【第9回】昔好きだった女の子の話 前編

昔好きだった同級生、それは同性の女の子だった

昔好きだった同級生、それは同性の女の子だった

女の子を好きになったことがある。あいちゃんと呼ぼうか。昔の同級生で、めちゃめちゃに笑顔が可愛い女の子だ。もう絶対発光してるだろってレベルで眩しかった。今も眩しい。

学校が始まってすぐに彼女に夢中になった私は、課題を手伝って欲しいから、だの、絵のモデルをして欲しいから、だの、色々なものにかこつけて彼女を呼んだ。ただ遊びに行こう、とはなかなか言えなくて、いつも理由が必要だった。

あいちゃんはまっすぐな黒髪で、いつも薄化粧で、目鼻立ちもモデルのようにハッキリしているわけではなかったけれど、どうしようもない愛嬌がある。笑うと顔がくしゃくしゃで、その無防備さに、優しさに、全て許されたような気持ちになる。それなのに写真のモデルになってもらうと、時々人を狂わすような妖艶な顔をするのだ。

今はどうなのか分からないけれど、私が子供の頃は学校で同性愛について教えてもらうことなんてなかった。いつでもペアは男性と女性。同性が恋愛対象になることはない、という先入観が見事に出来上がっていたため、最初は自分の好意に全く気が付かなかった。ただただ、「友人として」好きなのだと思っていた。でもついに、自分を騙せなくなる事件が起きてしまう。

すこし涼しくなってきた秋のはじめ、放課後の教室で残って絵を描いていた。大きなキャンバスに無造作に色を乗せて、上からまた塗り消して、また乗せて。

少しずつ何かの形が出てくるのを待つ。教室に他に残っている人は誰もいない。こういう時はとても深く呼吸ができる。カタッと音がして振り返ると、彼女がいた。

「チョーさん、話があるの」

そう言いながら教室に入ってきた。やけに気まずそうな顔をしている。わけもわからず鼓動が早くなる。もしかして、と思う。もしかして、私の過剰な好意が、気持ち悪かったのだろうか。もしかして、私の奥底の浅ましい気持ちが、バレてしまっていたのだろうか。

「私、彼氏ができたんだ」

予想を裏切るその発言は、私を凍りつかせた。文字通り、体が動かなくなった。何か言わなきゃ、と思っても口がうまく動かない。唇が言葉を作れないまますこし震える。何か言え、何か言え、何か言え、

「……っそ、……そうなんだ!」

かろうじて語尾を上げ明るくすることができた。あいちゃんの顔に安堵が見える。一方の私の心臓は、鳴り止んでくれるはずもなく、ドクドクとうるさくなるばかり。全身に共鳴して、耳の中が鼓動で埋め尽くされていく。ドクッドクッドクッ……。

あいちゃんは安心したように、新しく始まった恋の相手の詳細をにこにこ教えてくれている。でも少しも聞こえなかった。

良かったね、と絞り出すように言ってから、早足で学校を出た。後ろで彼女が何か言った気がしたけど、聞こえないふりをした。川沿いの道を踏みつけるようにズンズン進んで、進んで、それでも気がすまなくて、走り出した。

石だらけの道で転びそうになりながら、走った。何も考えられないように走った。苦しくて、息が切れて、膝に手をついて止まった時、初めて顔がぐしゃぐしゃになる程泣いていたことに気づいた。

やめろ、泣くな。泣いたら、確定してしまう。私があいちゃんを、本当に好きだって、分かってしまう。

私を好きになってくれる可能性がゼロなんてこと、分かってたのに

家について「同性愛 どこから」と調べた。真顔でそんなことを打ち込んでいる自分に少し笑える。グーグル先生はあまり確定的な答えを教えてはくれなかったけれど、色々見ていくうちに、同性愛・異性愛とカテゴライズしなくても良いのかもしれないと思えてきた。

ひとつのデータによれば、人は皆同性愛的な感情を少しは持っていて、誰だって同性を恋愛的に好きになることはあり得るのだと書かれていた。その割合が9:1ならその人は自分をヘテロセクシャル(異性愛者)だと思い、1:9ならホモセクシャル(同性愛者)だと思うらしい。私は7:3くらいなのかもしれない。

もう誤魔化しようがなかった。私はあいちゃんが好きなのだ、そして彼女は、私ではなく、同級生の誰か男の子のことが好きで、今後私を好きになることも多分ない。どこかでは気付いていたのだと思う。

認めなかったのは、自分をヘテロだと思い込んでいたからというだけではなく、あまりにも叶わない恋だったからというのもあるだろう。気付かなければ、友人で満足していられたから。好きだと思わずにいられたら、このまま横で笑っていられたから。

また涙が出てくる。なんて無駄な涙だ。あの子に届きもしない。大音量でよくわからない洋楽を耳に差し込んで、冷えた夜を走りに家を出た。

好きの残滓をすくうことはできるのか

著者
売野 機子
出版日
2017-01-07

恋愛漫画の女王(と私が勝手に思っている)売野機子さんの音楽にまつわる短編集。音楽の持つ美しさと、それに助けられ、共存し、時に翻弄される私たちのお話。

いつまでも実らなかった恋でも、それほど人を好きになったこと、「好きだったな」と思って涙を流せる誰かがいることだけで、いい人生だと思える。

著者
ヤマシタ トモコ
出版日
2008-01-17

恋した時の黒い気持ちがたくさん描かれている短編集。どんなにみっともなくても汚くても、好きになるってどうしようもなくいじらしい。どうしようもない気持ちをどうしようもないままぶつけていく6編。純で最高にエロいのでぜひ読んでください。

この記事が含まれる特集

  • チョーヒカル

    ボディペイントアーティスト「チョーヒカル」によるコラム。および本の紹介。体や物にリアルなペイントをする作品で注目され、日本国内だけでなく海外でも話題になったチョーヒカルの綴る文章をお楽しみください。

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