戦争に翻弄されながらも必死に生きた、ある1人の記者の物語。本作は「週刊新潮」で連載された後、1983年に単行本化された山崎豊子の小説です。1984年に続き、2019年3月にもテレビドラマ化され、注目を集めました。 今回は、そんな本作の見所をご紹介しましょう。
1900年代、開戦が宣言された太平洋戦争。そんな時代に、アメリカで日本語新聞社の記者として働いていた日系2世の天羽賢治は、日本人としての自分とアメリカ人としての自分の狭間で、どう生きるべきなのか葛藤をします。
しかし、彼を取り巻く時代は待ってくれません、日系人という理由だけで家族が強制収容所に入れられてしまうなど、さまざまな困難に直面します。
戦争によって運命を振り回された1人の人間の、生きる姿を鋭く描いた本作。今回は、その魅力をや見所を5つに分けてご紹介します。
- 著者
- 山崎 豊子
- 出版日
テレビ東京にて、タカハタ秀太監督による2夜連続のテレビドラマが2019年3月に放送されました。キャストは天羽賢治役を小栗旬、チャーリー田宮役をムロツヨシ。その他、多部未華子や仲里依紗など、豪華なキャスト達が発表されました。
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『華麗なる一族』や『沈まぬ太陽』などが知られる小説家。
彼女は、新聞社勤務を経て小説家となり、1958年には『花のれん』で直木賞を受賞しました。他にも、テレビドラマも有名になった『大地の子』や『白い巨塔』、『華麗なる一族』、『沈まぬ太陽』など数々の名作、人気作を生み出しています。
作者は、膨大な取材を重ねて作品を書くことでも知られており、その内容は限りなくノンフィクションに近いともいわれているほど。
『白い巨塔』では大学病院の腐敗を描き、これによって社会派作家としても知られるようになりました。
- 著者
- 山崎 豊子
- 出版日
- 2002-11-20
中国残留孤児の人生を描いた『大地の子』では300人以上もの孤児を取材し、書き終えた後はすっかり疲れきっていたといいます。ちなみに、同作を原作にしたテレビドラマは大ヒットし、主演した上川隆也を一気に有名俳優へと押し上げることにもなりました。
そんな緻密かつ膨大な取材に基づいた作品はいずれも人間ドラマを鋭く描いており、重厚なテーマが多いことが特徴です。
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激動の時代のなかで、必死に生きる人々の姿が描かれています。
本作の見所は、立場が同じでも、異なる考え方をもつ登場人物たち。誰が正解ともいえないこの物語に、深いテーマを感じることができるでしょう。
本作は実話ではありません。しかし、そう感じられてしまうほど、内容はリアルに作り込まれています。また、ここで描かれていることが事実でなかったとしても、主人公と同じような境遇で苦しんだ人は多く存在するのです。そういう意味では、実話と言っても過言ではない内容となっています。
そんな本作の主人公には、モデルとなった実在の人物がいます。それが、伊丹明。日系アメリカ人2世で、太平洋戦争ではアメリカ陸軍で働いていた人物です。
アメリカ国籍を持つアメリカ人であったにも関わらず、日系人ということで収容所に収監された後、アメリカ陸軍で日本軍の暗号を解読する任務に従事。戦後は東京裁判で翻訳モニターとして働いていました。日系人だからこその苦難はさまざまにありましたが、アメリカでは優秀な軍人として評価されていたようです。
しかし、日本とアメリカの2つにルーツを持つ彼は、アメリカの一方的な東京裁判では、さまざまな葛藤を抱きます。一説によると裁判長を殴ったという話もあるようで、そんなことからも彼の深い葛藤を感じることができるでしょう。
39歳の時にピストル自殺で人生の幕を閉じましたが、本作の主人公・天羽賢治とはさまざまな部分で重なるところがあります。それゆえに、波乱万丈な伊丹明の人生を、天羽賢治というキャラクターを通して見ることができるはずです。
本作では、戦争が終わった後、賢治が東京裁判で働く姿も描かれていきます。
東京裁判とは、日本が戦争を降伏した後、戦争犯罪人として、戦争の指導者を裁くために開かれた軍事裁判のことです。戦勝国のアメリカが、日本に報復をするかのような内容のものでした。
そんな裁判のなか、翻訳モニターというのは英語と日本語それぞれの翻訳で、誤解が生まれないようにするための監視役のようなものです。日本語と英語、さらには2つの国の文化に通じている賢治は、複数いる翻訳モニターのなかでも特にメインとなって働きました。
2つの国のルーツを持つために、さまざまな困難が降りかかる賢治。戦時中に日系人という理由で収監されたり、アメリカ軍で働くことを決意したりする場面にも心を打たれますが、この東京裁判で働く場面では、2つの祖国を背負った彼の苦悩が描かれており、特に印象深い場面です。
昔習っていた弓道を再び始めて精神を落ち着かそうと努める彼ですが、なかなか思うようにいかず苦しむことになっていきます。
ここでの判決で、なにが彼を苦しめたのか。そして、最後にとった行動とは……?作者の徹底した取材により、よりリアルな東京裁判の様子が描かれています。
本作は長編であるため、物語の舞台もストーリーが進むにつれて移り変わります。日系2世として生まれた賢治は、激動の時代の中心にいるような人生を送ることになるのです。
- 著者
- 山崎 豊子
- 出版日
- 2009-09-14
太平洋戦争が始まったせいで収容所に収監され、アメリカ軍に入隊し戦場であるフィリピンへ行き、さらに原爆の落とされた広島、東京裁判の開かれた東京に移りました。
その間、同じ日系2世の仲間たちと、それぞれの考え方を持つ周囲の人との対立もあり、賢治は常に何かの狭間で思い悩みます。日本人として生きるべきか悩む賢治と、アメリカ人として出世することを目標にするチャーリー田宮の異なる考えに、ぜひご注目ください。
対立があったからこそ賢治はさまざまな考えをもち、自分の信念を貫き通すことができたのかもしれません。しかし信念があったとしても、常に追い詰められていた状況では、気持ちを保ち続けることは難しかったのでしょう。そんな彼の迎えるラストは、ひどく悲しいものでした。
波乱の人生を自分の選択で生きるということは、とても難しいことなのだと再認識させられるでしょう。その衝撃の結末は、ぜひご自身でお確かめください。
山崎豊子だからこそのリアリティが、読んでいて辛い時もあるかもしれません。2つの祖国をもった青年の生きざまを、ぜひご覧ください。