦した本作品。第一印象が最悪だったふたりが、小中高と年齢を重ねながら徐々に距離を縮めていく恋模様は、失礼ながらこの著者にしては意外にも感動的な内容なのです。ゲームを知らなくても楽しめますし、知っているならプラスαで楽しめます。是非読んでみてください。

5位: ばあちゃん無双?『サユリ』

念願のマイホームに住み始めた主人公の家族が、謎の怪異に襲われ次々に犠牲になってしまう恐怖の物語です。最初はただただ犠牲者が増えるだけの憂鬱な展開ですが、話が後半に入ると、生き残った主人公とその祖母により猛反撃が展開されます。日本のホラーならではのスリルを味わいながら、テーマになっている家族愛をちょっと考えさせられる作品です。

主人公神木則雄は、高校受験を控えた普通の少年。そんな彼が、父親が買った家に家族と共に引っ越したことから恐怖の物語が始まってしまいます。別居していた祖父母も合流し、家族全員で生活を共にするようになった矢先、彼の父親は急死してしまうのです。

そしてそれを皮切りに、家族が次々とおかしな現象に巻き込まれ命を落としていきます。戦慄し、やがて「何か恐ろしいもの」が存在することを感じ始めた主人公でしたが、そんな時ボケていたはずの祖母が突然正気に戻り、昔の気丈な性格も戻ります。彼女は孫とともに、この家に巣食う「恐ろしいもの」へと復讐を始めることを誓うのです。

著者
押切 蓮介
出版日
2015-12-24

新しい家に住み始めた家族を様々な怪異が襲うというのは、ホラー映画などでは定番のシチュエーションです。しかも犠牲になってしまうのは大抵主人公の身近な人たちですから、作品の雰囲気としては陰鬱にならざるを得ません。作中で主人公則雄の家族が次々に犠牲になっていく様は、まさにホラーです。

しかし前半の展開を前フリだと言わんばかりに、後半では怒涛の復讐劇が始まります。最初の展開を乗り切りさえすれば、あとは化け物退治を行う「ばあちゃん」の無双劇が楽しめるわけです。本作品の重点がここに置いてあると理解できれば、前半の家族の不幸もそれほど後をひくこともなく、ホラー作品でありながらも痛快なストーリーを楽しめるかもしれません。

とはいえ、やはり押切作品。スッキリ痛快というわけにはいきません。本作品の要となるこの「ばあちゃん」というキャラクターは強烈です。最初はボケていたのに、正気に戻り往年の気迫を取り戻してからの彼女には鬼気迫るものがあります。話が進むと、神木家を苦しめた怪異の正体はある少女の怨霊であることが判明するのですが、家族の復讐を誓ったばあちゃんは、彼女の家族を拉致したり、拷問したりして彼女を追いつめるのです。こうやってあえて冷酷な行いをして手を汚すのにもばあちゃんなりの理由があるのですが、見てる側としては異様な恐怖を感じてしまいます。

押切蓮介らしいホラーな表現で描かれる家族愛ですが、それは不幸な目にあっていく神木家だけの話ではなく、怨霊となった少女とその家族の話でもあります。彼女のような、善悪で言うところの「悪」の存在にも、何かしらの深い理由があり、それが悲しみと恐怖を生み出しているという表現の仕方は、日本製ホラー独特のものといえるかもしれませんね。作中に登場する善と悪、ふたつの家族の結末がどうなるか、それは作品を読んでからのお楽しみです。ぜひご一読を。

4位: ピンクでフカフカ、謎の生物!『プピポー!』

押切蓮介のホラーギャグの世界に、少女と謎の生物によるハートフルな表現を加えた作品『プピポー!』。「加えた」ただけですので、元々の押切蓮介の世界もちゃんと残した上で、ハートフル+ホラー+コメディな作品に仕上がっています。

普通の人には見えないものが見えてしまう少女姫路若葉はある日、ダンボール箱に入れられ捨てられていた不思議な生物と出会います。「プピポー!」と叫ぶピンクでフカフカのその生物をポーちゃんと名付けた若葉。彼女は人と違う体質のせいで周囲の人間と馴染めなかった自分の生活が、ポーちゃんとの出会いで少しづつ変化していくのを感じ始めていました。

著者
押切 蓮介
出版日
2012-02-01

カタコトの言葉で会話をすることもできるポーちゃんは、不思議な力を使い若葉にいろいろなものを見せてくれます。そんな押切らしい独特の霊の世界を見せてくれるこの物語では、恐ろしげな霊の世界を見せつけるだけでなく、若葉とポーちゃんの触れ合いを中心に、心暖まるストーリーが展開されていくのです。読者を選ぶといわれる押切作品の中で、ひときわ明るい表情をした作品だといえます。

本作品では、作者の過去作品『ドヒー!おばけが僕をぺんぺん殴る!』『でろでろ』『ぼくと姉とオバケたち』などに、ポスターのイラストなどの小道具として登場していたピンク色の子豚のような生物、プピポーを準主役として登場させています。地味な人気があったというこの不思議な生物は、脱力感たっぷりの愛らしいキャラクターです。ともすれば陰鬱な気分になりかねない押切作品の世界をいい感じでゆる~くしてくれている、不思議な魅力に溢れるキャラクターなのです。

押切作品には必ずと言っていいほど登場する黒髪ロングの美少女。いえ、作風からすると美少女と表現するのはちょっと違う気もしますが、とにかく、彼の描く少女は、霊や妖怪を独特のタッチで描く押切ワールドに妙にハマる存在なのです。トイレの花子さんなどの怪談に登場する女の子を連想するせいなのか、薄幸の少女として描かれることが多いせいなのか、それは見る人で意見が別れることでしょう。しかしどちらにしても、彼の描く少女には不思議な魅力があり、彼の作品を彩るキーパーソンとなってくれているのです。そんな押切作品の代表ともいえる黒髪少女がポーちゃんとともに変わっていき成長していく姿は、読んでいて妙に嬉しく、感動的で、この作品が数多くの押切作品の中で特別なものであると強く印象づけてくれます。

少女とポーちゃん、ふたり(?)の愛らしさを堪能できる本作品はアニメ化もされています。1話5分というショートアニメですので気軽に全話を見ることができるでしょう。漫画版と併せて楽しめば、感動的でちょっと不思議な世界観が癖になること請け合いの作品ですよ。

3位: 人に歴史あり、母に歴史あり『HaHa』

この世に偉人と呼ばれる人たちはたくさんいます。学校の授業などでそんな人たちのことを知る機会はあるでしょう。しかし、一番身近であるはずの母親の歴史は意外と知らない物です。そんな母の半生をふとしたことから知ることとなった押切蓮介が、彼の母親の人生を漫画という形で綴った『HaHa』。

「いつか母が 死んでしまった 時 母の事をもっと 聞いておけばと 後悔の念で 涙するのは嫌だ」(『HaHa』より引用)

ある日そう考えた彼は、自らの母親の半生を綴る物語を「母親による自伝のような形」で漫画作品にします。作中で語られるのは押切の母亘江の半生。典型的なおかんである彼女が、多感な時代に何を思い何を感じたのか、綺麗事を並べたような作品では得られない、リアルな涙を呼び起こしてくれる感動作です。

著者
押切 蓮介
出版日
2016-01-22

本作品は母親というものの存在感を強く、そして大きく感じさせてくれる傑作です。そして同時に、母親を想う息子の、照れくさくも正直な感情を垣間見ることができる作品でもあります。ふざけ半分に語りながらも本心ではやはり母を想わずにいられない、これこそ人情(心の動き)だといえる、作者自身の本音が語られているのです。これはもう、母と子ふたりの自伝と言い換えてもいいのではないでしょうか。

ホラーギャグというジャンルが持ち味の押切ですが、彼の作品には自伝や自虐ネタといったものも沢山あります。しかもそのどれもが、照れくさそうに自分をネタにしながらも根幹の部分では大事な何かを訴えかけているような作風なのです。彼の描く絵は決して「美しい」「上手い」とは形容できません。しかし、シュールなタッチで描かれる人物たちは、実は人の内面や心情を描き出すには丁度いいバランスを保っているのかもしれません。あまりに綺麗でスキのない絵は、言葉は悪いですが「嘘くさく」見えてしまったりするものです。実際にこの作品を読むと、何の脚色もない、本当のことを語ってくれているような印象を受けるのです。

本作品を読んだあなたはきっと、母親という存在に感謝するでしょう。そうでなかったとしても、あなたの中の母親という存在をしっかりと思い起こさせてくれるはずです。それが良くもあれ悪くもあれ、そこには母親という存在があり、そして自分が生まれたという事実が再認識できます。本作品を読めば、きっとあなたも自分の母親の人生を知りたくなるのではないでしょうか。

2位: 野獣と出会った少女は、戦うことを決意する『焔の眼』

舞台は、第2次世界大戦直後の日本。ショルゴールという軍事国家に宣戦布告された世界の国々は、圧倒的な軍事力により次々と制圧されていきます。アメリカやドイツなどを支配していったその国は日本も支配下に置きます。本作品は、第2次世界大戦後をモチーフとし、架空の軍事国家による戦火を描いた一種のファンタジー作品です。

赤い目を持つショルゴール人に支配されてしまった日本ですが、そこに単独で立ち向かう異形の日本人がいました。彼の名は陀大善黒(だたいぜんくろ)。常人離れした力を持つ獣のような体躯の彼はある日、娼館で下女として働く少女を助けました。赤い目をしたその少女の名は沙羅は黒のことをクロと呼び、なついていきます。クロがぶっきらぼうに教える武術を学びながら、彼の影響を受け徐々に戦う意志を持つようになる沙羅……。本作は、戦火に苦しむ時代に生きる、美女と野獣ならぬ、少女と野獣の戦いの物語です。

著者
押切 蓮介
出版日
2012-02-28

戦時下という殺伐とした世界でありながら、クロのあまりの強さがギャグにも見えてしまう本作品は、押切の持ち味であるホラーギャグの要素を盛り込みつつも、クロを中心とした常人離れした登場人物たちのバトルシーンを前面に押し出した作品です。無類のゲーム好きを公言する作者らしく、格闘ゲームのキャラクターばりに戦車や戦闘機を素手で破壊するクロの最強っぷりは見応え充分。いきすぎた強さは突っ込まずにはいられないほど激しく、ド派手です。最終巻ではコマ割りされたページを少なくし、迫力のある彼のバトルシーンをページまるごとを使い演出しており、圧巻の出来栄えになっています。

クロのバトルシーンで読者を沸かせつつ、荒れ果てた時代を沙羅が懸命に生きる姿もしっかりと描いてあり、少女と野獣両方の姿を見せてくれる本作。ふたりの触れ合いは、ヒューマンドラマとしても楽しむことができます。差別や偏見の目で見られ虐げられてきた少女が、精神的にも肉体的にも強く成長していく姿は感動的で、クロとの関係も含めて考えると、ちょっとした恋愛漫画かも?というような印象も与えてくれる良質の物語となっています。

数々のジャンルに挑戦し、そのどれもが独特のタッチで描かれる押切ワールド。ここでもバトルヒューマンギャグドラマと呼べる個性的な作品を描いています。多彩な表現方法を持った彼が描き出す世界は驚くほど広く、個性豊かです。まずはこの作品を読んで、押切ワールドの世界へ一歩足を踏み入れてみませんか?


『焔の眼』については<押切蓮介作『焔の眼』全6巻の壮大な歴史をネタバレ紹介!>の記事で紹介しています。気になる方はぜひご覧ください。

1位: 押切蓮介が描き出す、人間の恐怖『ミスミソウ』

押切蓮介が「人間が生み出す恐怖」に挑戦した作品です。霊や妖怪などといった押切の定番キャラが一切登場せず、人による恐怖を凄まじく恐ろしく描き出しています。過酷ないじめを受け、あげくの果てに家族を殺された少女が、いじめっ子たちに凄惨な復讐劇を繰り広げる様はまさに戦慄。珠玉のホラー作品です。

半年前、東京から大津馬中学校に転校して来た主人公野咲春花は、クラスメイトからのいじめに遭い過酷な学校生活を送っていました。最初は心配をかけまいといじめを隠していましたが、やがて家族の知る所となります。家族の勧めもあって不登校となった春花でしたが、いじめっ子達は彼女の家に押しかけ、春花の両親や妹にまで危害を加えたのです。家には火を放たれ妹は大やけどを負い、両親は命を落としました。事件を隠蔽するため、いじめっ子たちは春花に自殺を強要。しかしそのことをきっかけに事の真相を知った彼女は、家族を奪った非道な彼らに命をかけて復讐をすることを誓い……。

著者
押切 蓮介
出版日

名作映画『キャリー』(アメリカのホラー映画)を彷彿とさせるストーリー構成の本作品は、押切作品では初となる、人の恐ろしさを描いた作品です。本当に怖いのは人間なのだと様々な作品で語られるように、本作品の中にも人間の手による恐ろしい行いがありありと描かれています。

少女をいじめ抜き、家族さえも奪ってしまう非道のいじめっ子たちも恐ろしいですが、深い悲しみと恐怖にとらわれた少女の姿は、さらにとてつもない恐ろしさです。「少女」を扱ったホラー作品では、他に得難い究極の恐怖が刻まれることがあります。過去、ジャンルを問わず数々の作品で描かれてきた「少女」の恐ろしさは、本来は愛くるしい存在であるはずの少女が、深い闇に落ちてしまうことから感じ取れるものなのでしょうか……。とにかく恐ろしい作品なのです。不気味な世界とシュールな表現力により数々のホラーギャグを生み出してきた押切ですが、本作品では持ち味であるギャグ要素を排除し、読者からは「黒押切」などと言われ賛否を呼んでいます。

あまりに残酷な仕打ちを受ける少女は悲哀に満ちており、それを行ういじめっ子たちも、人間の生み出す恐怖を体現しています。物語における彼らの立ち位置は、本来ならば妖怪や霊などが収まる場所。人ではない未知の存在だからこそ生まれる恐怖がそこにはあるのでしょう。しかし本作品では、その場所に人が収まっているのです。身近な存在で仲間であるはずの「人」が恐怖の対象となることで、そこには計り知れない憎悪と、生々しい現実感が生まれます。押切は本作品で見事にその生々しい恐怖を描き切っているのです。

耐性の無い人には苦痛でしかないでしょうが、耐えられそうな方は読んでみてください。デビュー当初から培ってきたシュールなギャグ要素を排除してまで書き上げた作者の魂のこもった快作です。傑作サイコホラーの恐怖を存分に味わってださい。

『ミスミソウ』については<『ミスミソウ』の見所を最終回までネタバレ紹介!傑作ホラー漫画の鬱展開…>で紹介しています。気になる方はぜひご覧ください。

こうして紹介してくると、押切蓮介の作品には妖怪や霊、未知の何かなどを強引にぶっ飛ばす内容の作品が多いようです。登場人物には薄幸の少女などが多いですし、どうしようもない理不尽な不幸を、圧倒的な力を使い強引に吹き飛ばしたい、そんな思いが作者にはあるのかもしれませんね。決して万人向けとはいえない押切ワールドですが、少しでも惹かれる何かがあったのなら、手にとって見ることをおすすめします。彼の漫画は面白いですよ、本当に。

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