【第10回】昔、女の子が好きだった話 後編

誰かに気持ちを委ねることで、本当の気持ちに栓をしたかった

誰かに気持ちを委ねることで、本当の気持ちに栓をしたかった

恋人ができた話を聞いてから、私はあいちゃんを避けていた。もう恋人の名前もクラスも、タバコを吸う人だということも知っていたけど、それを彼女と話す勇気がなかった。やめていたタバコをまた吸い出した。

いつもの甘い香りの銘柄ではなくて、うんと強いメンソール。同じ時期に失恋した友人と「失恋するとタバコがうまいね」と笑いながら吸った。私の恋は、始まったことに気付く前に終わってしまったけど。

しばらくしてから私にも恋人ができた。年上の男の人。今思えば、ヤケのようなものだった。本当に欲しいものが絶対に手に入らないと分かると、色々なものがどうでも良くなるらしい。

とりあえず愛されたかった。その人の「好きだ」という言葉にしがみつくようにして、付き合い始めた。そうすると不思議なもので、あいちゃんとも少し話ができるようになった。また友達のフリができるようになった。だって私にも恋人がいるし、みんな円満だから。

大丈夫。そうやって、自分のことも騙すことができた。それでも彼女が恋人の話をするとしかめ面になってしまうのだけれど、「うちの娘を不幸にしたら許さない」とか冗談めいて言うことで、どうにか誤魔化し続けた。そんなまま時間が過ぎて、ある夜、少し正直になって、自分の気持ちを彼氏に白状したことがあった。

「私はあいちゃんが好きなんだと思う」

同じベッドに寝転びながらこぼす。彼はスマホをいじりながら聞き返した。

「あいちゃんて?」

「同級生の女の子。前から可愛いって写真とか見せてたさ」

「ああ、あの子か。顔俺も好きだよ」

「いや、そうじゃなくて」

「そうじゃなくて?」

「本当に、そういう意味で好きなんだと思う」

自分でも驚くほど緊張していた。だってこれは、残酷な告白だ。あなたの他に1番の人がいると、本人に伝えているのだ。そうすると恋人は、「へえー」と、それだけ言った。私はびっくりして「え? それだけ?」と聞いた。「何が?」

「え、だって、浮気ってことだよ? 私はその子が好きなんだよ?」

そう早口で言うと、彼は少し笑って

「でも女の子でしょ?」

と言った。

この時の怒りを、何年も経った今でもしっかり覚えている。体の奥の方からぞわぞわと嫌悪感が湧き上がってきた。後頭部が熱くなる。バカにすんな。私のあいちゃんへの気持ちを。あんたなんかに対する愛情よりずっとずっと深くて強いよ。

同じベッドに寝ている人間を、さっきまで触れ合っていた相手を、一瞬でここまで憎悪できるのか、と後から自分でも驚いた。同時に、自分のあいちゃんへの好意がいっそう確信的なものになって、不安が押し寄せてくる。また嘘がつけなくなってしまった。


それから一週間も経たないうちにその人とは別れた。

ずっと側にいたいから、私はこの選択を後悔しない

また少し、あいちゃんと距離を置くようになった。といっても、友達としてはおかしくない範疇で。だって、友達だから。友達でしかないから。むしろ以前が異常だったのだ。きっとあいちゃんだって、居心地が悪かったはずだ。そう言い聞かせる。

そんなときに、偶然学校の用事で会い、ごはんを2人で食べることになった。いつも複数の友人といるときはうまくできるのに、2人きりになるとうまく喋れない。好きがばれませんように、ばれませんように。

ばれてしまったらきっと、二度と一緒にご飯なんて食べられなくなってしまう。慎重に言葉を選んで話してみるけれど、どうしても言葉に詰まった。彼女の着ているシャツワンピースの、チェック模様の隙間を目で追う。下を向いていた私の頭斜め上から、彼女の声がした。


「私ね、ちょーさんが好きだよ」

透き通ったその声は、まるでお告げみたいに私の脳天を突き抜けて、体の真ん中に刺さった。

「ちょーさんのこと、尊敬してるし、本当に好き。

これからも、ずっと友達でいたいって思ってるんだ」

それは、なんとも優しい死刑宣告。おんなじ言葉で、こんなにも違う意味を表せるのか。

態度が少しおかしいことくらい、彼女にはすっかり伝わっていたのだ。これはそんな離れていく私を「引き留める」ための言葉だったのかもしれない。こんな皮肉があるなんて。この好きの意味の違いを、彼女は少しも気付いていないのだろう。

退路が完全に絶たれ、静かに覚悟を決めた。友達になろう。私はこの人の、1番の友達になろう。彼氏が何回変わっても、ずっと変わらない友達に。この人が、恋の相談をする相手に。プレイヤー側に回れないのなら、違う形で彼女の横にいよう。

恋人とは違う、でも強いつながりのある相手に、なろう。それでいい。それだって貴重じゃないか。彼女のそばにいられるならいいじゃないか。十分。十分だろう。

意識的に頬の筋肉を引き上げ、笑顔を作る。こみ上げる涙を抑えるために眉間にシワが寄るのを必死に隠しながら、引きつった笑い顔で、


「うん、私も好きだよ」と言った。すきだよ。すきだ。すきだったよ。

「これからも、友達でいよう。よろしくね」

自分の発する言葉に一文字一文字傷つけられる。血だらけだ。血だらけで私は笑っていた。一生血だらけでもいいや。絶対に最高の友達になってやろうと誓った。

何年も経った今でも時々、あいちゃんとご飯を食べにいく。ちょっと彼氏面がしたくて、食べログを何時間も読みあさって良いレストランを探してしまうけれど、私たちは良い、大人の友達だ。学校のような、何をせずとも会える毎日とは違うから、距離が少しずつ遠くなっていくのは避けられない。それが全く寂しくないかと言えば嘘になる。 

数ヶ月、下手をしたら1年に一度しか聞けない彼女の人生は、まるで光の早さのように進んでいる。やっていることも、愛している人もどんどん変わっていくけれど、彼女はやっぱりどこか彼女のままで、ずっとまぶしいのだ。

私は毎回しっかりと着飾って、深呼吸をして、彼女にふさわしい女でいようと背筋を伸ばす。これからも、時々会って笑い合える関係をずっとずっと続けていけたらいい。

次のあいちゃんの誕生日には、今度同棲を始めるらしい恋人と彼女用の、お揃いのプレートをプレゼントしようと思っている。

「好き」のかたち、「愛」のかたち

著者
出版日
2016-02-13

作家から女優、画家や音楽家まで、様々な人が誰かに宛てて書いたラブレター全26通。好きな気持ちというものは、これだけ人をかき乱して、バカにして、それでいてちっとも相手に伝わっていなかったりする酷いものだ。

でも実らなかった全て含めて、愛おしいと思える不思議なものでもある。愛のたくさんの側面が読める素敵な一冊です。

著者
椎名 うみ
出版日
2017-06-23

付き合いたてで幸せの絶頂の時に彼氏が死んでしまうところから始まるお話。幽霊となって現れた彼とどうにかして一緒にいようと試行錯誤するなか、奇妙なことに巻込まれていく彼女。

絶対に結ばれないし、絶対に触れない。それをわかりながらも出鱈目にお互いを好きでいようとする姿に、目が離せない一冊です。

この記事が含まれる特集

  • チョーヒカル

    ボディペイントアーティスト「チョーヒカル」によるコラム。および本の紹介。体や物にリアルなペイントをする作品で注目され、日本国内だけでなく海外でも話題になったチョーヒカルの綴る文章をお楽しみください。

  • twitter
  • facebook
  • line
  • hatena
もっと見る もっと見る