氏の作品では毛色がすこし違う印象を受ける今作『ルーズヴェルト・ゲーム』。社会人野球を題材としているにもかかわらず、作中ではあまり野球をしているシーンがないんですよね。しかしこれには作者の意外な狙いがあったのです。
中堅電子部品メーカーである青島製作所は、スマートフォンのカメラやスキャナに使われる高性能部品「イメージセンサー」の開発において他社を圧倒する技術力を持っていました。しかしリーマンショックを皮切りに世界的不況の煽りを受け経営は悪化。業績は目に見えて下がっていきました。社長である「細川充(ほそかわみのる)」は大々的なコストダウンを掲げ、ただお金だけが掛かる野球部を廃部にすることを決断します。
一方で、青島製作所野球部では投手である「萬田智彦(まんだともひこ)」が肘を故障してしまい、野球を続けることができなくなってしまいました。彼の代わりになる人間を探していたところ、かつて高校野球で将来を期待されていた契約社員の「沖原和也(おきはらかずや)」に白羽の矢が当たります。しかし沖原には野球をやりたくない理由があったのでした。
- 著者
- 池井戸 潤
- 出版日
- 2014-03-14
アメリカの32代目の大統領であるフランクリン・ルーズヴェルトが語った、いちばんおもしろい野球のゲームスコアを述べたときのセリフが今作の題名になっています。彼が「いちばんおもしろい試合は8対7で決着がつく試合がいちばんおもしろい」と語っていることが『ルーズヴェルト・ゲーム』の由来になっています。点をとられて、とりかえされて、最後は接戦になって勝って終わる試合を意味します。
今作『ルーズヴェルト・ゲーム』もそういうストーリーの流れを意識して題名をつけたんだろうと推測できるのですが、ハッキリいって接戦どころかもう最初のうちからコテンパンにされてしまいます。今作はどちらかというと0対6くらいで話が進んでいき、最後には一発逆転8対7で試合が終わる、といった印象のほうが強いかと思われます。やはり最後のどんでん返しが見ものの池井戸潤のさすがのお家芸といった感じでしょう。
この『ルーズヴェルト・ゲーム』は社会人野球を扱った作品であるにもかかわらず、野球の試合シーンがそれほどありません。作者も「あまり野球のシーンは書かないように心がけた」と述べています。今回の小説のテーマは社会人野球といいながらも、じつはそれを取り巻く人たちの抱えている問題や苦悩にスポットを当てているのです。主人公も誰とは決まっておらず、あるときは青島製作所の社長の視点、あるときは野球部の監督の視点、ピッチャーの視点といったさまざまな角度から物語が展開され、彼らの抱えたエピソードが物語に深みを与えてくれるのでした。
きまった主人公を置いたり、野球シーンを多めに出したりしてしまうと、どうしてもそちらの描写に力が入ってしまいます。物語はどうしても一本線のようなきまった展開をよぎなくされてしまいますよね。しかし今作が、池井戸潤のほかの作品と違うところは「勧善懲悪」「最後の大逆転劇」といったこれまでのエンターテインメント性は残しつつ、視点をバラバラにすることで物語にこれまでにはない深みをあたえているのでした。
つまり今作のキーワードである「社会人野球」というのは、バラバラになった視点の「中心」としての役割を担っているのです。「社会人野球」という題材を中心に置くことによって、どんなに視点がバラバラになっても、語り手が違う人物になっても、読者は安心して読み進めることができるわけです。池井戸潤の読みやすさに配慮した、高度な作家的テクニックといえるでしょう。
ラストで語られている試合シーンはやはり胸が熱くなるものがありますね。野球が好きな人は見ていて熱くなるし、あまり野球に興味がない人でも、わかりやすい解説を含んで描写してくれます。未読の方は、まずは周辺の用事を済ませて時間をおおいに使って一気に読んでしまうことをおすすめします。
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