『ブラック・ジャック』5分でわかる10の意外な事実!天才無免許医の謎を解く!【ネタバレあり】

更新:2023.3.10

1970年代半ば、「古い漫画家」と言われどん底にいた手塚治虫の起死回生の一作となった本作。医療漫画という新たなジャンルを切り開いたこの作品には、隠された意外な事実がいくつもあります。 今回は、手塚治虫が「漫画の神さま」と言われるゆえんと、『ブラック・ジャック』の10個の意外な事実をご紹介します。

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『ブラック・ジャック』はやっぱり不朽の名作!無料で読める!【あらすじ】

 

「医療漫画の金字塔」と呼ばれる本作『ブラック・ジャック』を知らない人は、もはやほとんどいないでしょう。しかし、ストーリーはおぼろげにしか知らないという人も多いのでは?まずは、簡単にあらすじをご紹介します。

日本人であるという以外、素性も本名もわからない謎の天才外科医ブラック・ジャックは、神業とさえ言われる手術の腕の持ち主。世界のあちこちに出没し、何千万円、何億円という法外な報酬を要求しますが、ほかの医者に見放されてしまった患者でさえも治してしまいます。

髪は半分白く、身体中つぎはぎの傷痕だらけ。夏でも黒いマントを着て、性格は無愛想。そのうえ、医者は医者でもモグリの医者、つまり無免許医です。およそ歓迎されるような人物ではないのですが、ときに情に厚い一面も見せ、治療した患者たちから感謝の念を捧げられることもあります。

寂しい岬に診療所兼自宅を構えながら、各国を渡り歩く謎の医者ブラック・ジャックは、今日も世界のどこかでメスを振るい、奇跡を生み出しています。

その奇跡のひとつずつを1話完結で連ねていくのが、本作『ブラック・ジャック』なのです。

 

著者
手塚 治虫
出版日

 

実は、早期に連載が終了する予定だったのですが、安定した人気を誇り連載が続きます。後期の不定期連載を合わせて10年もの長い間「週刊少年チャンピオン」読者に親しまれました。

その間に謎の医者ブラック・ジャックの「謎」も少しずつ明かされていったのです。
 

 

『ブラック・ジャック』の作者、手塚治虫は漫画の神様

『ブラック・ジャック』の作者、手塚治虫は漫画の神様
出典:『ブラック・ジャック』1巻

1989(平成元)年に亡くなった手塚治虫は、生前から「漫画の神さま」と呼ばれていました。

彼は1928(昭和3)年大阪府豊中市生まれで、本名は「治」。虫が好きでオサムシという虫にちなんで「治虫」というペンネームをつけました。

誕生日は11月3日。この日は「文化の日」ですが、手塚の没後2002(平成14)年に「漫画を文化として認知してもらう」ことを目的として「まんがの日」にも制定されました。

幼少時に、豊中市から兵庫県宝塚市に転居。隣家には宝塚少女歌劇団(現在の宝塚歌劇団)のトップスターを含むタカラジェンヌ(宝塚歌劇団の団員)3人姉妹がいるという環境で、演劇好きの少年に育ちます。

小学生3年生で初めて漫画を完成させ、5年生のときには長編漫画を描き上げます。同級生や教師たちまでが話題にするほどだったとか。しかし、高校生の時には第二次世界大戦で漫画に対する風当たりが強くなり、軍事教練時に漫画を描いていたという理由で殴られたりしたこともあったそうです。


手塚治虫のおすすめ作品を紹介した<手塚治虫のおすすめ漫画を5人のキャラクターで紹介!><手塚治虫おすすめヒロイン漫画4選!素敵な女性に、アッチョンブリケ!>の記事もおすすめです。

しかし、彼は描くことをやめませんでした。

この戦争体験は、数々の手塚作品に大きな影響をおよぼしました。のちに戦時の抑圧や戦争の悲惨さ、その状況下でも消えなかった漫画への情熱などを『紙の砦』という作品に描き残しています。

著者
手塚 治虫
出版日
1983-09-12

 

戦後間もなく彼は漫画家としてデビューしましたが、並行して大阪帝国大学(現在の大阪大学)医学専門部に入学し、漫画を描きながら医師免許を取得します。

このときに得た知識が『ブラック・ジャック』という作品の礎となるのです。当時、漫画や漫画家の地位はまだ低く、世間の認識をあらためたく思い、医師免許や博士号を取得するまで学んだのだと、手塚は述べています。

彼の漫画は、戦後の漫画の基礎を生み出しました。彼以前の漫画にはなかった、視点を大きく動かす映画のような場面の描写方法や物語、特に悲劇を取り入れたこと、ダイナミックな描き文字、静寂を表す「シーン」という効果音などを、彼は発明したのです。

そうした新しい手法で彼は精力的に作品を発表し続けていましたが、1950年代の終わり頃から、従来の漫画とはタッチや表現が異なる「劇画」の台頭などもあって、1960年代半ばには手塚の漫画は「古いタイプの漫画」と大衆に認識されるようになってしまいます。

人気は低迷しはじめ、1960年代終盤から1970年代序盤は手塚自ら「冬の時代」と呼んだほどでした。

 

そんな彼の「冬の時代」を終わらせたのが、1973年に「週刊少年チャンピオン」で連載がはじまった『ブラック・ジャック』だったのです。

連載開始当初は奮わなかったものの、じわじわと手塚人気は盛り返し、彼の漫画随一の人気作品に成長していきます。この人気が、続く『三つ目が通る』『ブッダ』『火の鳥』などにつながっていったのです。

 


『ブッダ』については<漫画『ブッダ』の10の魅力。手塚治虫の名作から学ぶ哲学とは>の記事で紹介しています。気になる方はぜひご覧ください。

著者
手塚 治虫
出版日
2018-10-24

 

この頃に漫画の文庫化が流行し、さらに過去作の再刊や全集の刊行によって、数多くの名作があらためて大衆に見直されるきっかけとなりました。

手塚漫画の優秀さは誰もが知るところとなり、やがて彼は「漫画の神さま」と呼ばれるようになったのです。

 

著者
手塚 治虫
出版日
2010-06-11

 

その後も、彼の制作の手は止まることがありませんでした。『アドルフに告ぐ』『ミッドナイト』『火の鳥太陽編』など多くの作品を描きますが、1988(昭和63)年に胃の病で倒れてしまいます。本人には告知されませんでしたが、胃がんに冒されていたのです。

卓抜した能力と尽きないアイデア、漫画への消えない情熱を持つ彼は、病に倒れて入院している間もベッドの上でも、漫画を描き続けました。1989(平成元)年に入ると病床で昏睡することも多くなりましたが、意識が戻るたびに「鉛筆をくれ」と言って漫画を描こうとしていたのです。

生前最後の言葉は、「頼むから仕事をさせてくれ」だったと伝えられています。

 

著者
手塚 治虫
出版日
2011-10-12

彼は晩年、テレビの取材に答えた時に「漫画のアイデアはバーゲンセールをするほどある」と述べていました。しかし1989(平成元)年2月9日、手塚は生涯を終えました。

『ルードヴィヒ・B』や『ネオ・ファウスト』など、執筆途中で未完の作品や、漫画のアイデアを残したまま、天上に昇ったのです。

戦後の日本で、新しい漫画表現と現在の漫画の基礎を築いた彼は、亡くなる直前まで漫画を描き続けた、漫画のために生まれたような人物でした。まさに「漫画の神さま」といえましょう。

 

『ブラック・ジャック』の意外な事実1:ブラック・ジャックの原点はスナイパー?!

『ブラック・ジャック』の意外な事実1:ブラック・ジャックの原点はスナイパー?!
出典:『ブラック・ジャック』12巻

 

1950年代終盤、それまでの漫画と一線を画した「劇画」というジャンルが勃興しました。これは子供向けとされていた漫画に対して、もう少し上の年齢層である青年向けのもの。画風はリアリスティックで、ストーリーはハードボイルドタッチのものが多く描かれました。

劇画は新しいジャンルの娯楽としてにわかに人気ジャンルとなり、手塚治虫の漫画は古くさいとされ、彼の作品の人気は低迷していました。その時期に「週刊少年チャンピオン」で新しく連載が始まります。

その漫画が『ブラック・ジャック』です。主人公の「ブラック・ジャック」には、医学を学んでいた頃の手塚自身の思いと、人気を博していた劇画のテイストを取り入れたうえで、劇画に対抗するはぐれ者としての要素を込めました。

また、このときに参考にしたのが、当時から人気作品だった『ゴルゴ13』の主人公デューク・東郷だとされています。

 

著者
さいとう たかを
出版日

「素性も本名もわからない、神の技術を持つ謎のプロフェッショナル」という点は、なるほどブラック・ジャックとデューク・東郷は共通しています。東洋系で無口、高額な報酬で他者には困難な依頼を引き受けてこなし、恩を受けた相手には手厚く報いるなどの点も、よく似ているといえるでしょう。

大きく異なるのは、ゴルゴ13は高額な金を得て生命を奪う者であり、ブラック・ジャックは高額な金を得て生命を救う者であることです。

他作にヒントを求めながらも、『ブラック・ジャック』はそれまで漫画に描かれたことがなかった医療というジャンルを取り上げ、医師の葛藤や生命の尊さを秀逸なドラマに仕立てて描いたことで、従来の漫画とも劇画とも、さらに一線を画した作品として立場を確立しました。

医師が主人公の漫画は現在ではたくさん存在しますが、その原点は本作であるといえます。

別ジャンルのテイストを取り入れつつ、独自のものとして昇華し、また別の新しい価値を生み出すという、手塚治虫の努力と才能がなし遂げた奇跡のひとつなのです。

『ブラック・ジャック』の意外な事実2:ブラック・ジャックのジレンマ

本作には、あらゆる二律背反が散りばめられています。善と悪、金と生命、治療と病気、救命と安楽死、生と死……。

ブラック・ジャックという医者は無免許で治療行為をし、法外な報酬を要求します。これは法律に背く行為で、「悪」といえるものです。しかし、一般の医療から見放された患者すらも自らの手で治療を施し、救います。

さて、これは先ほどの「悪」から地続きの行為ですが、果たして本当に「悪」でしょうか。

著者
手塚 治虫
出版日
1977-12-01

単行本第13巻に収録されている「約束」で、強盗を働いて奪った金を難民キャンプで配る青年が「正義のための強盗だ」と紹介されたことに対し、ブラック・ジャックはこのように答えます。

正義か。
そんなもんはこの世の中にありはしない。 
(『ブラック・ジャック』13巻から引用) 

善=正義なのか、または悪なのか。いずれにしてもブラック・ジャックは、自分自身が善ではないことを意識しながら、助けると決めた患者を最後まで治療し、それによって患者は生命を長らえます。

では、終わるはずだった生命を救うことに対して高額の報酬を得ることは、非難されるべきでしょうか。昭和後期に「人命は地球より重い」と発言した首相がいましたが、地球よりも重い生命を救うという大きな仕事の対価として、大金を得るのは当然のことではないのでしょうか。

治療によって延命することはどうでしょう。すべてしあわせにつながるのでしょうか。病気によって若くして命を落とそうとしている人たちは、誰もが「病気を治して長生きしたい」と願っているでしょうか。 

出典:『ブラック・ジャック』9巻

第9巻に収録されている「ふたりの黒い医者」に登場するドクター・キリコは、ブラック・ジャックと相対する存在で、高額の報酬を得て安楽死を提供する医師です。

第56話では、交通事故で脊椎を損傷して寝たきりになった女性が、このまま生きていても治りもしないし医療費がかさむだけだと言って、彼女に安楽死を依頼しました。

他方で、女性の2人の子供たちは、ブラック・ジャックに女性を手術してほしいと依頼。女性はブラック・ジャックの手術によって回復しますが、その後思わぬことが……この物語の終盤にドクター・キリコが、このように言っています。

生きものは死ぬ時には自然に死ぬもんだ……
それを人間だけがむりに生きさせようとする。
どっちが正しいかねブラック・ジャック。 
(『ブラック・ジャック』9巻から引用)

 

出典:『ブラック・ジャック』6巻

また、第6巻に収録されている「ちぢむ!!」では、身体が縮んだ末に死に至るという原因不明の奇病に罹患した恩師・戸隠に、ブラック・ジャックが呼び出されます。

戸隠とともに治療法を模索した末、その病気は飢饉の地域に多発することがわかるのですが、戸隠はこれを「限られた地球上の食糧を、生きものすべてで分かち合うためには身体を小さくしなければならない」という神の啓示だと言うのです。

治療法は見つかりましたが、彼は亡くなってしまいます。医者は病気を治療して人を助け、助かった人は寿命が延びて、人口が増えます。その結果、食糧危機が訪れ、人が飢えて死んでいく。ブラック・ジャックは虚空に叫びます。

医者は何のためにあるんだ 
(『ブラック・ジャック』6巻から引用)

こうしたいくつもの命題の狭間で、彼は葛藤しながらも、人を治療し続けるのです。1970年代に描かれた作品ですが、2000年を過ぎてしばらく経つ現在もなお、解かれていない医者のジレンマが本作には描かれています。

著者
手塚 治虫
出版日
1975-09-01

 

『ブラック・ジャック』の意外な事実3:ピノコの出自は?皮膚は合成繊維?

『ブラック・ジャック』の意外な事実3:ピノコの出自は?皮膚は合成繊維?
出典:『ブラック・ジャック』2巻

 

本作を語るうえで忘れてはいけないのが、ピノコという存在です。見た目は幼く、舌足らずで独特の話し方が愛らしい彼女。しかし、自称「としごよのレレイ」(年頃のレディ)で「先生のおくたん(奥さん)」。家事や手術の助手もして、ブラック・ジャックのよきパートナーです。

彼女の初登場は、単行本第2巻に収録されている「畸形嚢腫」。顔も名も伏せた女性の身体にできた嚢腫(できもの)の中には、脳や、内臓や、手足など人体のパーツが一揃い入っていました。切除しようとすると、執刀医が頭痛を起こすなどの異常が発生して手術が不可能なのだと、ブラック・ジャックに手術の依頼がくるのです。

手術を邪魔していたのは、嚢腫の「中身」。脳があって、念力のようなもので訴えてきます。切り取られて死ぬのは嫌だと手術を邪魔していたのですが、ブラック・ジャックは「切除はするが殺しはしない」と約束し、手術を終えるのです。

切り取った嚢腫の「中身」を合成繊維でつくった皮膚の中に収めると、1人の少女の姿になりました。これが、ピノコです。ピノキオに似ているから「ピノコ」と名付けた、と作中でブラック・ジャックが言っています。

 

著者
手塚 治虫
出版日
1974-08-01

このような出自の彼女は、普段はブラック・ジャックの診療所兼自宅にいますが、時折、彼と一緒に海外へ出掛けることがあります。

そこで気になるのが、パスポート。出入国するためにはパスポートをつくる必要がありますが、つくるときには、戸籍謄本または抄本が必要です。出産によって生まれたのではない彼女に、戸籍はあるのでしょうか?

この答えは、単行本第15巻に収録されている「ハッスル・ピノコ」にあります。物語冒頭で、自称21歳(生まれた時の自称は18歳)のピノコに、ブラック・ジャックが「戸籍上は1歳だ」と言っていますので、戸籍はつくられているようです。

どのように出生届が出されたのかはわかりませんが、世界の裏表に多くのコネクションを持つブラック・ジャックですから、何らかの方法で戸籍を作ったのでしょう。

著者
手塚 治虫
出版日
1978-08-01

かわいらしくて「ピノコ語」とも呼ばれる特有の言葉を話し、多くの人に愛されるこのキャラクター。モデルは手塚治虫の長女るみ子氏では、とたびたびいわれてきました。

るみ子氏はこう言われるのを当初嫌がっていましたが、やがて「わがままで自由奔放なピノコの姿は、子供の頃の私そのまま」と考えるようになり、後年、新聞の取材に対してもそう答えています。

また「ピノコ語」は、幼い頃のるみ子氏の喋り方をもとにしているとのこと。我が子の要素を取り入れて魅力溢れるキャラクタの創造に結びつけたエピソードから、手塚は仕事一辺倒ではなく、娘のこともよく気にかけて観察していたのだということがわかりますね。

『ブラック・ジャック』の意外な事実4:ブラック・ジャックの患者は人間だけではない?

『ブラック・ジャック』の意外な事実4:ブラック・ジャックの患者は人間だけではない?
出典:『ブラック・ジャック』19巻

 

どんな患者も治療してしまう、神の手を持つ天才医師ブラック・ジャック。「どんな患者も……」ですが、人間ではない患者もたびたび治療しているのです。

たとえば、動物。鹿、犬、馬、ライオンなど、哺乳類をたくさん手術しています。単行本第2巻に収録されている「ナダレ」では鹿の脳を胸部に移植して脳の発達を促すという手術をしていますし、第3巻第22話「万引き犬」では、TVアニメ版『ブラック・ジャック』でレギュラーになった犬のラルゴを手術しています。

 

著者
手塚 治虫
出版日

陸上の哺乳類だけでなく、イルカやシャチなどの水に棲む動物の治療もおこななっています。第1巻に収録されている「海のストレンジャー」ではイルカを、第7巻の「シャチの詩」ではシャチを治療していますが、いずれもブラック・ジャックに恩返しをしたのち、生命を落としてしまいました。

さらに人間でもない、動物でもないものも治療しています。第2巻の「雪のよばなし」では目に見えない霊、第6巻の「のろわれた手術」ではミイラ、第10巻の「U-18は知っていた」では医療センターを一元管理する巨大なコンピュータ……という風に、さまざまなものに治療を施し、すべて治しています。

著者
手塚 治虫
出版日

もちろん、いずれの治療にも多額の報酬を要求していますが、第19巻の「未知への挑戦」で手術をした宇宙人からは、もらいはぐれてしまいました。

宇宙人が地球の貨幣を知らなかったため、ブラック・ジャックはポケットに入っていたしわくちゃの100ドル紙幣を見せて「これを2000枚、つまり20万ドルだ」と言って報酬を要求します。そして、そのとおりに支払われたのですが、宇宙人は彼が見せた100ドル紙幣をそのまま複製したものを、2000枚用意して支払ったのです。

しわの入り方も札番号も、まったく同じ紙幣が2000枚。そんなものが目の前にあれば、誰もが偽札と判断します。受け取った報酬を使おうとしたのか預金しようとしたのか、そこで貨幣偽造を疑われたらしく、ブラック・ジャックは鉄格子の部屋に入れられてしまうのでした。

それでも怒ることも悔しがることもないのが、彼のクールなところです。

 

 

『ブラック・ジャック』の意外な事実5:何度も自分を手術?! 手術室を持ち運ぶことも?

『ブラック・ジャック』の意外な事実5:何度も自分を手術?! 手術室を持ち運ぶことも?
出典:『ブラック・ジャック』10巻

 

先の項で、人間でも動物でもないものの治療をしたエピソードをご紹介しましたが、ブラック・ジャックはもっと驚くべき手術をこなしています。

彼が手術をした、もっとも意外な人物。それは、ブラック・ジャック自身です。彼は自分で自分の身体を手術したのです。それも、1回だけではありません。

初めて自分の手術をしたのは、単行本第2巻の「ピノコ再び」。腹膜炎でしばらく寝込み、「自分で自分のからだを手術するのも、まあ話のタネだろう」と言って、手術台の上から鏡を吊して、それを見ながら手術してしまいます。

 

著者
手塚 治虫
出版日

その後、第5巻の「電話が三度鳴った」では逆恨みで銃撃されてしまい、身体に入り込んだ銃弾を自ら取り出していますし、第10巻の「ディンゴ」でオーストラリアの広野を放浪した末に原因不明の腹痛に襲われたときには、なんと屋外で無菌テントをふくらませ、その中で自分の腹部を切開して、新種の寄生虫を摘出します。

この小型のビニールハウスのような無菌テントは常に携行しているらしく、ほかのエピソードにも何度か登場。

著者
手塚 治虫
出版日

第21巻の「骨肉」では、資産家となった父親が危篤となり呼び出されます。急いで父親の元へ向かいますが、顔を見る前に死亡を知らされました。その後、ブラック・ジャックは何者かの差し金で事故に遭ってしまいます。

運び込まれた病院では、左脚が血管も筋肉もめちゃくちゃになっていて切断するしかないと言われてしまいますが、彼は「ある人からからだの一部をもらう」と言い出し、自らの左脚の形成手術を、自ら執刀します。

「ある人」とは、亡くなったばかりの自分の父親でした。死後間もない遺体からなら移植に足る組織が採取できると言って、「遺産はいらない、なきがらがほしい」と継母に連絡し、遺体を取り寄せたのです。

そして、めちゃくちゃになった自分の脚をきれいに形成してしまい、病院の医師たちを驚かせます。肉親の身体なら自分の身体を使うのに近く、くっつきやすいのです。

このように、彼は人だけでなく、動物も機械も謎の生物も、そして、自分自身をも手術をして治してしまうという奇跡を次々と起こします。

『ブラック・ジャック』の意外な事実6:ブラック・ジャック半々の理由

『ブラック・ジャック』の意外な事実6:ブラック・ジャック半々の理由
出典:『ブラック・ジャック』12巻

 

ブラック・ジャックの容貌は、みなさんすでにご存じのことでしょう。髪は半分黒くて、半分白い。顔には向かって左上から右下に向かって、斜めに顔を2つに分けるように傷痕があって、白黒原稿ではわかりませんが、傷痕を境に向かって右側(本人から見て左側)の皮膚の色が異なります。

彼は幼少期に、爆発事故に遭っています。不発弾処理がずさんで、掘り出されずに埋まったままにされていた不発弾の爆発に母親もろとも巻き込まれて、身体がバラバラになってしまったのです。そのときの恐怖で髪が白くなってしまったのだということが、単行本第14巻の「不発弾」で語られています。

身体がバラバラになるという瀕死の重傷を負いましたが、手術でつなぎ合わされて、彼は一命を取りとめます。このとき彼の手術をしたのが、本間丈太郎という外科医です。

 

出典:『ブラック・ジャック』3巻

ある医院の玄関で顔を伏せるブラック・ジャックに、大きな鼻とふさふさとした髭が特徴的な容貌の男性が語りかける場面の画像が、インターネット上でもたびたび見かけられますが、この男性が本間です。彼が語りかける内容は、次のとおり。

人間が生きものの生き死にを自由にしようなんて
おこがましいとは思わんかね……。 
(『ブラック・ジャック』3巻から引用)

彼はすぐれた外科医で、ブラック・ジャックの身体を形成手術で修復し、再び自由に動けるよう励ましながらリハビリテーションをおこなわせました。この過程でブラック・ジャックは彼に敬意を抱き、医師を志したのです。

爆発でバラバラになった身体をつなぎ合わせたので、ブラック・ジャックの身体は傷痕だらけ。なかでも顔の傷は大きく、皮膚の色も違うので目立ちます。事故後、彼の成長とともに医療は発達して、傷痕を消す手術も可能になりますが、彼は傷痕も皮膚の違いも、自ら望んでそのままにしています。

出典:『ブラック・ジャック』8巻

この皮膚の色が異なる部分は、事故当時移植予定の皮膚が使えず、緊急に新たな皮膚を採取する必要がありました。見舞いに来ていた同級生たちがドナーになることを嫌がるなか、タカシというアフリカ系と東洋系のハーフの少年だけが了承しました。ブラック・ジャックの顔の色が違う部分は、彼から皮膚をもらった部分なのです。

第8巻の「友よいずこ」に描かれているとおり、皮膚をもらった後、ブラック・ジャックは「医者になってもうけてタカシにお礼するんだ」と言い、成長したのちもタカシの行方を探し続けます。

このように、彼の行動には、幼い頃の不発弾事故が大きく影響しているのです。この事故には責任を怠った5人の人物がいて、その5人に復讐をするというエピソードも本作にはあります。彼の人生は、彼らへの復讐譚でもあるのです。

 

『ブラック・ジャック』の意外な事実7:ブラック・ジャック無免許の理由

『ブラック・ジャック』の意外な事実7:ブラック・ジャック無免許の理由
出典:『ブラック・ジャック』3巻

 

ブラック・ジャックは物語冒頭、第1話から「モグリ」(潜り=許可を受けていない)の医者、つまり無免許医です。当然、違法な存在ですが、彼が免許を持たないまま医療行為をおこない金銭を得ている理由は、実は明確には描かれていません。

単行本第3巻の「獅子面病」では、ある患者を治療できたら医師免許を与えるが、断れば逮捕すると脅迫され、ブラック・ジャックは見事に治療してみせます。

しかし、報酬として大金を巻き上げていることで世界医師連盟に苦情が殺到しているため、免許は下りないという結果を見てしまうのです。つまり、彼が報酬のスタイルを変えない限り、医師免許は下りないということ。

 

著者
手塚 治虫
出版日

しかし、彼は第8巻の「報復」で、日本医師連盟に呼び出され「医師免許を取得し規定の料金のみを取れ」という通告を受けながら、次のように言ってはねつけています。

ほっといてください。わたしはルールってやつがきらいでしてね。 
ワクにはめられた医者になりたくないのです。 
(『ブラック・ジャック』8巻から引用)

理由らしい理由といえば、これでしょうか。このエピソードの結末では、日本医師連盟の会長が自分の息子を手術してほしいと医師免許を手渡しますが、ブラック・ジャックは、それをその場で破っています。 

医師免許を持たないからといって、医療の知識が不確かなものだというわけではありません。第5巻の「めぐり会い」や第9巻の「けいれん」など、大学の医局員時代のエピソードや当時の恩師などが登場するエピソードがいくつかあることから、大学医学部および医局で専門教育を経ていることは明らかです。 

著者
手塚 治虫
出版日

第5巻の「ピノコ還る」では、世界医師会連盟から「委員が3名来日するので、会ったうえで委員会に諮り、連盟から医師免許を交付する」とブラック・ジャックに電話が入ります。

電話を終えた後で鼻唄なのか口笛なのか音符を奏でる姿が見られることから、この頃は医師免許を得ることについてはやぶさかでない様子でした。この後の間に、何か大きな意識の変化があったのでしょう。

医師免許は与えられなかったり、断ったりして、彼はずっとモグリの医者です。無免許の不法な医者のはずですが、2016年に開催された第116回日本外科医学会では、その姿がシンボルマークに採用されました。

ブラック・ジャックという医者は現代・現実の医師たちの目標や手本のような存在になっているということでしょう。しかし、無免許での医療行為までは手本としないよう、お願いしたいものです。

『ブラック・ジャック』の意外な事実8:ブラック・ジャックはレトルトカレー好き

『ブラック・ジャック』の意外な事実8:ブラック・ジャックはレトルトカレー好き
出典:『ブラック・ジャック』14巻

 

患者から大金を巻き上げる、モグリの医者ブラック・ジャック。さぞかし裕福な生活をしているだろう……と考えている人も多いかもしれません。しかし作中を窺ってみると、彼はかなり質素な生活をしています。

なかでも食生活はずいぶん偏っているようで、たびたび登場する好物は、カップラーメンとカレーライス、コーヒー、お茶づけです。

自宅ではピノコが高い頻度でカレーライスをつくっていますし、単行本第14巻の「土砂降り」では何日もお茶づけを所望し、「長雨にはお茶づけに限ります」という迷言を残しています。

 

出典:『ブラック・ジャック』8巻

第8巻第73話「報復」では、日本医師連盟の訴えで無免許医として逮捕・拘留されました。そのときにピノコが面会に現れ、「車の免許あんのにお医者の免許ないなんてアッチョンブリケよのさ」と、これまた迷言を口にしながら、差し入れとして持ってきたのはカップヌードルとボンカレーです。

これを見て、ブラック・ジャックは有名な台詞を口にしています。

ボンカレーはどうつくってもうまいのだ。 
(『ブラック・ジャック』8巻から引用)

第18巻の「銃創」のように、出掛けた先で飲食店に入っても「カレーライスとコーヒー」を注文します。このエピソードの冒頭では、ミニッツステーキやエビフライを勧められますが、断固として「カレーライスとコーヒー」。それほどカレーライスを食べている彼が殊に誉めるのが、ボンカレーなのです。

著者
手塚 治虫
出版日

さて、拘留中のブラック・ジャックは、差し入れられたボンカレーを食べたのでしょうか。私が推測するに、おそらく同時に差し入れられたカップヌードルだけでしのいだのではないでしょうか。

というのは、『ブラック・ジャック』が連載されていた1970年代には、現在流通している「パックごはん」は存在しませんでした。缶詰のごはんはありましたが、缶切りがないと開けられません。

電子レンジは存在したものの、1971年に国内でようやく80000円台の機種が発売されたところで、当時の大卒サラリーマンの初任給は46400円。大変高価で、どこにでもあるものではありませんでした。

このような時代の拘留中ですから、ごはんがあったとしても、カレーもごはんも冷たいまま食べなければなりません。温めないと食べづらいものですし、拘留期間も長くはなかったようですから、カレーは食べずに済ませたのではないかと推測されます。

作中の描写に麺をすすっている様子しか見られないことも、その裏付けと考えられはしないでしょうか。

 

『ブラック・ジャック』の意外な事実9:ブラック・ジャックのメスは1回研ぐのに1千万円!

『ブラック・ジャック』の意外な事実9:ブラック・ジャックのメスは1回研ぐのに1千万円!
出典:『ブラック・ジャック』12巻

 

ブラック・ジャックは常にメスを携行していて、手術設備がない場所でも緊急手術ができるように備えているばかりか、ときにはメスを投げて、攻撃してくる者を倒すこともあります。

メスは、人体を切り開く道具。僅かに触れただけでも皮膚が切れてしまうほど鋭くなければなりません。現在では衛生上の理由から使い捨てが主流になっていますが、本作が描かれた1970年代は、洗浄・消毒してくり返し使っていました。

使ううちに切れなくなってくるので、そうなってきたら研がなければならないのは、刀剣と同じです。かつて、大きな病院にはメスを研いで、消毒をする職人がいました。

 

著者
手塚 治虫
出版日

 

ブラック・ジャックも、メスを職人に研いでもらっています。単行本第12巻の「湯治場の二人」には、ブラック・ジャックが山奥に住む刀鍛冶・憑二斉にメスを研いでもらいに出向くエピソードが描かれました。

このときブラック・ジャックは、メスを研ぐ料金として1千万円を現金で渡すのですが、憑二斉は札束をそのまま炉にくべて火種にしてしまいます。

いかにも気難しい職人といった風貌の老刀工・憑二斉は、メスを1本研ぎ上げると、庭になっている瓢箪をメスで縦2つにすっぱり切り、すぐに切り口を合わせてもと通りにくっつけてしまいました。これは「戻し切り」と言って、鋭い刃物にのみ可能なことです。

別作品ですが『るろうに剣心』9巻の「逆刃刀を求めて」にも似た描写があり、主人公・緋村剣心が大根を使って、ある刀鍛冶がつくった包丁を試すために、戻し切りをしています。ここでは「切り口の組織をまったく潰すことなく斬ることによって、再び元通りに出来てしまう」と説明されています。

この上ない切れ味の表現として、「戻し切り」はよく使われるようです。

 

出典:『ブラック・ジャック』12巻

瓢箪を戻し切りできるほどの切れ味のメスを見て、ブラック・ジャックは「これで一千万円は安い!」と言っています。けれども憑二斉は、「ほんとの刀はものを切る道具ではない、心を切るためにある」とブラック・ジャックのおこないをよしとはせず、間もなく心臓が弱って亡くなってしまうのです。

彼は死期を悟っていたらしく、ブラック・ジャックに宛てて遺書を残していました。

天地神明にさからうことなかれ 
おごるべからず 
生き死にはものの常也 
医ノ道はよそにありと知るべし 
(『ブラック・ジャック』12巻から引用)

患者の生死まで医者が決めてしまっていいのか、医者は何のためにいるのか……本作のテーマが、ここであらためて問われています。ブラック・ジャックは「わたしには一生わからないかもしれない」とつぶやいています。

おそらく、医者が永遠に考え続けなければならない命題なのでしょう。

『ブラック・ジャック』の意外な事実10:ブラック・ジャックの法外な報酬の理由

『ブラック・ジャック』の意外な事実10:ブラック・ジャックの法外な報酬の理由
出典:『ブラック・ジャック』7巻

 

ブラック・ジャックという無免許医は法外な報酬を要求する、ということはすでにご承知のとおりです。どうして大金を要求するのでしょうか。理由については単行本第8巻第73話「報復」で、ブラック・ジャック自身がこのように述べています。

わたしは医師連盟できめた料金なんてばかばかしくてあいてにしませんね。 
わたしは自分の命をかけて患者を治しているんです。 
それで治れば一千万が一億円でも高くはないと思いますがね。 
(『ブラック・ジャック』8巻から引用)

また、大金は支払う側の覚悟を量るものでもあるようです。第7巻の「おばあちゃん」では、幼い頃難病だった自分の治療費を支払うために生涯を捧げてくれた母親が倒れ、治療してほしいと申し出た息子に3000万円を要求しています。しかも、そのうえで90%助からないと言うのです。

請求された息子は、ごくありふれた一般的な家庭を持つサラリーマン。もちろん3000万円という金額に驚きはするのですが、「あなたに払えますかね?」というブラック・ジャックの問いに、息子は「一生かかっても、どんなことをしても払います!きっと払いますとも!」と答えました。

このときに、ブラック・ジャックは言うのです。「それをききたかった」と。

おそらく、息子が実際に3000万円を支払うかどうか――自分が3000万円を受け取れるかどうかは、ブラック・ジャックにとってはどうでもいいことなのです。

3000万円という途方もない大金を、どんなことをしても払うから助けたい、という意志が息子にあるか否かを、ブラック・ジャックは問うたのでした。金額は「目安」くらいに考えていいのかもしれません。 

 

出典:『ブラック・ジャック』9巻

必ずしも大金を要求して手に入れているのではないということは、いくつかのエピソードからわかります。たとえば第9巻の「タイムアウト」では、建設会社のトラックが輸送していた、鉄骨を固定するワイヤーが緩んで鉄骨が崩れ落ち、子供が下敷きになるという事故が起きました。

とおりすがりのブラック・ジャックが、事故の責任者であろう建設会社に5000万円を支払えるかを確認し、子供を助けます。

しかし、子供が無事助かったのち、建設会社は言を翻して、事故現場にいたほかの軽トラック運転手に責任を押しつけ、5000万円を支払わないと言い出します。一方、軽トラック運転手は建設会社の非を訴え、そんな大金は支払えないと言いました。

そんななか、助けられた子供だけが、笑顔でブラック・ジャックにおもちゃの風車を差し出します。ブラック・ジャックは、それを「5000万円の代わりだ」と言って受け取るのです。

数千万円、数百億円という大金を要求する一方で、こういった「実質0円」で治療をしたり、30円や100円といった金額を請求をすることもあります。

とはいえ、全体的に見れば、手に入れたお金はかなりの額になるはずです。

では、大金を得たブラック・ジャックは、その金をいったい何に使っているのでしょう。

著者
手塚 治虫
出版日

作中の様子から窺える金の使い途は、先の項で見てきましたように、幼少期の事故を防げなかった責任者たちへの復讐、憑二斉にメスを研いでもらうための料金など。さらには第11巻の「宝島」では、自然保護のため島を買い取っているというエピソードもあります。第8巻の「報復」のように、警察に捕まったときには保釈金を積むことも。

第17巻の「助けあい」では、ある1人を助けるために急がねばならず、警察の追跡を逃れるためにレンタカーを借りたり、モーターボートを即金で購入したり、立ち入りを拒否された病院をオーナーと交渉してまるごと買い取って、入れるようにしたりもしています。

こんな風に大金を支払うこともあるブラック・ジャックですから、実は手許にはさほどの金額は残らないのかもしれません。

医療漫画の金字塔『ブラック・ジャック』の意外な事実を10個ご紹介しました。ブラック・ジャックと名乗る謎の医師のパーソナリティに触れるエピソードも多く、親しみを感じて頂けたことと思います。作中に込められたテーマについて考えてみてはいかがでしょうか。


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