ある日見つけたカセットテープは、自分が過去の大事件の関係者であると告げるものでした。「もしやこれが真相では?」と思うほどリアルな描写と展開、紡がれる人々の人生とは。昭和に起きた未解決のまま時効が成立したグリコ・森永事件を題材に、作者が着想から15年以上を経て書き上げた物語です。本作はフィクションであるため、犯人が判明していきます。知らぬままに事件に巻き込まれた主人公は、どんなラストを迎えるのでしょうか。 映画化も決定した作品の魅力について、ネタバレを交えご紹介します。
京都で小さなテーラーを営む曽根俊也は、亡き父の荷物から古びたカセットテープを見つけます。テープに録音されていたのは、幼い頃の自分の声で読み上げられる不可解なメッセージ。それはなんと三十一年前におきた未解決事件「ギンガ・萬堂事件」で、犯人が使用したものだったのです。
毒入り菓子をばら撒いたり、大胆な犯行予告など、大手食品企業を狙った「ギンガ・萬堂事件」。俊也は事件と父との繋がりを疑い、調査を始めます。
一方、上司の命で「昭和の未解決事件」の特集企画に参加させられることになった新聞記者・阿久津英士。彼もまたこの事件の謎を追っていきます。
2人の青年が、手繰り寄せた「真実」とは――。
- 著者
- 塩田 武士
- 出版日
- 2016-08-03
実際の事件を題材にした特異なミステリーである本作。2019年5月に講談社文庫により文庫化、那須田淳のプロデュースにより2020年に映画化も決定されています。
キャストに選ばれたのは初共演の小栗旬、星野源。監督は『コウノドリ』などで知られる土井裕泰が務めます。昭和最大の事件に揺れる登場人物たちを、演技派俳優の2人がどのように演じるのか注目が集まります。
2019年5月現在、公開日や主題歌等は未定。ロケ地である京都や大阪ではすでに撮影の目撃情報があり、話題を呼んでいるようです。
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作者・塩田武士は1979年兵庫県生まれ。大学を卒業後新聞社に勤め、その後2010年に『盤上のアルファ』で第5回小説現代長編新人賞を受賞しデビューしました。2018年本屋大賞にノミネートされた『騙し絵の牙』も映画化が決定しているなど、話題作を多く発表しています。
本作は2016年に週刊文春ミステリーベスト10で第1位に輝き、第7回山田風太郎賞も受賞しました。その高い評価を支えるのが、緻密な描写と、フィクションであることを忘れるほどリアリティ溢れる展開です。
- 著者
- 塩田 武士
- 出版日
- 2017-08-31
元新聞記者という経歴から「グリコ・森永事件」の現場にも頻繁に通い、当時の空気を肌で感じた作者。作中でも新聞記者である阿久津が関係者に取材をおこなうシーンで、その知識や経験が大きく反映されています。
もう1つ作品に厚みを与えているのが、日本とイギリスという2つの舞台。作者はロンドンにも訪れ、その準備として英検準1級を取得しています。このエピソードは、阿久津の設定にも活かされているのです。
徹底的に調べ上げた史実と、綿密な取材で得た資料、作者が緻密に作り上げた人間味のあるキャラクター。こうして、現実と虚構が絶妙に織り交ざる物語が誕生しました。
前述のとおり、昭和に起きた未解決事件「グリコ・森永事件」をモチーフにした本作。フィクションではありますが、作中の「ギンガ・萬堂事件」の経過は史実に基づいて構成されています。
「グリコ・森永事件」は、関西の大手製菓メーカー・食品メーカーを標的とした連続脅迫事件。江崎グリコ社長の誘拐を皮切りに、同社商品に青酸ソーダを混ぜたとして脅迫が開始されました。その矛先は丸大食品や森永製菓、ハウス食品などにも及ぶことに。
「かい人21面相」と名乗る犯人は、独特のユーモアの効いた「ちょうせん状」や複数の子どもの声を使った脅迫などの手口で警察を翻弄。その様子は連日報道され、世間を騒がせました。
世間でも騒がれたひらがなの脅迫文は、本作でも事実に基づき再現されています。何とも不気味な雰囲気を醸し出しています。
そして国民を震え上がらせたのが、犯人のひとりである「キツネ目の男」の存在。事件の詳細は忘れてしまっても、テレビに映る男の似顔絵だけは記憶に残っているという人も多いようです。作中でも、やはりこの「キツネ目の男」が大きな存在感を発揮しています。
未曾有の大事件でありながら、犯人未逮捕のまま時効を迎えた「グリコ・森永事件」。当時の混乱と興奮が、平成そして令和の時代を超え蘇ります。
幼い自分の声が、「ギンガ・萬堂事件」で犯人に使われたことを知った主人公・曽根俊也。凶悪な事件と父、そして自分との関わりが信じられず戸惑います。
俊也は父の友人で、彼のよき理解者でもある堀田とともに調べを進めることに。そして行方不明の父の兄・達雄が犯行に関わっている可能性に突き当たります。
しかし真相に近づくにつれ、俊也にはある不安が。彼には、妻や2歳の娘がいました。すべてが明らかになったとき、犯罪者の親族であると判明したとき、自分はこのかけがえのない日常を守れるのか……葛藤が描かれます。
事件を追う新聞記者・阿久津の動きを知り、俊也の不安はさらに増します。しかしもう一つ、彼には引っかかるものがありました。自分と同じように事件に巻き込まれた「子ども」の存在。脅迫テープには、3人の子どもの声が使われていたのです。
阿久津もまた、「テープの子ども」を追っていました。上司に押し切られ、初めはしぶしぶと取材を進めていた彼。しかし、声の主のうちの2人・望と聡一郎が辿った顛末を知り、記者として自分が果たすべき役割に気付かされます。
「追われる」俊也と「追う」阿久津。異なる立場で真実に迫る2人の行方にも、目が離せません。
本作はミステリー小説でありながら、事件関係者である俊也の揺れ動く心情にも焦点を当てた作品となっています。
実は講談社から出版されている書籍や文庫の内容は、「小説現代」電子版での連載時から大きく改変を行ったもの。その経緯について「作品が目指すのは“犯人を追うこと”ではない、とあらためて気づかされた」と作者は語っています。
連載と取材に明け暮れる中で、事件の描写に注力していった作者。連載完結後、「テープの子どもをもっと掘り下げないと単行本は出せない」と告げられ、非常に苦しんだそうです。
しかし再度作品と向き合い、作者は作品の原点が「巻き込まれた子どもの未来を描く」ことであると思い至ります。そこから主人公・俊也の心理描写を中心に、大幅な書き直しが行われました。
ごく普通の青年が突如過去に追われる身となり、不安に苛まれていく。真実を知りたい一方で、 大切なものが脅かされる恐怖と、「同じ立場」の人間の存在に揺れる心を丁寧に描いています。
「謎解き」に終始しない、複雑な人間ドラマ。葛藤の末、俊也が出した「答え」に、きっと胸が熱くなるでしょう。
真実を追い続けるべきか悩む俊也。それとは裏腹に、阿久津の取材は着々と実を結び、犯人たちに近づいていきます。
やはり事件の中心となるのは犯人と思わしきキツネ目の男。しかし、もっと別の何かがあるはず。かすかな違和感を覚えた彼は、ある仮説を立てるのでした。
自らの仮説をもとに調べを進めていく阿久津。当時、警察もメディアも知ることのなかった新事実がしだいに明らかになっていきます。
- 著者
- 塩田 武士
- 出版日
- 2016-08-03
そして浮上する、俊也の伯父である曽根達雄という男の存在。消息不明だった彼は生きているのか、だとしたら今どこに……?無意味に見えた数々のピースが1つにかみ合わさったとき、ついに阿久津は俊也の店のドアを叩きます。
冷たい風が頬を撫で、脳内の警戒ランプが灯る。これまで気配なくドアが開いたことなどなかった。第六感が非日常の展開を予言する。俊也は出入り口の前に立つ男を見た。
(『罪の声』より引用)
目の前に現れた阿久津に事件について言及され、動揺し声を荒げる俊也。必死に追い返そうとする彼に、阿久津はある衝撃的な一言を告げます。パズルのように急速に組み上がるクライマックス。
大事件を取り巻く、意外ともいえる真相とは。俊也と阿久津によって、最大の事件の結末はどう描かれるのでしょうか。
「犯人探し」にとどまらない、社会派ヒューマンドラマ。「グリコ・森永事件」をリアルタイムで知る世代も知らない世代も、胸躍り心揺さぶられる名作です。