劇団「大人計画」の主催者であり、俳優や劇作家、演出家、脚本家、映画監督とマルチに活躍している松尾スズキ。テレビでその姿を見たことのある人も多いのではないでしょうか。実は芥川賞に何度もノミネートされている作家としての一面もあるのです。今回は、そんな彼の作品のなかから特におすすめのものを5冊選んで、ご紹介していきます。
1962年、福岡県北九州市に生まれた松尾スズキ。大学卒業後は印刷会社に勤務したものの、1年で退職。子どものころからの夢だった漫画家を志し、出版社に持ち込みつつも、イラストレーターの仕事をしながら暮らしていたそうです。
そんな彼が26歳の時に立ち上げたのが、劇団「大人計画」。
俳優の阿部サダヲや荒川良々、近藤公園、平岩紙や、脚本家でもある宮藤官九郎など、個性的な方々が所属する異色の劇団です。マネジメント業務もおこなっていて、正名僕蔵や三宅弘城、ミュージシャンとしても活躍している星野源なども契約しています。
松尾スズキ自身も、俳優や劇作家、演出家、脚本家、映画監督とマルチに活動しながら作家としても活躍し、その作品は芥川賞候補に選出されるほどの実力の持ち主。
ヘビーなテーマを扱いながらもどこかシニカルで、ありきたりなエンタメ小説に飽きた読者を惹きつけてやみません。
2005年に芥川賞候補にもなった作品。松尾スズキ自身の脚本・監督で2007年に映画化もされています。
不眠症持ちのフリーライターである主人公が、ストレスから睡眠薬を大量摂取。「クワイエットルーム」と呼ばれる、女性専用の精神病院の閉鎖病棟に強制入院させられた14日間を描いています。
さまざまな事情を抱え入院している患者たちやナースと過ごす主人公の、日常と非日常の境界、絶望と再生という重厚なテーマですが、文体は軽く、サクサク読むことができるでしょう。
- 著者
- 松尾 スズキ
- 出版日
著者名を隠していたら、多くの読者が女性作家の作品だと勘違いしてしまうのではないかと思うほど、拒食や過食、虚言、自傷などさまざまな「異常」をもつ女性患者たちが、やけにリアルに描かれていて魅力的です。
主人公は睡眠薬を過剰摂取し、自殺願望があるとされて強制的に入院させられていますが、本人としてはあれは単なる事故で、自分は「異常」ではないというスタンス。それゆえに、他の入院患者たちをかなり冷めた目で観察しています。
しかし我々読者からしてみると、主人公と他の患者の「異常」さを区別することは難しく、では正常と異常の境目は誰が決めるのか、そんなはっきりしたものが存在するのか、自分が正常だと自信を持っていえるのか……と考えさせられてしまうのです。
顔が醜くゆがんでしまう原因不明の奇病にかかり、整形手術を試みたら、今度はやけにすっきりとつぶらな瞳の顔になってしまった主人公。
整形手術の借金を返すためにマッサージ業に精を出し、残りの人生を淡々と生きていこうとする彼のもとに、客として映画監督の海馬が現れることで物語が大きく動き出します。
海馬の弟子になり撮影現場に顔を出すようになった主人公は、その現場でさまざまな「賭け」に奔走する人たちに出会うのです。
2009年には芥川賞候補にノミネートされています。
- 著者
- 松尾 スズキ
- 出版日
- 2012-08-03
舞台となっているのは北九州のシャッター街。主人公が撮影現場で出会うかなりダメな大人たちの、かなりダメな日常をコミカルに描いています。
彼らは何でもかんでも賭けの対象にすることで、日常を楽しくしていました。やがて映画の撮影中に、ベテラン老俳優がセリフをトチるかトチらないかを賭けの対象とする「老人賭博」を始めるのです。
実は脚本家によりわざとトチりやすく書き直されているそれを、老俳優がうまく言えるのか言えないのか……皆が固唾をのんで見守るシーンは圧巻です。
どこか吹っ切れている登場人物たちのさまざまなエピソードも盛り込まれ、喧嘩や陰謀、秘密などの暗い世界観が、シャッター商店街というさびれた舞台によく似合います。日陰の世界の話を描いてはいますが、冗談としか思えないような出来事の連続を描いているので飽きさせません。
コミカライズもされているので、興味をもった方はぜひそちらもお手に取ってみてください。
松尾スズキが雑誌「hanako」に連載していたエッセイに大幅に修正を加えて単行本にしたもの。女性向け雑誌で連載していたにしてはどこか深夜ラジオのような、ちょっとお下品なエピソードも多く、男性の読者も共感できるでしょう。
彼の周りに集まってくる面々の個性の強さと、日常のさまざまな場面で光る松尾の鋭い観察眼に注目です。
- 著者
- 松尾 スズキ
- 出版日
- 1999-08-01
「『私は大人だ』
今、この日本でいったい何人の大人が、そう胸をはって言い切ることができるだろう。『大人一枚』とかなら、いくらでもいえる。しかし、たとえば電車の車内に誰かがいきなり入って来て、『この中にどなたか大人の方はいませんか!?』と聞かれ『はい!私が大人です』と躊躇なく答えられるような、そんないさぎよい、なんというか、まったいらな大人には、なかなか出会えるものではない。」(『大人失格―子供に生まれてスミマセン』より引用)
初版は1995年ですが、松尾スズキの洞察力は今読んでも色あせておらず、登場するエピソードは時代を問わず「しょうがない大人」に対する愛情を感じさせるもの。
ぶっ飛んでいて少し情けなく、本書を読めば彼のファンになってしまうこと間違いなしです。
2014年に20歳年下の一般女性と再婚した松尾スズキ。本書は、自身の結婚生活を赤裸々に描いたエッセイ集です。雑誌「GINZA」での連載を単行本化したもので、巻末には書き下ろしの「AFTER STORY」も収録。
東京で暮らす1組の夫婦の、新婚旅行や介護、子供をつくるかつくらないかなど、さまざまな問題を真摯に綴っています。
- 著者
- 松尾スズキ
- 出版日
- 2017-08-10
「普通自動車免許を持った一般の女性と」再婚をした松尾スズキ。東京に居を構えて、結婚生活を始めました。実話、しかも夫婦のエッセイだからでしょうか、他の作品よりもギャグは少なめで、言葉を選んで書いているという印象を受けます。
作中でたびたび触れられているのが、子どもを持たないという選択をしたことについてです。松尾スズキ自身がその気がなく、妻も彼の気持ちを尊重してくれたそう。しかし果たして自分が死んだ後、20歳年下の妻に子どもがいない状態がよいのかどうか、というところまで言及しています。
どんな夫婦にも、形こそ違えど悩みがあります。社会も世間も優しくはないし、夫婦間の問題にはドロドロしたものもあるけれど、それでも結婚生活は悪くはないと思わせてくれる一冊です。
松尾スズキ初の、書き下ろし絵本です。2015年と2017年には、大人もこどもも楽しめる音楽劇として舞台化されました。
これまで社会の歪みや人間の暗い部分に焦点をあててきた彼の作風を考えると、「絵本」のイメージがしづらいですが、ブラックユーモアにあふれる楽しい作品になっています。
- 著者
- 松尾スズキ
- 出版日
- 2013-09-14
登場人物は、村に住むルーシーという少女と、おじいさん、子馬です。
冒頭のシーンからおじいさんが落馬。死んでしまったことをルーシーが知ったら悲しむと考えた子馬は、おじいさんの皮をはいで被り、おじいさんになり切ろうとする「気づかい」を見せるのです。
ただその姿はどう見ても子馬。
「ルーシーは見て見ぬふりをしました。
すごく、努力して、見て見ぬふりをしました。」(『気づかいルーシー』より引用)
本書のなかで松尾スズキは、「気づかいとは何か」を描いています。また、行き過ぎた気づかいは時に人を傷つけてしまう辛辣さも表現されていて、大人が読んでも十分に楽しめる内容でしょう。